[4680] 瀬戸内/ホースの巻きっぷり◇世界を変えた書物展◇「真珠湾」映画

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《15~16世紀にタイムスリップ》

■わが逃走[228]
 瀬戸内 ホースの巻きっぷり の巻
 齋藤 浩

■もじもじトーク[96]
 世界を変えた書物展
 関口浩之




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■わが逃走[228]
瀬戸内 ホースの巻きっぷり の巻

齋藤 浩
http://bn.dgcr.com/archives/20181115110200.html
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ホースの巻きっぷりを美しいと感じ、眺めるだけにとどまらず、わざわざ写真まで撮ってコレクションしているうちに、けっこうな数になった。



ことのおこりは2008年の6月に尾道を訪ねた際、「銭湯の駐車場壁面に巻かれたホースが妙に気になり、じっと見ているうちにそれがまるで抽象芸術のように思えてきた」ことだった。

思わずシャッターを切った。
http://bn.dgcr.com/archives/2018/11/15/images/001.jpg

帰宅後、旅の写真をずらっと並べて見ていると、無彩色の背景の中心に描かれた、鮮やかな緑の楕円が目に飛び込んできた。確かにこれは面白いかもしれない。しかし何故イイのか。どこがイイのか。

(以下仮説)
芸術は、単純化していけばいくほど作為的な部分が目立ってくる。対して巻かれたホースは芸術ではないので、そもそもそこに作為は存在しない。美しく表現しようという下心など最初から皆無なのだ。

つまり、考えて考えて考え抜かれて作り出された芸術を、非芸術が軽々と飛び越え、しかも制作者すら存在しない(=本人が意識していない)という状況が爽快であり、圧巻だったともいえる。


露出を変えて、複数枚撮っておくべきだったと後悔した。実際、ちょっとピンボケ。また尾道に行くときは、ぜひこのホースに会いに行こう! そう心に誓った。

翌年訪ねてみると、ホースの脇には看板が掲出されてしまい、あのミニマルな美からは遠のいてしまった。その数年後銭湯は営業を終了。

そこで、思ったのは、たかが巻かれたホースですら一期一会だということだ。会いたいと思ったらすぐ会いに行こう。ホースですら会えなくなるんだから、人なんてすぐ死んじゃうぞ。



話を戻そう。そんなことがあってからというもの、ホースを見かけるたび、その巻きっぷりを確認し、面白ければ記録するようになった。

これは2014年、竹原にて撮影したもの。
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重量感のあるダイナミックな巻きっぷりと、鉄板が立てかけられた木造家屋という背景のコントラストに惹かれた。

ホースは単なる中空の円筒にすぎないのに、ベルベデーレのトルソを想起させるこのマッス、力強さは実に彫刻的といえよう。

当然だが、巻いた人はそんなことを全く考えていないのだ。



これは、昨年の春、尾道で出会ったホース。
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今までは家屋の陰に隠れていたのだが、手前の家が取り壊されたため出会うことができた。別れがあれば出会いもあるのだ。

まずは離れて、シンメトリに均整のとれた輪を鑑賞。y軸を中心に最も外側、中心から等しいポイントに、端が来るよう巻かれている。美しい。つぎに近づいて、輪ひとつひとつが形成するリズムをめでる。

さらにオブジェクトの奥行き、つまり壁面からの距離(z軸)が最も遠いポイントを目測した後、実際に側面から見てみる。想像以上に距離があった。

こういう発見もまた、欄間の細工やレリーフを鑑賞するようで、実に優雅な気分だ。

また、ホースを引っ掛ける針金の、現場合わせ的造形が巻かれたホース全体のフォルムと類似する点も見逃せない。



そして先月、しまなみ海道ツアーで出会ったのがこちら。
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伯方島の元?ガソリンスタンドにて。壁面に落ちる影がまるで書のようである。また影だけを見てこのホースが想像できるか。いやできまい。などと反語ごっこを楽しむのも一興。



大三島にて。
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大山祇神社の参道にかかる橋のたもとに、ワイルド&アバンギャルドな巻きっぷりを発見。

