ショート・ストーリーのKUNI[227]かがやくひかり つよいちから/ヤマシタクニコ

投稿:  著者:  読了時間:10分(本文:約4,800文字)



いつから私はこの世界にいるのだろう。私は何をしているのだろう。

気がついたとき、私の手には小型で高性能の一丁の銃が握られていたし、私の足は薄汚れた街の路地のあちらからこちらへ、右足左足右足左足と交互に忙しく前へ前へと踏みだし、要するに走っていた。

私は走っていた。走る走る東芝歌う歌う東芝。息が切れる。ほんの2時間前はまだよかった。目覚めとともに私はニトリの遮光カーテンをひき、朝の光を浴びた。

すると、だばだーだーだだばだーだばだー……[注1]のスキャットが聞こえた。いや、聞こえたも何もない。そのスキャットは他でもない、私自身の口からもれているのだ。またか。

しかし気にせず、私はゆっくりとコーヒーをいれて飲む。うまい。お口の中にしみとおるよ……[注2]。ああ、まただ。どうにかならないのか。

するとポケットのiPhoneが鳴り、出ると女の声だ。

「ジョー?」





ジョーは私の名だが、ここはたぶん日本。だが、そんなことはどうでもいい。これは無国籍小説、どころか無都道府県境小説だ。部屋の外に広がっているのは渋谷のスクランブル交差点かもしれないし、路面電車の走る広島、はたまた、まほろばの奈良、おいでませ山口か流氷のオホーツクであるかもしれない。

「その声はヒアリ」

「メアリよ。貨物船に紛れて上陸した外来生物みたいに言わないで」

すると背後で突然ドアが激しい勢いで破られ、振り返るとスキンヘッドの男が銃を私に向けていた。オーマイガッ。

「遅かったようね。逃げて!」

メアリが言い終わらないうちに、私は目にもとまらぬ早さでこちらから一発お見舞いし、相手がひるんだ隙に窓から脱出した。走る走る東芝。まわるまわる東芝。いや、回ってるひまはない。歌う歌う東芝[注3]。

「何を歌ってやがる!」

スキンヘッドの男が怒鳴りながら追ってくる。仕方ない。振り向きざま一発ぶっ放すと、ほぼ同時に向こうが撃ってくる。激しい銃撃の応酬。

その一発が私の右腕から銃をはじき飛ばし、あろうことか折から通りかかった軽トラの荷台がそれを受け止め、運び去ってしまう。くそっ。私は走る。

路地の真ん中に止めてあった自転車を蹴飛ばし、前方から来る猫をかわし、ポリペールにぶつかって、中からキャベツの芯や魚のアラを盛大にぶちまけながら表通りに出る。

表通りではアジア系観光客の一群が、ぞろぞろワイワイと歩いている。その中に紛れ、スキンヘッドを振り切ったと思ったのもつかの間、いきなり至近距離に相手が現れる。

私は転がるように観光客の群れを離れ、また狭い路地に入る。幾度も角を曲がり突き当たりのフェンスを越えたところでようやく、ぜいぜいと荒い息をつきながらあたりを見回す。だれもいない。だれもいない……。だあれもいないとおもっていたらどこかでどこかで[注4]

「エンゼルでなくて悪かったな」

ラーメン屋の裏口に止めてあったバイクの陰から、スキンヘッドが顔を出す。だが、その手が銃を私に向けた瞬間。ぱん、と乾いた音がしてスキンヘッドはその場に崩れ落ちる。路面にみるみる血だまりが広がる。

ラーメン屋の親父が何事かと出てきて、あわててまたバタンとドアを閉める。いつの間に追いついたか、まだ銃を握りしめて立っているメアリに向かって軽く手を上げた。

「命拾いさせてもらったな」

「どういたしまして」

それからメアリは私に近寄ってくるが、「時間がないの。祖谷野の残党がまたあたしたちを狙っているの」と早口で告げた。

「祖谷野が」

うなずくとメアリは「16時に、重三郎で」と店の名を告げ、走り去った。無造作に束ねた長い髪を揺らしながら。

私はひさしぶりにメアリに会えた喜びで、固く閉ざされた自分の胸の中にあたたかいものが満ちてくるのを感じた。そう、メアリだけがこの世界で心を許すことができる人間だった。

