エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[21]化石斎VS.地縛霊の話 スイングバイ/海音寺ジョー

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◎化石斎VS.地縛霊の話

11年前、ぼくは東京の国分寺市というところでアルバイト生活をしていたのだが、正社員登用してもらって仕事が格段に忙しくなり、職場の近く東大和市に引っ越すことにした。

今回はその時の、引越しの話です。

勤務地近くの公社住宅が空き部屋に入居者募集していて、住んでた国分寺のアパート賃貸契約も更新の時期だったので、ちょうど良いタイミングだったのだ。

アルバイト時代の貯金は底をついていたのだが、「特定物件」というやつが一室あって、3年分の家賃が半額になるというお得プランで、それに飛びついた。





後で調べると、それはいわゆるいわく付き物件のことで、うっ、やべえとたじろいだ。しかし無神論者なので、まあいいか。安いし。と引越しを強行することにした。

公社住宅サイドの定義だと、「住宅の室内及び専用使用部分において死亡事故等が発生した住宅」が特定物件なのだ。

念のため電話で確認もとってみた。「あのー、ぼくビジュアル的なオドロオドロしさには耐性があるんですが脂汁、といいますか液濡れや屍臭には弱いんですが」「いやいや! 完全にクリーニングして、畳や襖(ふすま)も全部とっ換えてますから」と説得され、じゃあいいか、と契約に踏み切った。

引っ越し、近距離は赤帽が安いというセオリーに則り、地元の業者に頼んだ。「パック料金に収めるには微妙に多いですんで、少し荷を減らしといて下さい」と言われ、なら少しずつ自転車で移していくか、と引っ越し日までの10日間、チビチビ手荷物を運ぼうと企てた。

国分寺のアパート→東大和の職場→ちょっと過ぎれば新居、という位置関係だったので、遅番勤務が終わってから深夜、CDボックスなど小物を一つずつ持って行った。

内見で一度入ったことはあったのだが、その、昼間の時とは違って不気味だった。というか、人の気配があった。神も仏も死後の世界も信じてないつもりだったが、ちゃんと何かがいる気配があり、戦慄した。

俗に言う、この世に未練を残してたとか、突然に絶命しちゃって自分が死んだことに気付いてないとか、そういう果ての地縛霊か、と直感した。

無神論者を称し続けてたぼくも、その実感から逃れられず困ったなーと思った。職場の同僚に相談したら「憑りつかれるわ」「お祓いを有料でやってもらったら」と意見してくれた。

しかし、あくまでもケチな性分なので、お祓いに金を払うのなら、割引物件に住むメリットがないではないか、と強気に除霊策は却下した。

そして引越しの日。赤帽さんらがてきぱきと国分寺のアパートの荷物をトラックに移してくれた。

「うーん」
「こりゃ重いね」
「かせきさいだね」

引っ越しスタッフが口々に言った。荷のほとんどが本、ノート、雑誌などの紙類で、嵩の割に重い、ということらしい。かせきさいって何? と訊くと、トラックの積載量を越える重さを積むこと、つまり「過積載」のことだった。

すんませんすんません、使うか使わんかわからん資料ばっかりの荷ですんませんという気持ちで、トラックが出発するのを見送った。そして今後、海音寺ジョーじゃなくて海音寺化石斎と名乗ろうかな? と新ペンネームを構想した。(当時は漫画家になりたかった)

過積載の荷を新居に搬入してもらうと、どういうことか地縛霊の気配が引いた。

資料と称し図書館で廃棄扱いになった大量の雑誌、誰も読まないような一昔前のハードカバー、ブックオフの100円ワゴンで買いまくった文庫、漫画、新聞の切り抜き、ノート、ファイル、映画のチラシ、エロ本……俗念と雑念の凝り固まった大荷物が部屋の中央にドカ積みされたことで、生者の野放図なパワーが怨念を霧散させたのだろう。気配は薄まり、かすかすになっていった。

邪念って強いなあ、とつくづく思った。その後、霊障はなかったが2011年の東日本大震災の時、大型の文庫ラックが真ん中で二つにへし折れて、それらの蔵書が大散乱したので、借りを返されたのかもしれない。

いわく付き物件に住みし者たちが次々と不審死を……という怪談、定番だが今件に関しては、化石斎の辛勝だった。

海音寺化石斎というペンネーム、年とってから俳句をやる時に使おうかな?当時目論んでいたが、このエッセイを書くまで忘れていた。地縛霊のことも忘れていた。成仏して、次の世で幸せになってればいいな。


◎スイングバイ

特定物件……公社住宅でそう呼ばれているのは、変死や自殺者が出たいわくつき物件のことである。家賃が3年間半額になるというので、霊魂の類を信じない俺は即座に飛びついた。

三角の公園が隣にある、首都郊外の古い団地。無信心者の俺でも最初は慣れぬためビクビクしてたが、仕事は忙しいわ、帰ったら寝るだけの生活に追われ、恐怖は雲散していった。

そのうちに前入居者は元大学教授で、孤独死したらしい事を同棟のおばさんの話で断片的に知る。窓から見える公園の亀石を眺めながら、その孤独死した老教授のことに思いをはせる日もあった。

亀石には神通力があるとの噂があり、時々蜜柑などが供えられてるが、その謂れは新参の俺にはわからない。

2年ほどたったある日、終電で帰宅したら着信履歴の出ない電話に1件の留守電メッセージがあった。

「○○さん、私です△です、ご無沙汰してますう、わかりますか、△ですう」

老婆の声だ。たまにある間違い電話のひとつだ。でも俺には、何だかそれが、老教授の遠い遠い昔の恋人だった人の、痛切なメッセージのように思えたのだ。

△さんに届けと、俺はリビングのサッシを全開にし、遠目に見える公園の亀石に「あなたの声は、私が教授に代わり聞き届けました」と心の中で叫んだ。


【海音寺ジョー】
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