[4545] 甲斐大和駅は初鹿野駅のままでよかった

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《甲斐まで行った甲斐がある》

■Otaku ワールドへようこそ![277]
 甲斐大和駅は初鹿野駅のままでよかった
 GrowHair




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■Otaku ワールドへようこそ![277]
甲斐大和駅は初鹿野駅のままでよかった

GrowHair
http://bn.dgcr.com/archives/20180406110100.html
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重量感のある電気機関車と5両ほどの茶色い客車とで編成された鈍行列車は、笹子トンネルを抜けて下り坂に入ってもさしてスピードを上げるでもなく、マイペースで走っていた。客車間の連結部にドアがなく、最後尾からさらに後ろへ歩き抜けると、線路の間に落っこちる仕様になっていた。そこに腰かけ、終わりかけの夏休みを過去へと見送っていた。

笹子川を進行方向左手にみて、山の中腹を走る軌道は長い下り坂を降りていく。左手の遥か下方に初狩駅が見えたとき、列車がそこへ入線しようとしているようにはみえなかった。

駅の脇を通り過ぎてから、右へ分岐する線路に入り、下り線と交差し、平坦な引き上げ線に入っていった。機関車が客車を押してバックし、下り線とまた交差し、上り線とも交差し、平坦なホームへと入線した。その先で線路が行き止まりになっている。発車すると、上り線に合流し、坂の続きを降りていった。うわカッコいい!

スイッチバック式というやつだ。箱根登山鉄道大平台駅や、西武池袋線飯能駅や、花輪線十和田南駅などがいちおうスイッチバック式だが、その駅で進行方向が逆転する。初狩駅のように本線脇に引き込むタイプはめずらしい。篠ノ井線姨捨(おばすて)駅や土讃線坪尻駅と新改駅などが現役だ。

かつてはめずらしくなかった。中央本線だけでも、笹子駅、勝沼駅、韮崎駅、穴山駅、長坂駅が同じタイプだった。各駅停車の旅は前進後退の繰り返しで、さぞかしまだるっこしかったに違いない。乗りたかったなぁ。

初狩駅も今は、本線上にホームが設置されている。前後の傾斜をより急峻にして、平坦な区間を確保したのか。それとも、坂のままホームを作ったのか。こういうことが気になり出すと、夜も眠れなくなる私である。4月1日(日)、見に行ってきた。

●期待を裏切らない奇妙な造形だった

駅のホームって、たいてい水平に作られていないだろうか。そう思うのは、私が関東平野に住んでいるからであって、山岳地帯では、坂になってる駅ってふつうにあるのだろうか。

端っこのほうだけ坂が始まっている駅ならある。JR代々木駅は、総武線の下り線が山手線の外回り・内回り両線の上をまたいで新宿駅に入る。今は10両編成の電車が走っているが、かつてもっと短かったホームを延長したときに苦し紛れにこうなったんだなぁ、という歴史が感じられる。JR御茶ノ水駅の東寄りも同じようなことになっている。

端から端まで坂道な駅は、そんなに多くないはずである。蒸気にせよ、ディーゼルにせよ、電気にせよ、機関車が客車を牽引する方式の列車では、登り坂で発車できないという事情があった。

連結器には「遊び」が設けられ、伸び縮みする。水平な駅で停車するとき、先頭の機関車がブレーキをかけると、牽引されている客車は慣性力で、前方に押し詰められて停車する。

発車するとき、全部が同時に走り出すのではなく、一両ずつ連結器を伸ばしていくので、時間差が生じる。こうすることで、静止摩擦力を小分けにしている。

登り坂だとそうはいかない。停車する時点で連結器は伸びた状態にあり、発車するとき、全車両を同時に動かし始めないとならない。しかも、上り坂だといっそう重くなる。

そういうわけで、古い駅は水平に作られている。気動車にせよ電車にせよ、車両の床下に設けられたモーターで走るようになってから、坂の途中で停車することができるようになった。

水平なスペースを確保できないほどの山岳地帯に、駅を新設する必要が生じることがどれほどあるかと考えると、坂の駅はそんなに多くないはずである。ただ、以前はスイッチバック方式だった駅を本線上に移設するパターンなら、けっこうありうる。初狩駅がまさにそれに違いない。

こんな乗車計画を立てた。

10:40 中野 - 11:18 高尾、中央線 中央特快 高尾行
11:29 高尾 - 12:17 初狩、中央本線 小淵沢行
12:23 初狩 - 13:14 高尾、中央本線 高尾行
13:33 高尾 - 14:13 新宿、中央線 中央特快 東京行
14:20 新宿 - 14:27 神保町、都営新宿線 急行 本八幡行

1時間半以上かけて行って、滞在時間がたったの6分!

