はぐれDEATH[63]はぐれの周期 ホンマに地震と一緒やんか……/藤原ヨウコウ

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●阪神淡路大震災の時のボク

6月に大阪市北部を震源とする地震があったことは、まだ記憶にあるだろうか?北海道の地震で、台風21号すら吹っ飛んだ感がある。

自然災害テンコ盛りの今年、近年の気候やらなんやらのデータがものの見事に崩壊している。東海地震、南海トラフ大地震もどんどん「可能性」で語れるような状態ではなくなってきている、と思うのはボクだけだろう? 素直に近い将来確実に起こる災害と認識と思うべきだろう。

ちなみに阪神淡路大震災の時、ボクは非常勤講師として専門学校に出勤準備をしていた。朝一の講義だったので、既に布団から抜け出していたのだ。

「やけに長い揺れだな」としか思わなかった。取り敢えずテレビをつけて速報を見たら、まだ交通機関の乱れは報道されていなかったので素直に家を出たのだが、四条に至ってから様子がおかしくなってきた。

以後は省く。大体、報道されいている通りだしそれなりの記録もあるだろう。まだ体験した人もたくさんいる。調べようと思えばいくらでも調べられるので、さっさと飛ばす。

6月の地震でにわかに(?)クローズアップされたのが、有馬・高槻断層帯。阪神淡路大震災は六甲・淡路島断層帯だそうな。この二つの断層帯を震源とした慶長伏見地震とやらが、文禄5年閏7月13日(1596年9月5日)に起き、伏見城(指月城のことと思われる)、東寺、天竜寺が倒壊したらしい。

要は断層帯の周期的活動により、地震が起こるというメカニズムらしいのだが、この辺もパス。ただこの周期も人間のスケールで考えられるような、甘いものではない。

日本の場合は、活断層に加えてユーラシア・プレート、太平洋・プレート、フィリピン・プレートがせめぎ合う上に、フォッサマグナまであるので、地震に関しては逃げ場がない。ということは周知のこととして、地震ネタはさっさと終わらせる(笑)

今年は台風の数も威力も、個人的には今までの経験がほとんど役に立たなかった。台風21号を「伊勢湾台風を思い出した」という年配の方は多くいるのだが、残念ながらボクは生まれていないのでさっぱり分からん。

伏見に限るが伏見稲荷の千本鳥居が尽く倒れた上に、登山道は大きな木に囲まれているので倒木で9月21日まで封鎖されていたし、いわゆる史跡・旧跡の被害は観光都市・京都に甚大な被害を与えた。もちろん、市井の人々だって例外ではない。

京都の宿命なのかもしれないが、史跡・旧跡の被害がクローズ・アップされても、一般市民の生活被害が報道されることは稀だし、そもそもネタにもならないのだろうが、日常生活に支障をきたしている人はきっちりいるのである。

地震・台風・豪雨に関する記録は史料にも多く出てきているが、今年に関していえば「ただの記録」から「かつてあり、今も起こりうる事実の記録」となっているように思う。

こうした記録をもとに、多くの人々が研究を重ね、経験的あるいは統計学的に大きな災害の周期や予測を立てているのは、いうまでもないしこれから先も続くことだろう。今年を例外ととらえるか、新たな周期と捉えるかは、今後の推移を見守るしかない。

自然災害や天候の周期の話はお終い。例によって無駄に長い前振りである。





●いきなり方向転換する理由

先日(っていつの話やねん)東京出張に行った折に、「フジワラさん、何回かブレイクの機会があったのになぁ」と複数の方から残念そうに言われて、少々困惑している。本人はまったくそんな意識や予見がないからなのだが。

ただよくよくお話をうかがっていると、「ブレイク直前でいきなり方向転換をする」という妙な癖があるらしい。

これに関してはボク自身、思い当たる節が腐るほどあるので、何となく分かる。特に30〜40代に関しては試行錯誤どころの話ではなく、とにかく闇雲に色んなことに手を出していたからなぁ。

理由は簡単で、同じことを繰り返していると飽きるからだ。

ボクはこれでもいいのだが、どうもまわりが付いて来れないらしい。ある評価が定着しかけた時に、いきなり明後日の方向へ行っているのでは評価のしようもないわなぁ。

とくに方向転換時に発揮される(らしい)エネルギーは無駄に大きいらしく、それこそ地震の如きもののようだ。

ある様式(?)を継続している時に、フラストレーションが蓄積されたエネルギーが噴出した結果のようなのだが、そもそもボクは一つの様式なり形式に落ち着くことが出来ない性格なのだ。

飽きっぽい、というのもあるのだが「まだ違うことが出来るんちゃうか?」という、アホな思い込みがあるのが最大の原因だろう。

別にこうした性癖はボク特有のものではない。古今東西のエカキさんの変遷を辿れば、それなりの変化は必ずある。違いがあるとすれば、それまでの様式なり形式の延長線上で変化をしていくケースが割と多いことだろうか?

