[4766] 小説も映画も泣いた「二十日鼠と人間」◇「安全ではありません」って!

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《解約ブームが来てるw》

■日々の泡[007]
 小説も映画も泣いた
 【二十日鼠と人間/ジョン・スタインベック】
 十河 進

■グラフィック薄氷大魔王[605]
 「『安全ではありません』って!」他、小ネタ集
 吉井 宏




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■日々の泡[007]
小説も映画も泣いた
【二十日鼠と人間/ジョン・スタインベック】

十河 進
https://bn.dgcr.com/archives/20190403110200.html

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ジョン・スタインベックの「二十日鼠と人間」を読んだのは、中学生のときだった。十三歳か、十四歳だったと思う。だから、「二十日鼠と人間」は僕の精神形成に大きな影響を与えている。

この短編は大恐慌時代のアメリカ・カリフォルニアの農場が舞台で、いろいろなタイプの人物が描かれる。子供のように純粋で善良で心優しい人物、誠実だが世の中を知り尽し人間への絶望を抱えた人物、コンプレックスのために敵意ばかりを肥大させた人物----などなどである。

まず、主人公であるふたり組のジョージとレニーの登場で物語は始まる。ジョージは頭のよい、世の中を知り尽した人物だ。レニーは知的障害のある大男で、すべてジョージに頼っている。ジョージは、レニーの保護者的な存在だ。

今から振り返ると、ジョージもレニーも単純な主人公たちではなかった。作者は他の登場人物たちと同等の距離感を持って、ふたりを描いていたと思う。ジョージには狡猾な部分があるし、レニーの愚かさには僕は苛立ちを感じた。

レニーは小動物が好きで、ポケットに二十日鼠を入れて可愛がったりするが、大男で力が強いくせに加減ができず、力を入れすぎて殺してしまうことが多い。それを悲しむ善良で心優しい人間だが、同じことを何度も繰り返す。その愚かさは、ジョージを苛立たせる。

彼らは季節労働者で、農場を渡り歩いている。いわゆる「ホーボー」だ。ひとつの農場で落ち着けないのは、レニーが何かとトラブルに巻き込まれることが多いからである。時代は一九三〇年代。世の中には知的障害者に偏見を持ち、意味なくからかうような男たちもいる。

ジョージとレニーは、ある農場に雇われる。農場主はそれなりに誠実な人物だが、露骨に黒人を差別する。一九三〇年代であることを考えれば、彼が特に差別主義者であるとは言えないだろう。農場で誰もやりたくない仕事を担当している黒人は勉強家で知的で、愚かな白人たちより立派な人物だ。

農場主の息子は小男で、そのことに強いコンプレックスを抱いている。だから、自分が腕力に優れていることを誇示しようとする。物語の中では悪役だが、僕はその後の実人生で彼のような人物には何人も出会った。彼は最初から大男のレニーに反感を抱き、喧嘩腰で接する。

ジョージは、とにかくトラブルを避けようとする。それが、彼の世渡りの知恵だ。彼には、レニーと一緒に小さな自分の農場を持つ夢がある。そのことを、ことある度にレニーに話し、レニーはその夢がすぐにでも実現するのだと、子供のように信じ込む。

農場には様々な人間が雇われているが、みんな、社会の底辺で蠢くように生きている。ジョージのように、ささやかだが堅実な夢を語る人間は珍しい。彼らは、不運で過酷な人生に痛めつけられている。しかし、不具の老人がふたりの夢に乗っかり、夢が実現する可能性が出てくる。

そんなとき、トラブルの種がふたりの前に現れる。農場主の息子の若い新妻である。彼女は、男と見れば媚びをうるような女だ。どんな男にも気を持たせるようなことを言う。ジョージは、彼女を避ける。しかし、純粋なレニーは彼女の言葉を疑わない。そして、悲劇が起こる。

この短編のラストでは、間接的な表現だったが一発の銃弾が発射される。その場面を読みながら、僕は滂沱の涙を流していた。そのとき、十三、四の少年の胸に「二十日鼠と人間」は熱く焼けた鉄の印を押しつけたのだ。今も、僕の心の中にその焼き印は、はっきりと残っている。

