もじもじトーク[106]名古屋がフォントの国になった一日/関口浩之

投稿:  著者:  読了時間:8分(本文:約3,700文字)



こんにちは。もじもじトークの関口浩之です。

4月21日(日)に、名古屋で夢のようなイベントを開催しました。イベント名は「中村書体と筑紫書体」です。

本日のもじもじトークから数回に渡り、セミナーレポートを書きたいと思います。今日は、「ナール」「ゴナ」という20世紀の金字塔書体を制作した、中村征宏さんのお話です。





●「今、時代は動いた」の現場

「中村書体と筑紫書体」セミナーに、100名以上の方に参加いただきました。ありがとうございました。

名古屋以外からの参加率がなんと8割でした。その日、日本全国から、活字やフォントが好きな方々が名古屋に集結したのです。名古屋がフォントの国になった一日でした。

僕が、このイベントの発起人となりました。主催者の一人でしたが、聴講者として、お二人のお話に完全に引き込まれてしまいました。

僕が大好きな、中村征宏さんと藤田重信さんの二人をお招きして講演、対談トークしていただくという企画は、5年前から実現したいと思ってました。今回、その企画が実現できて、夢のようでした。

中村さんは1970年代に「ゴナ」「ナール」で、新書体の時代を切り開いた書体デザイナーのレジェンドであり、また、藤田さんは筑紫書体でデジタルフォント時代の新境地を、今まさに切り開いている書体デザイナーなのです。

そんな新時代を切り開いたお二人のお話を、多くの方に聞いて欲しかったのです。参加者全員で「今、時代は動いた」の現場に立ち会ったという感覚になったイベントだったと思います。

●ライオン看板店での修業時代

中村征宏さんは、1942年、三重県生まれ。1957年に、三重県四日市市のライオン看板店に弟子入りしました。

中村さんが師匠と仰ぐ店主の藤田美義さんは、非常に美しい文字を書く方だったそうです。僕は1960年生まれなので、ちょうどその頃、中村さんは、師匠が書いた看板文字やバイクや車に書いた文字を眺めたり、文字のフチ取りをしていたのですね。

ライオン看板店に勤務した3年間、中村さんは実際に文字を看板に書くことは、ほとんど許されなかったそうです。数分で乾いてしまうラッカー塗料を使って看板に文字を入れるので、失敗は許されません。書き直しや修正液で直すことができないので、師匠のみができる作業だったということです。

この3年間、毎日、中村さんが目にした美しい文字が、中村さんのその後の書体作りに影響を及ぼしたのではないか、とお話されてました。

その後、印刷関係の会社に勤務します。オフセット印刷機の紙差し作業というのがあって、3分以内に次の紙に空気を入れ、印刷機に滑り込ませるという職人技が要求されたようです。「でも、その作業ができなかったので、私は3か月でやめた」とお話され、会場は笑いに包まれました。

●名古屋テレビでテロップ文字を制作

1962年の頃、字幕テロップの制作をやりたくなったそうです。開局したばかりの名古屋テレビに、自分が書いたテロップ文字の見本を持参したら、すぐに、その仕事に就けたそうです。

1960年代、テレビ映像の中のテロップ文字がどのように制作されたかを、想像できる人いますか? では、お見せしましょう。ジャーン!
http://bit.ly/nakamurasyotai001

すごいでしょ! 黒い厚紙の上に、白い文字を手書きして、それをカメラでフィルム取りするわけです。これらはすべて、1960年代に、中村さんが手書きによるフリーハンド文字なのです。

味わいがあっていいですよね。しかも、すごく完成度が高い。いま見ても新鮮です。テロップの写真の中で、「テレビのおばちゃま」がありますが、その文字、「ナール」に似ていませんか?

