ショート・ストーリーのKUNI[236]天気の良い日は片付けを/ヤマシタクニコ

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朝から青空がひろがる気持ちよい秋晴れの日だ。

「今日はひさしぶりに片付けをするわ、ね、ダーリン!」

サユリータは写真立てに向かって言った。写真立ての中ではでっぷり太ってメガネをかけた、髪ぼさぼさのおっさんが中途半端に笑っている。五年前に死んだサユリータの夫だ。ちなみにサユリータの本当の名前は小百合だが、ダーリンはいつもそう呼んでいたのだ。

「ダーリンって、本たくさん持ってるもんねー。本棚からあふれて床のあちこちに積み上げてた本はかなり処分しちゃったけど、ごめんね。だって掃除しにくいし。やっと掃除できるようになったら、なぜかお皿が三枚も出てきてびっくり。でも、この本棚の中の本は大事な大事な本だもんね!」

ダーリンが生きていたころと同じように写真に話しかけながら、サユリータは片付けを始める。いつものことなので気にしないでいただきたい。

「ねえ、ダーリン、この古い高等地図帳ってやつ、処分していいかな? まだ大阪湾に『関西国際空港予定地』っていう点線の四角が書いてあるけど?」

「ねえ、ダーリン、このAction Script辞典は? まだ置いといたほうがいい? それから、このインドネシア語辞典は? インドネシア語なんて勉強してたっけ? この英英辞典もすっごくきれいで使った形跡ないけど、あたしも英語のお勉強なんてしないからいいわよね? ね? それともメルカリに出す?」

と言いながらもサユリータの右手は、それらの本を「処分予定」と書いた箱のほうへ移動させていた。




はっ。

サユリータはおどろいた。

「あたし……やだ、ダーリンの本を勝手に処分するつもりでいる! 今までそんなことなかったのに。今まではとてもそんなことできなかった。だって、ダーリンがまだそばにいるような気がするから。だって、ダーリンが」

はっ。

サユリータはもう一度おどろいた。

「そうだ、いつもあたしが本を処分しようとすると『何すんねんサユリータ……』『何すんねん……おまえ……』って声が聞こえて、あたしを止めてくれたわよね! だからあたし、ああ悪かった、ダーリンはまだここにいるのにあたし、ひどいことした、悪かったと思ってまた本を元に戻した。なのに、今日はどうしたの? どうしたの?」

サユリータがしばらく待っても、どこからも何の気配もしなかった。しーん。ダーリン、おかしい。こんなことあるはずがない。はじめは、五年も経ったので自分自身の気持ちに変化が起こったのだろうかと思わないでもなかった。みんな言うのだ。

「ようそんなもん、いつまでも置いてるなあ」「私なんかすぐ処分したわ」「あんたもそのうち……」って。でも、でも、そうじゃない、そんなはずない! とサユリータはかぶりをふった。

これはきっと、あの世にいるダーリンに、何か異変が起こったということなのよ! そう、きっとそうよ! これはたいへん! でもでも、あたし、どうしたらいいの? こんなこと、お隣の奥さんにも町内会の会長さんにも相談できない! ばかじゃないかと思われるだけよ! だって自分でもちょっとそんな気がしないでもないし。あたしにはきょうだいはいないしママもパパもとっくに死んじゃったし……あ、そうだ、あれがあるわ!

サユリータはスマホを手に取り、ブックマークしてあるサイトにアクセスした。そう、こんな変な相談、誰もしていないだろうと思ってもそんなことはなく、たいていの場合、同様の相談がすでに何人もから寄せられているという、「Ahoo! 知恵袋」だった。そして、やっぱり、あった。似たような相談が!

〔相談1〕私の夫は三年前に亡くなりましたが、亡くなったような気がしません。亡くなった直後から、よく幽霊になっていっしょにテレビを見て笑ったりしてました。だじゃれが好きで、私がだじゃれを言うとずっこけてもくれました。ところが最近とんと出てこなくなったのです。これはどういうことなのでしょうか? 気になって仕方ありません。

〔回答1〕これまであなたのご主人は、あの世とこの世の境にいたのです。それがいまは完全に「あの世」に行かれたのです。いわゆる成仏したということです。三年は長いほうだと思いますが、個人差があるのでしょう。トピ主さんには残酷なことかもしれませんが、もう二度と現れないものと思われます。

〔回答2〕夫があなたに振り向いてくれなくなったということですね。そんなとき、原因は新しい女ができたに決まっているではありませんか。天国では酒はうまいしねーちゃんはきれいだとフォーククルセダーズも歌ってたくらい有名な話です。すみません。古すぎました。でもいいではありませんか。あなたも負けずにこれからの人生を楽しみましょう。

〔回答3〕よく幽霊になって出てきた? あなた、頭はだいじょうぶですか? 一度病院に行ったほうがいいですよ。

〔回答4〕麗しき夫婦愛のお話、しかと承りました。いまどき珍しい美しい話に心洗われるような心地がいたします。あせらず待てば必ずご主人はまた幽霊になって出てきてくれます。今は新たなだじゃれのネタを仕込んでおられるのだと思います。あなたもせいぜい腕を磨いておくことです。私でよければお手伝いいたします。


人はいくつもある回答の中から無意識に自分の好みの回答を探し出すものだ。サユリータは青ざめた。女! 女ができた、ダーリンに……! って決まったわけじゃないけど、でもそれに違いない。やっぱりそうなんだ。新しい彼女にすっかり心を奪われて、心ここにあらず、地上の古妻なんかどうでもよくなったのね! くやしい! あなたも負けずに、だなんて、そんなことできるわけないじゃない! ダーリンは私のものよ!