3:00pmから神保町の「美学校」で中ザワヒデキ氏主催の『第17回AI美芸研、人工知能・美学・美術』が開催されるので、それに間に合わせるための詰め詰めスケジュールだ。
https://bigakko.jp/event/2018/ai17

ところが、あろうことか、スタートの中野駅で予定のに乗り遅れた。乗れたのは10:42中野駅発 中央線・青梅線 快速青梅行だ。2分遅れをキープしたまま高尾駅に到着できれば、予定の列車に乗り継げるのだが、そうはいかない。快速電車の実態はほぼ各駅停車で、先行する特別快速にどんどん突き放される。

結局、最速で高尾駅に到着するのは、後から来る特別快速で、それは17分遅れだ。もともと、高尾駅での乗換え時間は11分なので、間に合わないことが確定している。

この日に行くのはあきらめて、平日の早朝に行って、そのまましれっと出勤する手はないだろうか。今、調べてみたら、それもアリだった。

6:09 中野 - 7:01 高尾、中央線 各駅停車 高尾行
7:07 高尾 - 7:50 初狩、中央本線 甲府行
8:03 初狩 - 8:53 高尾、中央本線 高尾行

あと、特急列車で追いつくという手がある。都合よく走っていればの話だが。そこに賭け、特別快速高尾行を、終点の二駅手前の八王子駅でいったん降りてみた。西村京太郎の推理小説のアリバイ工作みたくなってきたな。

ホーム上の表示を見ると、すぐ後に発車するのは特急あずさ松本行だ。特急あずさには、速いやつと遅いやつとがある。前者は、八王子を出ると甲府まで停まらない。後者は大月やその他の駅にも停まる。後者だったら、途中で予定の列車を追い越して、大月に先回りすることができる。

駅員に聞いてみると、残念ながら、前者だった。甲府まで行って戻って来たのでは、ぜったいに間に合わない。さて、どうしよう。

とりあえず、高尾までは行ってみるか。高尾駅で時刻表を見てみると、一本遅れのに乗ったとしも、神保町のイベントにちょっと遅れるくらいで到着できそうだ。で、結局、こうなった。

10:42 中野 - 11:13 立川、中央線・青梅線 快速 青梅行
11:16 立川 - 11:26 八王子、中央線 中央特快 高尾行
11:39 八王子 - 11:46 高尾、中央線 中央特快 高尾行
12:11 高尾 - 12:54 初狩、中央本線 甲府行
13:07 初狩 - 13:49 高尾、中央本線 高尾行
13:54 高尾 - 14:35 新宿、中央線 中央特快 新宿行
14:40 新宿 - 14:47 神保町、都営新宿線 急行 本八幡行。

わざわざ見に行った甲斐あって、初狩駅はとっても楽しい造形をしていた。新しいホームは元のホームの真横ぐらいにあり、すでにだいぶん高い位置にあった。そして、期待通り、全体が坂になっていた。

ホームは上下線の間隔を広げて間に新設したのであろう。1面2線だ。軌道は下り方向に見て、右カーブになっている。それに沿ってホームは三日月型をしている。これはあんまり望ましくない。

ホームの上り線側が凹に湾曲している。一方、列車の一両一両は湾曲しないので、ホームとドアとの間に広い隙間ができてしまうのだ。

特急列車が高速で通過できるよう、強めのカント(cant)がついている。カントとは、軌道の湾曲部において、外側のレールを内側よりも高くすることである。おかげで各駅停車は左右に傾いて停車する。前後にも傾斜、左右にも傾斜。

