[4596] はぐれの歪んだ原チャ愛◇はぐれの歪んだ伏見観

投稿:  著者:  読了時間:24分(本文:約11,800文字)



《とにかくイチイチ面倒くさい人》

■はぐれDEATH[53]
 はぐれの歪んだ原チャ愛
 藤原ヨウコウ

■はぐれDEATH[54]
 はぐれの歪んだ伏見観
 藤原ヨウコウ




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■はぐれDEATH[53]
はぐれの歪んだ原チャ愛

藤原ヨウコウ
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●シニアの原チャが一番危険

最近、ボクが使う言葉に少々自信がなくなってきたので、一応断っておくが、「原チャ」とは「原動機付自転車」(原動機付チャリの略)である。

要はチャリにエンジンがついているだけの代物なのだが、一般市場ではスクーター型がメイン。他は郵便屋さんが乗ってくるあのバイクだ。

タイプは色々あるようだが、まさかボクが35年ぶりに乗る羽目になるとは思ってもみなかった。バイクそのものは20年ぶり。交通法規も変わっているようだし、そもそも交通状況が昔とは遥かに違う。

最初は自分の運転にビビっていたのだが、慣れてくると周りを見る余裕が出てきて、更に恐怖倍増。みんな無茶苦茶やんか……。

特に怖いのは他の原チャだ! しかもシニア層が一番危険。「交通法規知ってるのか?」というような、怖い運転をする人が多すぎる。

ともかく法定速度(原チャは30km/h、お目こぼし速度が40km/hぐらいまで)を無視して、強引な追い抜きをしてくる。その後ろから、自動車が猛スピードで来てるのにですぞ!

ちなみにボクは、法定速度厳守派です。おねえちゃんが生まれるまでは、そうでもなかったのだが、おねえちゃんが一緒に自動車に乗るようになってから、めちゃめちゃ神経質になった。

スピード違反で捕まるのよりも、事故る方がずっと怖かったからだ。スピードは出さない方が、危機回避は容易になる。この辺は以前にも書いた気がするし、免許保持者なら更新時の講習で毎回言われているはずなので省く。

原チャの法定速度については、かなり以前から速度をあげることが議論されているようだ。「公道を30km/hで走るのは逆に危険」というのが、その理由の最たるものらしいが、原チャですよ、原チャ。

エンジンが付いているだけのじ・て・ん・しゃっ! 免許だってその程度のレベルで取れるようになっている。最高速度を上げるなら、免許取得の手続きそのものだって、それなりにハードルをあげて欲しい。

「オートマ限定自動車運転免許証」なるものが存在するようじゃ、期待できませんが。

とにかく、べったり道路の左隅を走るようにしているのだが、それでもいつ事故に巻き込まれるか分からないくらい怖い。

で、左隅を走ってると、今度はチャリの脅威が!!!

信号無視は日常茶飯事で、飛び出すわ、走行車線で逆走するわ、よろけるわ(これを細い路地でやられるとかなり怖い)。チャリに限った話じゃないんですがね。他の歩行者や自動車、バイクも似たりよったり。

どれだけ向こうが悪くても、歩行者・自転車相手に事故ったら、こっちの責任になるのが道路交通法である。特にチャリ、危険すぎる……。

とにかく、突っ込みどころ満載の公道なのだが、数え出すとキリがないのでパス。ああ、もちろん自動車もかなりヤバいです。

歩いてるだけでも十分怖いのだが、これが原チャとなると危険度は一気に上がる。本来こうした危険性や、公道を利用する人(歩いていようが、チャリだろうが、バイクだろうが…)の安全を可能な限り確保するために道路交通法があるはずなのだが、上述したように、そもそも道路交通法を本当に知っているのだろうか、と疑いたくなるような免許所持者が多すぎる。

自動車を手放して、もう二度と内燃機関式のモノを運転・操作することはないだろうと思っていたのだが、まぁワケあって原チャに乗らざるを得なくなった。この辺の事情は、別ネタとしてまたいつか。

