[4776] 怒れる若者だった/「長距離走者の孤独」◇板タブ注意事項・増補版

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《27年も板タブを使ってて》

■日々の泡[008]
 怒れる若者だった
 【長距離走者の孤独/アラン・シリトー】
 十河 進

■グラフィック薄氷大魔王[607]
 「板タブ苦手な自分のための注意事項」増補版
 吉井 宏




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■日々の泡[008]
怒れる若者だった
【長距離走者の孤独/アラン・シリトー】

十河 進
https://bn.dgcr.com/archives/20190417110200.html

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アルバート・フィニーが八十二歳で亡くなった。最近でも「ボーン・レガシー」(2012年)や「007 スカイフォール」(2012年)などで姿を見ていたので、年を重ねてからの顔もよくわかっているけれど、僕にとっては「いつも2人で」(1967年)の三十になったばかりの頃の顔の方がなじみが深い。

僕は高校一年のときに「いつも2人で」を封切りで見て以来、とても気に入っていて定期的にDVDで見ている。「今日は、『いつも2人で』を見たい気分だなあ」と思うと、ためらわず棚からDVDを取り出す。

すでに三十半ばになっていたオードリー・ヘップバーンは、女子大生を演じるのにはちょっと無理があるけれど、友達の役でジャクリーヌ・ビセットも出てるしなあ、と思いながらリモコンの再生ボタンを押す。

「いつも2人で」の中では、アルバート・フィニーは二十歳過ぎの貧乏な建築学科の大学生から、十年後の成功した嫌味な建築家までを演じている。オードリーとアルバート・フィニーは恋愛時代から新婚時代、そして倦怠期を迎えた夫婦までを演じるのだ。

ということで、僕は「いつも2人で」でアルバート・フィニーを初めて見たわけだが、その後、「この俳優はどんな映画に出ていたんだ?」と調べてみると、「土曜の夜と日曜の朝」(1960年)の主人公役で評価されたのだと知った。

また、「土曜の夜と日曜の朝」と言えばアラン・シリトーのデビュー作で、この長編によってシリトーは注目されたとわかった。シリトーは、「土曜の夜と日曜の朝」のシナリオを自ら書いていた。

シリトーは労働者階級出身の作家だった。その頃のイギリスは完全な階級社会で、労働者出身の若者が学ぶ学校と、将来はオックスフォードやケンブリッジに進むような上流階級の子弟が学ぶ学校は明確に別れていた。

アルバート・フィニーが演じた労働者の青年は、そんな閉塞的な階級社会で仕事から解放される土曜の夜に羽目を外す。その姿が、社会への反抗であり、異議申し立てだった。彼は怒りを抱いているが、その怒りを何に向ければいいのかがわからず、愚行を繰り返す。

一九六〇年代のことだから、何年も前に公開された「土曜の夜と日曜の朝」を見ることはできなかったが、アラン・シリトーはずっと気になっている「長距離ランナーの孤独」(1962年)の原作者じゃないか、と僕は思い至った。

映画「長距離ランナーの孤独」は、僕の気に入りの一本だった。主人公の不良少年を演じたトム・コートネイも記憶に残っていた。感化院の院長を演じたマイケル・レッドグレイブの偽善者ぶりが印象に残る。

その頃、僕はイギリスで起こった「怒れる若者たち(アングリー・ヤングメン)」と言われたムーブメントに強い興味を抱いていた。僕自身、強い閉塞感を抱いた「怒れる若者」だったのだ。

実際には、おとなしい少年だったけれど、心の中ではいつも強い怒りを感じていた僕は、ある日、高松市丸亀町の宮脇書店の片隅で「怒りを込めて振り返れ」というソフトカバーの薄っぺらい本を見つけた。

聞いたこともない出版社が出していた、イギリス人作家の戯曲だった。作者は、ジョン・オズボーン。その戯曲こそが「怒れる若者たち」という言葉を生み出したのだと、「訳者あとがき」に書かれてあった。

そして、アラン・シリトーも「怒れる若者たち派」の作家だと紹介されていた。「長距離ランナーの孤独」の主人公は貧しい労働者家庭の育ちで、かっぱらいを繰り返すうちに自然と逃げ足が鍛えられる。

とうとう逮捕されて感化院に送られるのだが、長距離走の才能を認められ感化院代表としてレースに出場することになる。しかし、体制や権力の欺瞞を知り、ゴール直前、ある形で復讐を遂げる。まさに「怒れる若者たち」の代表だった。

しかし、僕が「長距離走者の孤独」を読んだのは、高校を卒業してからだった。映画だけで充分だと思っていたのだろうか。卒業してひとりで東京暮らしを始めたある日、僕は本屋で新潮文庫の「長距離走者の孤独」を手に取った。

