ショート・ストーリーのKUNI[228]腰掛けるズボン/ヤマシタクニコ

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中央公園でズボンが目撃されるようになったのは、ひと月くらい前からだった。

最初の目撃者は早朝にウォーキングを楽しむ老人だった。

「いや、どうだと言われても……ズボンがいたんですよ」

「ズボン? 新しいズボンですか、それとも」

「新品のズボンなら『いた』とは言わないさ、たぶん」

「ズボンは何をしていたんですか?」

「何もしていないよ。何をすると思うんだ?」

「どういう状態でいたんですか?」

「座っていたよ。それだけさ」

次に目撃したのは、夕方の買い物帰りに通りかかった主婦だった。





「ええ、確かにズボンだったわ。私はたくさん買い物し過ぎてちょっと疲れたのでベンチに腰を下ろしたんだけど、そしたらそばにいたのよ」

「ズボンもベンチに腰掛けていたのですか?」

「だと思ったの、はじめは。でも、よく見たら座ってなかったような。そういうかたちになってただけなのかも」

「そういうかたち?」

「腰掛けてるみたいな」

ほかにも何人か目撃者がいた。不思議なのは「ひげを生やしていた」と証言する人がいたことだ。ズボンがひげを、いったいどこに生やすのだ。

たまたまどの証言も、時間帯が早朝あるいは夕方だったし、証言の主がかなりの高齢者であったりもしたので、見間違いである可能性もあった。

単に、たまたま脱ぎ捨てられたズボンがあっただけではないか。ズボンが座ってたなんて、そんなことがあるはずがない。

それからしばらく、目撃情報は途絶えたが、そのころになって好奇心旺盛なワッダラーという男がその情報を目にした。ネットのとあるSNSで読んだのだ。

ワッダラーは人生でなにかひとつくらい当ててやりたいものだと思っていたので、さっそく件の中央公園にやってきた。寝袋持参で何日でも張り込むつもりだったが、あっけなくズボンに会うことができた。

中央公園のあまり人が通らない一角、ヤマモモの木のそばのベンチにズボンは、いた。確かにベンチに腰掛けているのかいないのか、よく分らない状態だった。

というのは、ズボンは長い年月の間に思い切り変形したらしく、ふつうにしていても椅子に腰掛けているようなかたちをしており、で、実際にベンチの上にいたのでどう表現していいのか迷うのである。

それはたぶん、裏地にフリースを使った防寒用のズボンで、表地にはやや光沢のある布が使われている。

そしてぽこんと出た膝の裏側はたくさんのしわがくしゃくしゃと、まるでできそこないのアコーディオンかハニカムボールみたいになっている。

ファスナーはだいたい上がっているが、ボタンははずされたままの状態で、ズボンをはいていた人間は多少腹が出ていただろうことがわかった。

「すみません、あのう」

ワッダラーがおそるおそる声をかけると、ズボンは振り向き、「はい?」と言った。

いや、それはおかしいと読者はいうだろう。「振り向く」とは普通上半身で行う動作であるし、ズボンのどこに口がついているのかと。しかし、ズボンは確かに45度くらい振り向いたし、普通の成人男子の声で答えたのだ。

ワッダラーは続けた。

「あなたは、ちまたで話題になっているズボンですよね」

「話題になっているのかどうかは知りません。でも、私はズボンです」

「あなたはいかにも、ついこの間までだれかにはかれていたように見えます。どうして今はそうじゃないんですか?」

「いやになったからだよ」

「いやに?」

「ああ。もうだれかにはかれる暮らしなどまっぴらだ、不意にそんな気分になったんだ。と言ってほしいわけ?」

「いえ、そんなことは」

「いいんだ。本当のところおれにもわからないんだから。たぶん、ちょっと気分転換したかったんだ」

「ここで何をしておられるんですか?」

「何もしていないさ。単に座ってるんだ」

「座ってる」

「ああ、見ての通り、まっすぐに立てないし。座ってるのが自然なんだ」

「そうなんですか。ちょっと立ってみてもらえますか」

言われてズボンは立ち上がったが、ひざが出ているので見た目はちょっと腰を浮かせたのと変わらなかった。

「ほら」

「なるほど」

ワッダラーは、ズボンがカメラ目線でピースサインをしているところを写真に撮り、ブログに載せた。

読者は「なんでズボンがカメラ目線でピースサインをするんだ。いったいどうやって」とつっこむとろう。だが、実際、誰が見てもその写真は「ズボンがカメラ目線でピースサインをしている」ところだった。

