[4714] ニンゲンの、バッテリー◇学校のユーロマンガコースのお話

投稿:  著者:  読了時間:23分(本文:約11,400文字)



《要するに演出力》

■ショート・ストーリーのKUNI[241]
 ニンゲンの、バッテリー
 ヤマシタクニコ

■ローマでMANGA[138]
 学校のユーロマンガコースのお話
 Midori




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■ショート・ストーリーのKUNI[241]
ニンゲンの、バッテリー

ヤマシタクニコ
http://bn.dgcr.com/archives/20190117110200.html
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「はーい、宇宙放送ぶっちぎりの人気ワイドショー、『ワチニンコ3時です』の時間がやってきました~」

「今日もはりきってやっていきましょ~。私は司会のビビリッテンです」

「同じく司会のレッツラゴです。さっそく今日のテーマですが、なんと、はるか昔に死せる星となった、あの地球にレポーターが行ってまいりました!」

「え、地球に?! 昔、ニンゲンという生物が栄えていたというあの、地球ですか」

「そうなんです。地球についてはこれまでにも調査隊が何回か訪れて、少しずつその様相があらわになってきた段階ですが、今回はさらにいろんな発見がありそうですね~」

「これは楽しみですね! テレビの前のみなさん、チャンネル替えずに」

「最後までごらんくださいね!」

派手な色彩で埋め尽くされたスタジオに、にぎやかな音楽がかぶさる。ビビリッテンとレッツラゴは当代きっての人気コンビだ。

      *

「さて、今回の調査の最大の発見ですが、調査に同行して先ごろ帰ってこられたばかりの考古学者のワロテンさんに、ずばりお聞きしたいと思いまーす」

指名されたワロテン教授がにこやかに答える。

「はい、ワロテンです。今回、われわれはあるところで発掘調査をしました。地球は広いので、どこから発掘していいのかわかりません。わからないので適当にそこらを掘りました」

「ずいぶんおおざっぱな調査ですね」

「はい。まあ掘れば何か出てきますのでね。で、掘ってみたところ、これはおそらくニンゲンたちの歴史でいうところの、21世紀あたりの地層と思われるのですが、そこからニンゲンの形をしたものがたくさん出てきたんです」

「え、ニンゲンの形? ニンゲンではないがニンゲンの形をしているということですね?」

「はい。材質はプラスティックのようです。AIなどは搭載されておらず、きわめて簡単な構造でした。単に外観をニンゲンに似せて作っただけなのですね」

「ほー。あ、画像が出ましたね。はいはい、確かにニンゲンの形ですね。手が2本、足も2本」

灰色の土の中になかば埋まったものが映し出される。ニンゲンの死体が折り重なっているように見える。

「その右端のやつ、どことなくビビリッテンに似てるなあ」

「あほなこと言うな。なんでおれが足2本やねん、歩かれへんわ! ……失礼しました、ワロテンさん。で結局これは何なんでしょう」

「はい。いろんな可能性が浮かびますね。まず最初は副葬品という可能性です。地球の歴史をひもといてみるに、過去には王が死んだときには部下も一緒に埋葬されることがあったのですね」

「ああ、聞いたことあります。それに代わるものとして、土でつくった人形を埋めるようになったとか。確か、ハニワとか。え、するとこれはハニワみたいなもんですか?」

「可能性としては一応ありますが、21世紀にそれほど強大な権力を誇った君主がいたかという疑問があります。次にロボットの試作品という説。当時はようやくロボットというものを、ニンゲンたちも現実のものとして考え始めたころでした」

「なるほど」

「しかし、造りがあまりにも雑なことから、ちょっと違うような気がします。マネキンだろうという説もあるんですが、それは違うと思う。なぜなら、このニンゲン型のものの足にはキャスター、つまりコマがついているんです」

ぐーんと画像がアップになる。

「あ、ほんまですね!」

「キャスターや! マネキンにキャスターは……ふつうないですよね。といってもニンゲンの考えることはわかりませんけど、なんか、違うような気がしますね」

「はい、そこで私の推理ですが、これは、ニンゲン型モバイルバッテリーではないかと思うのです」

「ニンゲン型モバイルバッテリー?!」

「何なんですか、それ」

ワロテン教授はえへんとひとつ、咳払いをした。

「まず、当時のニンゲンたちはたいへん不自由な生活をしていたということがあります。われわれから見ればきわめて稚拙ではあるが、一応コンピューターはそれなりに普及していました。携帯電話も普及していて、子どもから大人まで一人10個くらい持っていたようです」