短編集だったから、その夜に読了し、それから集英社から出ていたアラン・シリトーの作品を立て続けに読んだ。「屑屋の娘」「ウィリアム・ポスターズの死」「グスマン帰れ」などだ。

一時期、集英社文庫で何冊も出ていたシリトーの作品は、やがてまったく翻訳されなくなった。今でも日本では、シリトーと言えば処女長編「土曜の夜と日曜の朝」と「長距離走者の孤独」の作家としてしか知られていない。

しかし、映画公開から半世紀以上が経ち、またシリトーが死んで九年が過ぎる今も、「The Loneliess of the Long-Distance Runner」だけは、世界でも有名な短編のひとつであることは確からしい。


【そごう・すすむ】

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■グラフィック薄氷大魔王[607]
「板タブ苦手な自分のための注意事項」増補版

吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20190417110100.html

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昨年書いた「板タブ苦手な自分のための4つの注意事項」に新項目を追加して、わかりやすく整理、理由も書いてみた。

・「ちゃんと拡大・回転表示する」

結局、面倒くさがらずに拡大縮小・回転表示をして描くほうが、早く思い通りに描ける。多少右上がりのほうが、スムーズに描けてラク。

・「板タブの回転角度を微調整する」

右利きの場合、タブレットを反時計回りに数度〜10度程度回す。姿勢や椅子の位置によっても変わるので、いつも微調整する。

・「手に余計な力が入っていないか意識する」

手に力が入ると、手首が固まり掌が動かしにくくなるから。

・「ペンを動かすスピードを意識してゆっくり目にする」

速すぎると不正確になって、何度もストローク描き直すことになる。

・「腕全体で描いている時に、指先の動きやスナップを加えて微調整をしない」

細部では指先の動きは重要だけど、大きく描いているときに細かい動きをすると却って不正確になる。むしろ、手首から先は固めて描くほうがきれいで、滑らかな線が描けるっぽい。

・「Lサイズの板タブを使ってる場合は、中央部のみで描く」

周辺部ではペンを持つ手が体の中心から遠くなり、思い通りに描ける範囲から外れてしまう。その意味で、MサイズやSサイズはその心配が少ないので、それで大丈夫な人がうらやましい。

・「板タブは十分遠ざけて使う」

これには最近気がついた。重力の影響を受けないように、腕を垂らす形になるように板タブをなるべく体の近くに寄せたのだが、画面の下半分より上半分のほうが明らかに描きやすい。寄せすぎて右手が不自然に縮こまってたのだった。

板タブの中心で、腕が十分伸びているように距離を調整する。上向きの円弧がすごく描きやすくなった。

↑こういった注意が続く間は、そこそこ描きやすい。描きにくいと感じたら、たいてい何か忘れてる。

以下、雑記。

・清書やトレースのような精密な作業では液タブを使いたくなるけど、「ちゃんと拡大・回転表示」を守ってさえいれば、板タブでもそれほど苦労しない。Photoshopブラシの「滑らかさ」やHej Stylus!も併用すれば、ゆっくり描くかぎり液タブに引けを取らない。

・結局、完全に確実に思い通りに描くには、できるだけ拡大してゆっくり描くしかない。紙とペンでのスケッチも、ごく簡単なサムネール的アイディアスケッチならともかく、形をちゃんと描くには大きく描かなきゃムリ。

・姿勢がラクな板タブの最大の利点は、「長時間描いても疲れない」こと。仕事では丸一日どころか、2か月ぶっ続けでドローイングすることもある。最近は紙とマーカーを使うことも多いけど、板タブでアイディア出しから全部やれたら相当ラクになりそう。

・27年も板タブを使ってて、思い通りに描けない僕が特殊なのか?w シャープペンで細かい絵を描けるタイプの人が板タブが得意っぽい。うらやましい。しかし、「描く作業」といえば液タブやiPadを使うのが当たり前の時代
になり、入門時から液タブって人も多いだろうな。


【吉井 宏/イラストレーター】
http://www.yoshii.com/

http://yoshii-blog.blogspot.com/


「スター・ウォーズ/エピソード9」の予告編が出た!
「The Rise of Skywalker」は「スカイウォーカーの復活」? ルーク、それとも親子? キャリー・フィッシャーは未使用フィルムにより出演。ランド・カルリジアンが帰ってきた! でも「ハン・ソロ」で若い姿を見たから、ジジイになってるのが不思議な気がw

○吉井宏デザインのスワロフスキー、新製品がいくつか出ました。

・見ざる聞かざる言わざるの「三猿」
https://bit.ly/2UF4LzF


・フクロウHOOT、踊りたい気分! 「HOOT LET’S DANCE」
https://bit.ly/2Dc6p4Z


・恋に落ちたフクロウHOOTたち「HOOT WE ARE IN LOVE」
https://bit.ly/2BlyBC4



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編集後記(04/17)

