ショート・ストーリーのKUNI[242]おじいさんが向かっています
── ヤマシタクニコ ──

投稿:  著者:



じいさんたちがごろごろしながらつぶやいた。

「あー、ひまだなあ」
「ひまだね」
「なんかすることないかなあ」
「どんなこと」
「あんまりしんどくなくて」
「楽にできて」
「虫の好かないやつにこき使われるんじゃなくて」
「ストレスがなくて」
「あんまりかっこ悪くなく」
「元手がかからず」
「むしろお金がもうかる」
「そんなうまい話……」
「あるわけないか」
「ないだろうなあ」
「わしらみたいに有能な人材を使わないとは世の中、どうかしてるな」
「まったくだよ。見る目がないんだ」
「ばかばかりだもんな」
「だからこの国は衰退するんだよ」
「そうだ!」
「え、どうした」
「やっぱり思うんだけど、わしらも起業すべきなんだよ!」
「起業?」
「そうとも。じいさんばかりで起業するんだ」
「起業って、どんな?」
「子どもの見守りとか送り迎えだよ、これならできるだろ」
「できるけど、そんなもん、何をいまさら……」
「どこでもやってるよ……」
「だから、今までと違う方法でやるんだよ」





     *

「ママ、今日はぼく、学校の帰りにおばあちゃんちに行くんだね」
「そうよ、ショウタ」
「ママもいっしょに行くんだよね?」
「ううん。用事でいけなくなったの。だから、はい、これ」

ママはショウタにスマホを渡し、画面を何回かタップしてみせた。

「え、何これ。JiJiって書いてあるけど」

「ショウタみたいな子どもが一人であちこち行くのは危険でしょ。このアプリを使えば目的地まで付き添ってくれる人を派遣してくれるの。近くにいる登録メンバーの中からアプリが探してくれるんですって」
「えー、そうなんだ。でも、どんな人を」
「ママに聞いてもわかんないわよ。登録してるメンバーのうちのだれかとしか」
「アバウトだな。よく大切な息子をそんなものに託せるもんだ」
「そんなするどいこと言わないの。頼まれたんだから」
「頼まれた?」
「町内会の会長さんにね。シルバー会の人たちが、メンバーのだれかの知り合いだか親戚だかに頼んでアプリを作ってもらったんだって。それを試してほしいって」
「知り合い? 親戚? 信用できるの、その人」
「知らないわよ。前の会社をくびになって何年かひきこもってた人だとか……いいじゃないそんなこと! ママもなんだか気が進まなかったんだけど、そもそも町内にいる子どもって、あんたとユウコちゃん二人だけだから逃げようがないじゃない。断ってゴミ出しのときに嫌がらせされても困るし」
「ゴミ出しの権利と引き替えにぼくを売り渡したんだ!」
「売り渡してないって! ゆくゆくは有料化するけど今は無料で、駅前の喫茶
『ラメール』のクーポンもつけると言うし」
「そういうのにすぐのせられるのがママのだめなとこだよ!」
「何がだめなのよ! どうして何でもそんなふうにいちいち疑ったり細かい難癖つけたりするの。そういうとこはパパそっくりね!」

話がそれそうなので無視して進めよう。というか、ショウタはいちいち文句を言うが、結局は従うというよくある性格なので、この場合もふだんは許可されてないスマホを持たされ,半分喜んでいたのであった。

授業が終わり、学校を出るとショウタはスマホを取り出し、JiJiを立ち上げた。

   やあこんにちは! JiJiをダウンローロしてくれてありがとう!

「ダウンローロ……」

だれか、校正ミスに気づく人はいなかったんだろうか。早くも不安になる。

   このアプリはひまを持てあましているおじいさんという労働力を活用したナイスで画期的なアプリだよ! 使い方はとても簡単! 行き先を入力して「確定」ボタンをタップするだけ。アプリが近くにいるおじいさんを探してくれるよ。さあ、使ってみよう!

ショウタは年賀状に書いたことのある、おばあちゃんの住所を思い出しながら
入力した。確定ボタンを押した。すると文字列が現れ、小さな円がくるくると
回り始めた。

   探しています……

回転がやんだ。画面には現在地を中心とする地図、その上におじいさんマークがいっぱい表示されている。さすが高齢化が進む街。おじいさんよりどりみどり! その中のひとつに決定。

   おじいさんが向かっています

「なるほど、これは便利で簡単だ! もうぼくのところへ向かってるんだ。でもどんなおじいさんが来るんだろう。あ、ここをタップするとおじいさんのプロフィールが見られるようだ。よし、タップ!」

野崎鉄藏:釣りと将棋を愛する元小学校長。子どもは一男三女、孫7人。毎日スクワット100回、腕立て伏せ100回、腹筋100回で鍛えています。座右の銘は「生涯青春」。てっちゃんと呼んでください。

