日々の泡[004]違いを受け入れる【最後の国境線/アリステア・マクリーン】/十河 進

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昨年公開されたドイツ映画「はじめてのおもてなし」(2016年)を面白く見た。現在のドイツの状況がよくわかった。難民問題を取り上げているのだが、コメディにしているので、ニューナチの連中や極右の人種差別主義者が出てきても苦笑いですむ。シリアスに描いたら、ちょっとやりきれない。

先進国のリーダーで唯一まともでまっとうなメルケルさんさえ退陣に追い込まれている現在のドイツの状況を思うと、この映画のように問題が解決したらいいのにな、と叶わぬ願いを抱いてしまう。

狷介で口の悪い老医師リヒャルトがいる。引退を勧められても頑として認めないし、難民センターで奉仕活動をしている移民出身の研修医タレクには嫌味ばかり言っている。手術中に彼にミスを指摘されると、口を極めて罵る。

妻のアンゲリカは元教師で校長の経験もあるが、今は引退している。子供はふたりいるが、独立し家を出ている。息子のフィリップはエリートの企業弁護士で、離婚し男の子をひとり育てている。娘のゾフィは三十を過ぎているのに、まだ「自分探し」の真っ最中で今は大学で心理学を学んでいる。





ある日、難民センターへいき協力を申し出たアンゲリカは、家族が集まった晩餐の席で「難民をひとり受け入れる」と宣言する。夫と息子は反対するが、娘のゾフィは賛成する。その家族の議論が、ドイツ国内の難民支援派と難民受け入れ反対派の対立のようだった。

結局、夫は人種差別主義者と言われるのが嫌で妥協し、家族を殺されたナイジェリア難民のディアロを自宅に受け入れることになる。そこから、「難民受け入れに寛容だったドイツ」の現在の問題が様々に描かれていく。

見終わって、クレジット・タイトルを見ているとき「あれ、センタ・バーガーだったんだあ」と思わず声を挙げた。「上品で、きれいなおばあさんだなあ」と思いながら見ていた一家の母親アンゲリカを演じていたのは、何とセンタ・バーガーだったのである。

僕がセンタ・バーガーを最後に見たのは、サム・ペキンパー監督の「戦争のはらわた」(1977年)だから四十二年も前のことになる。最近の出演作を何本か見たカトリーヌ・ドヌーヴより二歳年上だが、今はセンタ・バーガーの方がずっときれいだ。「はじめてのおもてなし」出演時は七十五歳である。

ドイツ出身の女優というとマレーネ・ディートリッヒが有名だけど、戦後ではヒルデガルド・ネフ、マリア・シェル(マクシミリアン・シェルの姉)、ロミー・シュナイダー、クリスティーネ・カウフマンもいると思って調べてみたら、マリア・シェルもロミー・シュナイダーもセンタ・バーガーもオーストリアのウィーン出身だった。

クリスティーネ・カウフマンもオーストラリア出身である。「サウンド・オブ・ミュージック」(1965年)で描かれたように、オーストリアはナチス・ドイツと合併した。アドルフ・ヒトラーだってオーストリア人だったのだ。ドイツとオーストリアの関係は、密接なのだろうか。

センタ・バーガーが今も現役の女優で、美しさを保っているのを知って僕は大変うれしくなった。昔、とても好きだった女優さんなのだ。改めてネットで調べてみると、「戦争のはらわた」以降の出演作はほとんど日本未公開だった。「はじめてのおもてなし」が四十一年ぶりの日本公開である。三十六歳のセンタ・バーガーが七十五歳になって現れたことになる。まるでタイムマシンだ。

僕が初めて見たセンタ・バーガーは、やはりサム・ペキンパー監督作品「ダンディー少佐」(1965年)だった。忘れられないのはジュリアン・デュビビエ監督の遺作になった「悪魔のようなあなた」(1967年)のヒロイン。人気絶頂期のアラン・ドロンの相手役である。何しろ僕の最愛の作品「冒険者たち」と同じ年に制作されている。

もう一本、僕がどうしても見たい映画に二十歳のセンタ・バーガーが出演している。彼女がハリウッドデビューした「秘密情報機関」(1961年)という、リチャード・ウィドマークが制作し主演したスパイ映画である。六〇年代の冷戦を背景にしたハリウッド映画には、ドイツ人女優の需要が多かったのかもしれない。

センタ・バーガーも六〇年代にはスパイ映画への出演が多い。僕がどうしても「秘密情報機関」を見たいと思っている理由は、アリステア・マクリーンの「最後の国境線」を原作にしているからだ。彼女は、おそらくハンガリーからイギリスに亡命する博士の娘の役に違いない。

初期のアリステア・マクリーン作品は、非常に完成度が高かった。デビュー作「女王陛下のユリシーズ号」は不朽の名作である。ただ、完読するには忍耐が必要だろう。しかし、二作め「ナヴァロンの要塞」が映画化され大ヒットした後、中期以降の作品は映画のために書くようになり、質は低下した。

後期の作品など、読むに耐えないものさえある。僕は十一作めの「八点鐘が鳴るとき」まではすべて読破し、その後、チョコチョコと適当に読み、「軍用列車」以降は書店で新刊を見かけても「マクリーン、また出したんだ」とチラリと見るだけで手に取りもしなくなった。

「最後の国境線」は、冷戦真っ盛りの一九五九年に、四作めのアリステア・マクリーン作品として出版された。僕が読んだのは、四十年ほど前のことになる。二十代後半、僕はマクリーン作品を集中して読んだものだった。「最後の国境線」は、マクリーンの初めてのスパイ小説である。極寒のハンガリーを舞台に繰り広げられる逃亡と追跡の緊迫感は、半端ではなかった。手に汗握る。冒険小説として一級品である。

そして、その小説には忘れられないフレーズがあった。ある登場人物が語る長いセリフの中にそのフレーズはあり、僕の記憶に刻み込まれたのだった。後年、かわぐちかいじさんのマンガ(作品名は憶えていない)を読んでいたら、そのフレーズが以下のように引用されていた。

----最後の国境線は人間の心(アリステア・マクリーン)

「はじめてのおもてなし」を見ていると難民排斥を訴える人々の言動は醜悪で、「最後の国境線は人間の心」というフレーズの意味を実感する。他者の違いを受け入れられない人は、突き詰めていくと、結局、自分以外の人間は受け入れられないのである。自分以外の人間は、どんなに共通する部分があっても自分と何かが違っているのだから。

僕は「はじめてのおもてなし」を見て、「違いを受け入れる寛容さと許容する心」を改めて肝に命じた。ちなみに、「はじめてのおもてなし」の監督はセンタ・バーガーの息子だという。


【そごう・すすむ】

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