歌う田舎者[63]人生がときめかないドケチの魔王
── もみのこゆきと ──

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1番、齋藤選手に代わりまして、もみのこ選手。バッターはもみのこ選手、背番号54番。

編集長より、「齋藤選手が火急の用件にて出場がかなわなくなったため、ここは一肌脱いで代打を務めてはいただけまいか」との矢文が届いた。

いやはや、編集長のためなら、一肌と言わず、全裸で務めを果たすのが義理人情に厚い吾輩である。Twitter界隈には、昔から全裸中年男性ネタが転がっているが、ここは全裸中年女性となって、日ごろの恩を売る……いや返す時だ。

そんなわけで、ゴージャス&ファビュラスなランジェリーを脱ぎ捨て、ステージに上がろうとしたところ、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。後輩をかばい、すべての責任を負ったもみのこに対し、車の主、暴力団員谷岡に言い渡された示談の条件とは……。

……などという、Twitter廃人以外には通用しないクラシックなネタを繰り出して、忍法目くらましの術などかけてみた平成最後の月。皆様、いかがお過ごしでありましょうや。







吾輩、4月より再び勤め人となり、秘密基地で極秘任務を遂行しているのだが、ここには制服なるものがある。制服は、出勤にも使ってしまえば、着替える時間も削減できるわ、洋服買わんでいいわで、大変にありがたいものである。

しかし、ババアの制服は痛い。制服とは、卒業証書抱いた傘の波にまぎれ、4月から都会に行ってしまう男子に打ち明けたいと、やきもきする女学生しか着てはいけないと松田聖子が歌っているシロモノなのだ。

しかも何を間違ったか、パンツのサイズが15号なのである。人生初の15号ホームラン。いや、サイズは何も間違っていないのだが、人生は間違っているかもしれない。

同年代の女ボスは、7号を着てウエストが余っているらしい。吾輩も15号を着て多少余っているので、まあ「余っている」という点では一緒である。一緒ですよね。誰か一緒だと言って!

♪ダイナマイトなバディでもいいんじゃない
♪でもいいんじゃない 愛があふれ~てる~

ほら、かつてSMAPパイセンもそう歌っていたではないか。ダイナマイトなバディでも愛があふれていればいいんである。……よくねえよ! 15号っていったいどういうことだよ!

編集長に恩を売ろうと、ゴージャス&ファビュラスなランジェリーを脱ぎ捨て、ステージに上がろうと思ったのに、脱げない。脱げないのだ。体形の変化で。それを如実に思い知ったのは、代打依頼当日。高校の同窓会が主催する「夜の文化祭」に出場したときである。

「夜の文化祭」……なんて淫靡な響き。
♪ちょっとだけよ~♪とウインクし、焦らしながらスカートの裾から太ももを覗かせ、♪あんたも好きねえ♪と煽る会なのか。誰だ、名前つけたの。

このダイナマイトな太ももを見たいとは、因果な会よのう。……と思っていたら、単に同窓生が文化系の芸を披露する会ということであった。なんだ、期待したのに(何をだよ)。

しかしながら、吾輩、ろくな人生を送っていない日陰者なので、同窓会なるものには一度も参加したことがない。吾輩クラスの年齢になると、同窓会に出席するには、ノーベル賞とか、国民栄誉賞とか、紫綬褒章とかもらっていなければならぬのだ。白胡椒とか黒胡椒とか白黒ショーじゃダメなんである。

そのため、かたくなに同窓会には近寄らないようにしていたのだが、所属しているジャズダンスチームが出るとのことで、文字通り、重い腰を上げ、参加することにしたのだった。

当日は12:30にリハーサル、18:30に本番となっていた。吾輩、休日も着る服を考えるのが面倒なので、いつも同じジーンズを穿いているのだが、その日は洗濯していたので、仕方なく別のジーンズを手に取った。

んー、ちょっときついな。そういえば、このジーンズ、腹がきついから、出かけてもお茶一杯しか飲めないジーンズなんだよな。でも飲食しないから、まあいいか。ちなみに買ったのは10年ほど前である。

きつくて穿かないなら捨てりゃあいいのだが、吾輩はドケチなのだ。お茶一杯の外出なら穿けるということは、そういう機会に使えばいいではないか……そう思うと捨てられない。

サイズが合わなくなった微妙な下着も、旅先で使って現地で捨てようと取ってあるのだが、実際に旅で使うと、次回の旅でも使えるじゃないかと、結局捨てずに持ち帰り、箪笥の肥やしとなっているのである。

ついでに言えば、穴のあいたパンツ(ズボンではなくてパンティーの方である)も捨てていない。穴のあいたパンツを穿く悲しみを自分の肉体で味わうことによって、いつか吾輩が小説をものすことができるかもしれないではないか。将来の芥川賞作家の目を摘んでどうする。

しかし、年老いた母は、「そんなパンツを穿いてるときに、倒れて病院に運ばれたらどうするの!」と、穴のあいたパンツも捨てられない娘を持つ悲しみに暮れている。

そのようなわけで、以前はお茶一杯なら大丈夫だったはずのジーンズで、リハーサルに出かけたのだが、苦しい。お茶一杯も飲める気がしない。どういうことだ。

着替えが大変面倒な衣装だったので、上だけ着替えて、下半身はそのままでリハーサルに臨んだのだが、4分のダンスシーンに、食い込むジーンズ、悲鳴を上げる小腸大腸、止まる呼吸、高鳴る動悸。ダメだ、死ぬ、吐きそう><これは、きついジーンズで腸捻転だか腸閉塞だかになったんじゃないのか;;

