ローマでMANGA[130]日本の漫画(manga)と欧米の漫画(マンガ)の違いを再確認する/Midori

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ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりして行きます。

●mangaとマンガの違い

新しく読者になられた方のために、ちょっと注釈しておきますね。

私は日本の漫画のことを、すでに海外の殆どの国で外来語として定着した「manga」と、アルファベットで表記しています。

そして、日本以外の漫画を「マンガ」とカタカナで表記してます。一見逆のようですが、ローマ発のテキストなので、ローマで使っている表記方法にしています。

また、なんでmangaとマンガに分ける必要があるのか、そう思う方もいらっしゃるかもしれません。おなじ形態の文化ではないかと。

それはそうなんですが、mangaの構築法を教えている身としては、mangaとマンガの違いを強調せざるをえないのです。





大雑把に違いを言うと、

・mangaはキャラの感情をベースに作品を構築し、読者がキャラに感情移入して物語を生きる。そのために読みの速度とキャラの行動の速度、あるいはキャラの心理的な速度が一致する。

・マンガはキャラの行動をベースに作品を構築し、読者は劇場の観客席から舞台を見るような(mangaに比べると)、キャラと読者に距離感がある。読みの速度とキャラの行動の速度は必ずしも一致しない。一致させる必要はない。

ということになります。

私が教える構築法とは「mangaはキャラの感情をベースに作品を構築し、読者がキャラに感情移入して物語を生きる。そのために読みの速度と、キャラの行動の速度、あるいはキャラの心理的な速度が一致する」を可能にするための、さまざまなテクニックのことです。

ある程度、基本になるテクニックについては、みんな一緒に講義で伝えます。物語のトーンやテーマ、全体の長さ、作者が持つリズムなどによって、ニュアンスが違って来るので、manga文法を使っての作品制作のコツをつかんでもらうためには、実際の作品制作を通じて少しずつ確実にやっていくしかないので、ネーム(mangaのストーリーボード)を作ってもらって、一人一人指導していきます。

なんで私が、そういうことを教える立場にあるのかと言うと、読者、作家、編集者の三つの立場を経験したからです。特に編集者の立場が、大いに勉強の機会になりました。

90年代に講談社の「週刊モーニング」で「日本以外の作家に日本市場に向けて書き下ろしてもらう」という前代未聞の企画があり、その企画にイタリア支局という立場をいただいて、イタリア人作家と日本の編集者とのやりとりの間に立つ幸運を得たわけです。

そこで初めて、マンガとmangaの違いをみんなで発見していったのです。

この企画が終了した後も、いろいろ日本のmangaの描き方本を読んだり、独自に考察していったりして、また学校で教えながら生徒がどの部分をたやすく理解し、どの部分の理解が難しいかを目の当たりにしながら、授業内容をチマチマ工夫しています。

●アイ・コンタクトがない

mangaエディターとして、学校の講師の他に、プライベートで送ってくる若者のネームのお直しをしている(この作業が、お仕事として報酬が生まれと最高だけど)。

学校でもプライベートでも、気になるのがネームにアイ・コンタクトがないことだ。

どういうことかというと、原稿に描かれたキャラが、読者と視線を合わせない。

例えば二人のキャラが話をしていて、「えっ?」とどちらかが反応する時に、顔のアップで「えっ?」と言いながら、もう一人のキャラを見る絵になるわけだが、日本のmanga家だったらほぼ全員が、キャラの視線を真正面に向けると思う。

ところが、イタリア人作家はほとんど全員が、キャラの顔を真正面に描きながら視線をやや斜めに向ける。つまり、瞳を目の中央ではなくてやや横に描く。

このキャラはもう一人のキャラと話しているからだ、と理由を言う。もう一人のキャラは正面にいないのか?

つまり、「読者」をキャラのやりとりに引き込まず、蚊帳の外に置くのがマンガ式(この記事の定義で欧米式)ということになる。

mangaでは、読者はその場面の視点の持ち主と同化する。アイ・コンタクトは同化を可能にする。キャラは読者と目を合わせなくちゃ!

●読者は観客にとどまる

読者を物語の中に引き込まないで、舞台を見る観客の位置にとどめて置くのがマンガ。この現象は以前にここに書いた、マンガとmangaの違いと一致する。

以前に書いたのは、言語の文法から考察したもの。言語はその言葉を生んだ人々のメンタリティから来ていて、その言葉を使って物語を生み出し、そのメンタリティを使ってレイアウトを決めていく。

だから、言葉が違えば出てくるものの基礎が違って当然だ。逆に言語の違いを考察すれば、出て来た作品の考察にもなる。

日本語とイタリア語(私はイタリアにいてイタリア語を勉強したので、この言語について考察ができる。ほかのヨーロッパ語については、無知なので言及できない)の大きな違いの一つは時制にある。英語の授業で何度も聞いた言葉でしょ?