3年前、祖谷野グループと時の政権との癒着を私たちがすっぱ抜いたことで、グループの会長は逮捕、壇上総理は辞職、閣僚たちの中からも怪しい者が続々発覚して、国内は大混乱に陥ったものだ。

それを機に、祖谷野グループは解体されたと思っていたが、どっこいそうではなかった。ほとぼりがさめたとみた会長の甥がアメリカから帰国、新しい組織を立ち上げるに際して、恨み骨髄の私たちを亡き者にしようとしている。

おおまかなストーリーはそんなところらしい。改めてメアリがかけてきた電話を私は歩きながら、負傷した右腕の痛みをこらえながら聞き、知った。

「重三郎も危険かも」

「そうなのか?」

「場所は改めて連絡するわ」通話を終了しようとするメアリに私は思わず

「メアリ」

「ん?」

「なんでぼくたちはこんなことしてるんだろう」

「こんなことって?」

「いつ殺られるか殺りかえすか。追いつ追われる毎日。祖谷野の一件だけじゃ
ない、事件が相次ぎ緊張の解ける間もない」

「それはたぶん……そういう設定なのよ」

「設定?」

「そう。あたしたちは、そういう世界で生きるようになっているの。ひょっとしたら、ここはだれかのゲームの中の世界なのかもね」メアリは笑った。

「同じことをぼくも考えていたよ。ぼくには子ども時代の記憶もないし」

「やっぱり」

「それに……笑わないでくれ。なぜか突然、コマーシャルソングを歌ってしまうんだ、ぼくの場合。別に歌いたくないのに、勝手に歌が口からこぼれる。たとえばギターの弦の響きを耳にしたとたん、口から『ランバンビランシュビダデ』[注5]。何なのだこれは」

「あたしもよ」

「そうなんだ?!」

「ものごころついたときからそうだった。楽しいときには『おーハッピーじゃないかー』[注6]、驚いたときは『ありま! 兵衛の向陽閣へ』[注7]と、私の口は私が意図するとしないに関わらず歌ってしまうの」

「君のほうがぼくよりひどいようだ。でも、これも設定なのか」

「ジョー。深く考えないほうがいいと思うわ。もしそうだったとして、そのことに気づいたからといって、そこから抜け出せるわけじゃない。あたしたちはやっぱり歌いながら逃げたり逃げられたりする、この日々を続けていくしかないのよ」

私は絶望したが、ある程度想像がついていたことでもあった。

「でも、もし……」

「もし?」

「もし、こんな状況から抜け出せたら、ふたりでどこかでゆっくりしたいわね」

私はうなずいた。

「のんびり行こうぜおれたちは」

「あせってみたって同じこと」[注8]

私が歌うとメアリが続けた。

そんな日が来るのなら、どんなにいいだろう。本当に来るのなら。

電話を終え、いくらも歩かないうちに、背後から低いがはっきりした男の声が聞こえてきた。背の高い男らしい。声が上から降ってくる。

「彼女との話はそれで終わりかい」

声の主は私と並んで歩き出した。

「うらやましいね、まったく」

私は猛ダッシュした。相手もすぐさま追いかけてきた。パン! と一発が私の足下をかすめる。まただ。またもや私は走っている。

走る走る東芝、歌う歌う東芝! 幸い、そのあたりの地理には精通していた。私は高架下の小さな飲み屋が密集する一角を抜け、場末のさびれた空気が漂う地区の、とある雑居ビルの中に隠れた。

隠れたつもりだったが、甘かった。敵は少し遅れてビルの中にやってきた。私は奥にある非常階段を上った。いま自分が持っているのは、ポケットの中のナイフだけだと思いながら。

上って屋上に出る。地上ではさほど感じなかったのに、屋上では強風が吹いていた。映画のヒーローなら、こんなときどうする。

決まっている。何も考えず隣のビルに飛び移るのだ。私は屋上の端に行ってみた。向かいのビルとの間は意外に距離があった。しかも。私は下を見下ろした。

たかすぎ……
たかすぎいいいいいい たかすぎいいいいい[注9]

目がくらみそうだ。忘れていた。私は高所恐怖症なのだ。膝ががくがく震える。だが、追っ手はすぐ後ろまで迫っている。そのとき、ひときわ強く風が吹いた。追い風だ。

あなたの風にねらいをきめて[注10]