立地的に川のすぐ脇であり、また蛇口がグランドレベルより低いなど、ミステリアスな魅力あふれる物件である。

なぜここに存在し、なぜこのように巻かれたのか。蛇口より低いところには川しかない。川に水を撒くとも思えんし。

参道を清めるにしても、なにもここに蛇口がある必然性が不明だ。また巻きつけるためのホルダーの形状も独特である。

今回は以上5点を紹介したが、最後に注意点。

凝視しないこと。不審者と間違われます。

いつかホースの巻きっぷり鑑賞という趣味が市民権を得るまでは、なるべく普通の観光客を装うことだ。

しかし、もし趣味として一般化してしまうと、こんどは作為的にホースを巻くやからが増えるだろう。ああ、どうすればいいんだ。

などと本気で考えない方がいい。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。


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■もじもじトーク[96]
世界を変えた書物展

関口浩之
http://bn.dgcr.com/archives/20181115110100.html
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こんにちは。もじもじトークの関口浩之です。あっという間に11月ですね。気がつくと、「デジクリゆく年くる年」の大晦日が、すぐにやってくるんだろうなぁ……。一年って、本当に早いね!

今年も、フォントに関するたくさんのイベントに参加したり、企画したり、登壇したりした一年でした。

イベント活動は、仕事として活動することが多いですが、ときどき休みとって、知見を高めるために、プライベートで展示会や博物館、イベントに足を運んでいます。ここ数年、活字に関する展示会が多いような気がします。

今年の9月8日(土)から9月24日(月・祝)で、上野の森美術館で開催されていた『世界を変えた書物展』に行ってきましたので、そのレポートを書きます。

●『世界を変えた書物展』とは

この展示会のチラシには、「金沢工業大学が所蔵する科学技術に関する世界的な初版本コレクションから選りすぐられた約130冊を展示します。人類の叡智を目の当たりにする絶好の機会です。」と書かれています。おおぉ……。

金沢工業大学ライブラリーセンターは、西暦1445年頃とされるグーテンベルクによる活版印刷術発明後に出版された、科学技術に関する初版本を2000点以上蒐集・所蔵しているそうです。

すご過ぎます。コペルニクスやガリレイ、ニュートン、アインシュタイン、ダーウィンなど、僕が尊敬する諸先輩方の初版本が一堂に会する機会って、そうはないですよね。

天体好きな、フォントおじさんとしては、行かないはずがありません(笑)

●書物展レポート

今回の展示会では、写真撮影が基本的にすべてOKでした。会場の入り口の看板、展示場入り口のゲートを見ただけで、わくわくするものがありました。こんな感じです、じゃーん!
http://bit.ly/syomotsu001

ゲートをくぐって、最初に目に入ってきた景色が、こちらです。
http://bit.ly/syomotsu002

風格のある立派な書籍が、天井まで綺麗に並べられています。図書館、そのものでした。書籍好き、図書館好き、書店好きな方、そうでない方も、感動します。平日にもかかわらず、すごいたくさんの人が見学に来てました。

二時間ぐらいの滞在でしたが、本当は一日中、じっくり眺めていたいと思った展示会でした。僕が、特に気なった展示物を掲載しますね。
http://bit.ly/syomotsu003

手にとって読むことはできませんでしたが、15~16世紀にタイムスリップした感覚でした。

天体おじさんにとって、ニコラス・コペルニクスの『天体の回転について』の初版本(1543年)が見られただけでも、感動ものでした。

天文学者のニコラス・コペルニクス、ガリレオ・ガリレイ、ヨハネス・ケプラー、アイザック・ニュートンが活躍した時代が、活版印刷の普及期の15~17世紀であったことは、活版印刷の普及と科学の発達とは密接な関係があったのではないかと思ってしまいます。

コペルニクスが天動説を唱えたことは有名な話ですが、当時のキリスト教は、プトレマイオスの天動説を支持していました。地球を中心に宇宙が回転しているという理論です。

そのため、太陽を中心に地球が回っているという地動説は、聖書の思想と相容れないと、物議をかもすことになったのです。

ただし、『天体の回転について』がローマ教皇庁から閲覧一時停止の措置がとられたのは、コペルニスが亡くなった1543年から、半世紀以上後の1616年になってからなんです。ガリレオ・ガリレイの裁判の時代のことです。

