日々の泡[006]貸本屋の人気作家だった【青空娘/源氏鶏太】/十河 進

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我が家は職人の家だったから、僕が子供の頃、二階に住み込みの弟子がいた。多いときでも二人くらいだったけれど、その職人見習いさんたち(みんな十代半ばだった)に遊んでもらった記憶もある。

中には安物のギターを持っていて、流行歌を弾き、歌ってくれた人もいた。彼らの部屋には月刊平凡や月刊明星、付録の歌謡集などが転がっていた。源氏鶏太の小説は、そんな雑誌の連載で読んだのかもしれない。

昭和三十年代、源氏鶏太は雑誌、新聞などの連載小説をひっきりなしに書いていた。当時の流行作家は多くの出版社や新聞社からの注文を受け、一ヶ月に書く原稿枚数はものすごい量にのぼったという。





源氏鶏太は長くサラリーマン(住友系の大企業)と作家の二足の草鞋を履いていたはずだが、あの頃はもうサラリーマンを辞めていたのだろうか。長いサラリーマン経験を生かして書く小説は、世の多くのお父さんたちに受け入れられたのだった。

有名なのは、戦後の流行語にもなった「三等重役」だろう。占領軍の指令によって経営者たちの多くが公職追放になったため、いきなり企業トップになった「三等重役」を描いた小説で、映画化されて広く知られることになった。

映画化された「三等重役」(1952年)で新米社長を演じたのは河村黎吉だったが、調子のよい秘書課長のような役を演じた森繁久彌の人気が出た。その人気が後の「社長」シリーズにつながるのだが、森繁独特の軽妙な演技は「三等重役」から始まったのかもしれない。

昭和二十年代後半から昭和四十年代初めまで、西暦で言えば一九五一年から一九六七年までの十六年間で、源氏鶏太の小説は八十作以上が映画化されている。凄いことだ。テレビドラマを加えれば、一体どれほどの数になるだろう。

僕がよく憶えている源氏鶏太原作のテレビドラマは、森繁久彌主演「七人の孫」である。「七人の孫」は、先日亡くなった樹木希林が一般に顔を知られるようになったドラマである。当時の名前は、悠木千帆だった。

悠木千帆はお手伝いさん役で、森繁とのトボけた掛け合いが話題になった。余談だが、その頃、悠木千帆は演劇仲間の岸田森と結婚していた。岸田森もテレビドラマ「氷点」のヒロインの兄役で人気が出る。

森繁が唄う主題歌が好きで「七人の孫」を欠かさず見ていた僕は、源氏鶏太という名前になじみがあったのだろう、貸本屋で何冊かを借りて読んだことがある。「青空娘」「意気に感ず」といったタイトルが甦ってくる。貸本屋の人気作家だった。

その頃、石原裕次郎も源氏鶏太原作のサラリーマンものを撮っている。相手役は芦川いづみがつとめることが多く、芦川いづみファンだった僕は「喧嘩太郎」(1960年)や「堂々たる人生」(1961年)がとても好きだった。

「堂々たる人生」の裕次郎は倒産しかかっている玩具会社の社員で、ファーストシーンは浅草寺境内での芦川いづみとの出会いだった。彼は社内の陰謀を暴き、関西財界の大物に気に入られて資金援助を受け会社を救う。

同時期に、高倉健も源氏鶏太のサラリーマン小説の映画化作品で主演している。「天下の快男児 万年太郎」(1960年)と「万年太郎と姐御社員」(1961年)である。この二本には、自民党の大物代議士になった山東昭子が出演している。

万年太郎は喧嘩早くて、何かというと上司を殴って左遷されるのだが、そういう主人公が現実の会社では上司に逆らえない観客に受けたのだろう。その頃、日本の企業は終身雇用で年功序列。上司の命令は「絶対」だった。

昭和二十二年の出世作「たばこ娘」以来、源氏鶏太にはタイトルに「娘」がつくシリーズがある。映画化された作品で見ると、「ひまわり娘」(1953年)「見事な娘」(1956年)「青空娘」(1957年)「娘の中の娘」(1958年)などである。どのヒロインも明朗快活、いつも顔を上げて生きている印象がある。

特に増村保造監督がデビュー作「くちづけ」(1957年)に続いて監督した二作目「青空娘」は、若尾文子の溌剌とした演技で気持ちのよい作品になった。彼女が演じたのは、高校を卒業し、東京の父の家に寄宿することになった娘である。

しかし、父には正妻があり、腹違いの兄と姉、それに弟がいる。継母にとっては、夫の愛人の娘だ。彼女は、彼らから使用人扱いされる。しかし、彼女が東京の父の家にいくことにしたのは、行方不明の母を捜す目的があったからだった。

彼女を愛することになるのは、高校時代の教師(菅原謙二)と、腹違いの姉が恋をしている金持ちの御曹司(川崎敬三)である。御曹司は性格のよい若者で、ヒロインも次第に惹かれていく。どちらも好漢である菅原謙二と川崎敬三の「恋のライバル関係」も爽やかに描かれる。

薄幸のヒロインが持ち前の素直で明るい性格で人生を切り開き、すべてがハッピーになって終わる単純明快な物語(晩年の作品以外、源氏鶏太作品はすべてそうだ)ではあるけれど、いつ見ても懐かしさがあふれてくる。

昭和三十年代の貧しさを僕はよく憶えているので単純に「昔はよかった」とは思わないが、日本の社会や人間関係は複雑になりすぎたのではないか、とも思えてくる。今から見ると源氏鶏太の小説は能天気ではあるけれど、それを受け入れ、多くの人が愛読した時代もあったのだ。

そうでなければ、十六年の間に八十数本も映画化されるわけがない。「素直で明朗闊達な性格の主人公が人生を切り開き、すべてがハッピーエンドで終わる単純明快な物語」を、そのまま受け入れる素直な読者が無数に存在したのである。今や、絶滅危惧種だろうけど---。


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