まにまにころころ[139]ふんわり中国の古典(論語・その2)バカとは付き合うな/川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito

投稿:  著者:  読了時間:9分(本文:約4,200文字)


コロこと川合です。さてさて論語の第二回。前回は最初の一節だけを取り上げ、そこで終わってしまいましたが、今回からはどんどん読み進めたいと思います。

でもその前に、また前置き。(笑)

儒教には「五常」という五つの徳目があります。「五徳」とも言いますが、鉄瓶をのせるアレではありません。「仁」「義」「礼」「智」「信」の五つです。

「知ってる! なんかアニメで見た!」という方は、私と同世代ですねきっと。『鎧伝サムライトルーパー』に出てきたやつです。

サムライトルーパーでは他に、「忠」「孝」「悌」「忍」と出てきて、九つの鎧にそれぞれ宿っていました。五常が主人公サイド、残り四つが敵方でした。




「トルーパーは知らないけど、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌って知ってる!」と思われた方は『南総里見八犬伝』か、またはその派生作品を読まれたのかと。それぞれが仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字のある「仁義八行の玉」を持って、関八州で生まれた八犬士の物語ですね。

トルーパーの「忍」はどこから出てきたのか知らないですが、五常の五つと、「忠」「孝」「悌」は論語でもちょいちょい出てきますので、簡単に説明しましょう。あくまで、ふんわりした説明にとどめますが。

仁:慈しみの心。思いやりの心。愛。論語では最高の徳目とされる。

義:利己的な考えや欲にとらわれず、なすべきことをなす心。

礼:宗教的規範、社会的規範を守る心。儀礼。礼儀。秩序。

智:物事の本質を知ろうとする心。知恵。知識。

信:友情を大切にする心。誠実であろうとする心。嘘をつかず人を欺かない心。

忠:つとめを果たそうとまごころを尽くす心。

孝:父母を敬い大切にする心。子としてのつとめを果たそうとする心。

悌:兄や年長者を敬い大切にし素直であろうとする心。

前回、「君子」について、立派な人とした上で、定義は難しいと書きましたが、五常などの徳目についても同じです。理由はまったく同じで、君子についても、徳目についても、論語の中でその「定義」は語られないんです。

どれも、具体例として「こういう行いは仁だね」「こんな人は君子だね」と、繰り返し例示はされるのですが、定義は語られず、帰納的に推し量るしかない。

まあ難しくはあるのですが、物事の本質ってそういったものかも知れません。言葉で定義づけた瞬間に、まがい物になってしまいそうというか。嘘になるというか。枠組みを与えてしまうことで、固定化されて死んでしまうというか。

論語は、そんな君子や徳目のあり方についてを、ただただひたすらに追求したテキストと言えます。読んでいく中で、それぞれの「仁」を見つけましょう。

ということで、ここから本編に移ります。


◎──巻第一「学而第一」二

・書き下し文

有子曰わく、その人となりや孝弟にして、上を犯すを好む者はすくなし。上を犯すことを好まずして、乱をなすを好む者はいまだこれ有らざるなり。君子は本を務む。本立ちて道生ず。孝弟なる者は、其れ仁の本たるか。

・だいたいの意味

有子が言われた。その人となりが「孝」「悌」、つまり、父母や年長者を敬う人柄でありながら、上に逆らうことを好む者は少ない。上に逆らうことを好まないのに、秩序の乱れを起こすことを好む者は今まで聞いたこともない。君子は物事の根本的なことに務める。根本に立脚してこそ道が見えてくる。孝悌である者は、「仁」の根本であろう。


◎──巻第一「学而第一」二について

有子(ゆうし)とは、孔子の弟子、有若(ゆうじゃく)のこと。この部分は、有若の弟子が聞いたことを記した話だと思われます。

ここに書かれていることは、裏を返せば、世の乱れは孝悌に欠けることによるものだということ。人が孝と悌をおろそかにしなければ、世は治まる。孝悌は仁の根本であり、君子たるものはその根本を大切にし、道を見据える者だと。

有子は、そう考えたんですね。そして、その通りだと孔子の門人たちも賛同し、論語に収められたんでしょう。


◎──巻第一「学而第一」三

・書き下し文

子曰わく、巧言令色、すくなし仁。

・だいたいの意味

言葉巧みでいて外見を飾っているようでは、仁は少ないものだ。


◎──巻第一「学而第一」三について

超短い。(笑)

「巧言令色」は現代語でもそのままの意味で使いますね。そのようでは仁には少し欠けると。巧言令色を完全否定するのではなく、「すくなし」なんですね。

言葉巧みなのもいいだろう。見た目にこだわるのもいいだろう。でもそれだけではちょっと仁の心に欠けるんじゃないかな。と、そんなところでしょうか。


◎──巻第一「学而第一」四

・書き下し文

曾子曰わく、吾れ日に三たび吾が身を省みる。人のために謀りて忠ならざるか。朋友と交わりて信ならざるか。習わざるを伝うるか。

・だいたいの意味

曾子が言われた。私は一日に三度は我が身を省みる。人のためにまごころから考えて尽くしてあげられただろうか。友達との交友で誠実であれただろうか。よく復習して理解しきれていないことを受け売りのまま、人に教えてしまったりしなかっただろうか、と。


