装飾山イバラ道[244]未来へ想いを/武田瑛夢

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東京2020オリンピックの観戦チケットの、販売の方法が発表された。まだかまだかと思っていたけれど、発表されてしまうと、もうそんなに時間がないのかと焦るような気持ち。

せっかくの東京開催なのだから、何かの試合は会場に出かけて見たいものだ。旅行のように、だいぶ前から色々を決定していかねばならない。

そして東京2020の文字を見ていると、何だか不思議な感じがしてくる。20が2回、繰り返す。

私は数字のゾロ目などは割と好きな方だ。しかし2222の時に私はいないし、西暦で数字が美しく並んだり、キリが良い時に自分が存在することは、実はかなり大変なことかもしれない。

大きなキリの良い数字だった2000年の頃、自分が何をしていたかはぼんやりと覚えている。2000年問題とか、懐かしい響きだ。皆がなんだかいろいろと、騒いでいた記憶がある。

キリが良い時というのは、普段とは少し違う気分が世の中に流れているような気がする。

西暦の頭が20から始まるということは、今生きている人はここ最近では2020が最も揃った感じの数字の上を通過することになる。上で書いた2222で、ざっくり言えば200年後なのだから。

3000年や3030年という時代に、人間がどんな形でこの地球を使っているのか、想像すらできない。地球、どうなっていますかね。





●道路の進化

50年という期間でも人間生活は大きく変わった。私はその程度しか生きていないので、リアリティを持ってイメージできるのも、その程度のものだ。あと50年経てば乗り物から、食べ物までかなり変わるだろう。

ここから50年間程度の変化なら、私にも予想できることが少しはありそうなので考えてみよう。

今までは地上で生活していた私たちも、もう少し空間を利用するようになるのだろうか。近未来映画を見ると、交通機関は大抵は空間に何層も交差しているイメージで描かれている。

重なり合うので縦の権利問題が大変そうだ。交通整理は自動運転で管理されているだろう。人間の注意力を使う運転というのは、私たちが最後の世代かもしれない。

自動運転道路と、自由運転道路が分けられて、運転を楽しむこともできるのだろうか。私は車の運転をしないけれど、移動しながら自分で進路を決めていく楽しさは、きっと何かで残るのだろう。

ランニングする人も透明チューブの中を走っているような、そんな絵が想い浮かぶ。そこを走れる人が、特別な人間だけだったりしないといいな。

そして、地上と並行した道路だけでなく、垂直な道路も登場してくる。宇宙へのエレベーターだ。宇宙エレベータとか、軌道エレベータというらしい。

宇宙へ向かって線が伸びること自体が不思議な感じがするし、地球って回っているのに、そんなヒモくっつけてしまって大丈夫なのだろうか。

両手を伸ばして皆で手をつないでぐるぐる回りながら、「人工衛星、人工衛星、飛んだ!」と言いながら、手を離して吹っ飛ぶ遊びを急に思い出した。その後の足を引っ掛けて倒すとか、人工衛星と何の関係もないような謎の遊び。

回っている時に手を伸ばすと、何かにぶつかって危険なのは簡単に想像できる。空間に何もない保証はないのに、大丈夫なのだろうか。これは飛行禁止エリアを作ったり、レーダーで常時監視するそうだ。

実際に使えるようになるまで、自分が存在しているかもわからないことだけれど、勝手な妄想は楽しい。

ランニング用透明チューブの中には、犬散歩用のラインも作ったりして。しかし、犬は今のように通りに自分のにおいを残しながら、散歩できるのか心配でもある。

自動洗浄機能があったら、においが流されてしまうのだから。雨が降らない透明チューブの道だから、自動洗浄はきっと必要だ。

いや、そんなこと言うなら、自転車用の透明チューブも必要だとか、けっきょく今の交通問題と変わらない状況しか想像できない。今の頭で考えてちゃダメなのに。笑。

●進化スピード

50年後でも自転車は走っているのかとか考える。

「自転車博物館」のWEBで調べてみたら、自転車の特許が取られたのは1818年で、二つの車輪の形は今と似ているけれど、まだ足で地面を蹴って進んでいたそうだ。およそ200年前に発明されたものにまだ乗っているのだから、50年後もきっと残っていると思う。

そしてセグウェイとかスケートボード風のものとか、直立した状態でスイスイ進める何かも実用化されると嬉しい。

未来の人たちはきっと頭がいいので、心配は無用か。いや、未来のAIが決めるのだろうか。

もし本当にAIが進化していったら、高度な思考の一つである「ええいごちゃごちゃめんどくさい!」を発動して、ラインを分けずに済む解決法を出してくれるだろう。

どこが高度なのかはわからないけれど、「めんどくさい」から進化したり簡潔化されたことは、世の中に沢山あると思う。

そして、人間や犬や自転車が一緒でもなんとか快適さを感じられるように、人の心を進化させるのだ。人間そのものが今よりももっと、柔軟に対応できる生き物へと変わっていてほしい。

そんなに数は分かれていないのに、物理的にも精神的にもぶつかり合うことのない道。

例えば森の中の獣道のように、使われているとできて、使われなくなれば消えていくような、柔らかい道。自然の仕組みが高度に再現されたような、有機的な道路が未来の道路かもしれない。


【武田瑛夢/たけだえいむ】
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
http://www.eimu.com/

傘も自転車もスプーンも、発明された時から、あまり形が変わらないものたち。日本人のお箸も、昔も今も今後もずっと形が変わらないかもしれない、究極の身近な道具だ。出現した時に完全な形って、考えた人がすごいのかな?いや、いつか誰かが考えつくはずのものなのかもしれない。