「ありきたりなじいさんだなあ。元小学校長。うざそう。まあ、ここで待っとくか」

ランドセルをおろし、うんこ座りして待っていると画面が替わった。

   おじいさんがこけました。

「なんだよ、スクワットや腹筋で鍛えてたんじゃないのかい、野崎鉄藏!」

たくさんのおじいさんマークが寄り集まり、わらわらと乱れる。

「何だこれ」

   おじいさんたちがもめています。

「えーっ。いい年して何やってんだ」

   抜け駆けした別のおじいさんが向かっています。

「抜け駆けだって?! いったい事態はどうなってるんだ? その『抜け駆けした別のおじいさん』って……これか」

小松義夫:いつか吉永小百合に会える日を楽しみに生きている76歳。早寝早起きをモットーとしており持病なし。年より若くみられるといつも言われます。特技は皿回しです。

「皿回しを見せてくれるかもしれないな。こいつは楽しみだ!」

と思う間もなく

   そのおじいさんが倒れました。いや、倒されました。

「おいおい小松義夫、どうした、何があった?!」

   おじいさんが向かっています

   おじいさんが向かっています

   おじいさんが向かっています

   おじいさんが向かっています

「なんだよこれ、同じ事を何回も……ネットワークエラーってやつかな?」

画面が変わった。

   おじいさんがたくさん向かっています。一斉に向かっています。

「たくさんって! ちょ、ちょっと待って!」

画面ではおじいさんマークが完全に団子状態。ショウタは青ざめた。

広瀬剛造:80歳、元気です! 妻に先立たれ早20年、独り暮らしを謳歌しております。ちなみに妻は7歳年上でした。よろしくお願いいたします。
亀田儀助:三代続いたちゃきちゃきの江戸っ子の息子、儀助です。毎朝のラジオ体操とダンベル体操でインスタばえするシニアをめざしております。自慢は東京に行ったとき明石家さんまとすれ違ったことです!
吉田孝和:税務署で40年勤め上げました! 人生で最も大切なことは税金を納めることです。確定申告はお早めに!
鯖江昭一郎:苦労をかけた母は私が部長になったことも知らず天国に旅立ちました。ああ母よ、わが魂よ。どうして待ってくれなかった。得意ナンバーは北酒場。聴いて下さい。
権田正道:私を指名してくだされば毎日ひとつ、あなたの人生に必ず役立つことわざをお教えいたします。決して損はさせません!
尾崎雄一:本当は漫画家になりたかったが才能がないのであきらめ、以来、それなりの人生を送ってきました。一度ゆっくりお話しましょう。私の話のほうが村上春樹の小説よりよっぽどおもしろいはずです。
辻本源三:ポケgoのフレンド募集中です。アローラのベトベトンがほしい。モジャンボでも可。

ふと彼方を見ると、もうもうと土煙が上がっているではないか。大勢のおじいさんがわれ先にショウタのもとへと、殴りあい蹴飛ばしあいながら群れをなしてやってくるのだ。

ものすごい騒ぎになっているが、その割に近づいてくるのが遅い。足がもつれ、中には疲れてへたりこんだ人、それに蹴つまずく人、蹴つまずいた人にぶつかられ、本来の目的を忘れてケンカする人もいるからだ。

ショウタは心底おそろしくなった。JiJiの画面を見ると、あった、「キャンセル」ボタンが! ショウタはあわててそのボタンをタップした。

おじいさんたちは一斉にこけた。どてっという音が隣町まで鳴り響いたそうだ。ショウタはひとりでおばあちゃんちに歩いていった。

     *

「あー、まいったまいった。おばあちゃん、こんにちは」
「ショウタかい、よく来たねえ。おやつ用意しといたよ」

おばあちゃんはショウタの好きなものをいっぱい用意して待ってくれていた。

「さっき『まいったまいった』って言ってたけど、何かあったのかい」
「うーん。思い出したくもないばかばかしいことさ」
「そうかい。たいしたことないならいいけど。実はさっきユウコちゃんのおばあさんから電話があって『孫娘がまだ帰らないので心配で』と言うんだよ。昨日会ったときは、学校から付き添ってくれる人を派遣してくれるアプリを入れたので安心だと言ってたんだけどねえ」

いや、それ、安心じゃないから。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
http://midtan.net/

http://koo-yamashita.main.jp/wp/


以前は我が家でも卓上用の「醤油差し」があって、ふつうに使っていた。かつてほど醤油自体使わなくなり、醤油差しも処分。冷や奴とかお刺身のときは、500mlのペットボトルから直接注いでいて、「さすがにこれはあかんやろ」と自分でも思ってた。

たまたま100円ショップで他のものを買っていて、ふと醤油差しが目につき、購入。それを使い始めて、以前なぜ処分したんだったか、理由を思い出した。たまにしか使わないので注ぎ口についた醤油が固まり、穴がふさがってしまうのだ。次に使おうとすると「あれ、醤油出てこない……」と。うっかりひっくりかえしてテーブルが汚れるのもいやだったなあ。やっぱりペットボトルから直でいいか……でも、調べると「蓋付き」や「プッシュ式」もあるようで、それなら問題解決? なのかな?