●機械任せは大嫌い

一番厄介だったのは、「どんな原チャに乗るか」という、ごく初歩的なところ。

以前にも書いたが、ボクは何もかも機械任せにするのが大嫌いである。だから、原チャ選びにはかなり困難を伴ったのは言うまでもあるまい。

セルモーターだけなど論外でキックペダルは必須、電子制御のキャブ(キャリブレター)やインジェクション(共にエンジンに燃料を気化して送り込む装置)などボク的にはあり得ない。なにしろ、バッテリーですら懐疑的なのだ(どこまでやねん)。

もちろん、バイクでもオートマは丸っきり信用していないので、クラッチレバーで操作するミッション。

ここで既にスクーターは脱落。一応、ヴェスパという選択肢もあるのだが、このバイクのミッション系は、どうも苦手なのだ(どこまで我が儘やねん)。

カブ系はクラッチがないのでこれまたアウト。

一応、125ccクラスまでチェックしたのだが、ボクが乗っていた頃と違って、中古なのにべらぼうに高い。何しろボクのバイクのレートは「原チャは3万、125ccは7〜8万」という感覚だったので(いつの時代や)とにかく値段でびっくりした。

で、どうにかこうにか発見したのが「この子」だ。参考までに、以前乗っていたROVER MINIの写真も付け加える。この子達を見れば、ボクの趣味は大方予想できると思う。もちろん見た目重視です(笑)

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ちなみにこれが本来の姿です。バイクの外観は簡単に変わっちゃうからなぁ。

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セルモーターなどという、無粋なモノは付いていない。キック・オンリー。吸気系は完全な物理式キャリブレーターな上に、いきなりこんなん。ノーマルよりも大型でむき出しで、ほとんどヴィンテージといってもいいほどアナクロなブツである。

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さすがにMINIのエンジン周りの写真は省く。まず写真が見つからなかった(笑)更に極端にマニアック過ぎるカスタマイズをしているので、見せてもきっと誰もワケ分からない(爆)

吸気系が強いので、エンジンの内燃室に送られる空気と燃料はもちろん多くなる。どうも色々いじくっているようなのだが(他の部分もそうだが買った時からこうなっていて、前のオーナーさんが改造してたようだ)、低速トルクが恐ろしく太い。2速で坂道発進は余裕である。

エンジンの形状を見ていただければ分かる方も多いと思うのだが、要はビジネス・ユースのエンジンである。ホンダならスーパーカブ。ボクのはヤマハだからメイトか?

この手のエンジンのカスタムパーツは実は多い。特にカブ系。掘り出すとキリがない上に、またまたマニアックな話になりそうなので端折る。

昔乗っていたROVER MINIもそうだったのだが、なぜかボクが選ぶと低速トルクがノーマルよりも太いという、ワケの分からない法則があったりする。大学時代のダックスも大概だった(このエンジンは完全にカブの流用だ)。

で、実はギアがもう一つ(いや、この子なら二つぐらいいけそう)欲しい。4速なのだが5速まであれば、エンジンに法定速度で最適で、負担が最も少なく快適な状態をキープ出来そう。これはMINIの時もそう思った。さすがにMINIでこれをやると、とんでもない出費になるので諦めましたが。

ご覧のようにメーターはスピードメーターだけなので、具体的なエンジン回転数は分からないのだが(タコメーターのちっこいヤツでも増設するか?)、エンジン音を聞いている限り、2回目のトルクの山を越えたところが、どうも最適な回転数な気がする。

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これがメーター、ハンドル周り。小さい頃のおねえちゃんが写っているのはご勘弁いただきたい。基本、自分の自動車の写真は撮らないし、ボクが写しているのはおねえちゃんであって、自動車はおまけなのである(笑)