以来、僕はスタインベックの熱心な愛読者になった。すでにノーベル文学賞を受賞していた作家である。ヘミングウェイ、フォークナーに続くアメリカの偉大な作家と認められていた。当時の僕は、スタインベック作品を読むことに誇りを感じていたものだった。

原作を読んでから長い月日が流れた後、映画化された「二十日鼠と人間」(1992年)が公開された。僕が滂沱の涙を流したときから、三十年近くの時間が過ぎていた。もちろん、僕はその映画を見にいき、ラストシーンで再び滂沱の涙を流した。

ジョージを演じたのは、この作品で初めて見る俳優だった。おまけに、彼は制作者であり監督でもあった。彼はゲイリー・シニーズといった。三十七歳になるゲイリー・シニーズは、舞台版「二十日鼠と人間」の演出も担当したという。

二年後、ヒット作「フォレスト・ガンプ/一期一会」(1994年)の主人公フォレスト・ガンプの上官を演じて、ゲイリー・シニーズは多くの人に知られるようになる。フォレスト・ガンプは負傷した上官を抱えて戦場を脱出し、帰還後、上官を訪ねると彼は両脚のない姿でエビ漁師になっている。

大男のレニーを演じたのは、「プレイス・イン・ザ・ハート」(1984年)の盲目の役で記憶に残る名優ジョン・マルコビッチだった。あまり大きな男だという印象がなかったジョン・マルコビッチが、怪力の大男に見えてきたのには驚いたものだった。

ラストシーン、ゲイリー・シニーズの目の演技が忘れられない。鋭い目を持つ(どちらかと言えば悪役の目であり、僕は彼の顔から手塚治虫の悪役キャラクターであるアセチレン・ランプを連想した)ゲイリー・シニーズだが、その目に深い悲しみを湛えていた。

自分が愛し守ってきたものを自らの手で壊さざるを得ないところに追い込まれた深い悲しみが、ゲイリー・シニーズの鋭い視線の中に浮かび上がり、その瞳には人間社会の不条理と理不尽な運命に対する怒りが燃え上がっていた。

【そごう・すすむ】

ブログ「映画がなければ----」
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■グラフィック薄氷大魔王[605]
「安全ではありません」って! 他、小ネタ集

吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20190403110100.html

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●「安全ではありません」って!

自分のサイトにアクセスすると、Chromeで「保護されていない通信」と出るのは気づいてたが、Safariでは「安全ではありません」と出る。こりゃ大変! と調べたり、ホスティング会社に問い合わせたら、次のようなことがわかった。

昨年から「http」で始まる全サイトで警告が出ることになったそう。「SSLサーバー証明書」が有効でない場合に表示される。SSLが有効なら「https」になる。SSL証明書の取得にはそこそこのお金がかかる。え〜!そうなんだ。
参考 https://zenlogic.jp/aossl/browser/safety-indicator_light/


「保護されていない通信」のサイトで、IDやパスワード、クレジットカード情報などを書き込むと、第三者に読み取られる危険があるのは知ってた。

逆に、そういった個人情報をやり取りするサイトじゃなければ、特に問題ない。しかし、そのへんを知らない訪問者が「危険なサイト!」「偽サイト!」「早く閉じなきゃ!」と思うのは止められないもんなあ。

なんとなく、「お金を払わないとお前のサイトに『危険』って表示するぞ」って脅迫にも思えちゃうのだがw

世の中がそういう流れならしかたない。ホスティング会社の申し込みページからSSL証明書の取得手続きをした(詳しい人なら自分でサーバーのデータをいじれるらしい。デジクリ読者にはお手のもの?)。

自前のサーバーではなく、元々「https」な他社サービスに乗っかれば「安全」。先日公開したページに使ったAdobe Portfolioなどもそう。しかし、Bloggerのブログが「保護されてない通信」になってるぞ……。

と思ったら、「http」になってるリンク元から来るとそうなるらしい。Bloggerのアドレスを「https」にしてみたら、「安全」になった。あちこちリンクを書き換えなきゃ。

●クラウドストレージの仕様変更?

