はぐれDEATH[44]はぐれのなんでもありの世界観/藤原ヨウコウ

投稿:  著者:  読了時間:28分(本文:約13,600文字)



ここんところ小舅めいた作文が続いたので(アホだけど)、久しぶりにアホネタ全開で景気よく行こう! マニアック過ぎて笑えないかもしれないけど(笑)

そもそも表題からして怪しい。明らかに偏った世界観しかボクは持っていないし。だからアホネタになるんだけど。今回はこうした偏った世界観に至った外部情報、特に本と音楽について書くことにする。





●SFからトロツキーヘ

とんでもなくアホなスケールのネタというのは、本来SFの中でもハードSFと呼ばれるジャンルに多い。

ボクはジャンル・プロパーではないので、正しく定義できるかどうか、かなり怪しいのだが、一応「既存の科学・数学・物理学・生物学等々の学説や仮説をベースにしつつ、これらの情報を駆使しながら理論と文学で想像力をより解放する」サブジャンルという位置づけである。

大のSFファンなら、それこそこの分野の大物をじゃんじゃん列記できるのだろうが、残念ながらボクはそれほどハードSFを読んでいない。

何しろ理系科目が大の苦手ときているのだから、まともに読んでまともに理解できるとは思わないし、じっさい素直に楽しめたのはせいぜいジェームス・P・ホーガンとグレッグ・イーガンぐらいである。

『深海のYrr 上・中・下』(フランツ・シェッツィング著・ハヤカワ文庫)もハードSFそのものなのだが、なぜか早川書房さんがSF文庫に入れていない。なんでだろう???
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アイザック・アシモフやアーサー・C・クラークも含まれるのだろうが、このへんは前述してる気がするのでパス。

ジェームス・P・ホーガンは高校生の時にやたらと話題になり、その後も順調に評価を上げていった『星を継ぐもの』(後にガニメデ4部作と呼ばれるシリーズ第1巻)でビックリした。
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最初はやっぱり理系ネタに頭を悩ませたのだが、「分からないところはジャンジャン飛ばして、文脈で何とか想像する」作戦に切り替えてから、一気に読み切ってしまった。ちなみにこの作戦は今も有効利用している。

ネタバレになるので詳細は省くが、シリーズは三部まで地球人の起源について色んなネタを駆使しながら、ワクワクさせるような内容となっている。

当時から色んな理論的な異論はあったのだが、ボクはパスした。そもそも、唱えられている異論の内容がよく分からん。

それでも今読むと(このシリーズは毎年読み返すルーチンに入っている)高校生当時よりは分かりやすいし、私感だが、色褪せたとも思っていない。

で、いきなり最新ネタのグレッグ・イーガン『シルトの梯子』(ハヤカワSF文庫)を読了したばかりなのだが、6割ぐらい分からず、バンバン飛ばして読んだが、それでもめちゃめちゃ面白かった。
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『順列都市』『ディアスポラ』(共にハヤカワSF文庫)の二作を読んでいれば、ボクのように6割飛ばしても楽しめる。ちなみに、飛ばしたところはもちろん数学・物理学の部分である。
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『順列都市』から始まる仮想空間ネタがベースではあるが、とにかく壮大すぎてたまげることができるのだ。それでもエンターテイメント性をしっかり残しているのが、グレッグ・イーガンでありジェームス・P・ホーガンの真骨頂と言ったところか?

彼らの頭の中がどうなっているのか、もちろんボクには分からないが、空間的な広さも、時間的な長さも驚異的なのに(時間軸はしばしば並行したりもする。この辺は量子物理学系)きっちりまとめ上げてしまうところだ。

並行世界ネタに関しては、アプローチの違いはあるものの、二人ともお得意である。

というか、量子物理学をベースにすれば大抵のことは何でもありになるので(!)この辺はいわゆる「センス・オブ・ワンダー」とやらで片付けられる(笑)

それでも基礎知識は相当なもんだろう。基本理論(どんどん発展して、ややこしくなっている)を理解していないと、とてもではないが書けないのは言うまでもあるまい。論文ではなく小説なので、それ相応の価値も求められる。賢いなぁ。

上述したように、理系のややこしいネタに関して、ボクは「分からないところはジャンジャン飛ばして、文脈で何とか想像する」作戦でごまかしているのだが、ありがたいことに(特に量子物理学関係)はイメージがしやすいのだ。