それでも、この写真を発見するのに半日以上かかった。おねえちゃんとももち(猫)の写真は、めちゃめちゃ撮ってるからなぁ。

どちらのハンドルも完全に後付け。特にMINIの方は、あえてオリジナルのハンドルよりも、径が小さいのにした。肩幅より広いステアリングはどうも気持ち悪い。

その分ハンドリングは重くなるのだが、これは素直に筋力が付けば問題ないので(実際そうだったし)感覚重視である。で、バイクの方だが、将来的にもう少し狭めたい。気持ち広いのだ。この違和感が気になる。

排気系、どちらもオリジナルからは程遠い。極端に分かりやすいのがマフラーだろう。

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トルクの太さを生み出すのは、吸気系だけではない。あくまでも全体のバランスの賜物なのである。

それはともかく、吸気・排気をいじると軽いバック・ファイアが時々起こる。燃焼しきれなかったガソリンが、排気の時にマフラーの先端で「パンッ!」とかいうヤツだ。

と、分かったようなことを言ってるが、ほとんど前のオーナーさんのカスタマイズ(笑)

機械式のいいところは、壊れたり調子が悪かったりした時、原因を特定しやすい点にある。機械式でも電気系はあるが、ライト類は球が切れたかどこかで断線しているの二択。ああ、ヒューズが飛んでる時もあるな。

エンジンが掛からない時は、ガソリンがないかプラグが馬鹿になってるか。アイドリングを上げたければ、マイナス・ドライバー一本で簡単にできる。

しつこいようだが、チャリにエンジンが乗ってるだけなのだ。チェーンが外れたらすぐに直せるレベルじゃないと話にならん。バッテリーが上がってエンジンが掛からない、などというのは論外である。

電子制御技術は相当進んでいるみたいだし、バイク屋のお兄ちゃん達も「いや、そこまで神経質にならなくても大丈夫ですよ」と言ってくれたし、実際そうなのだろうがボクの経験値はあくまでも20年以上前のそれであり、現代となると浦島太郎状態なのだ。

その上、なにかと注文が多すぎる。ハタから見れば了見の狭いおっさんなのだろうが、いくら最先端技術を使っていようが、納得できないモノに無条件に安心を感じるような自信家ではない。とにかく譲れないモノは譲れない。予算も著しく制限がある。

だから、たかが原チャを一台探し出すのにめちゃめちゃ苦労したのだが、これはもうしゃぁない。

まぁ、とにかくイチイチ面倒くさい人だとしみじみ思う(笑)


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
http://yowkow-yoshimi.tumblr.com


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■はぐれDEATH[54]
はぐれの歪んだ伏見観

藤原ヨウコウ
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●ボクの伏見の範囲が狭すぎる

伏見(正確には中書島)に住んで二年が過ぎたのだが、つい最近になって気がついたコトがある。ボクの伏見観は、東は桃山山地、西は新高瀬川、北は丹波橋通り、南は宇治川という極めて狭い範囲であることだ。

以前、京都人の洛中洛外感・距離感についてボロカスに書いたのだが、正直申し訳ないぐらいの狭さである。

ボクの中での京都と伏見の南北の明確な境界線は名神高速道路だったのだが、副業で名神高速の北側(竹田)に原チャで通わなくならなければなくなって、はたと気がついたのだ。

まず断っておくが、ボクは京都と伏見を明確に区別している。もちろん、それぞれの特色を最大限に評価した上での話である。

以前にも書いたが、ある時期まで実際に、行政区分上「伏見市」というのが存在していた。どういう基準で「伏見市」ができたのかは不明だが、歴史的な流れから京都市とは異なる区分が、素直で無理がなかったのではないだろうか?ちなみにこの知識は後付けである。

ボクの感覚でも、伏見は京都市とは別個に評価すべきだと思っていた。ただの勘であるが。特にこれといった基準値があったワケでも何でもない。そもそも京都駅以南に行くことは、滅多になかったからなぁ。

