ローマでMANGA[136]色とりどりなルッカコミックス体験
── Midori ──

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ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりして行きます。

●キーワードはただひとつ

10月後半から11月の時期というのは、イタリアのマンガ界に籍を置く者にとってキーワードはただ一つ。

ルッカコミックス&ゲームス。

下のリンクは昨年のルッカコミックスに関する記事で、ルッカ市の説明を書きました。今回は省きますので、ルッカ市に興味のある人はクリックして読んでみてください。
https://bn.dgcr.com/archives/20171115110200.html


というわけで、今年も日本人ゲストお世話係として五日間参加してきました。





●ルッカコミックスで示した白髪宣言の効果

コミックスフェアの内容を期待した方は残念でした。まったく別の、私の個人的な話です。

ルッカコミックスの動員数は、スタッフ側も訪問側も参加側も年々多くなっています。盛況で何より。

お世話係が始まった当初は、日本人マンガ家の主なイベントの通訳としての御役目をもらい、文字通りスポットライトが当たる、いわば、「表」の御役目だった。

上記のリンク先に書いたように、スタッフ側で派閥ができてから、ゲストが会場についた時のお迎えとか、飛行場へのお迎えとか、「裏」の役目になって、まぁ、正直なところを言えば、格下げされたような気がした。

裏の仕事が嫌、というより、役割がはっきりしないのが何よりも気持ちを負に持って行くことになってしまった。

昨年の記事で「『儀式がある国』の人を、『儀式のない国』の中で不安を持たずに臨んでもらうクッションの役目をすることに、今年からなったわけ。還暦過ぎて、人と人を繋ぐ役目というのは実に良いではないかと、楽しくマンガ三昧をしてきたのであった。」と書いている。

この役目を快く引き受ける気持ちになったのには嘘はないのだけど、いかんせん、イタリア。その場にならないとどのゲストさんを迎えに行くのか指示がない。適当に見繕って勝手に行ったりしていた。

一番モヤモヤするのは、朝の打ち合わせ。イベントスタッフはイベントの司会者、お世話係兼通訳で、皆A3のイベント名、時間、会場が書いてあるプリントを広げて確認を行ったり、前日の問題点などを話しあったりする。

私はその役目のどれでもないので、なんとなく会議のテーブルには付きづらく、近くの椅子に座ってお茶を濁して、来ない指示を待っている状態だ。なんとなく、疎外感すらあって、顔見知りににこやかに挨拶するものの、笑顔を作るのが疲れたりする。

今年は、変化があった。まず、開催側の変化。

開催の半月ほど前に、c.c.でイベント事務所からメールが来た。他のc.c.は毎年事務所で笑顔を貼り付けて挨拶をする一同宛。「開催前の打ち合わせをします」という内容で、イベントの名前とタイトルと場所と時間を書いた、エクセルファイルが貼り付けてある。

こうした事前の打ち合わせに誘われたのは初めてだ。打ち合わせの場所は、ルッカの事務所で開催時間は夜なので参加はちょっと無理。それに打ち合わせで私は何を言うわけ?

ともかく、いきなりお仲間に引っ張られたわけだ。その後もc.c.メールは頻繁に送られてきた。c.c.仲間が扱いたいイベントを申し出たりしている。

ここで、もう一つの変化が登場する。私の方の変化だ。白髪を隠さない! と先月の記事で宣言した通り、何かが私
の中で変わってきているのだ。

ここで一首。

「還暦を 過ぎて二度目の 青春と 背筋伸ばして Vサイン(字足らず)」

●我ながら超積極的に

秋は二度目の春なのだとばかり、積極的にアプローチするmidoriになった私は、幼い頃からの癖であった、誰かの指示を待つ姿勢をやめることにした。というか、誰かの指示を待つのが習い性になってしまっていたのをここでやっと気が付いたのだ。

そこで、知り合いの若きマンガ家さんのイベントの司会をする、と手を上げたのだった。

一方、ルッカコミックスの開催前日にルッカ入りを果たし、事務所に顔出しをして、事務所に三々五々入ったり出たりする顔見知りに挨拶をしたのだが、笑顔はくっつけたのではなく、ちゃんと笑顔が出た。

そして精神的にリラックスし、しかも疎外感とは無縁な精神状態にいたので、すっごく自然に冗談がぽこぽこ出たり、顔見知りじゃない人にも話しかけたり(どんな話題で話しかけたらいいのかわからないのが今までの私)したのだ。すごい変化。

誰の指示も待たずに、日本人ゲストのスケジュールを書き出して「クッション」をしに行くことに決めていた。そして最終日の翻訳コンテストの審査員と、自ら手を上げた二件の司会業務が公式な御役目。

