ユーレカの日々[67]いつか、紙と鉛筆のように/まつむらまきお

投稿:  著者:  読了時間:7分(本文:約3,100文字)



先日、電車に乗った時の話だ。ぼくが立った位置からふと見下ろすと、親子四人が対面シートに座っている。

父母と、中学生くらいと小学5年くらいの女の子。娘二人はそれぞれ、スマホを見ているのだが、妹の方はスタイラスペンで、画面にになにか一生懸命、描いている。

最初は塗り絵アプリかな? と思ったが、そうではなく、おそらくこの子自身が描いた、アニメ風の女の子キャラに色を塗っているのだ。なぜ自作とわかるかというと、絵が微妙に下手だから。

アプリはアイビスペイント。無料で使えるペイントアプリで、高機能で知られている。彼女は慣れた手つきで、レイヤーを操作し、色を選び、マスクまで使いこなして一心不乱に作業を続けている。

操作を迷うことは一切なく、目まぐるしく画面を操作しながら、描いていく。アルファロックで、はみ出しを防いで塗る。二色で塗り分けたエリアをボカシツールを使ってグラデーションに加工する。

小学生でここまでやるのかと感心して眺めていた。よく見ると、ペンが細い。SAMSUNGのGalaxy Note。スマホではめずらしく、スタイラスペンを標準装備しているモデルである。

隣の姉の方はスマホでマンガを読んでいる。縦スクロールのWEBトゥーン形式だ。よく見るとセリフはハングル。この時点で気がついたのだが、この家族は韓国からの旅行者のようだ。

ぼくが降りるまで、約20分。彼女はずーっと、スマホで絵を書き続けた。この子は旅行中、ずっとこうやって描いているんだろうなぁ。そして、親から「いいかげんにしろっ」って叱られるんだろうなぁ。





●身近になったデジタル絵

大学の入試で、面接官をすることがあるが、最近はデジタルで制作している高校生がめだつようになってきた。絵を描き始めたきっかけを尋ねると、小学生の頃にペンタブレットを買ってもらったことだという高校生がいて、印象的だったのを憶えている。ほんの数年前のことだ。

それが今や、小学生がスマホを持っていても不思議ではない時代。パソコン+ペンタブレットは、安くなったとは言え、専門家のためのツールであり、どこにでもあるというものではない。

ところが、スマホや、タブレット端末は、子供にとっても、とても身近なモノだ。スタイラスペンだって、100円ショップで手に入る。これはなんだか、すごいことだと思う。

●不透明絵の具が嫌いだった

子供時代、最初はクレヨンなどで絵を描き始める。小中学校で手にする画材は、不透明水彩絵の具。ぼくが小学生の頃もそうだったし、娘たちの持ち物を見ると、今もそうだ。ところが、この水彩絵の具がクセモノ。

マンガやアニメ、雑誌をイラストをマネして描いても、これで線画に彩色すると、線が曇ってしまう。きれいにできない。おかげで、絵の具、彩色に対する苦手意識ばかりが募っていく。

線画に彩色するなら、透明水彩やカラーインクの方がずっと扱いやすく、きれいに仕上がるのを知るのは、ずっとあとになってからだ。

ぼく自身、そうやって、絵の具に挫折しまくってきた。電車の中の少女は、線画に色を塗るのに、線を保護し、別レイヤーに塗っていた。ちゃんと線を保護することを知って、作業していた。

小学生で、スマホとスタイラスがあったら、いくつものハードルを軽々と飛び越えられたんじゃないだろうか。

不透明水彩は、あらかじめ混色し、重ね塗りをする、絵画的な絵を描くのに向いている。ところが、絵画的な作品、たとえば風景画なんかは、マネしにくい。

鉛筆で形をとるのはマネできても、絵の具の使い方を知らなければ、ぐちゃぐちゃになってしまう。高校になってアクリル絵の具やカラーインクと出会うまで、絵の具を使うのは苦手だった。