「え、10個」

「電話がそんなにたくさん必要だったんですか」

「まあくわしいことはわかっておりません。資料などから類推してだいたいそんなものだろうと。当時はコンピューターをカフェに持っていって『どや顔』をするのが流行っていたようですし、携帯電話をたくさん持って見せびらかすことで部族内の尊敬を勝ち得たと思われます」

「なるほどー」

「ありそうな話ですよねー」

「で、コンピューターを使うにしても携帯電話やカメラを使うにしても、問題はそれに必要なバッテリーや充電器です。あ、えっと、このバッテリーというのはですね、われわれの認識ではクマメワクン、に似てはいるがもっともっと原始的な形態で性能も低いもの、そうですね、コメンタラリンに近いものと思っていただければいいかと。その、コメンタラリン、ではないバッテリーが不可欠なのにもかかわらず品質が悪いせいで、外で使おうと思ってもすぐに切れるのです。充電できるところも限られていました。『もしもし、ぼくやけどな』で、もうバッテリーが切れる。バッテリーを替えて『今晩めしいらん』でまた切れて『予定やったけどやっぱりいる』で切れて『と思うねんけどどないしよ』と言うと、しまいにバッテリーではなく奥さんが切れる」

「難儀ですね。それやったら携帯の意味がない。公衆電話にしたらええのに」

「公衆電話など使っていると部族内でさげすまれるのです」

「あーなるほど」

「パソコンも同じでして、掲示板などにカキコしようとすると」

「カキコ!」

「コメントを書き込むことです。当時のトレンドだったんですね。カキコするのはイケテル男の特権でした」

「イケテル男!」

「いい男のことです。そのイケテル男がカキコしようとしても途中でバッテリーがあがってしまう。だいたい140字でなくなるのですが、この現象をツイッターと言ったようです」

「へー」

「そんなわけで当時のニンゲンたちはバッテリーを常に数十個、人によっては100個くらい常時持ち歩いていました。パソコンも携帯電話もカメラもどんどんスリムに、スタイリッシュになっていきましたが、バッテリーや充電器がごついので全然意味がありません。通勤・通学するニンゲンたちは泥棒かというような大荷物を背負って満員電車に乗り込むので、ほとんど毎日死にかけてました」

「えー、まじですか。そんなもん、たとえばドンタコをちょっとタラリンドしてグオングオンすれば済むことじゃないですか。小学校で習いましたよ」

「最近はそれらすべてがひとつにまとまる、ジョーモンというのもありますよね。どこでも売ってますやん」

「ビビリッテンさんやレッツラゴさんがそう思われるのも無理ないんですが、そこはまあ、ニンゲンにとってはドンタコもタラリンドもまだまだ未知の世界なんですね。グオングオンに至っては理解できないでしょうし、ましてジョーモンなど、見たら腰を抜かすでしょう。なにしろニンゲンの脳はピシチュキン程度だそうですから」

「えー!」「わおー」

「そして、次第にニンゲンたちは考えるようになっていきました」

「ほお。新しい技術で重いバッテリーを不要にした!」

「ではなく、バッテリーや充電器が重くて大きいのは仕方ない、そういうものだとあきらめることにしたのです」

「なんと!」

「そこで出来たのがニンゲン型モバイルバッテリーなのです。ニンゲンの成体とほぼ同じ大きさですが、これ一体でパソコンや携帯電話やカメラの、一日に必要な電力をカバーする。そしてキャスターをつけたので、楽に移動できます。ほんとは自動走行できたらよかったんでしょうが、それにはさらにバッテリーがいるのでややこしいからあきらめた。そして、通勤・通学するニンゲンたちは各自一体ずつこのバッテリーの手を引いて行ったわけです」

「まあ、もともとものすごい数のバッテリーを持ち運んでいたことを思えば、そのほうがましなんでしょうね」

「そうですね。ニンゲン型だったらなんとなく親しみがわくということもありますね。当時は人口減が進んでいて、ニンゲンたちは危機感を持っていたようですが、見かけだけでもニンゲンが増えたようで、なんとなく好評だったんじゃないでしょうか」

「ニンゲン、単純すぎ!」

「ほんまや!」

「このへんで、ブンドッコ先生に伺ってみましょう。いかがですか、このニンゲン型モバイルバッテリー。ブンドッコ先生はニンゲンの言語はじめ、今は滅びた古代言語について研究しておられるということですが」