司会業務はこれまでに、通訳としてルッカコミックスのイベントに参加しながら手違いで司会者が来なかったりして、せざるを得ないことが二度ほどあって、出来るに違いなと踏んでいた。

そして、今回も、クッションでご挨拶に行ったイベントで、手違いで司会者が来なかったイベントがあった。このイベントはマンガ家さんにライブでなにか描いてもらって、それを会場の大型スクリーンに映し出しながら、インタビューをする、というもの。

右往左往するイタリア人編集者。そこで白髪宣言をしたmidoriが、「先生の作品は実は知らないのだけれど、日本の編集者とマンガ家さんの関係は知ってるし(日本独特なものなのです)、日本のmanga家が使う道具のことも知ってるので、そのへんでどうにか出来ると思う」と、ここでも手を上げたのだった。

最終日のスタッフ打ち上げは、毎年笑顔をくっつけているのが苦痛で、いやいや参加していた。フェアのスタッフは、会場入口の切符確認のバイトを含めてすごく多い。毎年大きなレストラン・ピッツェリアの大部屋で、顔をくっつけないと声が聞こえない状態の、喧騒の中で打ち上げが行われるのだ。

しかも開始と終了の儀式のない国なので、なんとなく席が埋まったかなと思うと、レストラン側が次々と料理を運んできて打ち上げが始まり、あまり遅くなりたくないから帰るね、と席を立つ人が現れだして、なんとなく人数が少なくなっていってお開きになるのだった。

白髪宣言midoriは喜んで参加し、かつ、超方向音痴であるにもかかわらず、スマホのナビの助けを借りて、行きも帰りも一人でレストランを往復し(ルッカの町はものすごくわかりにくい)、翻訳家のテーブルに呼ばれもしないのにさっさと座り、その中の一人と顔をくっつけるようにしておしゃべりをして、トスカーナの小さな町の小さな美味しいレストラン情報とか、役に立つことを色々教わったのだった。

その町は8世紀頃に、蛮族がイタリアに侵入してきて虐殺に及んだのを、どうにか逃げることの出来た人々が、ひっそりとトスカーナの山の中に閉じこもって暮らしたのが始まりで、古代イタリア語が方言の中に残ってるそう。

イタリアのあちこちに、同じような起源を持つ小さな山の中の町がいくつもあるそうです。面白いテーマだね。

今まで、そうしたあまり知らない人とのおしゃべりが苦手だったのは、つまるところ、自分の感情にばかり注意が向いていたからなのだ。つまらながってる私、話題が見つけられずに焦ってる私、など。

相手が言った何かについて、自分の興味と照らしあわせてもう一段掘り下げて聞く、という簡単な行為で面白い話を引き出せるのに。

最終日の翌日は、クッション仕事で空港や駅へのお送りがあることもしばしばなので、残ることにしている。

その朝、事務所にいた人で、なんとなく小さな反省会みたいなものをやろうかとという話が持ち上がり、わたしも参加した。そこで、イベント班のボスが、私の参加を喜んでいると言ってくれた。

今さらおべっかいう必要もないのに、と思いながら聞いていると、たとえ公式な通訳業務が一件か二件しかないとしても、あるいは翻訳コンテストしか公式業務がなかったとしても、ずっと来てくれると嬉しい、と二度ほど言うので、まんざらお世辞ばかりでもないのだろうと思った。

公式業務が他のスタッフに比べて少ないのに交通費、宿泊費、食費、報酬をもらうのに気が引けていたのだけど、それを感じなくてよい、と公式に言われたわけで、来年は今年以上に白髪にして、前向きに楽しみに行く。

来年は、ここで何度も語っている「天才的な企画」のマンガが出版になるかもしれないし。そうするとクッション、司会者、審査員、の他に作家という立場も加わるわけで、ますます色とりどりなルッカコミックス体験になる。

●前向きmidoriにごほうび

前向き、積極的に生きることを決めたmidoriに対して、神様仏様はご褒美を用意してくれた。

今回のルッカコミックスのメインゲストは、なんと、あの松本零士さん。毎年、世界中のマンガ家を対象に一人だけに用意する「グラン・マエストロ賞」を、松本零士さんに決めたのだった。

ごほうびはこれ:ルッカコミックスが招待した松本零士様ご一行の、最後の晩餐会に座ってくれないか? と言われたのだった。

松本零士さんと言えば、手塚治虫さんと並んで子供の頃から読んでいるmanga家さんだ。 初期の少女漫画「エスの太陽」の主人公のワンちゃんが可愛くて、何度も真似して描いた。
https://www.ebookjapan.jp/ebj/15433/


1974年から少年マガジンで連載された「男おいどん」は単行本まで買って何度も読んだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B7%E3%81%8A%E3%81%84%E3%81%A9%E3%82%93


「男おいどん」と同じ年に放映になった、TVアニメの「宇宙戦艦ヤマト」に間に合うように家に帰って、口をあけて見ていた。ただ、このTVシリーズはあまり人気が出なかったんだよね。君たちの目は節穴かっ!