何しろ元々の拠点は左京区北部、北区である。せいぜいが今出川通辺りまでが活動圏内だったので、京都駅ですら「かなり南」という感覚である。

だから、京都駅以南はほぼ未知の領域。せいぜい名神高速に乗るための、通過点に過ぎなかった。

京都駅にしろ名神高速にしろ、ボクにとっては遠距離移動以外の機能はまったくない。日常生活や大阪に行く程度なら頑張っても四条くらいで、実際その程度の行動範囲しか持ち合わせていなかったし、京都駅〜名神高速間はボクの中で見事に空白の地域であったことは、素直に白状しておく。

こんな状態なので、伏見の地理・知識・感覚はすっぽり抜け落ちていた。この感覚はいわゆる「洛中観」に酷似しているのは、言うまでもないだろう。この状態で伏見に住むとなると、やはり気になるのが名神高速の存在である。

重ねて言うが、ボクにとっては遠距離移動以外の機能はまったくなく、基本、無縁の存在である。だから日常生活をベースにした伏見観は、上述したように「東は桃山山地、西は新高瀬川、北は丹波橋通り、南は宇治川」という極めて歪な状態になってしまった。

更に西は、新高瀬川から向こうは南区だと信じ切っていたのも大間違いだった。ちなみに、東は未だに変わらず桃山山地だ。

この地図を見ていただければ、ボクの伏見観がいかに歪であるかは、一目瞭然である。

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赤い部分がボクの伏見の範囲。驚くべきは、伏見稲荷すらこの範囲外だ!狭すぎるにも程がある……_| ̄|○;

先日、ちょろっと、伏見稲荷に生まれて初めて行ったのだが、それでもやっぱり個人的にはせいぜいが「伏見のハズレのハズレ」にしかならなかった。ちなみに、上賀茂ですら京都のハズレという認識である。

元々、ボクは徒歩かチャリでしか移動していない。大阪に出る時は京阪だし、洛中に行く時はチャリ+市営地下鉄、もしくは市バス(最近はこのパターンの方が多い)である。いわゆる日常生活圏が、そのままボクの伏見観になっているだけの話である。

いままでさんざん書いていることだが、京都市内の都市計画(道路)は平安時代からさして変わっていないし、この当時の移動手段はほぼ徒歩(もちろん例外はある)だと言ってもいい。

もっとも別に京都に限った話ではなく、古い都市計画が残っているところはどこもそうだ。

特に太平洋戦争後の、急激な開発から取り残されたところ(戦災に遭っていないと更に)はどこもそうだろう。京都以外でボクが実際に体験した所と言えば、倉敷である。

倉敷は水運の街である。ちょっと伏見っぽいかも。江戸時代に天領だったので、武士よりも商人・町人の方が圧倒的に多い。城下町とはまた異なる風情なのだが、京都との圧倒的な違いは、公家が不在だった点だろう。

おまけに碁盤の目ではない。というか、ボク自身京都に来るまでは碁盤の目の都市計画は体験したことがない。

伏見の町並は豊臣秀吉が桃山城築城の際に都市計画も行い、この時にやたらと直線的な町並になったようだ。水運を中心とした物流の面で、徹底的に整備したのも秀吉。大阪、奈良、京都(洛中)を結ぶ交通の要衝である。

ちなみに、この範囲の特徴的な町並は酒造所と、昔ながらの町家がまだ残っているところだろう。さすがに伏見港に往時の姿はない。

治水と陸運で埋め立てられたりして、今は相当規模が小さくなっている。後は水路沿いにあの有名な寺田屋さんが残っているくらいで、旅籠関係もほとんどない。それでもボクの嗜好にあった、都合のいい場所だ。

「西の新高瀬川まで」というのは、これ以西からこうした景観が著しく損なわれる上に、京都府が京都駅南側の大規模商工業施設の誘致・開発をしているようなことを小耳に挟んだせいもある。実際、中小の工場や物流拠点が多く存在する。

