まにまにころころ[134]ふんわり中国の古典(孫子・その14)兵を死地に追い込むことの意味/川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito

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コロこと川合です。去年の暮れあたりから吉川英治『三国志』を少しずつ読み進め、先日読み終えました。今度は同じく吉川英治の『私本太平記』をまた少しずつ読んでいるのですが、孫子の影響が随所に見られて面白いです。

孫子の影響が、というか、戦争の話なので自然と戦略や戦術が語られ、孫子に書かれている話が当てはまる個所が多いというか。直接的に孫子の名前も何度か出てきますが。

まあ『三国志』は、三国の一角、呉の孫権は孫武の後裔を自称していますし、前にも書きましたが、後の世にこれだけ『孫子』が伝わっているのは、曹操が取りまとめた功績も大きいということで、孫子の影響があって当然ですけども。

また『私本太平記』には、楠木正成・正李兄弟が一時師事していた人物として、大江時親という隠棲していた兵法家が出てくるのですが、時親は前に行軍篇で触れた、源義家に兵法を教えた大江匡房の子孫で、戦国時代に中国地方に覇を唱えた毛利家の祖です。

大江匡房は『闘戦経』という、現存する最古の和製兵法書を記したといわれます。執筆動機は『孫子』はそのままでは日本に馴染まないということで、その点を補う意味合いで書かれたものとのこと。

『闘戦経』についてもそのうち詳しく触れてみたいんですが、最古の和製兵法書ということで、なんというかその、極端に日本大好きな方々(婉曲表現)によってイデオロギー含みで紹介されることが多く、ちょっとめんど……いや、熟慮の上で丁寧に書く必要があると思う次第です。

全部合わせても短いし、手頃な解説本や現代語訳が見つかれば、また一緒に読んでいきましょうか。

話が逸れましたが、吉川英治は数年前に没後50年を迎え、パブリックドメインになっているので、青空文庫で無料で読めます。Kindleでも出ていますので、ご興味あればぜひ読んでみてください。

さて、本題の孫子へ。今日は九地篇の続きからです。




◎──『孫子』九地篇(四〜五)

戦上手は、例えば「率然」のようなものだ。率然とは常山に住むヘビの魔物。その首を撃てば尾が攻撃してくるし、尾を撃てば首がくる。中程を撃てば首も尾も一緒に攻撃してくる。

問おう、軍隊をこの率然のように行動させられるか?
答えは、できる。

呉の人と越の人は互いに憎み合っているが、同じ舟に乗って、その舟が大風に遭った場合には、左右の手のように助け合うだろう。

馬を繋ぎ車輪を埋めて陣を固めても、それだけでは頼るには心許ない。兵の勇を整え一丸とさせるには、そうさせるための仕掛けが必要だ。

剛柔、強い者も弱い者も、存分に力を発揮させるには、地の道理に従って指揮するのだ。戦上手は軍隊を、手を取ってまるで一人の動きのように自在に動かす。それは、兵士たちがそうせざるを得ない状況に追い込むからである。

軍を率いる将たるものは、静かで奥深く、正しくあって軍を統治する。兵士の耳目をくらませて、考えを悟らせない。動きに変化をつけ、作戦も切り替え、戦略を読ませない。

軍の駐留場所も動かし、行路もさまざまに迂回し、兵士に推察されないようにする。軍を率いて、いざ任務を与える時は、高所に上らせ梯子をはずすごとく追い込む。

深く諸侯の地へ進軍し、いざ決戦と期すれば、舟を焼き、釜を壊し、後に引けない状況を作って、羊の群れのように追い込む。

兵は追われるままに行き来するが、行き先は知り得ない。全軍を集めてそれを険しい地に投入するのが、将の仕事である。九地の変、屈伸の利、人情の理、これらを十分につかむ必要がある。


◎──『孫子』九地篇(四〜五)について

「呉越同舟」の出典ですね。ここでは、憎み合ってる者同士でも窮地になれば手を取り合って事に当たるように、状況が差し迫れば一致団結するものだと。そういう状況に追い込むのが、将の役目だと言ってるんですね。ああブラック。

もちろん、単に追い込んだって死ぬか逃げるかするだけなので、将はきちんと、地勢の状況をみて、進退の利害を読んで、人情の機微をついて、その上で上手に追い込む必要があると。しかもその過程は悟らせない。それが優れた将だと。

まあひどい話っちゃあひどい話ですけど、たぶん本当に優れた将の場合、兵が仮に意図を察したとしても、それでも従うんだろうなあ。そういうカリスマ性を持ってるんだろうなあと。


◎──『孫子』九地篇(六〜八)