カントのせいか、上下線でドアの高さが異なり、ホームも横断方向に傾斜している。低いフェンスで半々に仕切られ、隙間隙間に2段ばかりの階段が設けられている。上り電車を待っているおじさんによると、以前は坂だったそうである。ホームもまた、前後にも傾斜、左右にも傾斜。

ホームの中ほどに、降りていく階段がある。土手の腹から横穴を抜けると、古い駅に至る線路を渡る踏切になっている。警報機も遮断機もないけど。

線路が昔のまま残っているのが非常にうれしい。奥のほうにメンテナンス用の車両が停めてある。たまには走るのだろうけど、線路は錆び錆びだ。ホームはなぜか撤去されている。

古びたり変わったりした部分はあっても、構造は昔のままだ。眺めていると、かつて自分が先頭になってホームに進入してきたときの、わくわく感がよみがえってきた。

踏切の先に駅舎がある。どうやら駅舎は古いのをそのまま活用しているようだ。無人駅だが、Suica のタッチパネルが下から生えている。

抜けると、いちおうちょっとした駅前広場みたくなっているが、バス停があるでなし、タクシーが停まっているでもなし。喫茶店もコンビニもなく、目の前には大和屋旅館があり、あとは住宅。

人がぜんぜんいない。のどかだ。駅から正面に延びる道は国道20号線へT字に突き当たり、その向こうは笹子川だ。

斜めの謎が解けた上に、古い記憶も回収できた。都営新宿線は5分遅れで運行しており、行き先が大島行に変更されていた。

●中央本線駅名供養の旅

初狩駅を見に行った日の8日前にも、中央本線を使っている。

3月24日(土)7:30pmから茅野の「Bar&ライブハウス ピアノマン」で『葦木ヒロカ15周年プレミアムライブ』が開催された。
http://hiroka-ashiki.space/2018/02/13/premiumlive/

終わるともう戻る列車がないため、あらかじめ「ちのステーションホテル」に予約を入れておいた。帰りは翌日になる。

往きに乗った列車はこれ。
13:09 中野 - 13:45 高尾、中央線 中央特快 高尾行
14:02 高尾 - 16:43 茅野、中央本線・篠ノ井線・信越本線 長野行

高尾発長野行という、なかなか長距離な各駅停車。終点長野到着は18:53。一度通しで乗ってみたい。姨捨駅ではスイッチバックするはずだ。ちなみに、上りの長野発高尾行という列車は存在しない。

中央本線の各駅停車の車両はロングシートのものが多いけど、この列車は3ドアながらボックスシートがある。高尾駅を発車する時点ではけっこう混んでいて、立っている人もいた。私は横向きシートを確保するのがやっとだった。大月でガラッと空いて、ボックス席に移れた。

かつて運行していた急行アルプスは、新宿を出ると、八王子、大月、塩山、山梨市、甲府、韮崎、小淵沢の順に停車した。走るのがのろく、今の各駅停車よりも圧倒的に長くかかった。新宿から高尾まで、通勤電車が前につっかえて、特にのろかった。

急行列車といえども、急いで行こうとの心がけがあまりなく、甲府駅に15分ほど停車した。かれこれ 3時間ぐらい座り続けていた乗客たちが、ホームに降りて、凝り固まった身体を伸ばしたくなるころなのだ。おにいちゃんが、弁当とお茶を売り歩いた。

お茶は、急須の形をしたビニール製の容器に入っていて、ティーバッグにお湯を注いだだけのもので、ビニールの香りがした。定番の冷凍みかんなどのほかに、地元の特産である信玄餅やワインボンボンも売りに来た。

笹子トンネルを抜けて勝沼あたりから甲府盆地に入り、甲府の先で山が左から迫ってくるまで、ぶどう畑が飽きるほど続いた。丘陵の上のほうまで見渡す限りのぶどう畑だ。ときおり、桃や梨もあったけど。

いま、各駅停車でなぞると、いろいろ変わっていた。初鹿野(はじかの)駅が甲斐大和駅になってた。つまらん名前! なぜ変えた?