いくつか使ってるストレージサービスの一つ、有料会員は容量無制限の某クラウドストレージ。データ受け渡し用に使ってたけど、バックアップ用途としてはずいぶん前にやりかけて止まったまま。

それで、大容量を活かそうと新しいデータをアップする作業を始めたのだが、すぐに「アップロードできません」になった! あれ?

よく見たら「2週間ごとに1GBアップロード」とある。そんな制限あったっけ?以前はどんどんアップできたはずだが。でなきゃ何十GBもアップできなかったわけで。

割り算すると、1日あたり平均71.4MBしかアップできないってことは、1000日かかって71.4GBしかアップできない? 容量無制限という実感がわく1TB分をアップするには約14000日(38.3年)かかるw

……解約しよう。僕の用途には不向きだ。っていうか、元々スマホのバックアップ用ストレージらしいので、少しずつアップする用途ならぜんぜん問題ないんだけどね。

このサービス、パソコン用クライアントアプリが便利だったのだが、しばらくしてアプリが廃止され、当初の使いやすさがほとんどなくなってしまってたのだった。

●解約ブームが来てるw

緩んだ蛇口のようにチョロチョロと続く、課金支払いをいろいろ止めた。それほど使ってないサービス、機能がかぶるサービス、多すぎる動画配信サービスなど。どうしても使いたくなったら、また復活すればいいんだからと、次々に解約。

何度もチャレンジしてる「Mac日本語IM」へ完全移行のため、ATOK Passportもムリヤリ休止してみた。従来はしばらくすると必ずATOKに戻ってしまってたので、戻れないようにw

ときたましか使わないけど、慣れ親しんだソフトのサブスプリクションの解約は悩んだ。他サービスの細かい課金を束にしても届かない金額だったりする。それでも、いろんなソフトをあっちこっちつまみ食いするより、一本に絞って使い込むほうが良い……と信じて解約w

Adobe CCは悩んでもムダw 以前に散々抜け道を探したけど、CCやめたら明らかに不便になる。Adobe Portfolioも本格的に使い始めたしね。

●豪華本「ノンスタンダードの響き」

予約してたのが届いた。未発表音源含む4枚組CDというより豪華本「NON-STANDARD collection -ノンスタンダードの響き-」。

YMOや¥ENレーベルに続いて夢中になってたノンスタンダードレーベル。当時も網羅できてたわけではなく、ごく一部しか知らない。なので、30年ぶりに新曲をどっさり聴ける!って感じw
http://www.teichiku.co.jp/catalog/non-standard/discography/TECI-1624.html


Disc4の細野晴臣「北極」は「『S・F・X』用に作ったが、YMOの『CUE』に似てたからボツにした曲」だそうで、真っ先に聴いた。なるほど、似てるといえば似てるけど、「CUE」よりも越美晴のバッキングの雰囲気。

それでもうれしいのは、YMOってアルバムごとに傾向をガラリと変えるため、似たタイプの曲が少ないのが残念だったから。それぞれのアルバムの傾向ごとに2〜3枚ずつでもあったら楽しかったのにな〜と。どんどん変わっていくYMOもカッコよかったけど、もうちょっと楽しませてほしかったというかw

YMO結成40周年記念の年だそう。以前から書きかけては止まってる「YMOと私の人生(笑)」を仕上げたいのだが、ちっとも進まない。まとめずランダムに出すかな……。


【吉井 宏/イラストレーター】
http://www.yoshii.com

http://yoshii-blog.blogspot.com/


新元号「令和」。字面は初めて見たのに、音には大きな親近感があって不思議だったのだが、すぐわかった。「プリンセス・レイワ」!