敵地に侵攻する時、深く進んで「重地」に至れば兵は結束するが、浅く「散地」「軽地」であれば、散じてしまいもする。

自国を離れ国境を越えて軍を率いていくということは、断絶された「絶地」に進むということである。

四方に道が通じている「衢地」、敵地奥深くの「重地」、敵地浅い「軽地」、背後険しく行く先は狭いのが「囲地」、行き場のない場所が「死地」である。そこで将は、

・散地では、志をひとつにさせるようにする。

・軽地では、部隊を近接させ連続させて密に連携させる。

・争地では、後続を急がせる。

・交地では。守りを堅くさせる。

・衢地(くち)では、諸国との結びつきを強めようとする。

・重地では、食料の補給が絶えないようにする。

・ヒ地(「ヒ」は、土偏に己)では、早く通過させるようにする。

・囲地では、逃げ場をふさごうとする。

・死地では、戦って勝つしか生きる道がないことを示すようにする。

そうすることで、兵士たちの心は、囲まれそうになればそれを防ごうとするし、戦わざるを得ないならば奮戦するし、危険があまりに過ぎれば将に従順になる。

諸外国の思惑が読めないでいては、事前に同盟を結んでおくことができない。山林、険阻、沼沢地などの地形を知らないでいては、軍を進められない。その地に詳しい案内役を用いない者は、地の利を得ることができない。

これらの、うちひとつでも知らなければ、その軍は覇王の軍ではない。そもそも覇王の軍とは、その軍が大国を攻めれば、その大国の軍はバラバラになって集まることができず、威圧するだけで同盟も崩れ救援もなく孤立する。

だから覇王の軍は、天下の諸国との同盟に努めず、天下の権力をこつこつと集めなくとも、自由に振る舞い、その威勢は敵国へと鳴り響いていく。

そして城は落ち、国も破れる。規範を超えた恩賞を施し、規範を超えた禁令を掲げ、全軍を集めての大部隊を操ることも、まるで一人を動かすようなものとしてしまう。

兵を動かすには、任務を与えるだけでいい、説明してはいけない。有利な点だけを伝えて、害は触れてはいけない。滅びてしまうような死地に投入してこそ、はじめて生き残ることができる。危機に陥れてこそ、はじめて勝利を得ることができるのだ。

戦争の要点は、敵の意図を読んだ上であえて進み、千里先において敵将を討ち取ることだ。これが巧みな成功というものだ。

そのためには、開戦を迎えた日、まず関所を封鎖し、通行証を破棄し、使者の通行を止め、廟堂において軍議を重ねて、戦略を練る。敵に隙あらば必ず迅速に侵攻し、敵の重要拠点を秘かに狙い撃ち、敵情に応じて修正を加えつつ、決戦を図る。

はじめは処女のように振る舞って敵の油断を誘っておいて、隙を見るやいなや、脱兎の如くすばやい動きで攻撃することで、敵はこれを防ぐことができない。


◎──『孫子』九地篇(六〜八)について

九地篇はここまで。全体を通じて言っていることは、地勢に応じた彼我の兵士の心情を理解し、味方の兵を上手く死地へと追い込んで、奮戦させろと。まあなんてブラックな。

でも、前回も書きましたが、孫子はそもそも、戦争自体に反対なんです。それでも戦争が避けられないならば、どうすれば自国の被害が最小限に留まるか、どうすれば一刻も早く終戦を迎えられるかを述べています。

戦争になって、やるかやられるかの状況では、ブラックもなにもない。綺麗事並べて被害を拡大させてたら意味ないので、とにかく早く勝つことが第一です。

孫子は、兵士を必死に戦わせたいだけで、死なせたくはないんです。兵士には、勇敢な人もいれば臆病な人もいて、勇敢な人だけが戦って臆病な人は逃げ惑うようでは勝てないので、皆を果敢に奮闘させるために追い込むんです。

生きるためには勝つしかない。勝つためには奮戦するしかない。軍が勝ち、生き残り、国が存続するために、兵を死地に追い込む。

私欲のためや、上に立つ者が楽をするためじゃないんで、ブラック企業の自己正当化に使っちゃダメです。戦争はあくまで戦争。ビジネスはあくまでビジネス。応用するのは構わないですが、そっくりそのまま都合よく当てはめるのはちょっと勝手すぎます。

まあ、この九地篇あたりを読むと、将はひどいなあ、兵はかわいそうだなあと思ってしまいそうですが、最初の方を思い出せば、将には将で、高度で難しい要求をしていましたよね。将だって大変。さらに君主だって大変。

勝つために、それぞれがそれぞれの役割を高度に果たさなきゃいけなくて、なかなか互いに互いの苦労を分かり合えないのは、ビジネスでも一緒かもしれません……。

最後の、処女の如く脱兎の如くのくだりは有名ですね。まるでまだ世間も何も知らない女の子のように見せかけて、相手が油断し隙を見せたら、逃げる兎のような素早さで急襲する。素早く攻めることの例えに、逃げる兎を持ってくるところがちょっと違和感あるんですけど。(笑)


◎──今回はここまで。

残すは、火攻篇と用間篇のみ。どちらもあまり長くないので、次回一気に最後まで進められるかもしれません。終わらなかったらゴメンナサイ。

本当は今回、火攻篇まで進めるつもりだったのに、思いのほか長くなって持ち越したので。でもなんとか終わるよう、善処します。

最後まで終わったら、その次の回で、総集編を書くつもりですので、途中で脱落した方は、次々回をお楽しみに。


【川合和史@コロ。】koro@cap-ut.co.jp
合同会社かぷっと代表

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