サユリータは片付けをやめた。写真立てを取り上げ、「ぜーったい、そんなこと許さないから!」とにらみつけた。でも、どうするのだ。どんなふうに許さないのだ。

「その新しい女、たぶんぶさいくで性格悪くて足が臭くて頭も悪いに決まってる。その女のところに行って、『何考えてんねん、あほ!』と言ってやる! ボコーンと一発殴ってやる! 殴ったくらいじゃ、きっと気が収まらないとは思うけど……取り急ぎそんなとこで!」

でも、どうするんだ。どうやって、取り急ぎそうするのだ。ひとごとながら心配になる。しかし、この局面でも似たような事例は見つかるに違いない。探した。あった。

〔相談〕至急、天国に行かなければならなくなりました。といっても、私が死ぬのではありません。まだ死にたくありません。天国にいる夫に急用があるのです。どうやって行って、また帰ってきたらいいでしょう。よろしくお願い致します。

〔回答1〕これは難しい相談ですね。ここは「Ahoo! 知恵袋」ですが、「発展小町」に行ってみたほうがいいんじゃないでしょうか。

〔回答2〕新大阪から山陽新幹線に乗って下さい。福山と広島の間に、乗り換え駅ができて、そこから新しい線に乗れると聞いたことがあります。私は乗ったことありませんが。

〔回答3〕そんな新幹線は出ていません。そんなものができるくらいなら「なにわ筋線」がとっくに100本くらいできて北海道新幹線はオホーツク海まで伸びていますよ。鉄道は無理ですが、確かピーチから直行便が出てるのでは。こちらのほうが断然安いです。早めに予約することをおすすめします。

〔回答4〕その新幹線でしたら、構想段階で頓挫したのでは。なんでも軌道幅の問題で、乗り入れが難しいそうですね。私も期待していただけに残念です。やっぱりピーチですね。関空から乗れるんじゃないですか。


そうか。新幹線はできそうでできなかったのね。でも飛行機があるのね。ピーチか。それに乗ればいいんだ。よっしゃー。関空だな。とりあえず関空。そこで総合案内に聞けばわかるわよね。

そして、そして、向こうに着いたら、ダーリンを探して、とっちめてやる! まさかあたしが行くとは思わないだろうからびっくりするかな。いい気味だわ。サユリータをみくびっちゃあいけないわよ!


そして、サユリータは天国に着いた。そこはよく天国のイメージイラストにある通り、一面ふかふかの雲が敷き詰められていて、超絶気持ちよかった。

「きゃー、天国だ! まじ思ってた通りなのね! 感激! 写真撮ってインスタにアップしなきゃ! 帰ったらブログも更新しなきゃ。いや、あたし、ブログやってなかったっけ。とりあえずは自撮り……あ、もっと派手な服にすればよかった。せっかくバックが白で何色でも映えるのに!って、それよりダーリン、ダーリンはどこ?!」

サユリータはところどころに設置された案内表示を見ながら、ふわふわと歩いた。いくら歩いても疲れない。
すると前方に何やらむさ苦しい一角が。

「あれは……何だろ……ええっ? まさか?」

サユリータが近づくと、それは古本・新本がランダムに積み重なって発生した「山」、いや「山脈」であった。そして、その山脈に取り囲まれるように男がひとり、パソコン机に向かい合って座っていた。でぶでぶ太ったぼさぼさ頭のメガネ男。

「ダーリン!」

男がふりむき、目を丸くした。

「なんやサユリータやないか。どないしたんや」

「どないした……って。んもう、ダーリンったら!」

サユリータが早口で説明するとダーリンはあきれたように言った。

「おれに女ができると思うか」

「そんなの、わかんないじゃない! 世の中は意外性に満ちているのよ!」

「いやあ、こっちでもあっという間に本がたまってなあ。そっちの本のこと忘れてたわ」

「そうだったんだ! ほんとにそれだけ? ならいいけど」

「高等地図帳はこっちでは同じものがないみたいやから、何やったら今度持って来て。ひょっとしたらレアものかも」

「うん、いいよ、高等地図帳ね……」

ダーリンが微笑んだ。と思ったら


「小百合さん、山田小百合さん!」

大きな声で呼ばれて、サユリータは目をぱちっと開けた。

「ああ、気がついたようだ」

「やれやれ」

なんということだ。サユリータは病院のベッドにいた。

「まったく困った人だ」

「えっ」

「あなたは車にはねられ、運良くかすり傷ですんだものの三日間意識不明だったんですよ」

「そうなんだ!」

「何を熱心に読んでおられたのか知りませんが、ながらスマホは危険だと言われているのは知ってますよね? 今度から気をつけてください」

「……はーい」

サユリータはなんだか気が抜けて、もう一回意識不明になりそうだった。そういえば、気持ちがあせったあまりスマホを持ったまま家を出て、読みながら歩いていたような記憶が。

窓から外を見ると、お天気は相変わらず良かった。

これ以降、サユリータはどんどんダーリンの本を処分したそうだ。高等地図帳を残して。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net

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姪っ子の結婚式に行った。最近の結婚式でいつも思うのだが、ケーキカットとかファーストバイトのとき司会の人が「カメラをお持ちの方、どうぞ前へ!」と言い、スマホ持った人がわらわらと前に出て行き、立ったままふたりを囲んで撮影するので、写真撮らずにテーブルに残っている人たちには全然ふたりの様子が見えないというあの現象、どうにかならないものか。いや、それ以前にファーストバイトというやつが、どうも(以下略)。

ミュウツーレイド、うちの近所でもけっこう人が集まり、勝った……のだけどゲットできなかった。レジアイスに続く失態。どんくさいなあ私。ふー。