Wikipediaによれば、開業当時、初鹿野駅は東山梨郡初鹿野村にあった。初鹿野村はその後1941年(昭和16年)に、付近の村々と合併して大和村となったが駅名はそのままで、52年後の1993年(平成5年)に現在の甲斐大和駅へ改称された。これで駅名と自治体の名前が揃った格好になったが、それもつかの間、2005年(平成17年)、大和村は附近の市町と合併して甲州市となり、消滅した。

間抜けな話だ。じゃあ、今度は甲州市駅に改称するのだろうか。かんべんしてほしい。自治体の編成が変わったって、住所の一部に旧地名は残っているのだから、駅名まで変えなくたっていいじゃないか。杉並区に杉並駅なんてどこにもないぞ。

勝沼駅が勝沼ぶどう郷駅になってた。商魂のたくましさはほほえましいが、皮肉なことに、ぶどう畑が激減している。

代わりに住宅がびっしりと埋め尽くしている。ところどころ、隙間にぶどう畑がやっと生き残っている感じ。なぜ住民がこうも急増した?

甲府盆地に新たな産業でも振興してたっけ? まさか甲府から東京へ通勤するのではあるまいな? 速いあずさで新宿まで1時間半。う、不可能ではないのか。

別田駅が春日居町駅になってた。石和駅が石和温泉駅になってた。はいはい、いい商魂ですね。このあたり、駅名変更がやけに多いぞ。旧駅名さんたち、迷わず成仏してくだされ〜、なんまいだぶ〜。

昔は、中央本線から支線に乗り入れる列車がよく走っていた。急行みのぶは甲府から身延線に入っていった。急行駒ヶ根は辰野から飯田線に入っていった。急行アルプスは緑とオレンジの電車と、肌色と朱色の気動車とがあった。

気動車のは、小淵沢で切り離し、前寄りは松本から大糸線に乗り入れた。後寄りは、いったん中央本線の軌道を進み、バックして小海線のホームに入りなおし、再び前進して小海線に乗り入れた。

あんな面倒な作業をよく毎日毎日やってたなぁ、と思う。けど、利用する側にとっては便利だった。たいていの目的地には新宿から乗り換えなしに行けたのだ。赤字なんか意にも介さず、ひたすら利便性を追求した国鉄の姿勢はすばらしかったなぁ。

●過去のご縁を回収する

3月24日(土)、長野行の鈍行列車を茅野駅で降りる。ライブ会場の場所を確認してから、「ちのステーションホテル」にチェックイン。信州に来たら蕎麦を食わなきゃと思ってフロントで聞くと、すぐ隣りがお蕎麦屋さんだと。茅野「信州本格手打ちそば更科」。
http://sarashina-kaname.info/sarashina/

このお店、入ったことある! 10年以上前だ。往きは富士見駅からタクシーで訪問先に行き、帰りはあの駅に戻っても何もないからとタクシーで茅野駅に出たのだった。夜になってた。

駅からお店まで徒歩でほんの2分くらいなんだけど、途中で凍死するかと思うくらい寒かった。蕎麦はめっちゃ美味かったのを覚えている。

今回、会計するときに葦木ヒロカさんのライブを聴きに茅野に来たことを言うと、ヒロカさんは、若いころからここのお店によく食べに来てたんだとか。

葦木さんに最初にお目にかかったのは2017年12月16日(土)のこと。光誉祐華(旧名、愛$菩薩)さん主催のライブが大阪であり、ゲストとして呼ばれていた。あのときは名前を葦木啓夏と表記していた。

あの日は絶妙な時間とロケーションで、二つのイベントが開催された。1:30pmから大阪駅北側に隣接する「グランフロント大阪」で松田卓也氏(宇宙物理学者、神戸大学名誉教授)の主催する『シンギュラリティサロン #26』があった。ゲストとして呼ばれていたのは、三宅陽一郎氏(ゲームAI開発者、株式会社スクウェア・エニックス)。

4:00pmに終了し、5:00pmから本町「綺羅星(きらら)ホール」で『光誉裕華大阪ライブ』があった。梅田から本町まで、大阪市営地下鉄御堂筋線でわずか二駅で、4分で行ける。

