まにまにころころ[138]ふんわり中国の古典(論語・その1)/『論語』を選んだ理由

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コロこと川合です。今回から新しい話に移りたいと思います。

何を取り上げるか、ものすごく悩みました。多くの人が知っているものするか、知られていないものにするか。あるいは、知られているようで、そうでもないものにするか。結局、今回はその最後の、「知られているようで、そうでもないもの」を選びました。『論語』です。

『孫子』を選んだのもそうでしたが、書名は誰もが知っている本なのに、全編を読んだことがある人は意外に少ないんじゃないかと思って。

ただ『論語』にしようと決めてからも、かなり悩みました。悩んだ過程だけでデジクリ三回分くらいはネタにできるんじゃないかというくらい。(笑)まあ、悩んだ過程はさておいても、どのように紹介するかはなかなか難しくて。

『孫子』の場合は、いくつかの訳文を見比べつつ、時に原文を眺めつつ、こういうことだろうなという訳を考えて、分かりやすい言葉に置き換えていくだけでした。『論語』はそうしようとすると、悩ましい問題がふたつありまして。





ひとつは、解釈の幅がものすごく広いこと。まあ『孫子』だってそうですが、『孫子』に比べて、『論語』を語ってる人の数ってあまりに膨大なんですよ。歴史的にもそうだし、現代だけでもそうだし。

どれを参考にするか、その参考書籍を選ぶだけでも一苦労が。特に、できるだけフラットなものを選ばないと、『論語』ってイデオロギー臭が強いものも多くて。フラットなものはフラットなもので、好きなように読んだものが多く、これもどれに乗っかるか悩ましく。

もうひとつは、『論語』って、「訳」だけでなく「書き下し文」が広く日本人に馴染み深くて、それも紹介するかどうか。

例えば、誰もが学校の授業で習う「子曰く、学びて時にこれを習う。亦説ばしからずや」というもの。この書き下し文も紹介してこその『論語』という気もする一方で、これを書くとすると、漢字をどこまで開くかとか、読みをどうするかとかって問題が。

例えば、「亦説ばしからずや」の「亦」は、「また」とひらがなにしてしまうことで解決しそうなんですが、「説ばしからずや」を「よろこばしからずや」とすると、ひらがなだらけになるし、かといってそのままだと読めないものも多く出てくるし、日常的な漢字に置き換えるとなるとチョイスが難しいし……しかも、この書き下し文も人によって違うという悩ましさ。

と、まあ、あれこれ悩んだ結果、以下のようにします。

まず、参考とするテキストについて。
・岩波文庫『論語』金谷治
・講談社学術文庫『論語』加地伸行
・ちくま文庫『論語』斎藤孝
この三冊を主に参考にすることにしました。

他にも、解説書や孔子や儒教についての本もあれこれ参考にしますが、それは特にそのまま引用する際には都度紹介しますが、多いので列記はしません。

次いで、紹介のしかたについて。やはり書き下し文も入れようと。採用する文は、前述の三冊やその他の本、ウェブ上のテキストも比べつつ、個人的にしっくりくる形に整えたものを使います。

また漢字については、できるだけひらがなに開きつつも、残したい漢字については、そのままの漢字を記します。その際、読みについては記しません。煩雑になるので。まあググってください。(笑)


◎──改めて『論語』を選んだ理由

ひと言でいえば、有名だから。二千五百年前の本が今も広く知られている、今だけでなく、ずっとずっと読まれてきた。その重みは相当なものです。

そもそも私が古典好き(といってもたいして読んでいませんが)なのは、それが理由です。歴史に耐えてきた重みに勝るものは(あまり)ないと思うから。

といっても、私は、百年読み継がれればそれはもう古典だと考えているので、基準は甘いものなんですが、古ければ古いほどありがたがる傾向に。(笑)

『論語』を選んだ理由はそれだけではなくて、やはりその内容によるところもかなり大きいです。内容というか、影響力というか。良し悪しや功罪は色々と言われますが、儒教・仏教・神道は、意識してなくても日本人の基本的な性格に強く影響していると思うんです。その受容のされ方や経緯も含めて。

ただ、だからこそというか、時代の空気が大きく変わてきている今、それらは忌避の対象になっている感もあって。「今までのままじゃダメだ」という。

私は「そんなことねーよ、良いものは良いんだよ」派なので、ここらで改めて触れ直してみることで、その良い部分を再確認したいなと。

たぶんそれは、日本人に限らず、多くの人にとって参考になるだろうし。古典の多くは、そのエッセンスの部分は、時代も地域も越えた良さがあると思っています。そうでないと、なかなか残らないですよね。

また古典は、読み継がれていく中で、色んな解釈が生まれたり変化したりと、その様子も面白いもので。『論語』はそもそも出発点からして、孔子が書いたものじゃなくて、孫弟子あたり以降の人がまとめたものなので、その人の解釈で書かれているんですけど。

