ローマでMANGA[139]敏感なテーマで「事件」が起きた
── Midori ──

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ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりしていきます。

●ストーリーボードでもたもた

マンガ学校のユーロマンガコース。コアミックス社のサイレント・マンガ・オーディション(SMA)への参加を授業の一環にしていることは、すでに書いた。
http://www.manga-audition.com/japan/


1月から、SMAへ向けてストーリーのアイデア出しが始まった。よく訳のわからない、ただひたすらオドロオドロしいストーリーを出してきた生徒が二人ほどいたが、ダメ出しをして、意味がわかる素直なストーリーにして変えさせることが出来た。

どうも、なにか突飛な話を描こうとする傾向があるみたい。演出力のなさを奇抜さでカバーしようと、無意識に考えるんじゃないかな。

ここへ来て14人の生徒間で、作業の進み具合にかなり差が出てきた。とりあえず全員、ストーリーのアイデアはOKが出ている。





今まで宿題や課題の結果が良かった4人は、次々とストーリーボードにOKが出て、原稿用紙に下書きを始めた。 ストーリーボードを仕上げていない生徒が一人。 残りの9人はストーリーボードを一回提出したものの、お直しでもたもたしている。

授業は週に2日なので、それ以外にもソーシャルやメールで送って来るように言っているのだけど、一向に送ってこない。まぁ、人のことは言えないけど、作業が遅い。漫画制作の経験がないほど作業が遅い。

来年度は、授業が始まる前に8ページの短編を仕上げてくることを条件にしようかと、真剣に考えている。自分で何か作ったことがある生徒ほど、私の授業の理解度が深くなるからだ。

ペンの使い方とか、顔の描き方などは、先生のやり方を見ながら、あるいは指導を受けながら自分でも上達具合がわかるし、目に見えることなので練習の仕方もわかる。

演出のしかた(manga文法)は言葉で講師の講義を聞いて、その内容がわかっても、それで習ったことを即自分の作品に反映できない。

あれこれ探っていたら、この本にぶつかった。
尾崎将也著「3年でプロになれる脚本術」
http://ozakimasaya.jp/blog/2016/12/post-58.php

https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309277845/dgcrcom-22/


この本の「はじめに」にある、「自転車に乗れる人が、乗れない人に自転車に乗る方法を教えるのはとても難しいことです。乗れる人は、自転車にまたがって前に進もうと思ってペダルを漕ぐだけで済みます。すでにその人の中で自転車に乗るということが無意識化されてしまっているからです。その状態をいざ言葉にして説明しろと言われても、すごく難しいことです。」

それ、それ。それをどうやって教えたらいいんだろう。と思って、この本を買うことにした(まだ手元にない)。読んだら感想を書きます。

この著者はテレビドラマの脚本を書く方らしいけど、テレビドラマや映画の脚本作りと、mangaのストーリー作りには共通する部分が多く、私自身、脚本のハウツー本を何冊か持っている。

●炎上の過程を目のあたりにして

そうこうしているうちにその事件は起きた。火曜担当講師首切り事件だ。もちろん、殺傷事件ではない。

火曜担当講師がインスタグラムに投稿した画像(本人が作画)が、「ペドフィリア」にしか見えない、ということが原因だった。

彼は絵の中にいるのは大人二人で、一人を小さい背丈に描いただけだ、と言ったけれど、学校という「企業」は「お客様」である生徒やその親が、また世間がどう見るかに気を配らなければならない。

勃起したソレなどポルノチック、あるいはポルノそのものは学校は問題にしない。講師の中にポルノでデビューした人(仕事になりやすい)やエロチックな話を描いている人は多い。マンガ界では問題にする話ではない。

ペドフィリアは別件。昨今、教会の教区詰めの神父さんのペドフィリアが明るみに出るようになり、保育園や幼稚園での虐待なども表沙汰になって、世間の目は子供に対するあらゆる虐待に敏感になっている。

火曜の彼は子供向けの教室も担当していたから、学校は事が外からもたらされるより前に、とりあえず彼を学校から遠ざけることにした。

問題の絵は、4か月前に投稿し、インスタグラムが削除したという経緯があったらしい。

世間が気がつかなければ、あるいは大きな問題にならなければ、学校はまた復職させるつもりでいたらしいが、火曜担当の彼は退職(休職)勧告を受けてすぐに反撃に出てしまった。Facebookで騒ぎ立てたのだ。

彼がゲイであることは、イタリアの漫画界に席を置く者は(彼を知る人なら)誰もが知っている。彼自身隠さないし。「ゲイを理由に解雇された」と読める投稿をしたのだ。オフィシャルハッシュタグまで作って。