ボクのイメージは抽象的ではなく、基本頭の中で視覚化されてしまうので、量子物理学関係に関しても仮想空間にしても大抵イメージできるし、逆に言えば視覚化するための情報を、ボクが持ち合わせていなければイメージもできない。

『シルトの梯子』は最初のうち、このイメージができなくて結構苦労したのだが、読み進めていくと徐々にそれができるようになる。こうなればしめたもんで、後半部分はほとんど一気読みだった。ちなみに前半はかなり遅かったけど。

それでも、『順列都市』『ディアスポラ』を読んでいたのでまだマシな方だろう。この二冊と直接関わりを持っているわけではないが、ネタの根源は同じなので(『シルトの梯子』はそれらのネタを詳細且つ細分化して、更に新たなネタをぶち込んでいる)いかがわしいながらも基礎知識はあったのだ。それでも『順列都市』が一番入りやすかったかな?

『深海のYrr 上・中・下』(フランツ・シェッツィング著・ハヤカワ文庫)は、タイトル通り深海に住む謎の知性体を巡る話である。といっても、映画のような分かりやすい知性体ではない。

ネタバレになるので詳細は省くが、膨大な量の海洋科学・地球科学に裏打ちされた、説得力のある娯楽エンターテイメントである。ハードSFでエエんちゃうん?

日本人作家の作品で、シビアなネタを扱いながら最後は爆笑ネタにしかしならなかった怪作が、小林泰三著『AΩ』である。
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前半は時間の流れも空間的な広がりも、ワケが分からないようなスケールに加え「プラズマ生命体」という知性体をメインに話は進む。ここだけ読んでいると、ちょっとしたハードSF(あくまでもボク的なです)なのだが、後半に突入すると途端に爆笑エンターテイメントになる。

もう離れ業というか、反則技に等しいのだが、これもボクに言わせれば「SFだからオッケー」になる。

実はこの作品、日本SF大賞の候補作にあがったのだが、当時の審査員の一人が「この作品に賞を与えるなら、この場にいる全員、機関銃で殺す」という嘘か本当か分からない理由で落選したという噂がある。それぐらい無茶な作品なのだ。ちなみに、文庫化にあたってボクが装画を描いた。

もちろん、原稿至上主義のボクは作業に入る前に何度も読んでいるのだが、とにかく最初は面白すぎて仕事にならなかった。

いざ本格的に作業を始めようとすると、この前半と後半のギャップをどう絵で折り合いをつけるかで、かなり考え込んだ。思いつかない時は原稿を読み返すのが基本なのだが、読み返したら読み返したで、また爆笑してしまうので始末に負えない(笑)。それでもどうにかしましたけどね。

「重力波が恋をする」というネタで掌編を書いてくださった(当時SFマガジンで「ことのはの海 カタシロノ庭」という無謀極まりない連載をしていた時に寄稿いただいた)林譲治さんも、マニアックなネタからシビアなネタまで幅広く持っておられ、今でもちょくちょく「こんなんに興味あるんですが、なんか面白そうな参考書ありませんか?」とこっちから伺っているくらいである。たいてい、即答で「この辺がお奨め」と教えてくださる。

ちなみに、ボクのトロツキー熱に火をつけたのはこの方だ(笑)

最初は『裏切られた革命』を紹介してくださったのだが、岩波文庫版が絶版状態で(後から筑摩書房の新訳版を手に入れましたが)仕方なく『わが生涯』から読み始めたのですが、あとはもう一気に著作をほぼ読み切った。
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翻訳本の場合、時代や原稿(特にトロツキーの場合は、原稿そのものに色々改稿を加えている上に、言語が異なる版が出る度に加筆したりしているらしいのでややこしいコトこの上ないのだ)、さらに翻訳者によって同じ著作でもがらっと変わってしまうのでかなり注意が必要である。

まぁ、原語版を読めば解消されるのだろうが、英語ですら面倒くさいボクが、ロシア語だのドイツ語だのを読むはずもなく翻訳者さん任せである。

この時はそれから、マルクス、エンゲルス、レーニンと共産主義関係の著作を読み漁ったのだが、「娯楽はトロツキー、ハッタリはマルクス、分かりやすさはエンゲルス、冷静さはレーニン」という、アホな分類ができたのを付け加えておこう。

量子物理学をはじめとする、いわゆる理系ネタもそうだし、共産主義(思想・哲学・政治学・経済学)、宗教、歴史、考古学といった各分野も、ボクの中では「物語」として片付けられてしまうので、正直なところ嘘か本当かはどうでもいい。面白ければ何でもありなのだ。