16:25 梅田 - 16:29 本町、大阪市営地下鉄御堂筋線 天王寺行

二つのイベントはまったく異質なもので、私が両方行けるようにと申し合わせて開催されるはずもなく、まったくの偶然である。上のほうからの粋な取り計らいと受取った。

長野県松本市出身、茅野市在住の葦木さんは、「生まれてきたこと、生きていることを深く祝い讃えたい」との思いを込めて、命の歌を歌っている。2009年、諏訪大社「御柱祭」の関連楽曲『御柱』を作曲している。Wikipedia には「美咲(シンガーソングライター)」の見出しがある。

葦木さんは、歌手活動15周年を迎えた記念にアルバムを作りたいと発起し、クラウドファンディングで資金を募った。30万円を目標に、2018年2月6日(火)に募集を開始したら、わずか40分で100%達成した。

3月21日(水)の募集終了時点で、221人から230万円を集めている。「正直、びっくりしすぎて言葉を失っています」。
https://camp-fire.jp/projects/view/61016

3月24日(土)に茅野で開催されたライブは『葦木ヒロカ15周年プレミアムライブ♪』3回のうちの第1回である。第2回は3月29日(木)に大阪で開催された。第3回は4月7日(土)に下北沢の「Com.Cafe 音倉」で開催される。
https://peraichi.com/landing_pages/view/hiroka-premium

葦木ヒロカさんの歌って、天からの声を聞いているかのような神がかったところがある。何万人に一人かぐらい、割と早い段階で、上のほうから「頼んだぞよ」「かしこまりました」みたいに、なんかの役割を拝命する人っているんじゃないかな。

会場で、捧(ささげ)剛太氏(伊那市創造館館長)がお声を掛けてくださった。自主制作映画『よろずや探偵談』でご一緒した、佐藤ザンス氏や赤星満氏とお知り合いなのだとか。

3月25日(日)10:00am にチェックアウトして、駅に向かう。東口駅前はどんなふうになってるだろうと、ふと気になって、駅のすぐ手前にある、線路をまたぐ歩道橋を渡ってみる。駅前から線路に垂直に延びる大通りの歩道を人が埋め尽くしていて、たくさんの警察官がいた。

歩道橋を降りる途中で、「写真を撮らせてください」と後ろから声を掛けてくる人がいたので、「この人だかりは何?」と聞いたら、それを知らずにここにいるのかと驚かれた。

平昌オリンピックのスピードスケートで金メダルを獲得した、小平奈緒選手の凱旋パレードがあるのだという。なんと、茅野市出身だったのか。後の報道によれば、15,000人が見守ったという。

主役を食ってしまってはぶち壊しなので、後方からおとなしく見てた。しかし、気がついた人はいたようで。

写真:
https://photos.app.goo.gl/zKyzSYAyxnJS1jtv2

10:40amごろ、プラカードと鼓笛隊に先導されて、ご本人が姿を現した。オープンカーのシートの背もたれの上に腰かけ、沿道からの声援に手を振り返している。

駅前が終点で、お礼のごあいさつがあった。緊張していたようで、つっかえつっかえだったが、みんなの応援があったおかげで自分ががんばれたし、自分のがんばりがみんなの日々の暮らしの励みになればうれしい、という意味のことを述べていた。首から下げた金メダルと銀メダル、けっこうでかいな。

11:35 茅野 - 13:05 八王子、中央本線特急スーパーあずさ14号新宿行
13:31 八王子 - 14:19 中野、中央線快速東京行

中野でY口氏と会う。奈良から東京に引っ越してきたばかりなので、じゃあ、会いましょうという話になっていた。

2016年9月11日(日)に、まず、Y口氏のお母様と知り合っている。愛$菩薩さんが副住職を務める奈良県吉野のお寺で「法事」という名のライブが開催された。『お寺 SONIC2 〜略してテラソニ〜』。そこでY口氏のお母様に声を掛けていただき、帰りは車で橿原神宮駅まで送っていただいた。

2016年10月10日(月)、丸一日、京都を案内してもらっている。太秦とか金閣寺とか。そのときに、Y口氏も同行してくれた。

約1年半ぶりに中野で会い、喫茶店で近況などをしゃべり合った後、「坊主バー」に行った。浄土真宗の僧侶である釈源光氏は、このお店にいる頻度がいちばん高いが、この日もカウンターに。

姉妹店である高円寺の「尼僧バー」がこの日までなのだと教えてくれた。3月に閉店するとは知ってたけど、最終日がこの日だとは意識してなかった。じゃ、最後に行っておこうってことになった。

