エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[29]御殿山みなみさんの短歌の話 所沢のドラゴン
── 海音寺ジョー ──

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◎御殿山みなみさんの短歌の話

以前紹介した語彙消失歌会の話の余談になりますが、会に参加した時に司会の一人、御殿山みなみさんが掲出された短歌に触れ、唐突に蘇ってきた思い出話を今回は書いてみます。

かつて「うたの日」というインターネット歌会掲示板で首席を獲った、こんな作品だった。

幸せが歩いてこない 吉野家の並はこんなに早く来るのに (御殿山みなみ)





歌会の時は「わかるー」「牛丼は早くくるもんねー」とワイワイ盛り上った。語彙消失の歌会なので、あまり細かいことは言わない、という縛りもあったのだが、ぼくは口を開きかけて、すぐに発言を諦め、7年前の東日本大震災のことを思い出していた。

当時、東京都のベッドタウン東大和市に住んでいて、文京区大塚にあるラーメン屋に通勤してたのだが、震災の翌日も交通の大混乱は続いていて、政府から計画停電の方針が打ち出されたのだった。

通勤ルートだった西武新宿線拝島線もその影響で、新宿から出る電車は田無までの限定区間運転となった。ぼくの家は田無より埼玉よりにあるので、どうしたらええんや? と、田無駅に降り立ち、途方に暮れた。

以前勤めてた所沢店舗の同僚に電話をして、田無までバイクで来て送ってくれないか、と助けを頼んだ。そしてどこかで時間をつぶそうと思い、改札を出た。

田無駅前では、吉野家だけ営業してて他の店は軒並み閉まっていた。ボロ混みだった。店に入ると張り紙がしてあって、「仕入ルートの事情により牛丼の並と大盛りだけの提供とさせていただきます」とあった。

店内はごった返していた。店員さんがホール二人、厨房(よく見えなかったがたぶん)二人が忙しく立ち回っていた。ぼくも当時外食産業で働いてたので、こんな日にまで営業してくれて、ほんまありがたいありがたい、という思いだった。

二十分近く待ってると大盛り牛丼が運ばれてきて、「大変お待たせいたしました」と侘びられ「いえ、とんでもない。ありがとうございます」と応じ、いただいた。周りの客も黙々と丼飯を口に運んだり、じっと到着を待っていた。

14時を回っていたが、混雑は続いていた。そこに一人のスーツ姿の中年男性が入店してきた。牛皿とビールを注文し、店員にすみません、今日は牛丼しか出来ないんですと説明され「何だって?」と顔をゆがめた。「何でねーんだよ?」とごね出したが、周りの客がその中年を睨み上げて、その怒気に怯んだのかスッと大人しくなった。

大惨事の最中に、自儘に振る舞ったことを恥じたのだろう、目線を落としてその後は大人しく牛丼の来るのを待っていた。

御殿山さんの短歌を目にした時、ふっとその時の光景が脳裏によぎって、「いや、牛丼。早く来ないこともあるんですよ。いや、かつてあったんですよ」と、口をはさみたくなったのだった。だが和気あいあいとした場の空気を乱すのを恐れて、結局言い出せなかった。暫らくして、場は次の歌の評に移った。

その牛丼を食べた後、所沢店の同僚がバイクで迎えに来てくれて、無事に東大和の公社住宅まで帰った。友よ、貴重なガソリンを使い、送ってもらってどうもありがとう。その恩も、いまだに忘れられない。


◎所沢のドラゴン

所沢駅前から、斜めに延びるプロペ通り。その歓楽街にて、ひときわ大きなビルの一階をテナントとした中華メダカ屋はドラゴンの店と呼ばれ、界隈の同業者から畏れられていた。

店長、性格は極めて穏便であったが、確かに眼がテニスボール大の、髭が顔全体からニョキニョキと太く生えている奇相であった。そしてその麺上げの技は豪快であり、人々をたまげささずにはおかなかった。

『店長、オーダー入りました!』
『むう〜』
『中華リャン、アジタマ、、トンチャー、タマ味噌、タンタン、す』
『むう〜』

店長はおもむろにタボに麺をぶち込む。と同時に指と指の間にレードルを差し込み、電光石火の早業で丼にカイシ(各タレ)をシュルルルと充填する。

『おお!』

店員とグルーピーが固唾を呑んで、そのアートとも呼べる神技に見惚れている。カッキリ90秒後に茹で麺機から麺をジョワ! と6タボいっぺんに揚げ、店長は『むう!』と低く叫びながら、麺を6丼に一気に滑らせた。麺に絡まっていた熱湯がベジェの曲線を作り、幾重もの放物線を描いて店じゅうに飛び散る。

『アチャッ!』
『アチャチャチャ!』
『アッチャー!』

店じゅうの客が泣き叫ぶが、ドラゴンの店は連日大繁盛なのであった。

(追記)御殿山みなみさんは、現在短歌連作を公募して、ネット内の連作サークル「あみもの」を主宰されてます。提出義務や入会退会のない、「自由参加型の結社」とでも言ったらよいのか、めっちゃ斬新な取り組みです。

毎月60人前後の参加者がおられ、ぼくも第2回から寄せてもらってます。今年からは、歌だけでなく評も募集をかけるとのこと。短歌、最近気になってるね〜んという方がおられましたら、ぜひ覗きに来て下さい!

【海音寺ジョー】
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あみもののブログのアドレス http://amimonotanka.blogspot.com/