聖書も仏典もそうですよね。イエスも釈迦も著者じゃない。本人に読ませたら「そんなこと言ってない!」ってことだらけだと思うんですが、時代を経ての「熟成」は味わい深くしてくれていると思います。

二千五百年前の一人の考え方に端を発していて、その一人は確かに「聖人」として偉大なんですけども、その後に続く数千、数万、数億人の考えが加味されて、きっとそれなりに素敵な変化を遂げている思うので。

まあ、実際は結構同じところをグルグルしてたりもするんですけど……

また話が逸れましたが、そんなこんなで『論語』を選びました。


◎──『孔子(こうし)』について

さて、ここから本題です。まずは、孔子について。

『論語』は、孔子とその弟子の言行録です。まとまりのある一連の話でなく、孔子はこんなことを言った、弟子のだれそれはこんなことを言った、こんな話を孔子と弟子はしていた、というようなことを列挙した感じの書物です。そこから、孔子の考え方を学び取ろう、とするためのテキストが『論語』です。

孔子は、諸説ありますが、紀元前552年に生まれ、紀元前479年に亡くなった、中国・春秋時代の思想家です。

中国の王朝の変遷を「殷・周・秦・漢・三国・晋・南北朝・隋・唐・五代」と、「もしもし亀よ、亀さんよ」の節で覚えた人も多いと思いますが、その中では春秋時代は「周」にあたります。

周は有力諸侯の連合国家で、そのトップが「周」なのですが、次第に求心力が衰えて、諸侯はバラバラになっていきます。そのバラバラになった時代あたりが春秋時代。その後、諸侯の争いが激化する戦国時代を経て、諸侯のうちの秦が統一することになります。あの始皇帝の秦です。

「周」の前は「殷(商)」がトップだったんですが、トップになって三十代目、紂王の時に周に取って代わられました。ちなみにその辺りの話を元に作られた小説が『封神演義』です。

トップの座を失った殷は、その後紆余曲折の末に「宋」になります。ずっと後の時代に出てくる王朝の「宋」ではなく、周の時代の宋です。この宋の二代目である微仲衍(びちゅうえん・紂王の兄)が、孔子の祖先と言われています。

その孔子が生まれたのは「魯」の国。魯は周王朝建国の祖である武王の弟で、太公望・呂尚(りょしょう)と共に周王朝を支えた周公旦(しゅうこうたん)に与えられた国です。

ただ、武王が建国間もなく病に倒れたので、武王の子で幼少だった成王の摂政として周の政治にあたっていたので、周公旦自身は魯には行っていないそうですが。

その周公旦の時代から500年後くらいの魯の国に、孔子は生まれました。孔子の「子」は「孫子」と同じく敬称で、諱は丘(きゅう)、字は仲尼(ちゅうじ)と言われています。なので「孔子」は「孔先生」といったところの意味ですが、「孔子」で通っているので、孔子とか孔子先生と呼ぶことにしましょう。

父親は軍人として武功を立てて成り上がった人らしいですが、そもそもの身分は父母共に低い家系です。また父親が70歳を過ぎての子と言われ、幼少期には死別しています。母は若かったのですが、母とも若くして死別しています。

その後、19歳で結婚、28歳で魯に仕官、36歳くらいで斉に亡命とされていますが、36歳の時にはもう弟子がいたそうです。その後は、魯に戻ったり、招かれたり、諸国を巡ったりと転々とし、最終的には69歳で魯に戻って、74歳で亡くなりました。

孔子は、良くも悪くも、理想を追求した人で、そのために理想通りにいかない現実の壁に行く手を阻まれることを繰り返しました。弟子も理想に殉じて命を落としたり、多くの失望を抱えたまま終えた人生だったとのことです。

でもその思想は多くの弟子によって脈々と受け継がれ、漢の時代には国教ともなり、その後、世界中に広く影響を与えることに。


◎──『論語』について

先にも書きましたが、『論語』は孔子やその弟子、また孔子と弟子との問答を孫弟子以降の人が孔子の死後に取りまとめた言行録です。

512の短文が全20篇にまとめられています。前10篇を「上論」、後10篇を「下論」と呼んで区別され、上論のほうが先にまとめられたと言われています。

孔子の弟子は教団を成すほど多く、孫弟子より後の多くの弟子にしてみれば、口伝と『論語』が孔子の思想を知る手がかりでした。

『論語』とは、と語り出すと長いので割愛。機会があれば折々に触れますね。受容の変遷とか、儒学とはとか、キリがないので。

日本には、応神天皇の時代に百済の学者である王仁(わに)が渡来し、その際『論語』十巻と『千字文(せんじもん)』一巻を伝えたと言われています。

時代が時代ですし、『千字文』は王仁の存命中にはまだなかったはずだとか、疑問点も色々と言われていますが、日本書紀にはそう書かれています。まあ、だいたいそれくらいの時期に伝わったということで。

