わが逃走[237]壁に感じる風情の巻/齋藤 浩

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なぜだかわからんが風雨に耐えた壁が好きで、気がつくと写真に記録している。思えば中学生の頃から撮っている。これも一種の中二病であろうか。

少なくとも中二のときに好きだったものは今も好きなのである。人の美意識とか価値基準などは、だいたいその頃に決まるのかもしれない。

で、壁である。

風雨に耐えた壁が好きと書いたが、けっしてボロい壁が好きというわけではない。きちんとメンテされつつも、風合いとか風情といったものを感じられる壁に、親しみを覚えるのだ。

先日沖縄に行く機会があり、旅のそこここでシャッターを切ったのだが、撮影した写真をブラウズしてみると、やはり壁がやたらと多かった。

というわけで、いくつか紹介したいと思う。





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列柱と階段、その向こうに壁。

四角柱が連続して立っている。これはつまり断続的な壁とも言える。望遠レンズでとらえ90度傾けると、それらが階段のようにも見えてくる。だからなんだと言われればそれまでなのだが、遠近が圧縮された直線だけの世界は、安野光雅の絵本「ふしぎなえ」を思い出させ、幼年期が再創造されるような感覚に陥るのだった。

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今帰仁城
「なきじんぐすく」と読みます。
北山王国(琉球王国成立以前)の頃、13世紀の築城とのこと。

日本にも中国にも似てない、独特の美しい曲線をつくる石の積みっぷりは圧巻。昨年の台風の影響で城壁の一部が崩壊し改修工事をしていたが、そこはオリジナル部分ではないとのこと。

つまり、現存している築城当時からの壁は無傷だそうで、当時の建築技術の高さがうかがえるイイ話。

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那覇の集合住宅の壁1

沖縄は台風の通り道なので、張り紙や看板はとんでいってしまう。なので壁に書く。こういう必然性ゆえの工夫にこそ美しさを感じるのです。

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那覇の集合住宅の壁2

タテ組のつぎはヨコ組もご紹介。

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那覇の集合住宅の壁3

集合住宅のどてっぱらを貫く公道。現在の建築基準法ではNGとのこと。風雨に耐えた壁面と相まって異国情緒あふれる美しい一角。このあたりも再開発が進んでいる。

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おきみゅーの壁1

2007年に開館した沖縄県立博物館・美術館。通称おきみゅー。城(グスク)をデザインモチーフとした、沖縄らしい非常に美しいコンクリート建築だ。

今回あらためて見上げてみると、船のようにも思えてきた。ガミラスのドメル司令が乗ってそうだなあ。曲面に沿った風雨の痕跡も、建築自体の形状をより強調するかのようで見事。

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おきみゅーの壁2

曲線、曲面もあれば直線、平面もある。有機的なラインを楽しみながら一歩進むと、エッジを感じるシャープなイメージが現れたりする。これはかなりスゴい。また同じ場所でも、寄りと引きで全く印象が異なってくる。これは空間認識遊びのための装置だろうか。建築自体が巨大な彫刻のようでもありながら、奇をてらった感は皆無なのだ。

知的な風景を提示してくれる。正にミュージアムのための建築と言えましょう。時間があれば敷地内を一周したかった。

壁が機能している様は美しい。必要なメンテのされっぷりも見ていて楽しい。「男は黙ってサッポロビール」的美学を感じるのだ。なので、無意味な装飾には違和感を覚える。

たとえば木造家屋を金属の外壁材で覆うのは、断熱や防水などの観点からアリだとは思うが、そこに木目やレンガのパターンを刻むのは、ニセモノ感を主張するだけで無意味だ。

装飾とデザインはきちんとわけて考えるべきだが、どうもそのあたりを混同させたまま、うやむやにする傾向が我が国にはあるようだ。

春からまた新たにデザイン教育に関わることになりました。ことしもよろしく。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。