[4537] 片付け作業と「トイ・ストーリー3」

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《駒場寮内の芸術活動について情報求む》

■装飾山イバラ道[220]
 片付け作業と「トイ・ストーリー3」
 武田瑛夢

■Scenes Around Me[24]
 東京大学駒場寮の事(3)
 駒場寮内で見た美術展
 関根正幸




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■装飾山イバラ道[220]
片付け作業と「トイ・ストーリー3」

武田瑛夢
http://bn.dgcr.com/archives/20180327110200.html
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春は仕事や学校などの自分の居場所が変化する人も多くて、引っ越しや片付けが大変な時期だ。私も古くから持っているモノを確認しては、モノの行き先を考える日々を送っている。

●「トイ・ストーリー3」

そんなところで、先日TV放映されていた「トイ・ストーリー3」を見た。これすっごくいいですね。この時期にコレというのもちょうどいい。シリーズ最初の「トイ・ストーリー」は、やはりTVで見たことがあったと思う。

※以下は映画のネタバレを含みます。

男の子(アンディ)のおもちゃたちが、人が見ていない時だけ動いて騒いで、物語を展開していくもの。おもちゃが、見ていない時に自分たちの世界を持っている話は、小さい頃から色々と見たと思う。

しかし、これはそういうありきたりを超えた、複雑な心理描写があるストーリーなので、皆に愛されているのだとわかった。

「トイ・ストーリー3」では、大学へ進学するおもちゃの持ち主がすっかりおもちゃで遊ばなくなり、おもちゃたちは自分の処分先とその後について不安になる。引っ越し先の大学の寮へ持って行くダンボールと、屋根裏部屋行きとゴミ箱行きの三つの運命。

可愛いおもちゃたちにはあまりに過酷な選別で、最近の片付けでモノをだいぶ処分した私には辛いシーンだ。まだ未決の箱がたくさんあるので、それを思い出す。これが日本の話だったら、「人形供養」行きの箱もありそうだ。

そこには片付けにつきものの、捨てる判断に罪悪感が出てしまうような、捨てられる側(おもちゃたち)からの視点が見える。

おもちゃたちはいつか遊んでもらえるという期待を持ちながらも、客観的に見てもう無理だということがわかっている。

映画のおもちゃたちは、人が見ていない時は動けるので、身の振り方を自分で決められる。このおもちゃたちの個々の判断が面白い。

アンディだってもう大学生になるけれど、大好きなおもちゃをどうするか、実は大いに悩んでいる。おもちゃに気持ちを聞けたなら、できるだけ叶えてあげたいはずだ。ただ「昔のように遊ぶ」ことだけは、年齢的にもう無理なのだ。

私は今でもおもちゃが好きなのは、ここで書いているのでご存知かもしれないけれど、昔からずっと同じもので遊んでいる訳ではない(笑)。

どんなものにも、興味→体験→習熟→退屈のような流れがあるようだ。おもちゃもガジェットも、新陳代謝は必要なのだ。

●モノとの関係性

片付けの本で有名なこんまりさんが、あるモデルの女性宅の片付けを手伝うというTV番組を昔見た。衣装部屋には大量の洋服やバッグがあった。

洋服の量が多いのは、モデルさんなので仕事道具とも言える。こんまりさんはモデルさんに、それぞれのモノをどこでどのように手に入れたのかを次々に聞いていた。

驚いたのは、このモデルさんが、服やバッグを買った時期や状況、入手経路などをほぼすべて覚えていたこと。

それぞれにどんな思い入れがあるのかも明確で、バンバン捨てさせるのが得意のこんまりさんも、さすがにこのモデルさんのモノについては「持っていていい」という判断だった。

不必要なのは、ある意味のないモノだけなのだ。

私はこの春の実家片付けで、自分の所有ではないモノをたくさん捨てるのを手伝った。モノを手に取れば、それはいつどこで誰がどのように入手したモノなのかを見極めることになる。