「いや、非常に興味深いですね。実は私ね、ちょうど、ニンゲンの20世紀から21世紀にかけての言語資料にあたってたところなんですがね、頻出する言葉のひとつに『これでバッチリだ』とか『そらもうバッチリでんがな』とか、時には『バッチリバチバチでんがな!』とかいうのがあるんですね。

なんらかの肯定的な意味合いだとは推測できるものの、いまいちよくわからなかったんですが、ひょっとして『バッテリー』から来た言葉かもしれませんね、ニンゲンの日常生活においてそんなにもバッテリーが重要なものだったとしたら。

たとえばですね、自分はお金持ちでバッテリーもたくさん所有しているとね、何の心配もないというね、すがすがしい状態のとき、それを喜びの感情とともに『バッテリー!』と叫ぶことがあったんではないでしょうか。そしてそれが次第になまって、バッテリー、バッテリー、バッテリ、バッテリ、バッチリ、……と」

「そうだ、それにちがいないですよ!」

「謎が解けましたね、私ね、今度の学会で発表したいと思います!」

ゲストで料理研究家のドロドローン博士も、わざわざ手を上げて発言した。

「私は長年、ニンゲンの食べものについて研究してきたんですが、最近入手した資料によると『バッテラ』という食べものがあったらしいんです。ひょっとしてこれもバッテリーから来ていると、思われませんか?!」

「バッテリー、バッテリー、バッテリバッテリ……バッテラ?! うーん、そうですよ、きっと!」

スタジオ中が湧いた。よくわからないが、湧いた。ドロドローン先生も感動しながら言った。

「そうですよね! 形から来たのかそれとも色やにおいからきたのか、よくわからないが、『バッテリーのような食べもの』がバッテラなんだ、そうなんだ」

「どんな食べものなんでしょうね。ドロドローン博士の想像では」

「うーん、私はなんとなく四角いものを想像していたのですが、ニンゲン型バッテリーが普及していたとすると、ニンゲン型バッテリーの形をした食べものかもしれませんね」

「えっと、ニンゲン型バッテリーの形というと、つまり、ニンゲンの形ということでよろしいでしょうか。手が2本で足が2本で……ええっ?」

「ちょっとひきますね!」

「いやあ、そんな食べものが出てきたら、私ならびっくりしてあだぷたしますね、バッテリーなだけに!」

「うおおおお、さすがブンドッコ先生!」

「おあとがよろしいようで」

「ではまた明日!」

司会者やコメンテーターが一斉に、たった一本だけの足を高速回転させながらあいさつした。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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「スマホを落としただけなのに」という映画が最近あったが、この間、iPhoneをなくしかけた。郵便局で「ゆうぷりタッチ」(郵便局からメルカリの発送をするときに使うQRコードリーダー)を使ったあと、その近くに置いたままになってたみたいだ。幸い親切な人が窓口に届けてくれて無事に手元に戻ったが、気をつけなくちゃーと思った。最近立て続けにハンカチ3枚なくしたばかりだしな……。


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■ローマでMANGA[138]
学校のユーロマンガコースのお話

Midori
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●新年初授業

昨年度から始まった正式コースのユーロマンガは、昨年10月の新学期でようやく2年目へ突入した。

日本の「サイレントマンガオーディション」への参加を、授業の一環にしている。幸い、毎回マチマチだった締め切りが定まったので、授業に安心して組み込める。春の回は3月末日。クリスマス休みが明けた1月始めの授業から、授業と一緒にオーディションへの準備を始める。

授業は火曜日と金曜日で、私は金曜日の担当。1月の授業は火曜から始まって、生徒は火曜にオーディション応募作品のアイデアを担当講師が出させた。

なんと説明したらいいかな。日本のこういう専門学校で仕事をしたことがないので、こちらと同じ仕組みになのかどうかわからない。こちらでは、講師は契約雇用ではなく、部外の協力者という形をとる。報酬は授業を行った時間で換算する。

昨年は初めてのコースということで、報酬が発生しない火曜日にも顔を出し、授業に口を挟まないけれど生徒たちとコンタクトを取った。

今年は個人的にやることも色々あるし、家の修理の半分引越騒ぎで後片付けもあるし。そこで、自分の授業がある金曜日にだけ顔を出すことにした。

顔を出さなければ、火曜担当の講師と密にコンタクトを取る機会が減る。その講師も時間外に私に、逐一誰がどういうアイデアを出したかと、わざわざ時間を割いて報告しない。

だから、別個に生徒から再び案を提出してもらうことになる。生徒からしてみれば二度手間だ。このことから、イタリアのお役所仕事での利用者側の二度手間、三度手間になる仕組みがよく理解できる。