写真はたちまちネットで評判となり、「いいね!」があっという間に万を超えた。

「なにこれかわいい!」

「ズボン、受ける〜!」

もちろん、ワッダラーもたちまち注目され、時の人となった。

さて、中央公園から徒歩800メートルほどのとあるアパートに住む小説家・ヤムヤップムン氏は、ある日テレビを見ていておどろいた。

自分のズボンがワイドショー「午後はムルランにおまかせ」に出ていたからだ。ズボンは椅子に腰掛け、ちゃらちゃらした感じの男と並んでいた。男の映像にかぶさって「ズボンに初めてインタビューしたワッダラーさん」と文字が出る。

司会のムルランがワッダラーに聞いた。

「これがいま話題のズボンですね! いやあ確かにズボンだ! そもそもあなたがこれを見つけたいきさつを知りたいものだ」

「運命でしょうか。ある日、何者かに導かれるように公園を歩いていると彼がいたのです。まったく予期していませんでした。私がどれだけおどろいたか、わかっていただけるでしょうか」

「わかります、わかりますとも」

テレビのこちらのヤムヤップムンはというと、いつもはいていたズボンが突然いなくなってから、スカートをはいていた。

説明すると長くなるが、ヤムヤップムンは寒がりで、冬は裏フリースの防寒ズボンでもまだ足りず、昔つきあっていた女が残していったくるぶしまである長いスカートをズボンの上にはいていたのだ。

ズボンがなくなって、仕方なくスカートだけにしていたが、やはりすうすうして寒いなと思っていた。

幸いヤムヤップムンを訪ねてくる人はまったくといっていいほどいないし、たまに夜遅く食べものを買いに出かけるが、別段スカートをはいていたからといって怪しまれたことはない。ただ、すうすうするだけだ。

あ、たいして長い説明じゃないな。

ちなみにそのスカートには、ヤシの木のそばで寝転ぶ鯉の絵が描かれている。

ヤムヤップムンは、テレビの中のズボンを見てあっけにとられていた。あんなところにいたんだ。それだけではなく、ズボンは司会者の質問によどみなく答えている。あのズボンが。自分のズボンが。

「この事件ですが、そうですね、さっきのズボンさんに聞いてみましょうか。どうお感じですか」

「殺伐とした事件ですが、個人の問題と片付けることはできません。この裏には国際的な恵方巻き組織と、青首大根の作付面積の問題が潜んでいるのではないでしょうか」

「なるほど、それには気づかなかった!」

「ということは、今後は株価はどうなるんでしょう」

別のコメンテーターが聞く。

「相撲協会の出方次第でしょうが、ピョンチャンはとにかく寒そうで、それが心配です。それと保育所の数を増やさないと」

「保育所の数ですか。寒いのはどうしたらいいですか」

「やはり暖かいズボンでしょう」

「これはまいった!」

ヤムヤップムンはその夜、ひとりさびしく酒を飲んで寝た。

あいつ、あんなやつだったのか。

ぼくは何にもわかってなかった。

それは寂しいような、誇らしいような複雑な気分であった。

そもそもひげを生やしていたなんて。

ズボンはそれ以来メディアの寵児となり、あちこちの番組にひっぱりだこだった。ところが、それを見たとあるクリーニング屋の店主が「うちの技術でズボンのしわを取ってあげたい」と申し出た。

これにテレビ局が乗った。かくしてテレビ欄に「世界一の技術を誇るクリーニング店主が挑戦、あのズボンが大変身?! 今夜すべてをお見せします!」との文字が躍ることになった。