ちなみに、化学は大の苦手だが、電子や原子・素粒子となると理屈はイマイチだが面白くて仕方がない。こっちはミクロの世界。マクロとなるともうめちゃめちゃ面白くて面白くて。

●歴史小説から伝奇、推理、オールジャンルへ

SFに限らず、小説は娯楽の殿堂みたいなもんなので時間があれば読む。ここ数年はお金がない上に、組版がどうも気にくわないので、もっぱら古本である。

ものによっては、送料込みだとそこそこの値段になるものもあるのだが、人気はないけどボク好みの本は安かったりする。おまけに密林(Amazonのこと)のおかげで探しやすくもなった。

特に上・下巻ものやシリーズものは、全巻揃いで売ってたりするので楽である。もっともボクは3巻までしか買いませんが。

昔の文庫本は文字が小さいので、3巻もあればそこそこの文字量だし、寝る前に仰向けに寝転がって読むので、本が薄いと楽なのだ。最近の文庫本は文字大きいわ、分厚いわなので(時代の趨勢ということで納得することにしてる)、寝転がって読むのは結構大変なのだ。

歴史小説も、もちろん大好きである。虚実ない交ぜにして、アホネタの大風呂敷を広げるという構造は、SFにも通じるところがある。

隆慶一郎はお気に入りの一人だが、やはり個人的に一押しなのは『死ぬことと見つけたり』(新潮文庫)である。他の作品も大好きなのだが、事実表記にかなり疑問の残る『葉隠』をベースに、更に無茶をするというアホの重箱構造。
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もちろん、抜かりなく史実を効果的に織り込んでいるので、むしろ『葉隠』を読まずに、こっちを読んだ方が面白いのではないか。ちなみにボクは『葉隠』を読んでいない。

『死ぬことと見つけたり』の冒頭で筆者が述懐しているが、この本に出会うまでのボクも気分もよく似ている。ただ、ボクの場合は著者と違って、圧倒的に自由な時代に育ったこと、武家(軍人)への憧れはないどころか嫌悪の対象でしかないことぐらいか。もちろん、厳しい検閲をくぐり抜けるべく、涙ぐましい努力をした著者のような経験は皆無である。

広島県の平和教育を小学校時代に衝撃と共に受け取ったボクは、もちろん戦争大嫌いな人だ。伝聞や本での知識しかないが、戦争の悲惨さはあまりにイメージしやすすぎる。怖いが大嫌いなボクが、戦争を嫌うのも無理あるまい。

歴史小説とは少しジャンルが違うのかもしれないが、伝奇時代劇も大好きである。吉川英治にはじまり、半村良、山田風太郎、山田正紀、国枝史郎と並ぶ。吉川英治を伝奇時代劇に入れるべきか少し考えたが、これは主観なのでこっちでいいことにした。

国枝史郎と同時代の作家となると、もう折にふれ食い散らかすように読んでいる。江戸川乱歩、海野十三、夢野久作、木々高太郎、甲賀三郎、小栗虫太郎、等々、そして最後に来たのが横溝正史である。

横溝正史ブームの際(角川書店が映画を作った頃)、ボクはとてもではないが怖くて読めなかった。テレビでも『犬神家の一族』がドラマ化され話題になっていたようだが、同級生がこの話をしはじめるとこそこそ逃げていた。
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更に、家に帰ればお袋が角川文庫版の横溝正史シリーズをほとんど全部持っていて、装画でまたビビり、更に遠のくことになる。

何となく手を出したのは、読む本がちょうどなかった一瞬の真空時のことだ。『獄門島』の冒頭に笠岡が出てきたので読み始めたのだが、最初は「怖くなったらそっこーでやめよう」と思っていた。が、気がつけば一気読み。後は書棚にある全巻を、片っ端から読みふけった。
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横溝正史の生み出す風景・空気に魅了されてしまったのだ。

確かに怖いのだが、一方で美を感じる。こういう感想をもつ方は多いと思うのだが、ボクの場合は、散々書いているように、イメージとして頭の中で展開される絵としての美しさである。『獄門島』はその頂点であり、これに『悪魔の手毬唄』『八つ墓村』『孔雀屏風』『真珠郎』などが続く。
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推理小説(探偵小説)としての評価にはまったく興味がないので、あくまでもこれはボクの好みである。謎解きも面白いんですがね。

