エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[14]葉ね文庫さんのはなし ボーフラ文庫の打ち明け話
── 海音寺ジョー(超短編ナンバーズ) ──

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◎葉ね文庫さんのはなし

葉ね文庫は大阪の中崎町のテナントビルの半地下にある。日本でも数少ない詩歌専門の本屋さんだ。

といっても店主さんの好きな小説も置いてあるし、壁面の一つは古本コーナーで漫画もありバッチなど小物も置いてあるし、正確に言えば葉ね文庫は葉ね文庫の店主さんの好きなものだけが置いてある本屋さんである。

葉ね文庫の店主さん(以下、葉ね文庫さんと略します)は昼間は別の仕事をされてて、平日の夜と土曜日だけ店を開けている。




ヘミングウェイの自伝的小説『移動祝祭日』にパリの、シルビアビーチの本屋のことが書かれている。

そこは本屋というより作家志望の若者が集まるサロンのようだった、と書かれている。シルビアは献身的な女亭主で、若き日のヘミングウェイに好きな本は家に帰って読んでいいと貸してくれたり、貧しい青年には金を貸したりと(ジョイスの『ユリシーズ』はシルビアの貢献で世に出た)、物凄い空間が、大戦前のパリ全盛の時代にはあったんだな、と読後感銘を受けたのだった。

葉ね文庫にも老若男女、詩人歌人俳人柳人、詩歌ファン、同業者さん、現代短歌界のめっちゃ偉い人など、入れ替わりとっかわり往来していて、京都から自転車で通ってるという青年もいて多士済々だ。

ある日、常連の若いお客さんが「これ欲しい、この本ほしい。でも金がない。店主さん、ぼくに金が溜まるまで、この歌集取り置きしてくれませんか」と頼んでいて、葉ね文庫さんが「いいよ〜」と即快諾してるのを傍らで聞き、ここも現代日本版シルビアビーチの店みたい、と思ったものだった。そしてヘミングウェイみたいに、ビッグになる人もそのうちに出てくるだろう。


葉ね文庫の廊下側の壁には短冊が吊られている。それは店を訪れたお客さんに歌や句を記念に書いてもらった短冊で、紐にクリップで留められている。

作歌や句作をやってないお客さんにも書いてもらうケースもあって、様々な言葉が並んでいる。ぼくはこの短冊を見上げるたびに、葉ね文庫さんは首狩り族みたい、と思う。

訪れた歌人さんから短冊を書いてもらう度に「やった!」とほくそ笑み喜々として紐に吊ってる様は、何か(魂、とったったぜ)みたいな爽快感があるんだろう。歌って一首、二首って数えるし。ぼくの首も三つぐらい頂かれて、吊られている。


葉ね文庫の存在を知ったのは、このエセー物語連載陣、超短編ナンバーズの一人である同人『俳句と超短編』編集長が、うちの冊子を置かせていただきました、とツイッターで店を紹介してたのが切っ掛けだった。

はじめ訪れた頃は俳句も短歌もさほど興味がなくて、自分が参加した同人『俳句と超短編』は関西でも売れてるんかなー? と情勢を見物に来たかっただけだったんだが、当時陳列されてた『めためたドロップス』という小さい歌集のポップな短歌とファンシーノートのようなレイアウトに、石川啄木以来、短歌の世界と言うのはここまで進んじょるんか! とカルチャーショックを受け、そこから定型詩に関心が高まっていった。

その後、医療詠同人誌『短歌ホスピタル』を葉ね文庫で入手し、この本に載ってる短歌に啓発され自分も短歌を始めるようになった。葉ね文庫さんも昔は短歌を詠まれていたらしい。

中崎町はうちからは遠いので、平均二か月に一回ぐらいしか訪れることができないのだが、作歌を始めてからは、何か賞的なのを取ったら葉ね文庫に行き「とれましたー!」と逐一伝えるのが習慣のようになった。

「うちの店をきっかけに短歌に興味を持ってもらえるとは嬉しい!」と都度、称賛してくれ大きな励みになってる。

田中ましろさんの短歌と写真のフリーペーパー「うたらば」の、ブログパーツの短歌公募に挑戦し続け一年二か月の末、一首採用された時も「ついにとれましたー」と報告に行き「おお、すごーい」と褒めてもらい、大いに気を良くした。しかしその後、うたらば本誌に葉ね文庫さんの歌が掲載されているのを知って、大いに恥ずかしくなった。

葉ね文庫さんは昔、とびやまという名で短歌をやっておられたのだった。だけど今は作歌をやめて詩歌を売る側の仕事をされてる。うたらばにとびやまさんの素敵な歌を見つけた頃に、なんでやめたんですか? と尋ねたことがある。

「なんか、自分の詠みたい歌を詠んでるはずが、無意識のうちに募集する人が採ってくれそうな、ええ感じの歌を詠むようになっていってねー、それがしんどくなってん」と答えられ、うーん、そうだったのか、と納得させられてしまった。

しかし……それからも投稿や応募を続けていると、読み手へどう受け取られるかという計算ゼロで、我を通しまくった歌が何故か採用されたり評価されたりするので、功利心丸出しでない方が、つまり受けを狙わない方が良い形におさまるらしいと思えてきた。

うまく説明するのが難しいのだが、選者にいくら阿(おもね)ろうとしても、我というのはどうしても出てしまうのではないか? と、今は思っている。

だから葉ね文庫さんは葉ね文庫さんの歌をまた詠んでほしい。好き放題に詠んでほしい。今度葉ね文庫さんに会ったらそのことを話そうと思う。思いつつ、まだ話せていない。


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◎ボーフラ文庫の打ち明け話

「私昨日変な夢見てさ」とボーフラ文庫の店主さんが言うのである。ボーフラ文庫常連の俺は「フンフン」と相槌を打って続きを促す。

「私がこのボーフラ文庫の常連のみんなとね、大きな屋敷借りて一緒に住んでるって夢なんよ。ルームシェアしてんの。怖い夢やと思わん?」

前歯をむいてニヒヒと笑う。この悪巧み的笑顔をするとやたら可愛い。「いい夢やないすか」「いや、こんな夢さ、まるで私コミュニティを欲しがってるみたいやんか! はー、気持ち悪い」

ボーフラ文庫の店主さんは昼間は別の仕事をしてて、大阪のテナントビルの一室を借りて、夜だけ此処で本屋をしてる。置いてる本は詩歌ものばっかりで、完全に道楽で本屋をしてる。

古本も置いてる。古本は、でも店主さんが面白いと思ったものを、無差別に棚に並べてる。ただし自己啓発本だけは絶対扱わないのだった。本は人生の役に立たないからだそうだ。

そんな店主さんにとっては、コミュニティ作りは気持ち悪く怖い夢なのだった。ニヒヒと笑うので、つられてフヒヒと愛想笑いをしてしまう。常連の俺としては、みんなで一緒に暮らしたいけどなあ、と迷わず思ったけどそんなこと言えるはずなくて、『俳句と超短編』を棚から取って、読んでるふりをする。


【海音寺ジョー】
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