まにまにころころ[145]ふんわり中国の古典(論語・その8)孔子先生は怒りっぱなし/川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito

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コロこと川合です。今、台風24号のさなかにこれを書いています。書き終わる頃には台風一過となっているでしょうが、みなさん大丈夫でしたか?

大阪、21号に比べればぜんぜん怖いものではなかったのですが、21号の被害が癒える間もなく今回を迎えているので、きっとまた被害が出たかなと。

私自身は直接的な被害はありませんでした。ただ、台風が来ると体調が……

とりあえず頭痛は、イブプロフェンなんちゃらに抑えてもらいつつ、今回もまた論語の続きに挑みたいと思います。

前回、第一巻を終えたので、今回からは第二巻。ここまでは「書き下し文」をまず紹介して、「だいたいの意味」を書いていたのですが、この第二巻からは有名フレーズや興味深いフレーズ以外は、書き下し分は省いていきます。長くなるし、読まれない気がするので。(笑)

また第二巻は「はちいつ」という章から始まるのですが、文字コード上の問題で「いつ」が表示できないので、ひらがなにします。にんべんに、「八」の下に「月」の字です。列に並ぶの「列」という意味の字です。






◎──巻第二「八いつ第三」一

・だいたいの意味

孔子先生が李氏について言われた。

庭で八列の舞を舞わせるとは。これを我慢できるなら、我慢できない物事などないだろう。

◎──巻第二「八いつ第三」一について

八列(64人)の舞は皇帝にのみ許されるもので、以下身分によって規模が定められていました。李氏は大夫の位だったので、四列(16人)の舞であるべき。権力を持って増長する李氏の振る舞いに我慢ならなかったという話です。

「こんな非礼ができるのなら、どんな恐れ多いこともやってのけるだろう」とする訳もあります。いずれにしても強く非難しています。

が、まあ、現代の我々にとっては、李氏の振る舞いに対する非難を聞かされたところで「ふーん、ひどいやつがいたものだ」くらいの感想しか……。

ただ、孔子先生が専門とする「礼」というのは、こういった儀礼のルールを、きちんと守っていくことが肝要ですので、我慢できなかったのでしょう。

世の中、こうしたところからほころびていくものですし。


◎──巻第二「八いつ第三」二

・だいたいの意味

三家の者が(自分たちの祭祀に)「雍」をもって行っていた。

孔子先生が仰った。(雍には)「諸侯が助け、天子は奥ゆかしく」とあるのに、どうして三家ごときのお堂で用いられるのか。

◎──巻第二「八いつ第三」二について

三家というのは、さっきの李氏も含めた、孟孫、叔孫、李孫という有力者たち。言ってることはさっきと同じで、天子にのみ用いられるはずの儀礼を、三家が自分たちに用いていることに憤っています。


◎──巻第二「八いつ第三」三

・書き下し文

子曰わく、人にして不仁ならば、礼をいかんせん。人にして不仁ならば、楽をいかんせん。

・だいたいの意味

人として仁の心がないのであれば、礼などなんになろう。楽などなんになろう。

◎──巻第二「八いつ第三」三について

「楽」は音楽で、礼と同じく儀礼と思ってください。仁の心なくして形だけの儀礼に意味はないということです。

大切なのは心。ちょっと権力を持ったからといって調子に乗って、天子にのみ許されているはずの儀礼を行うなんて許しがたい、というさっきの話の続き。そんなもの、礼でも楽でもない、と。激おこです。


◎──巻第二「八いつ第三」四

・だいたいの意味

林放が礼の本質とは何かと質問した。

孔子先生は仰った。

大きい質問だね。礼は、豪奢であるよりは質素にしなさい。特に葬礼は、万事整えようとするよりも、悼む心が大切だよ。

◎──巻第二「八いつ第三」四について

林放というのは、魯国の人で、特に孔子の弟子というわけではないみたいです。礼の先生である孔子に、礼ってつまりは何なんですか、と聞いたんですね。で、まあいつものことですが、孔子先生はふんわりとした回答でいなします。

別にはぐらかしているわけではなくて、孔子先生をもってしても具体的な言葉にはし難いんでしょうね。考えるな、感じるんだ、というのが論語スタイル。


◎──巻第二「八いつ第三」五

ここは、二つの説を並べて紹介します。

・だいたいの意味(その1)

夷狄(いてき)に君主がいても、中国に君主がいない状態に及ばない。

・だいたいの意味(その2)

夷狄ですら君主がいるというのに、中国は君主がいないような状態である。


◎──巻第二「八いつ第三」五について

夷狄というのは、中国周辺の(中国から見て)未開で野蛮な国々のことです。

夷狄は四夷(しい)とも言って、東夷(とうい)、西戎 (せいじゅう) 、南蛮(なんばん)、北狄(ほくてき)と、中国(中華)を中心に四方にいる異民族を指した蔑称です。

日本も夷狄扱いでしたので、西暦57年に倭の奴国王が朝貢して金印をもらったという話は「後漢書東夷伝」に記されています。東の夷狄の話ですね。

「その1」の解釈では、中国は優れているから、仮に夷狄が君主をいただいて統制されていたところで、君主がいない状態の中国にも及ばないよ。ましてや中国には君主がいるのだから、絶対に及ばないよ。という意味。

「その2」の解釈では、夷狄ですら君主をいただいて政治を行っているのに、なんだ今のこの中国のありさまは。まるで君主がいないかのようにないがしろにしているじゃないか。という意味。

一〜四の流れを踏まえると、現状を嘆く「その2」でしょうかね。


◎──巻第二「八いつ第三」六

・だいたいの意味

李氏が泰山で「旅」の祭祀を行おうとした。
孔子先生は冉有(ぜんゆう)に言った。
「お前にはそれをやめさせることができないのか」
冉有は答えた。
「できません」
孔子先生は「ああ泰山の神は林放にも及ばないとでも思っているのか」と。

◎──巻第二「八いつ第三」六について

また李氏が、天子にだけ許されている祭祀を行おうとしたんです。泰山という山の神を祀る祭祀を。冉有は孔子の弟子で、政治に長けており、この時は李氏に仕える執事のような職に就いていました。そこで孔子は冉有に、お前がそれをやめさせることはできないのかと。でも冉有は、できません、と。

さっき林放は、礼の本質を孔子に尋ねていましたが、林放でさえ礼を知ろうとしているのに、泰山の神は礼に興味がないとでも思っているのか、どうして、そんな非礼なことが許されると思っているのか、と嘆いています。


◎──今回はここまで。

今回、孔子先生は怒りっぱなしでした。ちょうどここで、嘆く話が一段落するので、今回はここまでにしておきます。次回、礼の話が続きます。

孔子先生はあくまでも生身の人間でしかなく、現状を嘆き、理想を説くものの、超人的な力を発揮して神のようにふるまうことはできないんですね。

そのあたり、釈迦やキリストとは違う。いや、釈迦も伝記的な部分では人間的に教えを説くだけですけど。どんどん神格化されて宇宙と一体化していきますからね。孔子はあくまで孔子。一人の人間として、人の道を説き続けます。

ずーっと時代が下って「儒学・儒教」としては、宇宙がどうこうって話も出てくるんですが、孔子は孔子です。『論語』は分かりやすく、荒唐無稽な無茶話もなく、基本的に素直に読める話ばかりです。

物語性には欠けるので、面白くない部分もありますけどね。そこはどうか我慢して、次回以降もお付き合いください。(笑)


【川合和史@コロ。】koro@cap-ut.co.jp
合同会社かぷっと代表

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