推理小説を読み始めたのは比較的早く、小学校一年生の頃に家に突如現れたジュブナイル版のシャーロック・ホームズ全集が最初である。

この後、ポプラ社から出ていたジュブナイル版のアルセーヌ・ルパンシリーズを摘み読みし(『813』と『奇岩島(奇巌城)』以外はピンと来なかった)少年探偵団シリーズを経て江戸川乱歩に辿り着き、
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ナゼかエラリー・クイーンとアガサ・クリスティーに舵を切りつつ(これまたお袋がほとんど持っていて、補完したのがボクだ)ミヒャエル・エンデ、アーシュラル・K・ルグイン、ロバート・E・ハワード、マイケル・ムアコックとファンタジー路線を突き進み、

ジュール・ヴェルヌ、H・G・ウェルズ、エドガー・ライス・バロウズ、エドマンド・ハミルトン、フィリップ・K・ディック、ポール・ホーガン、星新一、野田昌弘、平井和正、豊田有恒、塩谷隆志、火浦功、高千穂遥、夢枕獏と、SFが本格化しつつ、小林信彦、井上ひさし、北杜夫を併読していたのが高校時代。

井上ひさしは『ブンとフン』(新潮文庫)の初版を新刊で買っているので、かなり早い部類になるが、高校時代に出た『吉里吉里人』は四六ハードだった上にでかすぎたので、文庫になるまで必死で待った。
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北杜夫は横溝正史とは異なる美を見つけてしまったので(特に短編に顕著だと思う)、ソッコーではまった。で、ここから短編小説を集中的に読み始めた。

乱歩は長編ではいまいちピンと来なかったのだが、短編(特に初期の作品)にはものの見事にはまってしまった。『パノラマ島奇談』は中編に属するのかもしれないが、初読の時はびっくりした。滅茶苦茶にも程があって呆気にとられたのだ。ツボだったけど。
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これで短編熱に火が付いた。芥川龍之介、夏目漱石、泉鏡花、坂口安吾、稲垣足穂、三島由紀夫、川端康成、小松左京等々。

特に川端康成『掌の小説』には圧倒された。夏目漱石の『夢十夜』にも大概驚いたのだが、『掌の小説』の方がボク的には未だにトップである。
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ちょっと短編小説とは違うかもしれないが、大学院の時に恩師に奨められて読んだ上田秋成『雨月物語』にも驚いた。これは大学院時代と今の稼業になって二度挿絵を試みてものの、見事に失敗している。あくまでも私的な実験です。ちなみにまだ諦めていません(笑)
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会社員時代はお給料を使う暇がなかったので、とにかく書店で面白そうと思ったのは片っ端から読みまくった。この頃は司馬遼太郎が多かったかな? ボクのベストは『花神』と『風神の門』の二作。
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あとはウイリアム・ギブスンくらいかな? 『ニューロマンサー』はピンと来なかったのだがそれでも『カウントゼロ』『モナリザ・オーヴァドライヴ』の三部作(ハヤカワSF文庫)はちゃんと読んだ。好みは『クローム襲撃』(これまた短編集)。
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今の稼業になってからは、もっぱら原稿を楽しんで読んでいる。それでもキム・ニューマンはちゃんと買ったし(!)池波正太郎の「仕掛け人・藤枝梅安」シリーズもつい最近である。
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単身赴任してた時に実家で見つけて(またかい!)一気読みしたのだが、池波正太郎に関しては、実を言うとボクはこのシリーズしか読んでいない。

実家で発見(?)して読みふけった本では、他に戸田猪佐武『小説吉田学校』『党人の群れ』(角川文庫)もある。これまた昔からある本なのだが、通読したのはここ4〜5年じゃないかなぁ?
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装画・挿絵を担当させていただいた作家さんの中に、上述した小林泰三さん(SFマガジンでのボクのデビュー作が氏の『肉食屋敷』(!))や田中啓文さん、牧野修さん、田中哲弥さん等々関西の作家さんがいて、中でも田中啓文さんには小説だけでなく、アルト・サックスまで教えてもらっている。
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「ワイド・スクリーン・バロック」なるジャンルSFを教えてくれたのも田中啓文さんで、バリントン・J・ベイリーの『禅銃(ゼンガン)』(タイトルでもうすごい)『カエアンの聖衣』、グレッグ・ベア『ブラッド・ミュージック』(すべてハヤカワSF文庫)を愉しませていただいた。上述した林譲治さんとお近づきになったのもこの頃である。
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牧野修さんは『ことのはの海 カタシロノ庭』(SFマガジン)連載第一回目をお願いし、その後『逆奏コンチェルト』(徳間書店)の連載でも第一回をお願いした。
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牧野修さん、田中啓文さんは、とにかく企画ネタの短編に滅法強くこの関係で(ボクも企画ネタは大好き)倉阪鬼一郎さんや森奈津子さんの著作にも出会うことができた。倉阪鬼一郎さんは、昨年上梓された『猫俳句パラダイス』(幻冬舎)で扉絵を担当させていただき、猫を描きまくった。
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ちなみに、初めて猫の絵をお仕事で描かせていただいたのは柄刀一著『猫の時間』(光文社文庫)なのだが、この前にも講談社でいくつか担当させていただいた。
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あとは大学院時代の論文関連で、浮世絵、印刷関連の当時手に入るもの(もちろん大学図書館にあるものは片っ端から読んだし、高くて買えない古書の専門書は、論文担当の恩師が研究費からお金を出して買ってくれた。もちろん大学図書館に今もあるはず)は、とにかく読みまくった。