◎──巻第一「学而第一」四について

曾子(そうし)とは、孔子の弟子、曾参(そうしん)のこと。孔子の弟子の中では若手のホープ。孔子からすれば孫くらいの年齢なんですが、かなりの高弟で、論語の中で常に敬称をもって「曾子」と呼ばれる唯一の弟子です。

「日に三たび吾が身を省みる」は、「一日に何度も我が身を省みる」とする訳もあります。いずれにしても、繰り返し自省するんですね。人に対して不忠でなかったか、友に対して不信でなかったか、また自らは不習でなかったか、と。

ちなみに出版社の三省堂の社名は、この節によるものです。


◎──巻第一「学而第一」五

・書き下し文

子曰わく、千乗の国を道びくには、事をつつしみて信、用を節して人を愛し、民を使うに時を以ってす。

・だいたいの意味

大国を導く諸侯は、事業を行うにあたっては慎重かつ誠実に、費用は節約して人民を大切にし、労役を課す場合には時節を考えるようにする。


◎──巻第一「学而第一」五について

為政者の心構えですね。為政者に限らず、また大国に限らず、官民を問わず、組織を運営する人間が持つべき心構えで、現代にも通じるものだと思います。

最後の時節を考えろってのは、繁忙期や不作で困窮してる時に労役を課すなということです。特に多くの人民が農業に従事している時代ですので、農繁期に労役を課したりすると、結果的に国家も傾きます。


◎──巻第一「学而第一」六

・書き下し文

子曰わく、弟子、入りては則ち孝、出でては則ち弟、謹みて信あり、ひろく衆を愛して仁に親しみ、行いて余力有らば、則ち以って文を学べ。

・だいたいの意味

若者よ、家においては孝であり、社会においては悌であれ。慎み深く誠実に、広く人を愛して仁に親しめ。それらを行った上で余力があれば、古典を学べ。


◎──巻第一「学而第一」六について

「弟子」は「ていし」で、若者のことです。「でし」じゃないので注意。

ここでいう古典は主に『詩経』『書経』といった当時の古典のことです。孝であり悌であり仁に親しんだ上で、余力があれば古典を学べ、と。

今回、三省の話でも、ろくに理解してないのに受け売りで伝えるなとか、またここでは古典を学ぶのは言行を律した上でのことだとか、耳が痛い限りで……


◎──巻第一「学而第一」七

・書き下し文

子夏曰わく、賢を賢として色にかえ、父母につかえては能く其の力をつくし、君につかえては能く其の身を致し、朋友と交わり、言いて信有らば、いまだ学ばずと曰うといえども、吾れは必ず之を学びたりと謂わん。

・だいたいの意味

子夏が言われた。美人を慕う代わりに賢人を賢人として慕い、父母に仕えてはよくその力を尽くし、主君に仕えてはよくその身を捧げ、友人との交わりでは誠実な言葉を心がける人物であれば、たとえその人が未だに十分な学びを得ていないと言ったとしても、私は必ずその人を、学んでいる人だと評価する。


◎──巻第一「学而第一」七について

子夏(しか)も孔子の弟子の一人です。

学びというのは、学ぶことが大事なのではなくて、学んで得るべきことを実践できているかが大事なんだという話。もう、ほんと、耳が痛い……

「賢を賢として色にかえ」は「賢を賢として色をかえ」と読み、賢人の前では態度を改めて顔色を変えて、とする説もあります。


◎──巻第一「学而第一」八

・書き下し文

子曰わく、君子重からざれば則わち威あらず。学べば則わち固ならず。忠信を主とし、己れに如かざる者を友とすること無かれ。過ちては則わち改むるに憚かること勿かれ。

・だいたいの意味

君子たるものは言動に重みがなくては威厳が感じられない。学ぶことによって柔軟な考え方ができるようになる。忠信、まごころと誠実さを第一に心がけ、その点で自分よりも劣っている者を友としてはいけない。過ちを犯したならば、改めることに躊躇してはいけない。


◎──巻第一「学而第一」八について

君子は中身の充実をはかるべし、という話。

「己れに如かざる者を友とすること無かれ」については、そのままの意味ではなかなか友達ができなくなってしまいます。だって相手が自分より優れている場合、相手にとっては自分が「己れに如かざる者」になってしまうので。

なのでここでは「その点で」と、「まごころと誠実さ」として単純な優劣では測れない、共に同等に尽くすことができるものを対象にしてみました。

解釈によっては、自分と同列の者を友として、自分より優れる者は師とする、という考え方もあります。

まあ、まごころも誠実さもないような言い方をすれば、「バカとは付き合うな」ということかもしれません。(笑)


◎──今回はここまで。

ちょっと長くなってしまいましたが、今回はここまで。

長くなったのは、「学而第一」が十六節あるので、半分まで進めたかったからです。なんとなくキリよく終われるかなと。できれば次回は、学而第一の最後まで進めてしまいたいと思います。ではまた次回。


【川合和史@コロ。】koro@cap-ut.co.jp
合同会社かぷっと代表

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