このあたりのお話は、別の機会に詳しく書きたいと思います。

もし、活版印刷が発明されていなかったら、コペルニクスの地動説が、広く世間に広まらなかったでしょうし、彼の死後、70年後に、ガリレオ・ガリレイの裁判が起こらなかった可能性もありました。

科学の進化や産業の進化に対して、活版印刷の発明が寄与した役割は大きかったのではないでしょうか。

●グーデンベルク以前の印刷技術

グーデンベルグの活版印刷技術が普及し、書物が本格的に量産できるようになったのは15世紀以降です。

でも、広い意味での印刷技術は、グーデンベルグ以前の古い時代に、東アジアで発祥したと言われています。

西暦2世紀頃に紙が発明され、8世紀頃には木版印刷が行われていました。版画なので、ページ毎の刷版を、人間の手で文字や挿絵を木板に彫って印刷、製本していたのです。

また、古くから、写本による書物は存在していました。原書を見ながら、手書きで複製本を作っていました。挿絵は、エッチング技法による銅版の版画が15世紀頃に普及したようです。

写本にしても、木版にしても、数百ページの本を作るとしたら、かなりの労力が掛かりそうです。それが、金属活字で組版して活版印刷できるようになり、書籍や冊子、案内状などが大量生産できるようになったのです。

とはいえ、ソフトウェアが存在しない時代ですから、文選して(活字を拾う)、組版して、印刷する労力は、今のDTPの作業に比べれば、相当、大変だったわけです。

現在は、インターネットがあるので、デジタル化された情報を、一度にたくさんの人に伝えることができるようなりました。しかしながら、それまでは、人間の手で丹精込めて組版し、装幀し、製本し、今回の展示された素敵な書物が生み出されていたのです。

人間の叡智って、本当にすごいなと思いました。

制限、制約、不自由さを克服するために、新しい発明がされ、さまざまな革命が起きた人類の歴史って、素晴らしいですね。その一つが印刷技術であり、偉大なる情報革命なのです。

情報革命、イコール、インターネットというイメージかあるけど、5,000年ぐらい前に誕生した文字も発明が、情報革命の第一歩だと思います。

だって、文字が発明されていなかったら、金属活字を鋳造することはできなったでしょうし、コンピュータやインターネットも誕生することができなかったわけですから。

記号が体系化された「文字」が、書物としてコミュニケーション手段となり、正確に情報伝達ができるようになったのです。

そして、マシンリーダブルな「文字」というコードを介して、コンピュータが理解し、インターネット上を「文字」というコードがパケットでやり取りし、いつでも、どこでも、情報が入手できるようになりました。

そう考えると、文字って、宇宙みたいな概念だなと感じました。

10月27日に開催された「クリエイティブハント山口」で発表した『文字の誕生』のスライドの一部、共有します。ぜひ、ご覧ください。
http://bit.ly/mojinotanzyou

では、二週間後に、またお会いしましょう。


【せきぐち・ひろゆき】sekiguchi115@gmail.com

フォントおじさん
https://event.fontplus.jp/about/hiroyuki_sekiguchi.html

1960年生まれ。群馬県桐生市出身。1980年代に日本語DTPシステムやプリンタの製品企画に従事した後、1995年にソフトバンク技研(現 ソフトバンク・テクノロジー)へ入社。Yahoo! JAPANの立ち上げなど、この20年間、数々の新規事業プロジェクトに従事。

現在、フォントメーカー13社と業務提携したWebフォントサービス「FONTPLUS」のエバンジェリストとして日本全国を飛び回っている。

日刊デジタルクリエイターズ、マイナビ IT Search+、オトナンサー等のWebメディアにて、文字に関する記事を連載中。CSS Niteベスト・セッション2017にて「ベスト10セッション」「ベスト・キャラ」を受賞。フォントとデザインをテーマとした「FONTPLUS DAYセミナー」を主宰。

フォントおじさんが誕生するまで
https://html5experts.jp/shumpei-shiraishi/24207/


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編集後記(11/15)

●図書館でまた見つけたぞ「真珠湾」の映画。日本語タイトルが「真珠湾攻撃 完全復元長編版」、原題は「DECEMBER 7TH:THE MOVIE」、1943年のアメリカ作品。米陸海軍が国民の戦意高揚を目的として20世紀フォックスに委嘱した、ドラマ仕立ての戦争ドキュメント。ジョン・フォードとグレッグ・トーランドの共同監督作品である。1941年の真珠湾を再現した長編である。ところが……。