大学院時代はこれらの文献だけで手一杯だったので(いや、楽しく読んでたんですが)小説はほとんど読んでいない。

●音楽もマニアック

音楽も相当影響を受けているだろう。とくに上述したように、田中啓文さんとお近づきになってからは、マニアックな音楽ネタをめちゃめちゃ教えていただいた。フリー系はほとんど田中啓文さんが情報源。

山下洋輔トリオは『キアズマ』を聴いていたので知っていたのだが、紙ジャケット仕様の復刻版(『キアズマ』以外のアルバムはまともに手に入れるのが難しかったのだ)を教えてくれたのも田中さんなら、
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高木元輝、阿部薫、ハル・ラッセル、マーズ・ウィリアムズ(大ファンだ)、ケン・ヴァンダーマーク、ポール・ニルセンラヴ、マッツ・グスタフスン、ハミッド・ドレイク、ローランド・カーク、等々。数え出したらキリが無い上にマニアック過ぎるのでこの辺でパス。

以前も書いたが、流行りものには(特に音楽)ナゼか条件反射的に背を向けてしまうので、他の音楽もかなり歪に偏っている。

初めてマジメに聴いたのは、ベニー・グッドマン・オーケストラだと思う。ステレオセットが初めて家に来た時、お袋が聴いていた。

親父はクラシックのオーケストラばかり聴いていた気がするのだが、お袋と違って傷でもつけようもんなら何を言われるか分からないので避けてた(笑)

記憶が不確かなのだが、小学生のとき同級生に「KISSがスゴい」と聞いて、同級生の家に聴きに行ったのだが「こんな無茶苦茶なコトがありなのか!」とビックリした。確か『A LIVE II』だった。
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この直後に「FMでライブ版特集をするらしい」という情報を聞いて、ステレオセットの前に陣取ったのは言うまでもあるまい。

本当にたまたまだったのだが、その時聴いたエアロ・スミスの『LIVE Bootleg』がボク的にはKISSを上回ってしまい、この時点で当時の同級生達のメインストリームから見事に外れた。
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エアロ・スミスは他にも何枚か持っているのだが、未だに『LIVE Bootleg』がベストである。iTunesのプレイリストにもキッチリ入っていて、今も愛聴している。

その後、ハード・ロックは色々聴いたのだが(ディープ・パープルとかレッド・ツェッペリンあたり)『LIVE Bootreg』を上回るものはなかなか見つからなかった。

周囲がYMOで大騒ぎしていたので、何故かディーボに走ってしまい(天邪鬼だ)彼らの後を追うようにテクノからテクノ・パンク(?)へ逸れかけたのだが、ヴァン・ヘイレンのデビュー作『炎の導火線』の「暗闇の爆撃」(インストだ)にやられて変態系ギタリスト(!)を探していたら、
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ジミ・ヘンドリクスの『Live At Monterey』にいきなりぶつかり、大興奮して
たら、
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『Live at Woodstock』の「Star Spangled Banner」(アメリカ合衆国国家をベ
ースにしたインプロビゼーション)で完全にKOされて、
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それ以来ジミヘンにどっぷりである。この時、知らず知らずのうちにフリー・インプロビゼイションへの下地が出来たような気がする。

ジェフ・ベックも何枚か聴いたのだが、ボクにはスタイリッシュ過ぎてピンと来なかった。どちらかというと、泥臭くてグチャグチャな方が好みらしい(笑)