自分のモノではない場合は、想像を広げることになる。残す残さないの判断も同時に行う。それは簡単なこともあれば、つい保留ボックスへ入れてしまうものもある。

自分が使っていたモノの方が、モノとの関係性の仕組みがわかりやすい。判断には階層があって、パパッと瞬時に出来るものと、そこに残る価値や存在性をじっくり考える必要があるものがある。

使うか使わないか、また買えるかもう買えないかなどは、すぐに判断がつきやすい。しかし「思い出」に関わるモノについては、判断に時間を要するようだ。

気持ちを動かす何かがあるモノには、人との縁や自分の特別な経験、そのモノを使っていた時期に対する執着が染み付いている。

そのモノによって思い出される年代が、バラ色か暗黒なのかでもその処理が変わる。暗黒時代のモノはきっと暗黒物質だから、即座に捨てて構わない(笑)。

思い出したくもない時代を思い出すきっかけになるモノを、なぜ取っておいたのか。きっと嫌になる程じっくり関わったからだと思う。関わったり向き合った分だけ、それなりに大事だったのかもしれない。

しかし人生も半ばになると、もう思い出したいことだけでいいと考えるのだ。

モノから得た経験はすでに自分自身という形になっているのだと思うし、物質にこだわる必要はない。それでなくてもこの世界は新しくて素敵なモノでいっぱいで、新しい経験を自分に取り込むには「余裕」が必要なのだ。

冒頭の「トイ・ストーリー3」では、おもちゃたちの中心核となる存在のカウボーイ姿のウッディが、ラストで絶妙な判断をする。

おもちゃたち全員や持ち主が、どうなれば幸せなのか、真剣に考えた結果で、それはそれは素晴らしい。自分と自分の周りにいる者たちにとって常に一番良いと思える行動をする、賢者の特性を兼ね備えたヒーローなのだ。


【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
http://www.eimu.com/

また「スプラトゥーン2」のフェスの時期が来た。ゲームの中のフェスというのは、二つのチームに分かれて対抗戦をするというもの。

マヨネーズ対ケチャップとか、似たような二つの言葉からどちらかを選んで、その色のTシャツを着たキャラクターで、ナワバリを塗り合う。

今回はナイキのスニーカーの「最新モデル」か「人気モデル」か、自分ならどっちを選ぶかというものだった。私が選んだのは「最新モデル」。

一日分の対戦結果の総合集計によって結果が出る。戦いは負けると本当に悔しいのでかなり本気だ。最近のお気に入りのブキは、赤ザップかバケデコかな。


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■Scenes Around Me[24]
東京大学駒場寮の事(3)
駒場寮内で見た美術展

関根正幸
http://bn.dgcr.com/archives/20180327110100.html
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駒場寮のことについては、オブスキュアギャラリーの展示だけではなく、寮内で撮影した写真全般について紹介するつもりです。

ですが、私が出入りしていた頃の駒場寮に関しては、今のところ松本博文「東大駒場寮物語」という当時の寮生が書いた本以外に資料がなく、あとは個人的に伝え聞いた話を書くつもりなので、事実関係について思い違いが多いと思います。

なので、間違い等ありましたら、ご指摘頂けるとありがたいです。



今回は、写真を撮らなかったいくつかの展示についての覚え書きになります。

駒場寮には武盾一郎さんの個展が終わった後、しばらく足が遠のいていました。

オブスキュアギャラリーは武さんの個展がこけら落としで、その後も展示が続いたのですが、この頃はギャラリーの運営をしていた長谷井宏紀くん達との面識がなかったこともあり、鷹野依登久くんの個展までオブスキュアギャラリーには通いませんでした。

鷹野依登久くんとも、AKIRAさんのパーティーで知り合いました。鷹野くんは武さんや山根康弘くん達と新宿西口の段ボール村で絵を描いていて、当時は駒場寮に暮らしていました。