ここで、ソーシャルメディアでどうやって炎上していくのか目のあたりにした。要するに人は(この場合は)、「自分はいい人」の立場で騒ぎ立てるのが気持ちいいのではなかろうか。

学校という「権力」がゲイという「弱者」をいじめた、という構図と、「私はゲイを否定しない、差別しない良い人」という設定を組み合わせて。

「いいね!」を押したり「ひどい!」とコメントする前に、彼の投稿内容をよく読んで、というか、上記の構図に感情的にハマって行かないで(彼の投稿はそのように導いている)自分の頭で判断すれば、「二年間」彼が学校で講師をしていた、というところで、「ゲイを差別する学校が二年間もゲイに講師の道を開くだろうか」と疑問に思うべきなのだ。

そう考えずに「こんな学校で学んだことが恥ずかしい!」とか「2019年にもなってこんなことが起こるなんて信じられない!」とか、次から次へと彼を庇護するコメントが寄せられた。何人も彼の投稿をシェアした。

宣戦布告をしてしまった彼を学校は再度雇わないだろう。というところで、心配すべきはクラスの生徒達のこと。皆若いし、動揺はある。慕っていた先生が突然解雇されたら、それだけで動揺するし、学んでいる学校が弱者の彼を「いじめた」となれば学校への不信感も募ってしまう。

ことが起こった後の初授業は火曜日だった。本来なら解雇された彼の受け持ち。LINEと同じ機能を持つWhatsAppでクラスのグループがあって、「宣戦布告」の投稿を受けてグループ内でも大騒ぎだった。

でも、午後8時前にピタリと投稿が止んだ。治ったわけではなく、私を抜きにして別のグループを作ったということだ。つまり、動揺がさらに大きくなっている可能性がある。

授業の日に知らんぷりしているわけにはいかない。騒いでいる生徒たちは、発端となった画像を見た上で騒いでいるのだろうか。彼の言い分の矛盾に気づいているだろうか。

寝苦しい夜、夢うつつの中でいいアイデアが浮かんだ。感情的にならずに、物語作りの手順で、淡々と事実だけをまな板にあげる。

黒板に「講師が学校から解雇された」と書く(イタリア語だから横書き)。これが物語の核だ。「WHO」と「WHAT」がある。(と、これも書く)

この文の下、「講師」と「学校」から下に向かって矢印を書く。二つの矢印の間に「WHY」と書く。何故それが起こったか。

ここで、「みんなは『講師』のバージョンを知ってるわけだよね」と「講師」から伸びた矢印の近くに、皆に答えを言ってもらってそれを書く。

答えの中に「絵」が出てくるだろうから、四角を描いてその中に「?」を書いて、問題の絵を見た? と聞く。予想では「見ていない」。

実際にこの通りに進めて行って、予想外だったのは、ほぼ半数が問題の絵を見ていたこと。それでも彼の味方であったこと。学校の立場を説明し、少なくも少しは空気が穏やかになった気がする。

ここのところ、だいぶ大人になって、Facebookなどで「ひどい人」を責める投稿を簡単にシェアすることはなくなっていた。

今回、責められる方に近い立場で、大衆がいかにたやすく、「悪いやつ」の言い分は無視して烏合していくのか、また感情に流されていくのか、冷静に見ることができた。皆、気をつけようね。

今のところ、外部から学校を責める、例えばメディアを使った何かは出てきていない。このまま大騒ぎにならないことを祈る。なによりも生徒のために。

そして、後は生徒が無事にすべての授業を終えて、学習すべきを学習してくれることを祈るのみ。いや、祈ってちゃいけない。火曜日の実技の授業も頑張らなければ。


【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】

自分を受け入れ、と「白髪作戦」を始めて半年以上。髪を短くして色がだんだん薄くなって、見た目が少しづつ変わってきた。自分を受け入れの他に、歳をとって、なんだかむさくなってきたのをなんとかしようと、「自分可愛がり」も始めた。

なんのことはない、爪の手入れを専門家にしてもらう、というだけのことだけど。そういうことにお金を使おうと思ったことはなかった。やってもらうと気分がいい。

iPadとアプリSimply Pianoを使った、ピアノのレッスンは続く。エクササイズ3に入り、リズムの練習でLA LA Land中のCity Of Starsをレッスンに使った。スイングのリズムで、しかもスピードが速くて追いつくのが大変だった。

それでもしつこくしつこく練習したら、ほぼ追いつけるようになった。しかも、楽譜を見ながら弾けるようになっていってるのが、我ながらすごい!


[注・親ばかリンク] 息子のバンドPSYCOLYT


MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
https://www-indies.mangabox.me/episode/58232/


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