私の個人的体験から言うと、授業中に聞いた「時制」という言葉の意味がよく理解できなかった。日本語にはない(すごく弱い)ので、当然といえば当然なのだった。

それがはっきりわかったのは、イタリアでイタリア語で暮らすようになってからだった。タイムマシンで高校時代に戻って、高校生の私に説明してやりたいくらいだ。英文法のテストで100点満点中23点を取ったことがあるけれど、30点くらいにはなったかもしれない。

イタリア語は時制がすごくはっきりしている。過去は過去。現在は現在。未来は未来。これらが一つのセンテンスで混ざることはありえない。日本語はこれがすごく曖昧である。

物語は通常「すでに起こったこと」として表現するのが普通で、数ある種類の過去形を駆使することになる。

日本語は過去とすでに完了したアクションを、同じ形で表現する。今食べ終わったことも、10年前に食べたことも、毎日習慣的に食べていて昨日も食べたことを「食べた」と表現する。イタリア語ではこの三種類の過去を、三種類の過去形で表現する。

日本語で今食べ終わった(あるアクションの完了)ことと、10年前に食べ終わった(過去)を同じ形で表現することが、manga文法に影響を与えているのだ!

今食べ終わったこと、10年前に食べたこと、毎日習慣的に食べていて昨日も食べたことの三種類と言ったけれど、実際にはもう一つ過去形が存在する。

日本語で「大過去」と訳されるそれだ。イタリア語の文法用語を日本語に訳すのは大変だったろうなぁ。

●なんなんだ、大過去

大過去は主に文章、特に物語に使われる。文語的表現に似ているかな。ちょっとニュアンスが違うけど。「大」過去というくらいだから「大昔」の感じ。

マンガ家やマンガの原作者がストーリーを書くときも、この形をつい使ってしまう。それが当たり前だからね。

だから、読者からちょっと遠い感じになる。でも、この時制を使うのが当たり前のメンタリティだと、「遠くなった」という感覚がない。

ちょっと横道にそれるけど、イタリアの地方によっては、大過去を普通の過去形として口語で使う所がある。大過去を口語で使わないローマに住んでいて、大過去を使う場所にバカンスで行ったりすると、なんだかそこだけ何百年も前のままに残っているような、妙な感覚を受ける。

日本語ではイタリア語ほどに時制がはっきりしていない、と書いた。

「昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいました」というのと「今、ラーメンを食べました」というイタリア語では、二つの別の時制がまったく同じ形なのだ。

だから、昔々の物語も、今食べた話もさほど差がなく頭に入ってくる。manga家がストーリーを作る時、時制があいまいなメンタリティ、つまり現在とごっちゃになる時制で作るので、あちら側のキャラと現在にいる自分(そして読者)と近くなる。

マンガが大過去を使って、読者は客席で舞台のキャラを見るような距離感が生まれるのに対し、時制が曖昧な日本語で作られたmangaでは、読者はテーマパークのようにキャラと同じ時空を共有する。

だから、mangaではキャラが読者とアイ・コンタクトを取りやすく、マンガでは読者と目を合わせないのだ。

ここまでの考察は過去にしたこと。書いていてふと思ったのが、映画ではどうなんだろう、ということ。洋画と日本映画で、観客とのアイ・コンタクトに差があるだろうか。マンガとmangaのように違いがあるだろうか。これから映画をこの見地から気をつけて見てみようと思う。


【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】

・最近、家の固定電話を排除した。家族全員スマホを持っていて、固定電話で誰かにかけることも、かかってくることもほぼなくなっていた。ネット+固定電話のプロバイダをやめて、ネットだけのルーターを使うことにした。月額がちょっと安くなる。

・2年ぶりにダイエットを開始。2年前はとあるサイトに登録して、送って来るメニューに従って食事をするもの。その時は3か月で6キロ減った。ただし、メニューにある材料を揃えるのが大変(毎日何種類もの野菜を使う)だったので、別の方法にした。

ネットで見つけた、食事の仕方を変えるだけの簡単ダイエット。食事を野菜から始めるというだけ。これならズボラな私にもできそう。

なんでも、お腹が空いている時はまずお腹に入ってきたものを取り入れるので、そこで炭水化物や油脂を摂ると脂肪が増えてしまう、という理屈なのだ。本当か嘘か分かりかねるけど、試しても毒ではないので、やってみることにして3日。まだ何も変わらず。来月ご報告します。


[注・親ばかリンク]息子のバンドPSYCOLYT


MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
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主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
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