2015年7月4日(土)にこのお店に行ったとき、カウンターに愛$菩薩さんのDVDが置いてあった。気になってたら、かけてくれた。面白かったので、ネットで検索して、ウェブサイトを見つけ、コンタクトを取って、1枚郵送してもらった。それが、愛$菩薩さんとのご縁の始まり。

その年の9月13日(日)、第1回の『お寺 SONIC 〜略してテラソニ〜』が開催され、私は日帰りで奈良まで行き、愛$菩薩さんご本人と初めてお会いした。

2016年5月4日(水)、愛$菩薩さんが東京に来た。日本橋で開催された『寺社フェス向源』というイベントに参加するためである。イベント終了後、一緒に高円寺の「尼僧バー」に行き、さらに中野の「坊主バー」にも行っている。そのときも釈源光氏がいた。僧侶どうし、なんだか重い話題になっていた。

つないでくれたゆかりのお店が閉店するのはさびしいけど、ひとつのご縁がまた別のご縁を呼び込み、不思議と巡っていくものだね。


【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
http://www.growhair-jk.com/


《 小学校の旧友とまた一人音信が復活 》

岩本宣子のおかげで、竹内一美とも43年ぶりに再会できた。小学生のころ、二人とも小柄なほうで、二人ともけっこうかわいくて、お互いに仲がよかった。

岩本がG神Y介の家までチョコレートを渡しにいったとき、竹内もついてきた。G神が「ウチは仏教だからいらねーよ」とつれない返事をしたら、竹内がブチ切れて「あんたのためにわざわざ買ってきたんでしょ。もらってあげなさいよ!」と一喝した。

竹内一美は木場でスナックを営んでいるというので、集まった。S井N美も来てくれた。3月27日(火)の夜のこと。

私は仕事を上がってから、カラオケ屋でA面になって行った。東京メトロ東西線の上を東西に走る広い道の、一本南側を並行して走る裏路地に面しているが、私は最寄りの木場駅から迷わず行けた。

隣りの東陽町駅の近くにG神の職場がある。T中工務店の部長になっている。このスナックには、部下を連れてよく来るそうだ。この日もG神が来ることになっていたのだが、現場でトラブルがあったとかで、急遽来られなくなったと連絡が入っていた。ヤツとの再会はしばらく先になりそうだ。

岩本はユーミンの歌なら何でも知っているというので、『悲しいほどお天気』を入れて一緒に歌ったら、すごく息が合っていた気がする。今度会うときまでに、オレが『中央フリーウェイ』を練習しておこうかなぁ。

木場「カラオケスナック パール」
https://snacknavi-blog.com/pearl/

《 コブクロのMVに出演 》

コブクロのニューシングル『ONE TIMES ONE』のMusic VideoがYouTubeで公開されたとメールで知らせが来たのは、4月3日(火)1:16pmのことである。


その時点ですでに再生回数が1万回を超えていた。夜には3万回に増えていて、コメントが100件以上ついている。Twitterでもずいぶんとつぶやかれ、たいへん好評だ。4月6日(金)6:00amの時点で、再生回数が17万回を超えている。

ああ、それなのに、それなのに。私が出演してるって、誰も気づいてくれない。B面で街を歩いていても、気づく人は気づくのだが。ハゲ頭を露出させてないと気づいてもらえないのだろうか。

陽気で自由奔放な人たちが、二人の引力に引き寄せられて寄り集まってきて、思い思いのスタイルで歓喜を振りまく。降臨してきた妖精のようでもあり、空想の中にしかいない幻影のようでもあり。そんな仲間の一人として溶け込んでいる役。

セーラー服おじさんとしてではなく、ふつうに役者として振られたって点は、もったいなさすぎ、ありがたすぎ。気づいてもらえないのは、それはそれでいいことなのだ。無理なく溶け込んで、悪目立ちしてないってことだもんね。

役者としては、実はひどい大根なんだけど。写っているところを極力使わないようにするのではなく、逆に、いい瞬間を拾い上げてアップにしていただいているところがまた、猛烈にありがたい。