初めての私の授業時に、アイデアを再び出してもらった。クリスマス休みに出した宿題と一緒に。流行感冒に倒れて欠席の3人、まだアイデアが出ていないという2人を除いて9人が提出。

そのうち8人が、宿題をビニールケースに入れ、宿題の紙にちゃんと名前を大文字で書く、という「他に伝える」ことを実践してくれていた。嬉しいね。これはすべて受け取って、家で見ることにする。

●演出への考え方をどうやったらわかってもらえるか

クリスマス休暇前に提出してもらった宿題を見直していたら、やっぱり一番難しいのは、キャラの感情を表すための技法。要するに演出力。演出の力は経験を積まないとつかないのは当然なんだけど、意味がわかってないということがよく見て取れた。宿題は大事だね。

キャラの感情というのは、顔の表情と台詞だけで出すのではない。その感情を読者に分かってもらうためには、別の演出が必要だ。

例えば、はじめてのデートで緊張してるならコーヒーカップを持つ手が震えてるとか、あるいは、コーヒーが飲みかけのまま減ってないとか、学校で親友が自分が好きな男子と親密にふざけてる場面を見てチクっと胸が痛んだら、なぜか風が吹いてきてゴミが目に入ったとか。

そこで今年最初の授業は、既成のmangaのコピーを見ながら感情を表現する、あるいは、あることを伝えるために作者がどういう演出をしているか分析する授業にした。

何度も同じものを見ればその対象への洞察力が上がるので、コピーは何度も使用する。今回使用したのは、1)ファイアー!(水野英子)の見開き、2)乙嫁語り(森薫)の見開き、3)あっかんべぇ一休(坂口尚)の見開き、4)Wat’sa wpunderful world(浅野いにお)の短編の最初の1ページ

「ファイアー!」から選んだ見開きは、主人公の若きギタリスト兼ボーカルのメンバーの姉に対する憧れ、家庭への憧れを表現するページ。

「姉」がメンバーにステージに上がる前に食べて行きなさいと夕食を用意してくれる。一人っ子だから兄弟が欲しかったな、という主人公に「じゃぁ、お姉さんになってあげるわ」と言い、ほつれたベストを繕ってくれる。「手作りの夕食」と「繕う」という行為が演出だ。

「乙嫁語り」の見開きは、山に住む雄ヤギの全身(読む進行方向に向かって頭を上げて、王者の風格で高台に立っている)。そして頭と目のアップが右ページあり、左ページは雄ヤギがサッと飛び出し、矢が岩に当たる場面。この見開きを見てどういう感覚をおぼえるか、生徒に言ってもらう。

表現の読み方、とでも言える分析力がまだ乏しいというか、受けた感覚を言葉に置き換える能力が乏しいというか、目ぼしい答えが返ってこない。

雄山羊の雄々しさは、次に出てくる未熟な少年との対比であり、背景の雄大な山は雄ヤギと主人公たちが住む環境の厳しさと、それが日常であることを示している。

浅野いにおの作品は、日常生活の中の小さな機微を描き、その機微を表現する演出に長けていると思う。

例に使ったのは、オムニバス形式の中の「8th Untitled」という作品。開始の1ページ目だから左ページ。縦に三段横長のコマがあり、一コマ目:読者の視線が入る右上にはトーンを貼ってグレーになった雑草があり、そのやや下にビールの空き缶が配置され、ほんの数センチの水かさの川に捨ててある。缶と雑草の下は影で黒くなっている。

画面の左側には、ちょっと背の高い雑草がツンツン生えているこの「ツンツン」と缶と雑草の下の黒は大事な表現なのだ。「ちょっと痛い」のだ。そして、水かさの低い川は「淀んでいる」。

真ん中の二コマ目は橋の遠景。コマのほぼ中央に橋が渡り、橋の真ん中に主人公の女の子がいて下を覗いている。

コマの真ん中にある橋は「宙吊り」なのだ。いにお氏はこのコマ、橋の上の空に雲を描かずに白く残した。橋とその下の土手はコンクリで、やはり白く残している。川はややグレー。殺風景で寒くて痛い。

最初の二コマで、この短編のトーンを語ってしまった。凄腕だね。

三コマ目では、さっさと主人公の紹介に入る。主人公の顔のアップ。髪を染め(白い)ピンで無造作に前髪を止めていて、身なりに構わない大雑把な子、あるいは外見に気を使う心境にない子、だと示している。