そんなこんなで、王仁自体も伝承上の人物とされていて、知らない方も多いと思うのですが、大阪人にとっては割と馴染みの深い人物なんです。

というのも、大阪の枚方市、駅でいえばJR学研都市線(片町線)の藤阪駅に王仁にちなんだ「王仁公園」という大きな総合公園があって、子どもの頃には王仁公園にある「王仁プール(王仁公園プール)」へ泳ぎに行った人も(私の世代には)多くいまして。

子どもの脳内では「ワニプール」だったわけですが、小学校高学年から中学、高校と、そのどこかあたりで王仁の存在を知って、繋がると。

また「日本に文化を伝えた朝鮮半島の偉人だ」という理由で、韓国や在日韓国人の間でも有名みたいです。ただ、王仁は中国系の家系ですし、伝えたものも『論語』『千字文』といずれも中国の書物なんですけども。

もう少し時代が下って継体天皇の時代には、同じく百済から五経博士が来日し、儒教として伝えたと言われます。五経博士とは中国の官職で儒家の経典である五経(詩・書・礼・易・春秋)を教える学者です。

なんにしても「日本史」の草創期くらいには伝わっていたわけです。聖徳太子の「和を以て貴しとなす」も、論語由来だと言われています。

『論語』は君子、平たく言えば立派な人、特に人の上に立つような人のあり方について語られているので、上流階級の教養として広く学ばれたのではないかと思います。

でも「立派な人」であるべきなのは上流階級に限ったことでないので、儒学が公式に採用された江戸時代には広く庶民にも基礎的な教養として読まれ、というか読まされ、広まりました。

「君子」について正確に定義することは難しいのですが、君子とはどのような人物のことか、繰り返し『論語』に出てくるので、君子の定義は読んでいく中でそれぞれ理解することにして、君子は君子として読んでいきましょう。

どんどん前置きが長くなってしまいましたが、ここで終わるのもなんなので、もうこれ以上はひとまず置いて、『論語』に入りたいと思います。

章立ては岩波文庫『論語』に従います。


◎──巻第一「学而第一」一

・書き下し文
子曰わく、学びて時にこれを習う。また説ばしからずや。朋あり、遠方より来たる。また楽しからずや。人知らずしていきどおらず、また君子ならずや。

・だいたいの意味
学んで折々にそれを復習するのはいいものだ。友達がいて遠くから訪ねてきてくれるのは楽しいものだ。自分のことが世間に知られていなくても気にしない、それが君子というものだ。


◎──巻第一「学而第一」一について

先にも書きましたが、学校で習ったりして誰もが知ってる部分です。学んで、復習して、それを喜ばしいことだと。学校としてはきっと繰り返し教えたい、毎日教えたい、そんな一節でしょう。(笑)

知識を広げ深めることの喜びは、基本的には人の性質としては誰もが持つものだと思いますが、学校の試験のための「学習」の印象があまりに強くて、こう改めて立ち返らないと、忘れがちなことです。

孔子の場合、基本的には礼儀作法や詩や書を学べと言っているんですが、学びの対象となる教養は、現代人にとっては人それぞれでいいと思います。

友達が遠くから訪ねてきてくれる楽しさ嬉しさは、普通の感覚で捉えても当然のことだと思いますが、ここでいう友達はおそらく、同じように学びを深める喜びを持った学友でしょうね。遊び友達じゃなくて。(笑)

遊び友達でもいいんですが、共通言語で語り合える友達というものはなかなか得がたいもので。特に社会に出てからはベースとなる知識や教養が人によってまちまちなので、気の合う相手に出会いにくい。

でも、「学びを深める喜び」を知った者同士の場合、知識や教養のジャンルがかけ離れた相手とでも意外と気が合うもので、そういう相手に出会えて交流できて、またそんな相手が遠方から訪ねてきてくれたりすると、それはかなり楽しいんじゃないでしょうか。意見がぶつかることもあるでしょうけど、それさえも楽しい。

で、そうやって学び、友達と切磋琢磨し、教養を高める自分のことを、世間は知らなくて、誰からも評価されないとしても、そのことで怒ったり腐ったりはしないのが君子だと。「こんなに努力してる俺のことを誰も評価してくれない」なんて思わない。それが君子だと。

努力すればするほど難しくなる話だったりするのですが、難しいことをできる人だからこそ君子なわけで。その域にまだ至れない人としては、せめて、心で思っても口に出さないことですかね。


◎──今回はここまで。

一節だけかよと言われそうですが、長くなったのでこの辺で。

次回からはどんどん読み進めて行きたいと思いますので、まあ長丁場になると思いますが、どうぞお付き合いください。


【川合和史@コロ。】koro@cap-ut.co.jp
合同会社かぷっと代表
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