リハーサル後、本当に具合が悪くなって、すぐにでもジーンズを脱ぎ捨てたかったのだが、パンツ一丁で帰るわけにもいかない。とりあえずウエストのボタンとジッパー全開でバスに乗り込み帰宅。玄関を開けるが早いか、ジーンズを脱ぎ捨てベッドに倒れこみ、回復に一時間以上もかかったのであった。

お茶一杯のジーンズ、捨てておくべきだったのだろうか。確かにもう何年も穿いていなかった。でも痩せたらどうする? 手持ちのジーンズとしては、ローライズはこれしかないので、何かのときに役に立つかもしれぬではないか。心の中のもったいないオバケが、そう囁く。

いや、でも死にそうだったのだ。ああ、捨てるべきか捨てぬべきか、それが問題だ。

神はなぜこのような苦難を吾輩に与え給うたのか。答えの出ない問いに身もだえするも、本番の時間は刻々と近づいている。現実は吾輩を人生への高尚な問いの中にとどまらせてはくれない。

Tomorrow is another day. 辛いことは明日考えましょう。明日は明日の風が吹くわ。もちろん今度はウエスト総ゴムのワイドパンツで行くわよ。失敗に学ぶ。これこそ、人生を善く生きるための秘訣ね。

♪ゴム~のパンツは いいパンツ~
♪ゆるいぞ~ ゆるいぞ~
♪ウエ~スト ゴムでできている~
♪ゆるいぞ~ ゆるいぞ~

そうそう、今回は本番だから、下半身も本番用にダンスタイツとレッグウォーマーをもっていかなきゃね。会場で着替えるのも面倒だから、家から着ていくわ。あらやだ、ダンスタイツのつま先が破れてる。こんなのマニキュア塗って止めておけば無問題ね。ドケチは恥だが役に立つものよ。

……うっ、ぐぐ……なんだかきついわ、このダンスタイツ。ああ、これは15年くらい前に買ったタイツね。ダンスタイツって結構締め付ける力が強いのよね。でも穿けないことはないの。それを捨てちゃいけないわ。

IT技術者としては、システム設計をホットスタンバイで考えるというのは実に正しいこと。システムが壊れても、待機しているダンスタイツがすぐに仕事をしてくれるんだもの。

さあ、なんだかお腹が痛いけど、本番よ!

……食い込むダンスタイツ、悲鳴を上げる小腸大腸、止まる呼吸、高鳴る動悸。死ぬ、死ぬ、死んでまう;;

お、お、お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんか。ドケチのため、酸欠で瀕死の踊り子がおります。お医者様がいらっしゃれば、お申し出ください。

てゆーか、捨てろよ! 入らないもの捨てろよ! 3年使ってないもの捨てろよ!

本番後、腹が痛くて再び速攻帰宅し、脱いだダンスタイツはすぐにゴミ箱に捨てた。腹痛からの回復には、また1時間かかった。クソ痩せたい。

洋服箪笥を開けてみる。20代や30代の頃に買った服が、まだまだ幅をきかせている。そこにときめく人生はない。パンツやスカートのウエストが、まっっっったく閉まらないものは捨てるのだが、無理すれば入るものは捨てられずに、引き出しの中に眠っている。9号を身に付けていたのは、白亜紀くらい遥か昔のこと。

最近はシャツやジャケットもパツパツになり、着なくなったものがたくさんあるのだが、いつか何かの役に立つかもしれないと、脳内でもったいないオバケが発動するので、そんな服が箪笥の中をわが物顔で占領している。しかし、実際に役に立ったためしはない。

下着の箪笥を開けると、そこには今やまったく着ないガードルが10枚もある。まだピチピチのうら若き女子であった頃に買ったものだ。

販売員の「今のままでも素敵なスタイルですが、ガードルでお腹周りや太ももを引き締めれば、より素敵になれますよ」とか、「穿くだけで痩せる効果があるんですよ」とかの言葉に、「いやいや、参ったな。これ以上吾輩を美女にしてどうするつもり?」と、石田ゆり子になった気分で調子こいて財布を開けてしまった結果である。

だいたい体を締め付けるものは苦しくて嫌いなので、買ったところで10回も身に付けていないのだ。ガードルなんぞ穿いたら、腹が苦しくて死ぬではないか。てゆーか、そもそも腹が苦しくないように痩せろよ!

ダイナマイトなバディでもいいかもしれない。しかし、そのダイナマイトがおっぱいならまだしも、腹ではいかん。体に合わないきつい服で、腸閉塞とか心臓麻痺とか窒息したらどうするのだ。少年隊もこのように歌っている。

♪きっとお前も~ 悩めるマドンナ~
♪捨てな 捨てな きつい洋服を~今は~

墓標に「人生がときめかないドケチの魔王、ここに眠る」と書かれないように、GWは入らない服を捨てることにする。捨てるったら捨てる。ほんとだってば。

※「制服」松田聖子

※「Dynamite」SMAP

※「ちょっとだけよ~」8時だよ!全員集合

※「鬼のパンツ」

※「仮面舞踏会」少年隊



【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

秘密基地に勤める前の、フリーランス時にやってた物書き仕事を、たまにはPRなど。
[KANAN TOKUNOSHIMA]
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[きららの楽校]
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