映画ザビエル[68]あるいは現代の、
── カンクロー ──

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◎メアリーの総て

英題:Mary Shelley
公開年度:2017年
制作国・地域:イギリス、ルクセンブルク、アメリカ
上映時間:121分
監督:ハイファ・アル=マンスール
出演:エル・ファニング、ダグラス・ブース、スティーヴン・ディレイン、
ベル・パウリー

◎だいたいこんな話(作品概要)

19世紀のイギリス。いつでも読書と創作に夢中のメアリーは、継母から家業の書店を手伝わないことを責められていた。メアリーを出産してすぐに亡くなった生母は、フェミニズムの創始者として知られる女性だったが、伝統を重んじる継母から、実母を悪く言われたことでメアリーは思わず手を上げてしまう。

メアリーと継母を引き離すため、また思う存分創作活動に取り組めるようにと、父は古い友人の元へメアリーを送る。父もまた、無神論者、アナキズムの先駆者として有名なウィリアム・ゴドウィンだった。

メアリーは滞在先で開かれた読書会で、”異端の天才詩人”パーシー・シェリーと出会う。二人はすぐに惹かれあったが、パーシーにはすでに妻子があった。いつもメアリーに理解を示してくれる父にも反対され、二人は駆け落ちする。

ゴシックの古典的名作であり、初めてのSF小説とも謳われる「フランケンシュタイン」が、10代のうら若きメアリーから、どのようにして生み出されたのかを描く。




◎わたくし的見解/121分 de 名著

イギリスを代表する女性作家の一人として挙げられる、メアリー・シェリーが「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」を発刊するまでが描かれています。

1818年の初版では匿名で発行され、メアリー・シェリーの名前が著者として記されるのは改訂版以降。理由は、女性が書いた物語として内容がふさわしくないというもので、その当時、女性名義で発行される書籍が存在しなかった訳ではないようです。

しかし、1847年発行のエミリー・ブロンテ著「嵐が丘」も、1848年発行のシャーロット・ブロンテ著「ジェーン・エア」も、男性名義で出版されていることから、求められる女性像に見合わない内容だと出版にさえ辿り着けなかった。そういう時代だったことは間違いないでしょう。

ブロンテ姉妹やメアリー・シェリーより少し遡り、同じく代表的なイギリスの女性作家ジェーン・オースティンの作品は、貴族の女性が長閑な郊外で紆余曲折ありながらも、最後は素敵な結婚をしてエバーアフター幸せに暮らしました、的なキラキラした物語群のように見えます。

しかし、結婚することでしか身を立てる事が出来ない。ようするに結婚できなければ食べていくことまで難しい、当時の女性の苦労をそこかしこで見てとることができます。

現代の感覚で「なら働けばいい」とはいかず、身分のある女性には働く自由もほぼ無く、唯一生きていく術である結婚さえ、持参金無しには成立しない時代だったのです。

例えばヒロインの姉妹は、明言されていなくても行かず後家としての将来を予感せざるを得なかったり、事実ヒロインの叔母に独り身で年老い、かろうじて生活を援助してくれていた身内もいなくなり、暮らしが立ち行かなくなるなどのエピソードが、当たり前のように描かれます。

そのような身分のある女性にさえ権利らしい権利も自由もない時代に、メアリーの母親は、男女同権や教育の機会均等を訴えた人物として名を残しています。

フェミニズムと聞くと、刈り込んだショートカットで言論のファイティングポーズをとり続ける女性を思い描きますが(それは私だけかも知れませんが)本来は、このようなところから来ているのだと自らの偏見を悔い改めるほどの感慨がありました。

「メアリーの総て」自体は、そう言った政治的に直接訴えるような内容のものではないところが魅力です。先駆的な精神を持った両親のもとで生まれ、当時の常識に囚われない自由な女性像と共に、ただ恋に落ち、若さゆえの愚かさが目立つ等身大のメアリーも見せてくれる。

初めは妻帯者であることにも気づかず恋をして、その熱に浮かれていただけの少女が、母になる喜びと子を失う悲しみを経験し、確実に成長する姿がとても丁寧に捉えてられており、その総てが創作の肥しになっていることを示唆しています。

メアリーの強さと弱さは、演じるエル・ファニングの少女から大人への過渡期に見られる危うさと共に、強く惹きつけられるものがありました。数年前のエル・ファニングでも数年後のエル・ファニングでも駄目で、ベストのタイミングで彼女を主演に据えることが出来たと思います。

また概要だけだと、今さらこんなベタなフェミニズム映画と一蹴したくなるのですが、ハイファ・アル=マンスール監督を起用したあたりが製作者サイドの思惑に見事にはまっていて、悔しいけれど見事でした。

ハイファ・アル=マンスールはサウジアラビア出身の女性監督で、彼女の国では宗教的な問題で、未だ女性がこの映画に見られるような憂き目にあっている訳です。けれども、当事者である監督は案外さらりと作品に昇華させるものなのだと感心。

一人の女の子の成長を丁寧に描く。という切り口が、とても真摯に感じられ好感を持ちました。なんか、やっぱり刈り込んだショートカットの人たちとは違うんです。軽やかというか、爽やかというか。

映像に雰囲気もあり、コスチュームプレイとしても魅力的で、少しもフェミニズム映画ではないのだけれど、現代のフェミニズムのあり方をちょっと考えてしまった作品でした。


【カンクロー】info@eigaxavier.com

映画ザビエル
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映画については好みが固定化されてきており、こういったコラムを書く者としては年間の鑑賞本数は少ないと思います。その分、だいぶ鼻が利くようになっていて、劇場まで足を運んでハズレにあたることは、まずありません。

時間とお金を費やした以上は、元を取るまで楽しまないと、というケチな思考からくる結果かも知れませんが。

私の文章と比べれば、必ず時間を費やす価値のある映画をご紹介します。読んで下さった方が「映画を楽しむ」時に、ほんの少しでもお役に立てれば嬉しく思います。