わが逃走[223]自然から学ぶデザインの極意の巻/齋藤 浩

投稿:  著者:  読了時間:4分(本文:約1,900文字)



自然現象により可読性の落ちた文字は、つい解読してみたくなるものだなあ。

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割れた石板や虫食いだらけの古文書の修復に通ずるロマンを感じるというか……。こういったものは気になる。つい振り向いてしまう。少なくとも好奇心をくすぐられるのは確かだ。

実際、脳内で完成当時の文字を幻視し、その状態から今までの経年を高速再生している自分がいるわけだが、この現象をデザイン的視点で読み解いてみると、なかなか興味深い。





デザインの表現手法をおおまかに分類したとして、そのひとつに『対比』がある。「使用前・使用後」とか「日常・非日常」などを効果的に見せることで、主役を印象づける。

『対比』表現は、必ずしも言葉やビジュアルを並列する必要はない。たとえば、「これがあるだけで、生活がより豊かに」といった広告は「これがある」を見せるだけでいい(「これがない」は受け手の今の姿なので)。

このふたつを『対比』させ、前者の優位性をアピールしているわけだ。

で、再度この写真を見てみると、
1・何が書いてあるんだろう? と興味をもたせる。『振り向かせる』機能
2・現在を見せることで、過去(開店当時)を『想像』させる要素
そして
3・現在と過去を『対比』させ、それを繋ぐことで時の流れを表す要素が含まれていると分析する。

つまり、この地で永く営業を続けている、即ち歴史と伝統が表現されているわけだ。歴史と伝統は味への信頼に繋がる。

おまけに全体にかかるひび割れは、揚げ物のサクサク感に通ずる。しかもそこに作為がない。即ち下心がない。

「下心がない」。これは非常に重要で、たとえば既存フォントを同じように加工したところで、“ただの読みにくい文字”になってしまうのだ。

デザインの目的が「相手に情報を伝えること」ならば、作り手として最も留意すべきは「無作為の作為」だと思う。

人は説明をききたくない。
人は読みたくない。
人は説教されたくない。

これは、広告デザインにおける受け手側の三大要素である。

「つい振り向いて、気がついたら読んでいた」がよいデザインだとすれば、デザイナー自身がいかに自然に近づくか、受け手の気持ちと送り手の気持ちを考えつつも、その間の時間とか空気みたいなもの、目に見えないものをいかに感じ、客観的存在になりきれるかがポイントといえよう。

デザイナーとは本来黒子であり、縁の下の力持ちなのである。


次に、この写真をご覧いただきたい。

http://bn.dgcr.com/archives/2018/09/06/images/002.jpg

前述したとおり、人は基本的に「読みたくない」のだ。
これは、読まずに「感じる」からこそ伝わるケースである。

デザインのエラい人の言葉で「読ませるな、感じさせろ」というのがある。実に的を射た表現だと思う。それが必要な情報かどうかが判明するまでは「文字を言葉として読み取り、その意味を理解する」などというめんどくさいことは、誰もしたくないのだ。

直感的な情報伝達の例としてアナログ時計が挙げられる。デジタル時計が、読んだ数字を時間に置き換えて認識するのに対し、アナログ時計は、短針と長針の角度から今の時刻を「感じる」。

この『ガラスに書かれたハゲたロゴ』は、アナログ時計的な瞬発力が活かされていると言えるのではないか。

とはいえ、このように「感じさせる」ためには、常日頃からそれが何なのかを刷り込ませておく必要がある。

実際、日本中いつでもどこを歩いても、このロゴを見ない日はない。
それこそ、回数でいえば時計を見るのと同じくらいだろうか。

風景の一部として溶け込むように、我々の無意識下にそれが書き込まれており、この写真のような場面に出くわした際は、瞬時に欠けている部分を脳内で補正して、あたかもそれが文字として認識できたかのような錯覚を自分自身に与いるわけだ。

優れたロゴとは、印象的な顔である。

世界的な企業だろうが、小さな町工場であろうが、それはゆるぎない事実だ。そういった意味からも、社長が交代する度にロゴデザインを変える会社は、デザインの何たるかを理解していないことをアピールしているようなものだし、ともすれば企業が私物化されているといった誤解を招きかねない。

その点、このロゴは132年も姿をほとんど変えずに我々の前に提示され続けている。

継続は力、とも言える。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。