装飾山イバラ道[235]人の目と自分の皮/武田瑛夢

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数年前までは、「シェアする」と聞いて私が思い浮かべるのは、レストランで料理を分けることの意味だった。しかし今は、画像や情報を皆で共有するSNSでの「シェア」を先に思い浮かべる。

家族のアルバムや今日食べたものを、知らない誰かが見るのが当たり前な世の中になっているなんて、とても不思議な気がする。私が書くこのようなテキストも、メールマガジンに載せてもらえているので、何らかのシェアが起こっているのだろう。

私たちの子供の頃は、「発表」という言葉で、自分の作った何かが人目に触れる経験をしていた。集めた作品を教室の後ろの壁に貼り出されるとか。自分の作文を人前で読むとかあったなーっと、思い出しただけで手汗が蘇る。

皆の作文を先生が集めて「文集」として冊子にまとめて、製本が終わると各自に配られた。皆はまず真っ先に自分のページを探して確認する。自分の文字が、文章が、他の人に読まれてしまうという恐怖にも似た緊張感。でもなんとなく照れ恥ずかしい嬉しさがあった。

私たちは授業や地域との関わりの中で、そのような小さな発表の機会を与えられて、乗り越えながらうまくできるようになっていったのだ。スマホがなかった時代でも、人に見せる練習はさほど変わらないのかもしれない。





●個人のプライバシーの階層管理

SNSやWEBで写真を公開するようになると、「人に見られる前提」で撮影するようになる。そうなると、ただの記録や自分の記念のために撮影していた頃とは、心構えが変化していく。

私は絵を描くので、作品の場合は人に見られるのが当たり前という感覚は以前からある。しかし、このような記事につける写真の場合は、どこまで写すかを色々と気にすることも多い。私は基本的に顔出しはNGだし、今までも手や洋服のほとんどを写していないと思う。

そうするとリアリティは薄れるのかもしれないけれど、生活感も丁度よく薄れる気がする。あまり自分を出さない人間が急に写り込むと、伝えたい写真の意図以外に目が行きすぎると思うのだ。

SNSをバリバリやっている人は、セルフプロデュースとして自分をどこまで出すのか、きちんと管理できていそうですごいと思う。SNSを数種類、アカウントを複数などこなしている人もいるし、個人のプライバシーの階層管理が大変そうだ。

●自分の皮の厚さレベル

母がゴミ出しする時に「家着すぎる」感じのものを着ていると、「せめて上に何か羽織ったら?」と注意することがある。昔は私が注意される側だったけれど、高齢なので逆になってきてしまった。自分の姿がどこまでの状態なら人様に見せてもいいのか、基準を決めておかないと危ない気がするのだ。

私が自分で出かける時も、マンション内の移動だけか近所のコンビニかなどで自分を覆う皮の厚さを変えていると思う。皮なのか殻なのか、言い方はどうであれ自分を何かの保護膜で覆って出かける。

家族にしか見せない家着で、すっぴんで髪もボサボサの状態がゼロだとすると(笑)、そこに少しづつ皮をかぶせて対人対応に合わせていくのだ。

皆さんも人からの見た目を、少しづつレベルを変えて管理していると思う。自分が何枚の皮を持っているのか、私の場合で数えてみよう。

(一枚)宅配便の人が来たら、家着で顔はすっぴんでも髪はまとめて、何かしら上着を羽織る。

(二枚)マンションの郵便ポストを見に行くのなら口紅くらいはして、カジュアルな服装に変える。

(三枚)コンビニの場合は、薄く化粧をしてカジュアルな服装をする。

(四枚)電車に乗るなら、きちんと化粧をして洋服も外出用に変える。

(五枚)知っている人に会うことが決まっているなら、それ相応に考えた顔の準備と服を着る。

(六枚)フォーマルな場面なら、イベントのTPOを考えた顔の準備と服を着る。

ということで、私にはどうやら最大で六枚くらいの皮があるらしい。自分のことを書くのも情報のシェアだと思うけれど、なんだか恥ずかしい。この段階は完全に人それぞれに違いがあると思う。常にお着物とかドレスとか、裸(猫)といった特別な方は別だ。

私の場合の「顔の準備」って何? って感じだけれど、化粧にも下地やマスカラの有る無しで何段階もいろいろあるのだ。それに比べると、夫って簡単でいいなーと思う(笑)。

顔に塗るものもあまりないし。しかしヒゲが生えてくるのは大変かもしれないので、そう楽でもないのかな。ヒゲを剃るというのも、身支度という心の皮を一枚増やしていることになるのだ。

こうして本来の素の状態から、自分によそ行きの皮をかぶせていくわけだ。

ただこれは自分だけのためではなく、人様に失礼がないように考えてもいるのだ。場から浮かないためとか、余計な雰囲気を醸し出さないようにしている。

TPOを考えるのは、忍者が身を隠す術のように周囲に溶け込む効果がある。イベントの主役を引き立てるためにも、考えた方が良いこともあると思う。

●意識の変わり目

人に見せる写真を撮るのも、よそ行きの写真としての心の準備が必要だ。メルマガに公開する写真データは知っている人も見る点で、自分の皮が五枚以上のところで行う行為と言える。

ここで私の場合の四枚目と五枚目の皮の間には、確実にしっかりとした外皮としての区分けがあることに気がついた。

それを見るのが、自分の関わっているフィールドの中の人か外の人かは、私は実はとても意識していることのようなのだ。家族と宅配便の人との一枚の皮の境目よりも、五枚目の皮が厚いように思う。

知らない人だけが見るなら、もう少し「どうでもいいモード」が発動するような気がする(笑)。きっと私が、「気にしい」で「ええかっこしい」だからかもしれない。匿名性のある場所が自由なのは、いつもの自分のイメージを守る必要がないからだろうか。

以前よりも気楽に、どんどん日常写真が蓄積していく時代。写真をシェアする楽しさを謳歌しながらも、気にすることは忘れない。相手のためにも自分のためにも、このくらいが丁度いいという感覚を身に付けたいと思う。まぁ、たまに何かハミ出ていたらお許し下さい。


【武田瑛夢/たけだえいむ】

装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
http://www.eimu.com/

最近iPhoneの更新が迫っていたので新しいiPhone XRの赤にした。(PRODUCT)REDと呼ばれているものだ。本体が赤い電話は多分はじめて。

Face IDでの顔認証は、読み込ませる時が映画みたいでかっこよかった。いつも悩みのタネだった画面フィルム貼りは、何とお店のお姉さんが完璧に貼ってくれた! ありがとう!

買った時にすぐに貼ってもらったので、表面のガラスの素材を味わえなかったのは少し残念だけれど、貼りストレスからの解放は素晴らしい。これからも貼ってもらうことに決めた。完全に絶対に忘れずに(笑)

iPhone XRはちょっと重い印象。まだケースを買っていないので、サイズに対してズシッと感があるのかもしれない。寝ながら見る時に目の上に落とすと危ないので、早くケースを付けないと。

画面はかなり大きくなって、ポケモンGOで表示できるポケモンの行数が増えた(笑)。縦に長いので、WEBを見る時にも視界に入る情報が増えて快適な気がする。

スマホを替えても、結局以前のアプリをそのまま入れてしまうので、引っ越したのに家具もレイアウトもそのままのような状態。もう少し新鮮な画面に変えるにはどうしたらいいんだろう。