日々の泡[008]怒れる若者だった【長距離走者の孤独/アラン・シリトー】/十河 進

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アルバート・フィニーが八十二歳で亡くなった。最近でも「ボーン・レガシー」(2012年)や「007 スカイフォール」(2012年)などで姿を見ていたので、年を重ねてからの顔もよくわかっているけれど、僕にとっては「いつも2人で」(1967年)の三十になったばかりの頃の顔の方がなじみが深い。

僕は高校一年のときに「いつも2人で」を封切りで見て以来、とても気に入っていて定期的にDVDで見ている。「今日は、『いつも2人で』を見たい気分だなあ」と思うと、ためらわず棚からDVDを取り出す。

すでに三十半ばになっていたオードリー・ヘップバーンは、女子大生を演じるのにはちょっと無理があるけれど、友達の役でジャクリーヌ・ビセットも出てるしなあ、と思いながらリモコンの再生ボタンを押す。

「いつも2人で」の中では、アルバート・フィニーは二十歳過ぎの貧乏な建築学科の大学生から、十年後の成功した嫌味な建築家までを演じている。オードリーとアルバート・フィニーは恋愛時代から新婚時代、そして倦怠期を迎えた夫婦までを演じるのだ。





ということで、僕は「いつも2人で」でアルバート・フィニーを初めて見たわけだが、その後、「この俳優はどんな映画に出ていたんだ?」と調べてみると、「土曜の夜と日曜の朝」(1960年)の主人公役で評価されたのだと知った。

また、「土曜の夜と日曜の朝」と言えばアラン・シリトーのデビュー作で、この長編によってシリトーは注目されたとわかった。シリトーは、「土曜の夜と日曜の朝」のシナリオを自ら書いていた。

シリトーは労働者階級出身の作家だった。その頃のイギリスは完全な階級社会で、労働者出身の若者が学ぶ学校と、将来はオックスフォードやケンブリッジに進むような上流階級の子弟が学ぶ学校は明確に別れていた。

アルバート・フィニーが演じた労働者の青年は、そんな閉塞的な階級社会で仕事から解放される土曜の夜に羽目を外す。その姿が、社会への反抗であり、異議申し立てだった。彼は怒りを抱いているが、その怒りを何に向ければいいのかがわからず、愚行を繰り返す。

一九六〇年代のことだから、何年も前に公開された「土曜の夜と日曜の朝」を見ることはできなかったが、アラン・シリトーはずっと気になっている「長距離ランナーの孤独」(1962年)の原作者じゃないか、と僕は思い至った。

映画「長距離ランナーの孤独」は、僕の気に入りの一本だった。主人公の不良少年を演じたトム・コートネイも記憶に残っていた。感化院の院長を演じたマイケル・レッドグレイブの偽善者ぶりが印象に残る。

その頃、僕はイギリスで起こった「怒れる若者たち(アングリー・ヤングメン)」と言われたムーブメントに強い興味を抱いていた。僕自身、強い閉塞感を抱いた「怒れる若者」だったのだ。

実際には、おとなしい少年だったけれど、心の中ではいつも強い怒りを感じていた僕は、ある日、高松市丸亀町の宮脇書店の片隅で「怒りを込めて振り返れ」というソフトカバーの薄っぺらい本を見つけた。

聞いたこともない出版社が出していた、イギリス人作家の戯曲だった。作者は、ジョン・オズボーン。その戯曲こそが「怒れる若者たち」という言葉を生み出したのだと、「訳者あとがき」に書かれてあった。

そして、アラン・シリトーも「怒れる若者たち派」の作家だと紹介されていた。「長距離ランナーの孤独」の主人公は貧しい労働者家庭の育ちで、かっぱらいを繰り返すうちに自然と逃げ足が鍛えられる。

とうとう逮捕されて感化院に送られるのだが、長距離走の才能を認められ感化院代表としてレースに出場することになる。しかし、体制や権力の欺瞞を知り、ゴール直前、ある形で復讐を遂げる。まさに「怒れる若者たち」の代表だった。

しかし、僕が「長距離走者の孤独」を読んだのは、高校を卒業してからだった。映画だけで充分だと思っていたのだろうか。卒業してひとりで東京暮らしを始めたある日、僕は本屋で新潮文庫の「長距離走者の孤独」を手に取った。

短編集だったから、その夜に読了し、それから集英社から出ていたアラン・シリトーの作品を立て続けに読んだ。「屑屋の娘」「ウィリアム・ポスターズの死」「グスマン帰れ」などだ。

一時期、集英社文庫で何冊も出ていたシリトーの作品は、やがてまったく翻訳されなくなった。今でも日本では、シリトーと言えば処女長編「土曜の夜と日曜の朝」と「長距離走者の孤独」の作家としてしか知られていない。

しかし、映画公開から半世紀以上が経ち、またシリトーが死んで九年が過ぎる今も、「The Loneliess of the Long-Distance Runner」だけは、世界でも有名な短編のひとつであることは確からしい。


【そごう・すすむ】

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