すでに泥縄だけど、収録時にまわりの足手まといにならないためにも、演じる練習しとくべきだろ、と思う私。しかし、そんな暇ないし、そっちへ行こうともしていない私。このジレンマ。


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編集後記(04/06)

●クリント・イーストウッド監督「J・エドガー」を見た(2011、アメリカ)。FBI長官のジョン・エドガー・フーヴァーの人物像を丹念に描いたものだが、そもそもわたしは、アメリカ史はもとより世界史を学んでいない。どんな俳優がどんな実在の人物の役を演じようと、じつはどうでもいい。物語として面白いかどうかだけだ。歴史を知っていれば、数倍味わい深かったかったはずだが。

結果として、面白かった。めんどうくさかった。なにしろ頻繁に時系列が入れ替わるのだ。メインとなるのは年老いて孤独な男である。超フケ役のレオナルド・ディカプリオ(当時37歳)である。29歳でFBIの前身BOI長官に任命され、77歳で孤独に死ぬまでFBI長官だったフーヴァー。監督は、当時82歳のクリント・イーストウッド。5月31日に88歳になる。現在の恋人は53歳とか。すごいなー。

時系列の入れ替わりには、ちょっと戸惑う。基本は寂しい年寄りの姿だが、描かれる彼の人生は順調に歳をとっていく。これはメイクがものすごく大変なことを想像できる。彼と関係のある重要な人物は、秘書ヘレン(ナオミ・ワッツ)、副長官クライド(アーミー・ハマー)、そして母親(ジュディ・デンチ)だが、彼らも50余年の容貌の変化が必要だ。それはそれは、みごとなメイクである。

フーヴァーを造ったのは「女々しい息子など死んだほうがマシ」という強烈な母親である。「もう誰も信用できない。母さんだけだよ、ぼくを守ってくれるのは」と母親に依存し、結婚もせず一生を終える、女々しい息子である。フーヴァーの形ばかりのプロポーズを、即座に拒否したのが、最後まで彼を支えたヘレンである。美しいまま年老いる彼女も、フーヴァーを作った人である。

フーヴァーとクライドは運命の出会いであるが、このへんの機微はわたしにはよくわからない。それにしても、アーミー・ハマーはものすごく美しい青年だった。そして彼もみごとに老けていく。しかし頭はボケておらず、フーヴァーが誇る実績とは、少なからず虚飾であることをおだやかになじる。ということは、過去シーンはフーヴァーによる、都合のよく美化されたものなのだろうか。

最愛の母が亡くなり、エドガーが鏡の前で母親の服を着るシーンなんて見ちゃいられない。この映画は、異常な母親依存の見せ過ぎのような気がする。フーヴァーが気の毒だ。フーヴァーが死んで、FBIを守ったのがヘレンである。ニクソンの部下たちがなだれ込んで極秘ファイルを捜すが、別の所でヘレンは冷静にシュレッダーにかけている。美人な彼女のシーンがもっと欲しかった。

フーヴァーの最期はじつに気の毒だ。家にいるのは犬とメイドだけ。知らされたクライドが駆けつけると、半裸のフーヴァーがごろんと転がされている。尊厳もなにもない。あんまりではないか。結局、この映画はわたしがもしフーヴァーの家世だったら、ムカつくどころではない。そして、数々の疑惑の事件の真相が明らかにされているわけではない。なんとなく欲求不満である。(柴田)

「J・エドガー」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00ADSNCRW/dgcrcom-22/


●ほんとだ! めちゃくちゃアップだ。コブクロと一緒に撮影したのだろうか、別撮りなんだろうか。

/修理シリーズ、食洗機続き。家にあるもので、耐水性があり、10日ほどお湯に耐えてくれるものはないか。ふと、輪ゴムが目に入り、カゴに巻き付け、接地面から5mmほど離した。

次にノズル。突起がなくなって金属が外れているなら、くっつけちゃえ。ボンド類は使えないから、ロビを作った時の予備のネジをと思ったのだが(このネジは結構役に立っている)、カゴで使った輪ゴムがあるではないかと、両端に巻き付けてみた。カッチリくっついた。

ノズルやカゴを戻し、洗ってみたらまったく問題なし。いつものようにきれいになった。続く。 (hammer.mule)