こうしたことから、何となくこの地域を勝手に南区と思い込んでいた。もちろん、実際には伏見区の一部も含まれているのであるが。

名神高速京都南インターに近いこの場所は、物流面でも極めて有利な場所だし、いわゆる京都人からすれば「京都市ではない」という理由で、比較的開発がしやすかったという理由もありそうだ。

余談だが、京都南インターのすぐそばには、ラブホが密集して建ち並んでいる。すぐそばに城南宮という、神聖な場所があるにもかかわらずである。この事実だけで、景観などハナから無視しているのは容易に推察していただけると思う。

更に新高瀬川の西には阪神高速京都線が通っており、更に西には大阪とのメイン・ルートの一つ国道1号線が通っている。

ちなみに、ボクは阪神高速京都線を利用したことはない。知らないうちに出来ていて、初めてこの道を目にした時「なんじゃ、この道路は???」と戸惑ったぐらいだ。

正直、記憶が怪しいのだが、京都駅南側の開発が本格的に始まり、それにつれて幹線道路がジャンジャン整備されていったのは、ボクが会社員時代の時代で、フリーになった頃には、新しい道がやたらとできていて驚いたのは憶えている。

京阪電車が地下に移動して、それまで三条までしか通っていなかった川端通りが、一気に東海道線を貫いて南まで延びたのが、一番のショックだったような気がする。

鴨川沿いに走る京阪電車というのは、個人的にはなかなか好ましかったし、特に日が暮れると電車の明かりが鴨川を照らして、とてもキレイだったのだ。

洛中の話をしてどうする。伏見や。

●窓から桃山山地が一望できる

とにかく、ほとんど初めての土地なのだが、結果的には上賀茂に次いで居心地が良く、景観もいい場所におさまったので、余計に新高瀬川以西の景観から伏見とは思えなかったし、実を言うと内心まだ認めていないところがあったりするのだ。

極端な話「水路と川がなければ伏見ではない」という、偏狭にもほどがある思いがあったりするので質が悪い。それぐらいボクにとっては、特徴的で愛すべき景観なのだ。

部屋が東の角部屋なので、窓から桃山山地が一望できるというのは実に嬉しい。目を少し下に降ろせば水路も丸見えだし、緑も一杯。

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ありがたいことに、中書島近辺の京阪電車は地上を通っている。海こそないが、雰囲気はボクが生まれ育って慣れ親しんだ土地に、洛中よりよく似ているのも恐らく影響しているだろう。

個人的にはこれで伏見を完結させても別に構わないのだが、上述したように、以前に京都人のことをボロカスに書いたので、ここは素直に反省しよう。西はともかく北は桃山山地・京阪電車・JR奈良線に沿った伏見稲荷までは、素直に北上させることができる。

この辺りは原チャに乗り始めてちょろちょろうろついたのだが、なかなかいい感じである。

伏見稲荷も、行くまでは根拠もなく内心馬鹿にしていたのだが、行ってビックリ。鬱蒼とした緑に囲まれた、千本鳥居沿いの参道には心を打たれた。

緑と朱のコントラストもさりながら、複雑に起伏した地形もボクの好みにぴったりである。「なかなかいい場所を選んで整備したなぁ」と素直に感動した。

境内の西側に隣接する道の名前が「師団街道」というのには、びっくりしたけど。どうやら、大日本帝国陸軍第十六師団がこの近所にあって、これがこの道路の名前の由来らしい。

ボクにとって重要なのは、桃山山地の山裾に沿った環境なのだろう。実際、現在の高瀬川あたりくらいまで、緩やかに下がっている。正確には竹田街道より二、三本東の通り。

GoogleMapで調べたのだが、通りの名前が載っていない。付近の店舗から調べようと思ったのだが、「○○通西入ル(東入ル)○○筋下ル(上ル)」という伝統的な表記が見事にないので、さっぱり分からん。

