ショート・ストーリーのKUNI[241]ニンゲンの、バッテリー
── ヤマシタクニコ ──

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「はーい、宇宙放送ぶっちぎりの人気ワイドショー、『ワチニンコ3時です』の時間がやってきました~」

「今日もはりきってやっていきましょ~。私は司会のビビリッテンです」

「同じく司会のレッツラゴです。さっそく今日のテーマですが、なんと、はるか昔に死せる星となった、あの地球にレポーターが行ってまいりました!」

「え、地球に?! 昔、ニンゲンという生物が栄えていたというあの、地球ですか」

「そうなんです。地球についてはこれまでにも調査隊が何回か訪れて、少しずつその様相があらわになってきた段階ですが、今回はさらにいろんな発見がありそうですね~」

「これは楽しみですね! テレビの前のみなさん、チャンネル替えずに」

「最後までごらんくださいね!」

派手な色彩で埋め尽くされたスタジオに、にぎやかな音楽がかぶさる。ビビリッテンとレッツラゴは当代きっての人気コンビだ。




      *

「さて、今回の調査の最大の発見ですが、調査に同行して先ごろ帰ってこられたばかりの考古学者のワロテンさんに、ずばりお聞きしたいと思いまーす」

指名されたワロテン教授がにこやかに答える。

「はい、ワロテンです。今回、われわれはあるところで発掘調査をしました。地球は広いので、どこから発掘していいのかわかりません。わからないので適当にそこらを掘りました」

「ずいぶんおおざっぱな調査ですね」

「はい。まあ掘れば何か出てきますのでね。で、掘ってみたところ、これはおそらくニンゲンたちの歴史でいうところの、21世紀あたりの地層と思われるのですが、そこからニンゲンの形をしたものがたくさん出てきたんです」

「え、ニンゲンの形? ニンゲンではないがニンゲンの形をしているということですね?」

「はい。材質はプラスティックのようです。AIなどは搭載されておらず、きわめて簡単な構造でした。単に外観をニンゲンに似せて作っただけなのですね」

「ほー。あ、画像が出ましたね。はいはい、確かにニンゲンの形ですね。手が2本、足も2本」

灰色の土の中になかば埋まったものが映し出される。ニンゲンの死体が折り重なっているように見える。

「その右端のやつ、どことなくビビリッテンに似てるなあ」

「あほなこと言うな。なんでおれが足2本やねん、歩かれへんわ! ……失礼しました、ワロテンさん。で結局これは何なんでしょう」

「はい。いろんな可能性が浮かびますね。まず最初は副葬品という可能性です。地球の歴史をひもといてみるに、過去には王が死んだときには部下も一緒に埋葬されることがあったのですね」

「ああ、聞いたことあります。それに代わるものとして、土でつくった人形を埋めるようになったとか。確か、ハニワとか。え、するとこれはハニワみたいなもんですか?」

「可能性としては一応ありますが、21世紀にそれほど強大な権力を誇った君主がいたかという疑問があります。次にロボットの試作品という説。当時はようやくロボットというものを、ニンゲンたちも現実のものとして考え始めたころでした」

「なるほど」

「しかし、造りがあまりにも雑なことから、ちょっと違うような気がします。マネキンだろうという説もあるんですが、それは違うと思う。なぜなら、このニンゲン型のものの足にはキャスター、つまりコマがついているんです」

ぐーんと画像がアップになる。

「あ、ほんまですね!」

「キャスターや! マネキンにキャスターは……ふつうないですよね。といってもニンゲンの考えることはわかりませんけど、なんか、違うような気がしますね」

「はい、そこで私の推理ですが、これは、ニンゲン型モバイルバッテリーではないかと思うのです」

「ニンゲン型モバイルバッテリー?!」

「何なんですか、それ」

ワロテン教授はえへんとひとつ、咳払いをした。

「まず、当時のニンゲンたちはたいへん不自由な生活をしていたということがあります。われわれから見ればきわめて稚拙ではあるが、一応コンピューターはそれなりに普及していました。携帯電話も普及していて、子どもから大人まで一人10個くらい持っていたようです」

「え、10個」

「電話がそんなにたくさん必要だったんですか」

「まあくわしいことはわかっておりません。資料などから類推してだいたいそんなものだろうと。当時はコンピューターをカフェに持っていって『どや顔』をするのが流行っていたようですし、携帯電話をたくさん持って見せびらかすことで部族内の尊敬を勝ち得たと思われます」

「なるほどー」

「ありそうな話ですよねー」

「で、コンピューターを使うにしても携帯電話やカメラを使うにしても、問題はそれに必要なバッテリーや充電器です。あ、えっと、このバッテリーというのはですね、われわれの認識ではクマメワクン、に似てはいるがもっともっと原始的な形態で性能も低いもの、そうですね、コメンタラリンに近いものと思っていただければいいかと。その、コメンタラリン、ではないバッテリーが不可欠なのにもかかわらず品質が悪いせいで、外で使おうと思ってもすぐに切れるのです。充電できるところも限られていました。『もしもし、ぼくやけどな』で、もうバッテリーが切れる。バッテリーを替えて『今晩めしいらん』でまた切れて『予定やったけどやっぱりいる』で切れて『と思うねんけどどないしよ』と言うと、しまいにバッテリーではなく奥さんが切れる」

「難儀ですね。それやったら携帯の意味がない。公衆電話にしたらええのに」

「公衆電話など使っていると部族内でさげすまれるのです」

「あーなるほど」

「パソコンも同じでして、掲示板などにカキコしようとすると」

「カキコ!」

「コメントを書き込むことです。当時のトレンドだったんですね。カキコするのはイケテル男の特権でした」

「イケテル男!」

「いい男のことです。そのイケテル男がカキコしようとしても途中でバッテリーがあがってしまう。だいたい140字でなくなるのですが、この現象をツイッターと言ったようです」