髪を染めるくらいだから、本当は外見にこだわりはあるのかもしれない。何が彼女をそうさせるのか、ページをめくって知りたくなりますね。

このページに対しても、一応生徒に何を読み取れるか聞いてみた。期待せずに。とりあえず、少しでも考えて欲しいから。前回の投稿で挙げた「優秀生徒」の四人はよく発言する。

結局のところ、学ばねばならない事に比べて授業数が十分でない、ということなので、来年度からはこの演出に初めから集中してしまった方がいいような気がしてきた。

●SMA(サイレントマンガオーディション)へのアイデア

学校の授業日に提出しなかった生徒のために、後で送ってくれるように、授業の終わりに私のメールアドレス、電話番号、フェイスブックアカウントを黒板に書いた。

初めて披露したわけではない。最初の授業でも黒板に書いた。それなのに、今更のようにスマホで写したり、書き取ったりする生徒多数。何度も何度も繰り返すコマーシャルが有効なわけだ。

日本で利用者が多いLINEと同じ機能を持つ、WATTSAPPというアプリがこちらでは主流で、この日、すでに出来ていたクラスのグループに組み込まれた。クラス全員が入っているので、緊急連絡や授業外でネームのお直しを伝えたりできるので便利だ。

アイデアへの感想をWATTSAPPで書き送った。スマホで打ち込むのは、どうも誤打が多くなるので、iPadのGoogleドキュメントで作成し、それをスマホで開けてコピペでWATTSAPPに送る。便利なのか不便なのか、よくわからないけど。

次から次へと送っていると、次から次へと返事が来て、ビービーとうるさく鳴るスマホ。次から次へと返事を書き送って、何というか、充実した数時間を過ごした。

SMAは毎回テーマがあって、今回は「約束」。ほとんどが「子供の頃仲良く遊んだ二人が将来になにか(結婚とか、助け合うとか)約束して、離れ離れになり、成長してから再会して約束を果たす」というパターンだ。

まぁ、SMAで見るのは、ストーリー自体の面白さではなく表現力だから、いいんだけど、時間の経過を表現するのって難しいよね。あまり結果に期待できないなぁ、と思ってしまったのだが、導く方の力不足でもある。

クラスの14人の他に、かつての教え子一人、去年の教え子一人がおずおずという感じで連絡を取ってきて、SMAに参加するつもりだけど、ネームを見てくれないかと言ってきた。もちろん、見る。

2017年に散々お直しをして、グランプリを取ったエレナの夢よ、もう一度!これが仕事になると一番いいのだけどね。

かつての教え子二人のアイデアは、クラスの大半のアイデアよりストーリーとして面白い。私の手元から二人、三人と受賞者が出てプロへの道を歩いていくようになるといいなぁ。


【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師/将来キーボード奏者】

クリスマスに旦那と息子とが共同で電子オルガンをプレゼントしてくれた、と大晦日のご挨拶に書いた。CANONのかなり本格的なキーボードで、一人でオーケストラをやれる機種だ。

音楽はいいよね。子供の頃、母親の夢でヤマハのオルガン教室に二年ほど通わされた。これ以上続けるためにはピアノを買ってくださいと言われたそうで、母によるとずるく「どうする? 続ける?」と幼いみどちゃんに聞いたそうだ。

毎日の練習に嫌気がさしていたみどちゃんは、「おんがくは聞くのが好きなの」と答え、無事にピアノに出費せずに済んだというわけだ、と電子オルガンをプレゼントされたことを報告した年始の電話で言っていた。

Apple Storeで「シンプルピアノ」というアプリをダウンロードし、無料の一週間試してみて、よさそうなので一年分支払って全行程使えるようにした。

それ以来、義務から逃げたい性癖も手伝って、毎日30分は行程にそって練習している。右手だけのドレミファソから始まって、12日経った今、右手も両手も1オクターブ(白い鍵盤だけね)、全音符、二分音符、四分音符、八分音符の音の長さと違いを、ちゃんと演じることを要求されるまで来た。

楽譜を読めるようになってきてるのもすごい。目標の「月の光」にはまだ遠い。よく出来たアプリで、その丁寧さ、シンプルから複雑への持って行きかたがうまくて、授業作りの参考になりそう。

[注・親ばかリンク] 息子のバンドPSYCOLYT


MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
https://www-indies.mangabox.me/episode/58232/

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
http://midoroma.blog87.fc2.com/

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編集後記(01/17)