前回書いたように、武さんの個展のクロージングイベントで、鷹野くんは武さんとライブペイントを行っています。

鷹野くんの展示は、私の唯一の通信手段だったポケベルに連絡をもらい、仕事先から昼休みに見に行ったのだと思います。

鷹野くんはギャラリー入口付近の渡り廊下で、絵を描いていました。そこで鷹野くんと立ち話をしただけで、ギャラリー内の展示は見なかったと思います。

鷹野くんは解体現場から持ってきたと思われるパネルに絵を描いていたのですが、釘を抜いた跡を補修せずにいるのが気になった記憶があります。

連載3に書いたように、この時は使っていたカメラ(Contax TVS)を壊していたので、展示の写真は撮影していません。



これは知っている人は知っている話ですが、当時の駒場寮内には、オブスキュア以外にも複数のギャラリーがありました。

以前、連載18:のざらし画廊界隈の展示の回で触れた、石川雷太さんの個展は、コマバクンストラムというギャラリーで開催されたと記憶しています。(1997年5〜6月)

石川雷太さんの展示は、オープニングとは別の日に屋外の作品(看板)を見ています。

また、石川雷太さんの次の展示だと思いますが、タムラサトルさんという作家のインスタレーションを、同じギャラリーで見ました(1997年6〜7月頃か)。

インスタレーションは、棒の先にくくりつけられた実物大のワニのオブジェ数体が、ギャラリー内で高速で回転しているというものでした。

作家名を長い間失念していたのですが、昨年水戸芸術館で購入した美術展のカタログの記事から、タムラサトルさんだと分かりました。

もう一つは、ホワイトルームというギャラリーだと思いますが、伊東篤宏さんの大量の蛍光灯を使った展示を見た記憶があります(1998年1〜2月頃か)。

伊東さんはギャラリーの入口に常駐して、寮生とコミュニケーションを取っていたそうですが、私はたまたま伊東さんがいない時間にギャラリーに行ったこともあり、展示の写真は撮っていません。

伊東さんには、後々、オブスキュアギャラリーを通じてたいへんお世話になりました。

これらの展示を含め、駒場寮内では様々な活動が行われていましたが、その全貌はまだ明らかになっていません。

10年くらい前に行われた武盾一郎さんの回顧展で、駒場寮内で行われた芸術活動を紹介しようとする動きがあったのですが、結局実現しませんでした。

駒場寮内の芸術活動については、なんらかの情報を知っている人に話を聞きたいと、今でも考えています。



今回紹介するのは、10年前、2008年5月23日に撮影した、246表現者会議の写真です。

https://farm1.staticflickr.com/797/39162388170_e0573ce2d5_c.jpg

246表現者会議については改めて書くことになると思いますが、渋谷駅のガード下に壁画を描いて、そこに住んでいるホームレスを排除しようとする動きに対し、それに抗議した小川てつオくんと武盾一郎さんの呼びかけで開催されました。

https://kaigi246.exblog.jp

246表現者会議は毎回、渋谷駅のガード下付近に集まって路上で話し合いを行いました。

私は小川くんと武さんが組んで何か始めるというので、記録を残さなければ、という気持ちで参加しましたが、元々議論に参加することが苦手だったこともあり、遠巻きから写真を撮っていました。

そうすると、私を知らない参加者は私を公安のような者と勘違いしかねないことから、小川くんも苦慮していたと思います。

私も246表現者会議に対し心理的な距離が生じるようになり、この日は歩道橋の上から撮影することにしました。それがかえって良かったのだと思います。

写真は小川くんが246表現者会議のブログに載せたのですが、オルタナティブな運動を象徴する写真であると評価され、いくつかの書籍の図版に使われる事になりました。


【せきね・まさゆき】
sekinema@hotmail.com
http://www.geocities.jp/sekinemajp/photos

1965年生まれ。非常勤で数学を教えるかたわら、中山道、庚申塔の様な自転車で移動中に気になったものや、ライブ、美術展、パフォーマンスなどの写真を雑多に撮影しています。記録魔。


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編集後記(03/27)