その方とわずか1mの位置で夕飯をとる。80歳、しかも連日のイベントでお疲れと見え、ときどき、うつらうつらなさっていた。そのお姿をじっと「お慕い申し上げています。色々な作品、ありがとうございました」と念じつつ見守ったのだった。

レストランを出ると、この機会を逃しては女がすたる、と送迎車に乗り込まれる前にお願いしてツーショットを撮った。ちょっとぶれてるけど、これはプリントアウトして額に入れるしかありませんね。
https://goo.gl/aVfo1G


もう一つ(二つ?)のご褒美は虹。ルッカに着いた日と、ルッカから自宅に戻った翌朝、虹が出た。 これも天の神様か仏様が、イイコイイコしてくれたみたいで嬉しい。

●ルッカコミックスの中身

コミックスフェアの中身にもちょっと触れてみよう。ルッカコミックスの催し物の中でいつも楽しみにしているのが展示会。
https://www.luccacomicsandgames.com/en/2018/comics/exhibitions/


毎回、複数の世界中のマンガ家(日本人含む)、イラストレーターのオリジナル原稿を展示する。今年の展示会に選ばれたアーチストは……

グラン・マエストロ賞を受賞した松本零士(Japan)
今年のポスターを描いたLRNZさん(Italy)
バットマン、Xマンなども手がけたマンガ家、ニール・アダムス(U.S.A.)
妖艶な少女を描くイラストレーター、ベンジャミン・ラコンブ(France)
社会派劇画のマンガ家、サーラ・コラオーネ(Italy)
ホラーmanga家、伊藤潤二(Japan)
中身の濃い作品を描くマンガ家、ジェレミ・モロー(France)
ファンタジーのイラストレーター、ポール・ボンナー(Denmark)

原画展にはほぼ毎回、作家たちのスケッチや下書きも展示されて、もう、無我夢中でみてしまう。知らない作家さんを発見できるのもまた楽しい。今回、8人の作家さんの中で特に気持ちを引かれたのが、このお二人。

サーラ・コラオーネ
http://saracolaone.blogspot.com/


ジェレミ・モロー
https://www.tunue.com/prodotto/la-saga-di-grimr-di-jeremie-moreau/


二人とも絵画的な手法でマンガを描く。どちらも社会的な内容を含み、話の内容が濃い。 サーラさんの作品は展示会で見ただけで、本は読んでいない。気に入ったので、どれかを買おうとは思っている。

ジェレミさんのほうは、打ち上げで顔をくっつけて話した人が、彼の本「グリムルの大河物語」と訳せる作品を持っていたので、20ページほど読ませてもらった。

18世紀のアイスランド。アイスランドの人々は苗字に「○○の息子」という意味を持たせる。先祖につながるアイデンティティを持つことが、人間として、男として認められる最低条件の世界。主人公のグリムルは孤児で、父の息子と
いう苗字を持っていない。犬以下の扱いを受けつつ、アイデンティティを求めて生きる。

水彩で誇張して描かれたように見えながら、そこに、アイスランドの厳しい世界が、空気が感じられるように描かれていて、そして「自分は誰なのか」という人間誰しも持つ疑問を底流に、数奇な運命の主人公と物語を生きることがで
きる。読みつつ、なにか気持ちを揺さぶられる感じがして、これは、もう、手に入れねばならない本です。

この二人の作家を知っただけでも、私としては大いに意義あるルッカコミックス&ゲーム2018だった。


【Midori/アーチスト/マンガ家/MANGA構築法講師/白髪志望】
あとがきもルッカ。

元教え子で、ものすごく頑張り屋さんのアレッサンドラ・パタネちゃんがプロになって数年。
https://www.facebook.com/xalyahx


イタリアのマンガ出版社でも大手のパニーニ社から本を出すようになった。
http://comics.panini.it/store/pub_ita_it/mtrlz002isbn-it-ctrl-z-ctrl-z-saturation-libro-isbn.html


アレちゃんはベルリンに住んでいるので、ルッカはほんの数分だけど挨拶できる機会。ルッカコミックスのパニーニのブースで、他の作家と並んでサイン会を行う。彼女の前は毎回ファンが列をなして、そんな様子を見るのがたまらなく嬉しい。

[注・親ばかリンク6]息子のバンドPSYCOLYT


MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
https://www-indies.mangabox.me/episode/58232/


主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
http://midoroma.blog87.fc2.com/


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