○吉井宏デザインのスワロフスキー、新製品がいくつか出ました。

・見ざる聞かざる言わざるの「三猿」
https://bit.ly/2UF4LzF


・フクロウHOOT、踊りたい気分! 「HOOT LET’S DANCE」
https://bit.ly/2Dc6p4Z


・恋に落ちたフクロウHOOTたち「HOOT W
https://bit.ly/2BlyBC4



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編集後記(04/03)

●偏屈BOOK案内:「Die革命 医療完成時代の生き方」2

人生100年時代が目前だという。健康問題に過度に気を使わなくても、長生きができるようになるらしい。「死ねない時代」の到来だ。医療の進歩でもたらされる時間を、どう過ごせばいいのか。好むと好まざるとにかかわらず、長い長い人生をいやでも生きなければならない。そんなのまっぴらごめんだが。

筆者は不死時代の恩恵を享受するための注意点を挙げる。死なない意志があること、死なないための充分な健康に気配り(不死時代に入場する努力)をする、不死時代の恩恵が受けられない例外的疾患にかからないこと(運)、これに尽きる。といわれても、金がなくては絶対に無理な話だし、100歳で元気な老人なんて、子孫に迷惑だと思う。わたしは遠慮しながら生きるなんて絶対イヤ。

生き永らえるのが本人にとって幸せとは限らないような、重篤な病状になった患者でも、医療により必然的に救命されてしまう。これが医療の発達が副次的にもたらす大きな問題だ。筆者は、そのことはいったんおいて、もっと積極的な広い概念で、まだ元気なうちに死を選ぶという意味の安楽死について考える。

人生において自分がなし遂げたいことをすべて終えてしまい、もうそろそろ人生を終わらせたい、という種の積極的な選択としての死が許されるのかどうか。いろいろな理由で死を積極的に選ぶという行為は、今後、高齢者に身近なものになり、常にそういう選択肢の存在を意識する状況になって行くであろう。

そういう安楽死アタリマエの状況を制度として明確に許容するのか、そこはオブラートに包んだままにするのか、という問いかけが社会に突きつけられることになる。「つまり、死は単に与えられる存在としての『死』ではなく、私たちが選択する対象になるのです」。われわれはそういう「新しい死」の概念とつきあっていかなければならない。死はもはや不意にやって来るものではない。

死は原則的に予想される状態でゆっくり来るものになる。医師の目からは、時代はすでにそうなっている。カラダの不死が実現してしまい、ココロが不死の時代とどう向き合っていくか、これは我々の考えもしなかった事態だ。「健康で長生き」が当たり前になるそうだ。「健康で長生き」以外の、持続的な充足感や生きがいの形成、アイデンティティの再構築が必要、……ああ面倒くさい。

筆者は断言する。「思いがけず命を奪われることなく、自分の人生に納得して最期を迎えることができるのです。『ダイ・ハード』という映画がありましたが、これからの私たちはまさに、なかなか死なないダイ・ハードな人生の主役をそれぞれ長期間演じていくのです」。いや、そんなこと望んではいないが。

貴重なアドバイスがある。毎日心がけるべきは口腔衛生、つまり歯磨きである。「口腔ケアは、生活習慣病のリスクという点において、不死時代における基本的な健康の獲得に大きな影響を及ぼすから」である。歯科医で定期的に歯石除去すれば、歯周病の悪化防止になる。歯のメンテナンスは最優先である。それは知ってた。殆どの医者はいらなくなるとはこの本で初めて聞いた。タイトルがうまい。(柴田)

Die革命 医療完成時代の生き方 奥真也 2019 大和書房
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/447978442X/dgcrcom-22/



●新元号発表とともに。ジョニー・タカさんが、新元号発表と同タイミングでデジクリ配信されたのは編集長の意向? というようなことを冗談でツイートされた。

スマホでの速報待ちもしていたので、サイト更新されたり何なりの通知が来て、ちょっと気が抜けた被害者(笑)のひとりなので、申し訳ない気持ちに(笑)。

11時半発表予定だったので、むしろあちらがデジクリに合わせられたということで(汗)。最近は前日までに予約仕込むことが多いです。締め切りより早めに送ってくださる筆者さんが多いので、後記も早めに用意しなきゃな〜とストック作りを心がけていたり。

ツイッターのタイムラインを見ると、「0 war」とか「昭和+平成=平和」「平成+令和=平和」というのがあった。誰かこういうのまとめてっ。

/あ、「令」は、チョンの下にマだよね? 手書きだと。(hammer.mule)

ジョニー・タカさんのツイート