●偏屈BOOK案内:北野幸伯「日本の生き筋 ─家族大切主義が日本を救う─」

ビミョーにおかしなタイトルの本である。「生き筋」なんて言葉は初めて聞いた。粋筋なら知っているが。「家族大切主義」ってのもこなれていない。モスクワ国際関係大学国際関係学部卒業、28年間モスクワにいた人だから、日本語がヘタ、というわけでもない。「幸せな日本の創り方」をはっきり、くっきり記した本だと帯にある。これもビミョーだが、結果オーライの良書であった。

「大切にしようと強調すべきものは、個人より家族だ」という筆者は、日本はこれから家族大切主義で行くべきだと考える。辞書にもある「家族主義」ではない。ただ単に「家族を大切にしましょう」という意味だ。拍子抜けするくらいなシンプルな主張である。崩壊する家庭の最大の問題は何か。それは「長時間労働」だ。そして、日本人の平均睡眠時間は主要100か国中で最短である。

日本政府は「家族大切主義に沿った政策を行っていくべき」である。国がすべきなのは「日本人が、家族を大切にできる環境作り」のはずだ。その大きな第一歩が「長時間労働の是正」である。ところが「働き方改革法」は「過労死レベルまで働かせることを合法化している」のだ。そんな馬鹿な〜。でも筆者の解釈を読むと、確かにそうだということがわかる。是正どころか劣化かも。

「世界一勤勉な国はどこか」と聞くと、たいてい日本かドイツという答えが返ってくる。ところが、驚くべし、ドイツの労働時間は世界一短いのだ。労働生産性は日本がOECD中20位、ドイツは8位である。ドイツは政府が法律によって労働時間を厳しく規制し、違反がないかどうか、労働基準監督署が監視している。抜き打ちチェックもある。違反した会社には多額の罰金ほか罰則がある。

筆者は「ドイツ式働き方改革」を日本にも導入すべきだと考える。もちろん、いきなりはできないから、施行は法案成立から3年後、などと決めればいい。日本人の多くが「お先真っ暗な未来」というビジョンを共有している。そのほとんど第一の理由は「少子高齢化」である。日本人の多くは「少子高齢化」を「絶対に解決できない問題」と認識している。しかし、筆者はそうは思わない。

世界を見渡せば「出生率を劇的に上げた例」がある。ロシアである。1999年頃のロシアの出世率は1.16だった。ところが年毎に上昇し、2015年に1.75と記録を更新。新生ロシア史上、最高値だった。どうやって出生率を上げたのか? その秘密の一つが、子供を二人産んだ家族は大金がもらえる「母親資本」制度だ。

2015年の母親資本額は45万ルーブル、日本円で90万円程度、日本人の感覚では大金ではないが、ロシアの田舎では家が買えるほどの大金である。この制度が唯一の理由ではないが、子供を産む「大きな動機」になっている。この制度を日本で考えれば「三人子供を産んだ家庭には、住宅購入資金2000万円まで支援する」としたらどうか。一括で2000万円ではなくてもいい。財源はどうするのかというと。

住宅購入資金のローンを2000万円まで国が肩代わりする。金利分も国が出すから銀行も安心。出生率が劇的に高まって日本の未来は安泰、という案である。政府は迷うことなく、こういった支援の実験を開始してほしい。わたしは一人目の子供から補助金を支給すべきだと思う。他にもいい話いっぱい。(柴田)

北野幸伯「日本の生き筋 ─家族大切主義が日本を救う─」 2018 育鵬社
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4594081177/dgcrcom-22/



●大阪ダブル選挙続き。観光地化してきたことで、目に見えて外国人が増えた。2004年、寂れ気味だった御堂筋にAppleが店を出した時は疑問に思われていたが、今やブランドショップストリートとして盛り返している。

この御堂筋を生かす試みもなされている。開発計画もある。

ほかにも「ディープ大阪」新今宮に星野リゾートのホテルが建築中。大阪の人はその勇気に驚いたよ。奈良の元少年刑務所も星野リゾートが運営するらしい。(hammer.mule)

ブランドショップストリート
https://osaka-info.jp/page/luxury-shopping-street


「御堂筋を世界のブランドストリートに」官民が強力タッグを組んだ「御堂筋
天国」プロジェクト始動!
https://news.nicovideo.jp/watch/nw5140849


星野リゾートの新今宮駅前ホテルがついに始動/19年3月に着工、21年10月の
完成めざす/日本設計で設計進む
https://www.constnews.com/?p=61098


星野リゾート、「ディープ大阪」の次は「奈良の監獄」
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/032900200/


体験USJ! アトラクション情報ガイド
http://koufun358.la.coocan.jp/

てんこもり