●偏屈映画案内:「グラン・トリノ」2008 アメリカ
こんな人生の決着のつけ方があったのか! 監督、プロデューサー、主演がクリント・イーストウッド。これはとてもわかりやすい映画だ。戦場でのトラウマを抱える初老の男ウオルトが、妻を亡くしますます頑固で偏屈になっていくが、なりゆきで隣家のモン族の少年を、一人前の男に仕上げるという話。

シンボルとなるのが、彼が所有する1972年製のグラン・トリノ ファストバックで、彼が50年フォードで働いて得たヴィンテージ・カーである。妻の葬式のシーンから始まるが、頑固なウオルトが息子夫婦たちに疎まれているのがよくわかる。星条旗が掲げられたテラスで、缶ビールを飲みタバコをすう日常。

隣家の少年タオが彼の愛車を盗もうと忍び込むが、銃を構えた彼を見て逃走する。この軟弱タオは、従兄も混じる5人のギャングから脅されていたのだ。病んだ国の象徴か、ギャングどもは絵に描いたような劣悪さである。タオとその姉スーをギャングどもから救い、父親のいない彼らとは親しくなるのだが、ウオルトがギャングの一人を叩きのめした報復に、スーが暴行されてしまう。

ウオルトは悔やむ。ギャングが消え失せるまでは、タオもスーも幸せには暮らせない。タオには重荷を背負わせず、自分一人で決着をつけることにする。悪口合戦を楽しむイタリア人の床屋に行き、初めて髭もあたってもらう。スーツも誂えた。自分の葬儀用だ。若い神父に懺悔もした。たいした内容ではないが。

復讐を決意し興奮するタオを、欺いて地下室に閉じ込める。「お前に重荷をしょわせない。おれが一人で決着をつける」。彼は一人でギャングの巣窟の前に立つ。怯えたギャングどもは銃を構える。5人も相手にしてどういう作戦なんだ。悠々とタバコをくわえ、「火をよこせ、ないのか?」と問う。

巣窟の上階に住む人々がなりゆきを見ている。「なら、俺は自分のライターを出す」といいながら、懐に手を入れ何かを出す。たちまち蜂の巣になるが、ウオルトの手にはライター。武器は何ももっていない。丸腰のウオルトが、ギャングどもに射殺されたという構図である。即座に逮捕された彼らに明日はない。

なるほど、こういう手があったのか。ウオルトは血を吐く重病だと知ったから、他殺に見える効果的な自殺をはかったとも考えらえる。銃の手入れしていたから、当然、彼はギャングと撃ち合うものと思っていた。それが普通の見方であろう。彼は自分の人生の落とし前をつけた。いい死に場所を得たのである。

葬式シーンは見事にあっさり終え、弁護士から遺言が読み上げられる。「妻の望みと思うので家屋は教会に委ねる」で、この家を狙っていた息子夫婦は落胆する。いい気味だ。「遺言状をそのまま読ませて頂く。最期に私が所有する72年型グラン・トリノを贈る相手は(一呼吸置く、鼻ピアスの姪は当然自分の名前を期待するが……)我が友タオ・ヴァン・ローに譲渡する」いい気味だ。

続いて「豆食いメキシコ人のように車のルーフを切らずクズ白人のようにペンキで車体に炎など描かぬこと。また後部にカマっぽいスポイラーなど付けぬこと。あれはクソだ。それさえ守れるなら、あの車はお前のものだ」わはは。わたしはヴィンテージカーより、この映画に出てきた老犬の方が好きだ。また、いつもステキな悪態合戦する、イタリア人の床屋との関係も大好き。(柴田)

「グラン・トリノ」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00FIWDAY8/dgcrcom-22/


●阪神大震災から24年。/部族内の尊敬(笑)。ヤマシタさんの視点好きだ〜!/演出力か……。

/トイレの電気が点かなくなった。昨年の台風で停電にはならなかったが、電気がつかないというだけで、とても不安になった。ドアを少し開けてするのは落ち着かないし、レジ袋を被せた懐中電灯(非常時に良いとあった)はムード作りにはいいかもしれないが、ピンポイントすぎた。

電灯の状況や品番を確認するにも、暗くてよく見えない。懐中電灯を照らそうとしたら片手が塞がってしまう。ヘッドライト買っとけば良かった。

暗い中、カバーをはずしスイッチ類や配線コードを触ってみたが点灯せず。電球をはめ直してみたり、ブレーカーのオンオフをしてみたが変わらず。説明書PDFのトラブルシューティングを試したが暗いまま。なので新しい電球を買いに行った。続く。 (hammer.mule)