●大江舜「団塊絶壁」を読んだ(新潮新書/2018)。筆者は団塊の世代。ある日とつぜん、この四文字が啓示の如く浮かんだ。この四文字がひどく気に入ってしまい、なんとかこれに肉付けして読み物にしたいと考えた。そして、「われら団塊世代、どのように死すべきか」というテーマで取材をすすめたという。

ところが現実の直視を続けるに従い、これは“死の凝視”であるという実感に至る。暗いリアルを突きつけるだけでいいのか。そこで視点を変え、余りの限られた時間をどう過ごすべきかを“哲学する”ことにした、のだという。団塊世代のマニフェストとして書かれた、「週刊新潮」連載をまとめたものだ。

頭を使った人ほどボケやすいとか。サッチャーやシラクなどがその例だ。わたしは心配しなくていいのだ。認知症になったらいやだと思うが、いまから対策は立てられる。アルツハイマー型認知症になったからといって、急速にすべてを忘れるわけではない。認知症の前段階は8年ほどの時期がある。軽度から中度まで3年ある。だから軽度認知障害(MCI)の頃に現実を受け入れて準備する。

できなくなることはあるが悲観しなくていい。これを機に呑気にやればいい。「団塊の世代」の名付け親・堺屋太一が心配するのは「団塊の世代」がいなくなるまでの日本だ。「これから10年のうちに地獄の風を吹かせて大改革が必要です」と語る。2025年、800万人の団塊の世代は75歳以上の後期高齢者になり、1/5は認知症である。介護費用や医療費で、国家倒産の危機が確実に来る。

高額医療費制度では、医療費の自己負担分が一定額を超えると、それ以上は国家が税金から払ってくれる。これから団塊世代がそれを使い倒す。そのツケは次世代に回り、国家の滅亡である。もう国家は高齢者全員の面倒を見る必要はない。年齢制限を設けて、高額療養費制度を使わずにすべて自費にすればいい。「人間は生きる権利もあるけれど、死ぬ義務もある」と曽野綾子。同意、拍手。

健康保険と高額医療費制度のおかげで、アメリカでやれば1000万円以上請求される治療も楽々受けられる。とにかく最新の医療は未来SFのような凄いことになっている。しかし、ものすごく高価だ。それでも、日本には高額療養費制度がある。医療栄えて国滅ぶ。なかなか死なずに、子や孫の世代を食い潰す。

天寿天命が限られている高齢者に対して、延命治療にどれだけの意味があるのか。医学界、そして宗教界は、安楽死・尊厳死を積極的に考えよ。ベッドに横たわっているだけの老人(金食い虫に他ならぬ)がこれから無限に増えていく。サウイフモノニワタシハナリタイとは絶対に思わない。サウイフモノは罪悪だ。

「死ぬまでセックス」と張り切った小金持ちの団塊バイアグラ老人が、海外で感染したエイズを風俗や援交で、若者にうつしているディストピア日本。エイズの治療薬は高価だが、健康保険の適用で国家に大きな負担をかけている。遊び回ったツケを後の世代に。団塊は罪深い(人もいる)。少し年上のわたしも好景気で散々いい思いしたのに、責任はなんでも団塊に押し付ける。(柴田)

大江舜「団塊絶壁」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106107554/dgcrcom-22/


●捨てるのって、最初エネルギー要りますよね。家の中をすっきりさせたいと考えて行動しはじめるのに。どころか、使い道がないか考えてしまう。

/修理シリーズ、冷蔵庫の製氷機能続き。製氷皿を戻し、給水タンクにクエン酸入りの洗浄液を入れた。1回分200mlの液と、水道水400mlを給水タンクに入れて、氷ができるのを待つだけで除菌と洗浄ができるとうたわれている。

洗浄液はピンク色をしていて、ピンク色の氷ができる間は洗浄中だとわかる仕組み。「食品にも使用されている成分で作りました」とある。

つららはすぐにできていたのに、氷が全然作られない。不安になる。吸水タンクの水が減っているかすらわからず、マスキングテープで水位のしるしをつけた。続く。 (hammer.mule)

自動製氷機の汚れ取り洗浄剤
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生協はこういうのが充実していて、つい買ってしまう