ヤムヤップムンはなんとなくいやな予感がした。でも、単なる予感だ。予感だとか胸騒ぎとか虫の知らせとか、それがなんだろう。ズボンがその気ならそれでいいのだ。

確かに自分は何年も、冬になるとあればかりはいていて、しかもほとんど一日中同じ椅子に同じ姿勢で腰掛けていた。おかげであれはあんなふうになってしまったのだろうけど、でも、もう自分のもとを出て行ったのだ。

スカートの内側がやたらとすうすうするのは、寂しさのせいかもしれないと思ったりするが、もうそんなことを考えてはいけない。

自分はズボンの新しい人生──人生じゃないか──を応援しなければならないのだ。

そしてその時間になった。ヤムヤップムンはためらいながらテレビをつけた。番組が始まった。もう途中だった。

ムルランがおおげさに叫ぶ。

「さてみなさん、あの、公園で発見され、一躍スターにまでなったあのズボン、今夜は変身した姿を見せてくれます! どうぞ!」

ピンクのカーテンがしゅるっと上がった向こうに、ズボンが立っていた。そう、ズボンは新品みたいにしわひとつなく、すっくと立っていたのだ。

ひざがぽこんととびだして、立っていても腰掛けているように見えたズボンの面影はどこにもなかった。そして流れるメロディにのせて、ファッションモデルみたいに腰を使い、しゃなりしゃなりとステップを降りてきた。

ヒュー、ヒュー!とはやしたてられ、ほほえみを浮かべ、いっぱいの拍手を受けて、ムルランのそばまで歩いてきた。華やかな音楽は次第に止む。

「いやあ、これはすばらしい! 魅惑の大変身、新しい、われらのズボン誕生だ!」拍手がまた起こる。

だが、そこまでだった。

「えー、ズボンさん、いかがですか。視聴者のみなさんもびっくりしておられると思いますが、世界一の技術を誇るクリーニング屋さんのおかげで生まれ変わった、今のお気持ちは」

「た さ で とと   な」

「え? よく聞こえませんでしたが」

「  す で らる  ね」

「あの……」

「たら らら す い きき!」

「ズボン……さん?」

「ずで  ら  こ め」

「コ、コマーシャル〜〜!」

それきりだった。

ズボンはふたたび公園にもどり、ただのズボンになった。きっと、世界一のクリーニング屋は汚れやしわだけじゃなく、何かほかのものも洗い落としてしまったのだ。

ヤムヤップムンが公園に出かけると、しわがなくなったおかげでベンチにどう腰掛けたらいいのかわからず、いろんな姿勢を試してなんとか落ち着いたらしいズボンが、それでも人間からみたらものすごくおかしな姿勢で、いた。

「やあ」

ヤムヤップムンが声をかけるとズボンはぎこちなくうなずいた。

「元気か」

ズボンはやはりうなずいただけだった。ちょっと照れくさそうでもあった。

ヤムヤップムンはスカートを一旦脱いで横に置き、それからズボンに足を通した。たちまち自分とズボンがフィットして一体になったことがわかった。

さあ、これからまた毎日一緒に過ごすのだ。そして、ズボンはヤムヤップムンになじみ、ヤムヤップムンはズボンになじむ。心配ない。またすぐに、たくさんしわができるだろう。

ひさしぶりにはくズボンは暖かだった。上からスカートをはくともっと暖かいのだ。


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ここ数年、なんとなく朝ドラを見続けているのだが、最近つくづく朝ドラを見るのもたいへんだと思う。

基本、登場人物は老けメイクをしない。せいぜい髪が白髪交じりになったりする程度である。現在放映中の「わろてんか」では、主人公はたぶん現在40代と思われるが、お肌つるんつるんでけらけらしている様子は、どうみても20歳前後(実際、演じている葵わかなは19歳)で頭おかしくなりそう。

終盤までたぶんほとんど変わらないと思うが、これを視聴者は頭の中で「いま、40代なんだ」「50代のはずだっ」と各自設定しなおしながら見なければいけないのだ。

みんなよくやってるなあ。朝ドラ見のベテランになるとどうってことないのか。いろいろ事情はあるだろうが、もうちょっとうまく老けてくれたらこっちも助かるんだけど……それ以前にドラマが全然おもしろくないけど。