それでも大学の同級生が教えてくれた、ロッド・スチュワートの『ガソリン・アレイ』には度肝を抜かれた。全盛期のイメージとはまったく違い、渋くて格好良過ぎ!
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この辺りからブルースをマジメに聴き始めた。プレイヤーはもう省く。多すぎる上にマニアック過ぎるから。それでもサン・ハウスとジョン・リー・フッカーは大好物なので、参考までにあげておく。

同級生が教えてくれたネタでは、デヴィッド・ボウイ(グラム時代のイメージが強くて聴いていなかった)が代表かな? これまた数え出すとキリがないのでパス。

会社員時代はレッド・ホット・チリ・ペッパーズ『Mother's Milk』に惚れ込んで、他の似たような系統(ファンクとロックを融合したようなスタイル)のミュージシャンのアルバムを聴いていたのだが、これまた多すぎる上にマニアック過ぎるので、詳細は割愛だ!
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クラシックは上述したように基本避けていたのだが、何かの機会にグレン・グールドの『Bach: Goldberg Variations』(晩年の方)を聴いてこれまたぶったまげた。以来、グレン・グールドの大ファンである。
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たくさんアルバムを残しているが、お奨めは『Beethoven: Piano Sonatas #8, 14 & 23』と『Mozart: Piano Sonatas #11, 15 & 16』。有名な曲なのでグールドの無茶ぶりがよく分かると思う。バッハ系もいいのだが、こっちはマニアック過ぎる(笑)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00FG6V8TA/dgcrcom-22/
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●ボクの世界観は拡大を続ける

いい加減、疲れてきたのでこの辺でまとめに入りたい。本と音楽だけでこの調子である。ここに映画が入ると、もうマニアックなネタ満載になるのはご想像できるだろう。

流行モノに背を向ける悪いクセがあるものの、滅多に表に出てこないネタだってこれだけあるのだ。世の中、どれだけまだボクが知らない本や音楽があるのか見当もつかない。これがマニアックなモノとなると、もう凄まじい量だろう。

ボクに言わせれば、メディアで取り上げられるのはこうした膨大な量のほんの一部どころか、ほとんど点に等しい。ボクが知ってる限りでも、全体からすればもう微々たるもんである。

これは「まだボクの世界観を広げてくれる余裕が腐るほどある」というコトを意味するに過ぎない。好奇心が衰えない限り追い続けるだろうし、偏りもより歪になるのは明白だが、ボクはそれでイイと思っている。

ちなみに、どこかに限界はあるにしろ人類の知識は全体(があるならの話だが)の一瞬でしかないとボクは思っている。

例えば「光りの速度を超えるものはない」というのが、現代物理学の常識であり定式だが、もしかしたら光りより早い何かがあるような気すらする。

妄想に等しいのかもしれないが、単に人類が観測できなかったり、現代の物理学が理論化できないだけの話、という可能性だって捨てきれない。

そもそも宇宙と言ったって、人類が観測できる範囲でしかないのだ。新しい観測結果が出て、理論がくつがえるなんてのはザラにある。

つい最近だって、素粒子は人類が考えていたよりもめちゃめちゃ多いどころか、常時生み出されているという論文が発表されたばかりである。地球上では稀少なのかもしれないが、宇宙ではありふれたものらしい。

素粒子一つでこれである。もう何があっても不思議じゃないし、ボクが基本「何でもあり」という無茶苦茶過ぎる姿勢なんてのは、可愛いもんである。

ボクの何でもありな世界観がどんなものなのか説明しきれずにいるのは残念なのだが、その一角程度は示せたと思う。

ここに考古学が加わると、さらにややこしさが加速するのだが、今回はパス。というのもネタの宝庫だからだ。今後の駄文のために秘匿しておくことにする(笑)


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
http://yowkow-yoshimi.tumblr.com/

来る3月25日「文学フリマ前橋」で、ポストカード等の販売もあるみたいです。なぜかこの展示即売会のポスターにも絵が採用されました。ボクは行けませんが、にゃんが行きます。
詳細はこちら。
https://bunfree.net/?maebashi_bun02

KISS「A LIVE II」のところの小学生時代の件ですが、これ本当です。同級生のお姉様がお持ちだったのものを、同級生を通じて聴かせていただきました。アルバムの発表が1977年。ボクが初めて聴いたのは同年の秋だったように記憶します。小学校6年生ですね。

今回の作文では省きましたが、いわゆる「ラジカセ」なるものが流行っていた時期でもあります(懐かしっ!)