なにしろ、まだこの辺の通りや筋の名前はまだちゃんと頭に入っていない。洛中なら、かなり細い道でも分かるのですが。

実はこの「○○通西入ル(東入ル)○○筋下ル(上ル)」という表記が、通りや筋の名前を知っていると一番分かりやすいのだが、公文書の住所記載で出来なくなったらしく(うろ覚えなので本当かどうか不明)、いつの間にかめちゃめちゃ減った。

さすがに河原町近辺の繁華街や、鉾町がある辺りはまだなんとなく残っているのだが。

京阪・近鉄を境に東に行くと、町名が大名の名前だったりする。桃山城を中心に、斜面に沿って大名屋敷町があった名残らしい。

らしい、というのはこの辺は高級住宅地で(実際そうだけど)個人的にイマイチ足を踏み入れる気にならないし、ちゃんと調べてもいないからだ。普段の生活ともあまり関わりのない場所、という理由もある。

それでも、ボクが住んでいる近辺とはまた趣の異なる、落ち着きと静かさがあるし、それはそれでいいもんである。

ちなみに、南限の宇治川はマストである。今は宇治川の南に広々とした土地になっているが、元は巨椋池。戦前の干拓事業でなくなった。

もっともこの干拓は、ポンプで排水して無理矢理池の底に至るという、無茶ぶりだったらしい。

おかげで、Wikiによると「1953年の昭和28年台風第13号の大洪水で宇治川の堤防が決壊した。これにより干拓前の巨椋池全域を含む2880ヘクタールが浸水し、干拓地に巨椋池が「復活」する災害が起こった。」そうな。被災された皆様には気の毒だが、さぞや壮観であったろう。

巨椋池に関しては、治水・水運絡みでどうも桃山時代辺りから色々と人工的に手を入れているらしいのだが、詳細は省く。ちょろっと掘りかけたのだが、ゾロゾロ関連資料が出てきたのでやめた。興味のある方は自分で調べて下さい。

個人的には往事の巨椋池の姿を勝手にイメージして、それを「巨椋池」と思っているので、どうも今の姿がピンと来ないのだ。そのうち慣れるのかもしれな

で、宇治川(巨椋池)の南は宇治、という認識になる。もちろん、実際は違います。これまた宇治川より以南には、まったくと言っていいほど行ったことがないから、というこれまた偏狭な経験値に基づく認識であって、それ以上でもそれ以下でもない。

とまぁ、ボクの伏見観は、主に経験値と勝手な想像だけで、論理性のカケラもない。実際、伏見稲荷が抜けていたという間抜けな事実もある。

この際だから白状するが、山科区もボク的には京都の外である。だって東山より東だから(!)。住んでいる皆様に大変申し訳ないのだが、余所者の言うことなので勘弁していただきたい。あくまでもボクの感覚的なものであって、実際の歴代行政区や歴史・文化とはまったく関係ない。

ただ、これだけは言える。東と北に山がないとボクはイマイチ落ち着かない、という間抜けにもほどがある感覚である。いや、感情と言ってもいいかもしれない。それくらい自分でも得体がしれない。

原因は生まれ育った福山にあるのは明白だが、福山を離れて35年近くになるのだ。未だにこういう感覚が残っているというのは、いったいいかなるものなのだろう?

しつこ過ぎるのか、未練がましいのか、余程ひねているのか、記憶がやたらとキョーレツなのか……。

記憶は怪しいな。頭悪いし、もの忘れ激しいし。

それにしても、まさかこのような形で以前に書いた洛中・洛外感に対する悪罵が我が身に返ってくるとは思わなかった。素直に反省しよう。撤回はしないけど(笑)


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
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編集後記(06/29)

●金子熊夫・小野章昌・河田東海夫「小池・小泉『脱原発』のウソ」を読んだ(2017/飛鳥新社)。なんかうさんくさいタイトルである。原発推進派のオルグの類いかと舐めていたが、一読三嘆、これほど具体的でわかりやすい、原発の解説本に出会ったのは初めてだ。中学生でも理解できるだろう。素晴らしい。