ボクの場合は、それまでの成果を一度保留することが目的だったりするので、始末に負えない。もちろん徹頭徹尾、破壊しつくそうという意識はないのだ。

本人はあくまでも延長線上での一時的な保留のつもりなのだが、どうも他の皆様には完全な自己否定と、成果の破壊にしか見えないらしい。

まぁ、ある程度の自己否定はしますけど、完全には無理。それまで蓄積したものがあるし、いくら破壊したつもりになっても、蓄積したものは早々簡単に壊れることはない。

ただ、上記したように蓄積したものが妙な歪みになって限界を超えると、「いきなり方向転換」現象が起きるようだ。ホンマに地震と一緒やんか……。

こうした指摘をしてくださった皆さんが、口を揃えて「そういうところがフジワラらしい」そうなのだが、絵で口に糊しようとしている人間にとって、このようなアホな行動パターンは不利にしかならない。

ボクのように文章を読んで絵を描くタイプの稼業をしていると、その時々に異なる集中力と瞬発力がどうしても必要になる。ジャンルも多ければ、作家さんの数は更に多いし、そもそもお話そのものが多種多様なのだ。

ボクはイチイチ初期状態に可能な限り戻すので(連載は別です)、集中力と瞬発力はその度にまた異なるものになってしまう。やってることはさして変わらないのだが、それぞれのお話に寄り添おうとするから、それなりにスイッチをイチイチ切り替えてしまうのだ。

このスイッチの切り替えだけを切り取ってしまえば、飽き性のボクには最適な環境になるはずなのだが、そうそううまくいかないところが、ボクの不器用さである。

「この作品なら」という、至極真っ当な理由で依頼して下さる案件が重なり出すと、スイッチの切り替えが非常に微妙になってしまう。当たり前の話だ。

ある雑誌(あるいは本のカバー)で描いた絵を見て依頼されるのだから、先方が求めるのはあくまでも成果品の延長線上にあるのは明白だし、それが普通だと思う。しかし元になる物語はそれぞれ異なるので、同じように描いていても、ボク自身の意識の根底ではまったく異なる状態が生じる。

もう少し詳しくいえば、「異なった物語で絵をいかに似たようなフィニッシュに向けていくか」という、ややこしい事この上ない現象が起きてしまうのだ。

ボクの堪え性の無さが発揮されるのは、正にこの時なのだ。

ここで少し我慢をして、じんわりと変化をしていけばよさそうなものの、「そっちかいっ!」とツッコミを入れられるようなことを、いけしゃあしゃあとしでかす。これで信頼はパーになる。

で、またイチから(厳密には違いますが)コツコツやって、評価が上がりかけたところでまたやらかす……。_| ̄|○;

もうほとんど一人賽の河原みたいなもんである。

しつこいようだが、過去の経験なり様式なり形式は、今もちゃんと持っているのだ。もちろん、成果だって否定はしない。ただ、周りからすると猫の目のようにクルクル回っているのだろう。

もっとも猫だって、目はクルクル回っていても個体として何かが変化しているわけでもなんでもないので、この辺ボクの方が不利なのかもしれない。ぼーずよりカワイイしな……。

「ちゃんと持っている」と言っても、当然変化はしているはずだ。何しろ歳とってるからなぁ。ああ肉体年齢だけかもしれません。精神年齢は物心ついた頃からさして変わっていない気もする。

だから「一人賽の河原」ももちろん幼少期からあるわけで、恐らく死ぬまで存在し続けるであろう、困ったもんなのである。今更どうこうしようとは思わないが、外部への影響だけでも多少やわらげたいもんである。

人に限らず生命体は、それぞれ独自の生態的な周期を持っているのは言うまでもあるまい。それが自然であり、種の保存のために必要で、最適化された状態なのだろう。その周期がどれだけ短かろうが長かろうが、基本原理は同じだと思う。

とりあえず、この稿では宇宙レベルの話は割愛する。個人的にはこっちに風呂敷を広げるのが面白いのだが、宇宙というスケールからボク個人という矮小な存在にスケールダウンして話を進められるほど、ボクは器用ではないし、頭も悪い。

地球上の生物すらあまりに多様すぎるし、日本人どころか、現在活動している日本のエカキという括りですら怪しい。そもそも他のエカキさんに目を向けている余裕すらないのでお話にならない。

ただ色々な面で、「相当狂っている」という主観的な認識だけはある。もちろん、他の人の周期など分かるはずもない。何しろ自分の得体のしれない周期ですら、本人は分かっていないし気にとめたこともないからだ。

ボクのある種の周期のメカニズム(そんな大層なことでもないけど)は、上述したようなもんだが、根源が「飽きる」とか「フラストレーションがたまる」という馬鹿丸出しな理由なのでどうしようもない。

で、実はこの周期がどうも最近、来ているようなのだ……。

今回のヤツの直接的な理由は大体分かっている。関東時代にetudeをやりすぎて、手詰まりになっているのだ。大抵のことはやったからなぁ。

おまけにタブローの制作も加わっているので、相当厄介である。かてて加えて、イマイチお仕事の広がりがない。これで「フラストレーションをためるな」とボクに言うのは、ももち(注:かつての飼猫)に「いたずらしちゃダメ」というに等しい。

まぁとにかく面倒くさい人である。


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
http://yowkow-yoshimi.tumblr.com