前半のドラマともいえないドラマ部分では、日本人のスパイ行為らしい動きも捉えている。怪しい流言飛語もある。日本のパイロットは普通に飛ぶのがやっとだってさという噂話も。日本総領事館ではたどたどしい日本語の変な日本人も出てくる。街はきれいだし、人々は楽しそうだ。これは真珠湾攻撃後にロケされたものだが、戦禍に遭ったのは軍施設だけだったことを証明している。

ハワイの総人口423000人、朝鮮人7000、ポルトガル人8000、中国人29000、フィリピン人53000、ハワイ人66000、白人103000、日本人157000とか、あれ計算が合わない。日本人が一番多かった。ハワイを経営していたのは日本人ではないのか。真珠湾攻撃を挟んだ前半と後半のドラマ仕立てからは、スポンサーである米陸海軍が狙った反日感情の醸成が、効果的になされてはいないぞ(笑)

むしろ、アメリカ側がとり続けた国家的怠慢を皮肉り、ハワイ開拓に日本人が果たした功績をきちんと見せているのだから、米陸海軍は怒りますわな。戦闘の実写フィルムと、特撮(戦艦の全景シーンは模型に見える)を用いた再現フィルムを編集した、34分間だけが公開された。この部分は一応、戦意高揚映画として評価され、なんと「アカデミー短編ドキュメンタリー賞」を受賞した。

日米戦争中にもかかわらず、こんなにフェアな映画を作った二人の監督は立派だ。ルーズベルトは国民を戦争には巻き込まない、青年を他国の戦争のためには死なせないと公約して大統領になった。しかし、黄色人種により卑怯にも真珠湾が攻撃されたとなれば、国民を戦争に動員できると考えた。当時の日本軍の暗号はすべて米軍に解読されており、真珠湾攻撃は事前に分かっていた。

分かっていたが、〈卑怯な猿の不意打ち〉を演出するため、真珠湾海軍基地には知らせず、2343名もの将兵を見殺しにした。映画では、当日朝7時過ぎ、航空警戒室でロックハート二等兵が探知機で何かを捕らえた。確認のため中央情報センターに連絡。経験深い中尉が出た。「オアフ島北東30マイルに大編隊が接近してきます」「自軍機だろう。本土からB17が来る予定になっている」

アメリカ人も日本人も、ルーズベルトの罠にはまったのだ。「悪魔的攻撃で油断した艦隊を叩いて我が軍の威信を損なうこと。それは防いだが被害は甚大だった。ルーズベルト大統領いわく。米国はこの蛮行を永久に忘れまい、屈辱の一日、歴史に刻まれるべき驚愕、悲嘆、恐怖、嫌悪。これも大統領の言葉だ」

最後は、真珠湾で死んだ一兵士と、27年前にフランスで死んだ一兵士が、広大な墓地を歩きながら延々としゃべる。さすがアメリカ映画、戦争を草野球と大リーグに喩えて、道理という強打者、良識という投手、野手は礼儀、信頼、友愛、信仰だという。平和の優勝旗目指して、と32の連合国の名前を列挙。もちろん日本(枢軸国)はない。何言ってるのか分からない会話。現在は真珠湾も原爆も、日米互いにあまり踏み込まない方がいいというのが常識だ。(柴田)

「真珠湾攻撃 完全復元長編版」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0036IPH3I/dgcrcom-22/


●しまなみ海道ツアーのが一番好き。巻き方のみならず、壁とホースの色が絶妙!/一年って、本当に早い!

/ポケモンGOのフレンドギフト続き。途中から地名をメモってみたのだが、台湾、フィリピン、チリ、イギリス、ドイツ、コロンビア州、テネシー州、ケンタッキー州、大阪、宮城などの人たちとやり取りしているようだ。

フレンドは最大200人まで登録でき、同じ人に贈れるのは一日一個。ただし、相手が開封していなければ贈ること自体できない。

一日に開封できるギフトは20個までで、所持できるギフト枠は10個(ポケストップをまわせば補充できる)。ギフトを贈っても返してくれない人はいるし、タスクが完了したら送りあい自体をやめる人も。続く。 (hammer.mule)