私は思いきりジャンプした。奇跡が起こった。私は向かいのビルに飛び移ることができたのだ。しかもそこにはメアリが待っていた。

「メアリ!」

「ジョー!」

私たちは一瞬、油断したに違いない。私を追って屋上に上ってきた男が放った銃弾はビルとビルの間を超え、メアリの胸に命中した。私の腕の中のメアリが崩れ落ちる。血が止まらない。メアリの顔がどんどん白くなる。

「メアリ!」

メアリが苦しそうに、声をしぼり出すように言った。

祖谷野 撃ってちょうだい
いやの うってちょうだーい……[注11]

私はうなずき、メアリが手にしていた銃を取った。そしてメアリを撃った男、祖谷野の手先である男に銃を向けた。一瞬、風が止んだ。時間も止まったかもしれない。

私が撃った銃弾はスローモーションのように男の眉間に向かって飛び、命中した。男はゆっくりとのけぞりながら倒れた。

私はメアリのそばにかがみこみ、血だらけの体を抱きしめた。腕の中でメアリはますます白くなり、冷たくなっていった。私のただひとつの希望であったメアリが永遠に失われようとしている。

そのとき、どこからか歌が聞こえてきた。いや、私自身が口ずさんでいるのだ。こんなときにも歌う。それが私の設定だというのか。ならば私は自分の設定を憎むしかない。

行こうよ まぶしい光の世界
ハートのスイッチ ONにして
ご覧よ 誰かが君を待ってる
おんなじ形の夢抱いて
明日が好きな人だけが
地球を回す
HELLO, SOFMAP WORLD[注12]

ああ、どうしてコマーシャルソングというものは、こんなにも未来への期待に満ちて、ひたすら明るいのだろう。泣けるほどに。

時間の流れをさあ追い抜いて
迎えに行こうよ 幸せを
誰にも見えない 新しい道
一足お先に走るんだ
熱い視線の人だけが
地球を回す
HELLO, SOFMAP WORLD[注13]

弾はまだ残っている。私は銃口を自分のこめかみにあてた。

みんなまあるく

た け も と ぴ あ の[注14]


[注1]ネスカフェゴールドブレンドのCMソング「めざめ」。歌は11PMのオープニングやアニメ「アルプスの少女ハイジ」のテーマ曲でも知られる伊集加代。作曲・八木正生。

[注2]パルナス製菓のCMソング「パルナスの歌」の一節。作詞作曲 ・津島秀雄。歌・中村メイコとボニージャックス。パルナス製菓は2000年に事業停止、2002年に解散した。

[注3]東芝のイメージソング「光る東芝の歌」。作詞・峠三四郎、作曲・越部信義。

[注4]森永製菓のCMソング「エンゼルはいつでも」。作詞・サトウハチロー、作曲・芥川也寸志。

[注5]サントリーオールドのCMソング「夜がくる」。作詞作曲・小林亜星。

[注6]カップヌードルが初めて売り出されたときのCMソング。作詞・阿久悠、作曲・小林亜星。

[注7]有馬温泉の旅館、兵衛向陽閣のCMソング。作曲・キダタロー。

[注8]モービル石油のCMソング。作詞作曲も歌もマイク眞木。

[注9]高杉開発のCMソング。歌詞はただ「たかすぎーたかすぎー」だけであった。高杉開発は2005年に倒産。

[注10]ベンザブロックのCMソングから(オリジナルは『あなたの風邪に狙いを決めて』)。

[注11、14]「タケモトピアノのCMソングから(オリジナルは『ピアノ売ってちょうだい』)。歌・財津一郎。

[注12、13]ソフマップのCMソング。作詞・山川啓介、作曲・林哲司。ソフマップは2010年、ビックカメラの子会社になった。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
http://midtan.net/
http://koo-yamashita.main.jp/wp/

年の初めにはいろいろな面で「今年こそ」と思うのでついあせり、元日から壁紙を(一部)貼り替えたりする私。その勢いが続くはずもないんですけどね……。

ところで、年末年始はうちの近所でもあちこちのポケストップで、ルアーモジュールの花が散ってにぎやかでした。新しいポケモン増えたしね。ナマケロを進化させたいけど、まだ二体しかゲットできてません。ケッキングなんて遠いなあ。