エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[15]旅するみじんこ もちもち焼き餃子
── タカスギシンタロ(超短編ナンバーズ) ──

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◎旅するみじんこ

ミジンコは変身する。それもかなり禍々しいスタイルに変身する。[ミジンコ 角]で検索していただければ、さまざまな画像が出て来ると思うので、ご確認いただきたい。

捕食者の存在を感知すると、愛嬌あるちょっとユーモラスな格好のあのミジンコが、頭に角の生えたいかめしい姿へと変化するのである。それはひとつの防御形態であり、食べられる確率を少しでも減らそうという生存戦略なのである。

なぜいきなりミジンコの話から始めたかというと、東京都杉並区高円寺にあるお店と関係があるからだ。その店の名は「みじんこ洞」。





飲食店で「みじんこ」という、あまり食欲をそそらない言葉を店名に使うこと自体珍しいのに、その上「洞」である。「みじんこのほこら」なのだ。店の名前にすでに怪しさが漂ってしまっている。

実際、店主によれば、ドアを開けるのをためらい、ついに勇気が出せずに帰ってしまうお客さんも多いのだとか。

で、じっさい怪しい店かといえばそんなことはなく、店主のみじんこさんとお母さまが母娘でやっている、アットホームな家庭料理の店なのであった。

名物は里芋のコロッケ。ジャガイモのコロッケとはまた違う、ねっとりとした食感がクセになる味だ。豚肉と大根の角煮は焼酎によく合うし、チーズと野菜の肉巻フライはビールにぴったり。お財布が寂しいときは、たまご丼350円が優しく胃袋の隙間を埋めてくれることだろう。

とにかくすばらしい店なのだ。料理がおいしいだけでなく、たくさんのミニコミ誌をあつかうお店というのも魅力。自分も「コトリの宮殿」という超短編ものがたりを掲載したフリーペーパーを毎号置かせてもらっている。

また、月に一度開かれるミニコミ会がマニアックなミニコミの発行者と出会える場となっていて、自分は二、三回しか参加したことがないが、なかなか刺激的で楽しい集まりだと思う。

さらに、ギャラリーもある。三階の屋根裏が展示スペースとなっていて、その名もギャラリー「めばちこ」という。

めばちことは関西の方言で「ものもらい」を意味する言葉だが、なぜにそこまで一貫して怪しい方へと向かうネーミングなのか……。

実体は使いやすい展示スペースで、土日二日間の使用で一万円という安さもあって、いつも予約でいっぱいだ。

ミニコミの展示もあり、ギャラリーも併設され、結果としてみじんこ洞はさまざまなジャンルの作家さんが集まる場所となっている。漫画家、造形作家、声優、研究者……。

自分もお店でフリーペーパーを折っていて、気がつけば芥川賞候補にもなった有名作家に作業を手伝ってもらっていたことがある(その節はありがとうございました)。この店で知り合になった作家は数知れない。

さて、ここまで読んでいただいて、みじんこ洞へ行ってみたいと思われる方もいるだろう。そこで、大変残念なお知らせをひとつ。みじんこ洞は2018年4月15日をもって閉店してしまうのだ。

閉店の理由は経営上の問題ではなく、どうも建物に問題が生じてしまったためらしい。

大好きな店がなくなってしまうのは本当に悲しい。そして別れは突然にやってくるのだ。自分にとって大切なお店だが、しかし自分の都合とは全く関係なく、みじんこ洞はなくなってしまう。

人との別れも同じかもしれない。しかし実際のところ、人間のつきあいの方が寿命が長い。今回のことで、どんなにすばらしお店も、今この世に存在していることが一つの奇跡だと思って、行けるときには足を運ぼうと誓った。

大好きなお店には、いつかではなく、思い立ったときに、すぐ行くのだと。

さて、話は冒頭の微生物、甲殻類のミジンコに戻る。

ミジンコ(Daphnia pulex)には謎がある。じつはミジンコは外来種だというのだ。最近の研究によれば、せいぜい数百年前から数千年前に北米から侵入してきたらしい。そう、原産地は北米なのである。

ペリー来航よりずっと以前に、いったいどうやってミジンコは北米からやって来たというのか。小さな生き物の大きな謎である。

突然わたしの前に現れた素敵なお店、みじんこ洞はわたしの前から唐突に消える。しかし本家のミジンコのように、遠い世界へと旅に出て、どこかにひょっこり現れるんじゃないだろうか。そんな風に期待してしまう。

いつか思わぬ場所で、あるいは変身した姿で、またみじんこ洞に出会える。そんな気がしてならない。


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◎もちもち焼き餃子

ミジンコサンがふと窓の外を見ると、四つの目玉が並んでいた。店のドアを開けてみたが、ただ木の葉が風に舞うだけで、その時にはもう、何者の姿も見えないのだった。

「ウマソウダッタナ」

森へ帰る道すがら、たぬきはつぶやく。

「アレハ包ンデ焼ク『行者』トイウ食ベ物デアル」

きつねは物知り顔で応えた。

「知ッテライ」

二匹は森へ帰るとさっそく『行者』(餃子)を作ることにした。モクレンの花びらに食材を包んで松ヤニで閉じるのだ。きのこや山菜、どんぐりや花のつぼみ、いろんなものを包んだ。中にはもぞもぞと動いている包みもあった。

「サテ、コレヲ焼クノダガ、火ハ熱クテ怖イヨ」

「俺ニマカセトケ」

たぬきときつねは村で唯一の信号機によじ登り、赤信号に手作り餃子をぺたぺたと貼りつけた。モクレンの花びら越しに、赤信号は不思議なオレンジ色の輝きを放つ。気がつくとおんぼろトラックが一台止まっていた。ぼんやりした姿の運転手が叫ぶ。

「オレンジ色の信号! 何年このときを待ったことか。やっと出発できる。やっとここから抜け出せるんだ。君たち何が欲しい? 何でも欲しいものを言ってごらん」

「行者、焼イタノ百個!」

たぬきの願いはかなえられた。トラックの荷台から炎に包まれた白装束の行者が降りてきたのだ。二匹は一目散に逃げ出した。その後を百人の行者が追いかける。トラックは静かに発進し、どこかへと消えた。

しばらく後、赤信号に貼り付いた花びらの中からカエルが一匹這い出してきて、夜空へ向けてジャンプした。(みじんこ洞フリーペーパー収録作改稿)


【タカスギシンタロ/超短編作家/フリーペーパー「コトリの宮殿」編集長】

『コトリの宮殿』では500文字程度の短い物語を募集中です。
原稿はkotorinokyuden01@mac.comまでどうぞ。

コトリの宮殿バックナンバー
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みじんこ洞twitter @mijincodou