「へー」

「そんなわけで当時のニンゲンたちはバッテリーを常に数十個、人によっては100個くらい常時持ち歩いていました。パソコンも携帯電話もカメラもどんどんスリムに、スタイリッシュになっていきましたが、バッテリーや充電器がごついので全然意味がありません。通勤・通学するニンゲンたちは泥棒かというような大荷物を背負って満員電車に乗り込むので、ほとんど毎日死にかけてました」

「えー、まじですか。そんなもん、たとえばドンタコをちょっとタラリンドしてグオングオンすれば済むことじゃないですか。小学校で習いましたよ」

「最近はそれらすべてがひとつにまとまる、ジョーモンというのもありますよね。どこでも売ってますやん」

「ビビリッテンさんやレッツラゴさんがそう思われるのも無理ないんですが、そこはまあ、ニンゲンにとってはドンタコもタラリンドもまだまだ未知の世界なんですね。グオングオンに至っては理解できないでしょうし、ましてジョーモンなど、見たら腰を抜かすでしょう。なにしろニンゲンの脳はピシチュキン程度だそうですから」

「えー!」「わおー」

「そして、次第にニンゲンたちは考えるようになっていきました」

「ほお。新しい技術で重いバッテリーを不要にした!」

「ではなく、バッテリーや充電器が重くて大きいのは仕方ない、そういうものだとあきらめることにしたのです」

「なんと!」

「そこで出来たのがニンゲン型モバイルバッテリーなのです。ニンゲンの成体とほぼ同じ大きさですが、これ一体でパソコンや携帯電話やカメラの、一日に必要な電力をカバーする。そしてキャスターをつけたので、楽に移動できます。ほんとは自動走行できたらよかったんでしょうが、それにはさらにバッテリーがいるのでややこしいからあきらめた。そして、通勤・通学するニンゲンたちは各自一体ずつこのバッテリーの手を引いて行ったわけです」

「まあ、もともとものすごい数のバッテリーを持ち運んでいたことを思えば、そのほうがましなんでしょうね」

「そうですね。ニンゲン型だったらなんとなく親しみがわくということもありますね。当時は人口減が進んでいて、ニンゲンたちは危機感を持っていたようですが、見かけだけでもニンゲンが増えたようで、なんとなく好評だったんじゃないでしょうか」

「ニンゲン、単純すぎ!」

「ほんまや!」

「このへんで、ブンドッコ先生に伺ってみましょう。いかがですか、このニンゲン型モバイルバッテリー。ブンドッコ先生はニンゲンの言語はじめ、今は滅びた古代言語について研究しておられるということですが」

「いや、非常に興味深いですね。実は私ね、ちょうど、ニンゲンの20世紀から21世紀にかけての言語資料にあたってたところなんですがね、頻出する言葉のひとつに『これでバッチリだ』とか『そらもうバッチリでんがな』とか、時には『バッチリバチバチでんがな!』とかいうのがあるんですね。

なんらかの肯定的な意味合いだとは推測できるものの、いまいちよくわからなかったんですが、ひょっとして『バッテリー』から来た言葉かもしれませんね、ニンゲンの日常生活においてそんなにもバッテリーが重要なものだったとしたら。

たとえばですね、自分はお金持ちでバッテリーもたくさん所有しているとね、何の心配もないというね、すがすがしい状態のとき、それを喜びの感情とともに『バッテリー!』と叫ぶことがあったんではないでしょうか。そしてそれが次第になまって、バッテリー、バッテリー、バッテリ、バッテリ、バッチリ、……と」

「そうだ、それにちがいないですよ!」

「謎が解けましたね、私ね、今度の学会で発表したいと思います!」

ゲストで料理研究家のドロドローン博士も、わざわざ手を上げて発言した。

「私は長年、ニンゲンの食べものについて研究してきたんですが、最近入手した資料によると『バッテラ』という食べものがあったらしいんです。ひょっとしてこれもバッテリーから来ていると、思われませんか?!」

「バッテリー、バッテリー、バッテリバッテリ……バッテラ?! うーん、そうですよ、きっと!」

スタジオ中が湧いた。よくわからないが、湧いた。ドロドローン先生も感動しながら言った。

「そうですよね! 形から来たのかそれとも色やにおいからきたのか、よくわからないが、『バッテリーのような食べもの』がバッテラなんだ、そうなんだ」

「どんな食べものなんでしょうね。ドロドローン博士の想像では」

「うーん、私はなんとなく四角いものを想像していたのですが、ニンゲン型バッテリーが普及していたとすると、ニンゲン型バッテリーの形をした食べものかもしれませんね」

「えっと、ニンゲン型バッテリーの形というと、つまり、ニンゲンの形ということでよろしいでしょうか。手が2本で足が2本で……ええっ?」

「ちょっとひきますね!」

「いやあ、そんな食べものが出てきたら、私ならびっくりしてあだぷたしますね、バッテリーなだけに!」

「うおおおお、さすがブンドッコ先生!」

「おあとがよろしいようで」

「ではまた明日!」

司会者やコメンテーターが一斉に、たった一本だけの足を高速回転させながらあいさつした。


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「スマホを落としただけなのに」という映画が最近あったが、この間、iPhoneをなくしかけた。郵便局で「ゆうぷりタッチ」(郵便局からメルカリの発送をするときに使うQRコードリーダー)を使ったあと、その近くに置いたままになってたみたいだ。幸い親切な人が窓口に届けてくれて無事に手元に戻ったが、気をつけなくちゃーと思った。最近立て続けにハンカチ3枚なくしたばかりだしな……。