再生可能エネルギーと美しい呼び方をされている水力、バイオマス、地熱などがあるが、現実に多くを望むことはできない。主力は太陽光と風力になる。ところが日本の太陽光発電の稼働率(年間8760時間のうち動く時間の割合)は12%、風力は20%程度だ。火力や原子力は80%である。需要に応じて安定した電力を供給できる火力発電や原子力発電の、代わりを務めるのは不可能である。

原子力発電にはベースロード電源として、年間を通して安定発電する役割を担わせ、太陽光、風力は、火力発電のバックアップを得ながら電力量(kWh)の供給をやらせればいいのだ。再生可能エネルギーは、決して火力や原子力の代替にはならない。発電割合25%が太陽光、風力発電の導入限度といえる。

脱原発の先行国として「ドイツを見習え」という意見があるが、これは大間違いである。メルケルの政治的判断で2022年までに原発を全廃すると決めたが、実際はまだ半数が稼働中、電力の15%は原発で賄っている。2022年までに原発ゼロになり、それを埋めるだけの再生可能エネルギーが伸びなかったら、豊富な石炭で火力発電に頼れるが、CO2排出がともなうだけに必ず行き詰まる。

欧州諸国の中で日本の参考(反面教師)となる国はイギリスである。かつて世界有数の原発技術大国だったが、北海油田の発見で1980年代以降、原発新設がなくなった。近年、油田の枯渇が始まり、再び原発に依存しなければならなくなったが、長いこと原発を製造してこなかったため、技術力が失われ、現在では自力では建設ができなくなった。仕方なく、フランス、日本、中国に頼る。

「人間は常にプラス=ベネフィット(利益)とマイナス=リスク(危険性)を考えながら、現実的な判断をしてきた。原子力をやるリスクとやらないリスクがあるが、国家、社会レベルで考えたとき、ある程度のリスクがあっても、それを相殺するだけのプラスがあると思われるときには、それを実行する理性的な判断力が求められる」。原発を推進するのが日本の進むべき道だと思う。

好き嫌いにかかわらず、原子力はエネルギー資源小国日本にとっては、かけがえのないエネルギーであり、これを最大限利用することがわが国にとってベストの選択だ。怖いから、嫌いだから、ということで原発ゼロにしてしまったら、日本はどうなるか。信頼できる安定的な電気が失われると、日本沈没である。

事故後、原発の安全性はどこまで向上したか? 世界で最も厳しい新規制基準を作ったのが、極めて高い独立性と権限を持つ原子力規制委員会と原子力規制庁である。津波防護壁の設置と建屋の防水化、電源車や可搬式ポンプ・移動式ポンプ車などの配備、過酷事故への備えも万全である。福島事故の再来は必ず防げる。原発コワイの人もこの本を読めば、必ず安心できると思う。(柴田)

金子熊夫・小野章昌・河田東海夫「小池・小泉『脱原発』のウソ」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4864105820/dgcrcom-22/


●ポケモンGOのEXレイドバトルの続き。この後記を書き始めたきっかけが、劇場近くでのEXレイドバトル。バトル開始前までの間、劇場関係者が何度か出入りし、腰に手を当て苦虫を噛み潰したような顔をしていて、嫌な予感が。

そこの劇場では大きめのミュージカルをやっていて、入り待ち出待ち遠慮願いまで出た。大きめの役の出演者でも、近所を歩いてるし、コンビニとかにも入っていたりするのだけれど。

帰り際に警察官が立っていたのに気づき、ポケモンですと声をかけた。ええ、わかっているんですけどね……と言われたので、あと5分ぐらいですと答えたら、5分ですね、と言いながら離れていった。

戦いは実質5分。ボール投げるのに2〜5分程度。事前に待機してるので、そこにいるのは20〜30分ぐらいだけど、人数多いと気になるよねぇ。(hammer.mule)