●マンガはマネしやすい

ぼくの世代で、マネがしやすいのは、マンガだった。モノクロでいいし、キャラクターは記号的で、マネしやすい。モノクロで良い、ということは、紙と鉛筆ではじめられ、すぐに結果が確認できるということだ。

ステップアップして、ペンを使うようになると、下書きという手順を理解し、失敗も減る。修正液を手に入れると、失敗してもリカバリが可能になる。そして、そのどれもが、安価で、身近な技術だった。

そして、コピー機。カラーコピーはまだなく、モノクロコピーが主流だから、線画の方が、絵の具を使った絵より、ずっと利用範囲が広かった。

そういった、幸福な環境が、スマホの普及で、カラーイラストでも実現しつつあるのだ。ハードルが高かったカラーイラストも、マネしやすい、身近なものになっている。

●スタイラス問題

しかし、実際は、絵が描けるスマホは少数派だ。

スマホは、スタイラスではなく、指で操作しやすいように設計され、それゆえに大ヒットした。静電方式のタッチパネルは、指で操作しやすい反面、普通のペンなどでは反応してくれない。

現在、安価に売られているスタイラスは、ゴムや金属の網のペン先だが、これらの弱点は太いことだ。操作には使えるが、絵や字を書くのは、ペン先が見えないので実用的ではない。

電車の中の少女が使っていたGalaxy noteは、専用ペンが使えることがセールポイントの機種。ペンは4096段階の筆圧を検知する。これはワコムのintuos(安い方)と同等の性能だ。

画面画素は1440×2960ピクセル。ワコムのCintiq Pro 13(フルHD)より広い。
こんな性能のものを、小学生の頃から使いこなしているわけだ。

Apple Pencilが登場以来、iPhoneでも使える日を心待ちにしているのだが、なかなか実現しない。ただ、iPhone Xでは、指圧を検知するタッチ3D機能が向上しており、実は多くのお絵かきアプリで、すでに筆圧検知ができる。

筆圧検知性能は非公開だが、絵を書くのに実用的な、スムースな筆圧変化が実現している。Apple Pencilは使えないが、電磁式や、ディスク式のスタイラスペンなら、ペン先も細く、かなり自然に絵を描くことができる。

●何に使えるかわからないけど、必要

とはいえ、Galaxy noteも、iPhone Xも、専用ペンがないと描けないことにかわりはない。性能的には紙と鉛筆に近いけど、道具としてはまだ遠い。

電車の中の少女は、絵を描けるからGalaxy noteを選んだのか。それとも、たとえば親が勉強に使うなどを期待し、たまたま、Galaxy noteを与えて、絵を描くのにはまっていったのか。

その昔、携帯電話に加速度センサーが搭載された時、それを何に使うのか、必要なのか、だれもよくわからなかったが、今ではスマホカーナビや、ゲーム、健康管理アプリなどで使われる基本性能となった。

位置センサーやジャイロ。ひとつひとつのセンサーはシンプルでも、それがあわさって、複雑な情報検知が可能になっていった。

だったら、入力もいろいろ、できた方がいい。音声入力はまだまだ発展途上だが、スマートスピーカーなど、急速に生活に入り込んでいる。デュアルカメラは、3DセンサーとしてARの可能性を広げている。

すべてのスマホで、筆圧で入力が可能になった時、何かが変わるのだ、きっと。


【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学教授】
twitter: https://twitter.com/makio_matsumura
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mailto:makio@makion.net

大阪の地震。幸い、怪我などはなかったが、本棚や食器棚が倒れ、マンションそのものも、外装のあちこちにヒビがはいり、二基あるエレベーターの一基は今もまだ動かない。街では未だ営業休止の店もちらほら。そして今回の大雨。大学は休講になり、いろんな予定が大幅に狂う。

そんなことを書こうと思っていたが、広島、岡山の被害を知り、言葉を失う。