crossroads[60]就職活動中の若い人たちへ/若林健一

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こんにちは、若林です。私ごとでありますが、この4月から娘が大学4年生になり、いよいよ社会にでる準備を始めます。こと、就職に関してはひとりの社会人として、なんらかのアドバイスをしたいと思いつつ、何をアドバイスしたらよいのかわからない。

社会人経験長いはずなのに、いざとなったら役に立たないものですね。そこで、自分が就職したときはどうだったか? ということを思い出して、ひとつの結論に達しました。




私は、高校を卒業してすぐにシャープ株式会社に就職しました。普通なら親に相談して就職先を決めるものでしょうけれど、私は親には相談しませんでした(できなかったという方が正しい)。

幸い、当時はまたバブルが弾ける前だったので、高卒でも選択肢はたくさんありました。大企業に入ることも難しくなかった時代です。

といっても生産ラインの仕事がほとんどで、私の同期でも生産ラインの交代制採用の方が多かったぐらいです。

募集職種は技術職(開発系)と技能職(生産系)の2種類ありましたが、開発系の方が面白そうぐらいの理由で、技術職を選びました。当時の私は、それらの違いもよくわかっていなかったと思います。

会社を選んだ理由も、職種を選んだ理由も、今思えば超いい加減です。

シャープを選んだのは、当時自分がシャープ製パソコンのMZユーザーだったから。シャープのパソコン事業は奈良の大和郡山で、実家(これも今はありません)からそう遠くないけど、通える距離ではなかったこと。

なぜこの距離が良かったかというと、家を出たかったから。だったら東京とかでも良かったんじゃない? って思われるかもしれないけど、東京とかいう発想はゼロでしたし、今でもわざわざ東京に出ようとは思わない。

入社する前は、パソコンの部門に入れればいいなとそればかり思ってたので、配属先が流通機器の部門だった時は相当がっかりしました。

パソコンの部門に配属された同期が羨ましかったものです。配属後、ソフトウェア開発のグループに入りましたが、これも当時の自分にとっては意外なことでした。

メーカーの仕事ってハードウェアのイメージしかなく、半田付けだと思ってたぐらいです(笑)。

今思えば何ひとつ分かっていない若者で、何の計画もなく、ただ流されるままに生きてきましたが、18歳の考えることですからこんなもんですよね、きっと。

今の自分が当時の自分をみたら危なっかしくて、思慮が足りなくて、ハラハラしてたと思います(危なっかしいのは今も同じか)。

しかし、今思えばほぼすべてのことが、悪いことではありませんでした。

当時の私が出た学校からなら、地元の松下電器に就職することもできたと思います。実際、自分よりも成績の良かった同級生がたくさん松下に入社しました。

しかし、もしそうしていたら開発の仕事にはつけなかっただろうし、その後に経験するたくさんのことに出会うこともなかっただろうと思います。

心から尊敬できる先輩にも会えなかったでしょうし、たぶん黎明期のインターネットに触れることもなかった。

そう思うと、超いい加減な理由で仕事を決めてもいいんじゃないかなって思う。将来なんて誰にも分からない。人生万事塞翁が馬、何が幸いするか分からない。

今は正解がない時代といわれる。正確には正解がないのではなく、唯一の正解がないというべきか。そんな時代に、周りの大人があれこれ言ってみたところで何も始まらない。

今は、色んなことに挑戦できる時代。とにかく関心のあることをやってみたらいい、そんな選択肢を渡すのが僕らの役目だと思う。そして、いつでもやめられる選択肢も必要。とにかくやってみて、ダメだったらさっさと切り替える。

今の若者は根性がないとかいうなかれ、あなたの若い頃はどうだったか、思い出してみてほしい。少なくとも、僕は偉そうなことを言えない。


【若林健一 / kwaka1208】
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