みなさんは、古い映画や昔の時代劇の再放送を見たことありませんか。字幕の文字や出演者の名前が流れるエンドロールで、手書き風の文字を見たことありませんか。それが、中村さんが行なっていた仕事なのです。

現在では、デジタルフォントが搭載されたテロップシステムから、文字を表現できるようになったので、手書き文字を使用することはありません。

当時のテロップの仕事は、手書きで何枚も書くので、ときどき、間違うこともあったそうです。「国定公園」と書くべきところ、「国宝公園」と書いてしまって、それが放送されちゃったそうです。視聴者からクレームの電話がテレビ局に入りました。

「放送する前に、テレビ局の編集の人、ちゃんとチェックしてほしかったな」とというひとことに、会場は爆笑でした。

「テレビのおばちゃま」の「お」について、会場から質問がありました。「『お』の点が見慣れない場所に打たれてますよね。どうしてですか?」

中村さんの回答は、『「お」の一画目の横棒を長く書いてしまったので、点をそこに置くしかなかったんです」でした。会場のみんな、爆笑でしたが、「なるほどなぁ~」って思いました。

●フィニッシュ原稿(版下)制作の仕事

その後、中村さんは制作会社で仕事をしたそうです。レタリング文字や写植文字をハサミで切って貼り付けして、文字詰め作業をすることを主にやっていたそうです。Before/Afterはこんな感じです。
http://bit.ly/nakamurasyotai002

もし、文字詰めする必要がない文字があったら、版下制作が楽になるのではないかと、中村さんはその当時思ったそうです。

その効率化の発想から、漢字/平仮名/カタカナが仮想ボディ(文字のマス目)に、目いっぱいの文字があれば、切り張り作業がなくなるのではないかと思ったことが、ナール誕生のルーツになったそうです。

●活字は重要な日本の文化財

1970年頃までは、石井明朝や石井ゴシックなどに代表される、伝統的な書体が中心だったのですが、「タイポス」もそうですが、中村書体である「ナール」や「ゴナ」が、新書体ブームのきっかけになりました。

1970年以降の写植メーカー「写研」のフォントは、中村書体に人気が集まりました。今でも、デジタルフォント化が望まれますが、これら写植活字は、日本の文化であり、後世にしっかり伝承すべきものだと思います。

また、鋳造活字、写植を活用した組版や文字詰めの知見を深めること、そして、それらの歴史を学ぶことで、デジタルコンテンツやウェブコンテンツ制作において役立つことは、たくさんあるのではないかと思います。

フォントおじさん、まだまだ修行中ですが、伝道師(エバンジェリスト)として、それらの知見や文化を伝承していきたいと思っています。

●本イベントの関連記事

「中村書体と筑紫書体」のセミナーが終わって、数日ですが、関連記事をいくつか紹介します。

イベントフライヤー
http://bit.ly/nakamura-fujita-leaflet

ツイッターまとめ
https://togetter.com/li/1340366

フォントダスさんと中村さんの対談記事
https://fontdasu.com/2659

●フォントイベント情報

5月18日(土)に、東京の大崎にて、大きなフォントイベントがあります。

イベント名:
CSS Nite LP61「これからのフォントとウェブでの組版を考える日」

イベント概要と申し込みページ:
https://cssnite.jp/lp/lp61/

日時:2019年5月18日(土)13:30-19:00(開場13:10)
会場:大崎ブライトコアホール
   東京都品川区北品川5-5-15 大崎ブライトコア 3F

出演者:
藤田重信(フォントワークス)
松田直樹(まぼろし)
木龍歩美(砧書体制作所)
山田和寛(nipponia)
吉田大成(アドビ)
越智亜紀子(フォントワークス)
関口浩之(ソフトバンク・テクノロジー)
鷹野雅弘(スイッチ)

9社のフォントメーカーがブース出展します。これだけ、多くのフォントメーカーが一堂に会するのは、今まで見たことがありません。そして、フォントメーカー13社の書体見本帳を参加者全員に配布します。

また、5月にお会いしましょう。


【せきぐち・ひろゆき】sekiguchi115@gmail.com
フォントおじさん
https://event.fontplus.jp/about/hiroyuki_sekiguchi.html

1960年生まれ。群馬県桐生市出身。1980年代に日本語DTPシステムやプリンタの製品企画に従事した後、1995年にソフトバンク技研(現 ソフトバンク・テクノロジー)へ入社。Yahoo! JAPANの立ち上げなど、この20年間、数々の新規事業プロジェクトに従事。

現在、フォントメーカー13社と業務提携したWebフォントサービス「FONTPLUS」のエバンジェリストとして、日本全国を飛び回っている。

日刊デジタルクリエイターズ、マイナビ IT Search+、オトナンサー等のWebメディアにて、文字に関する記事を連載中。CSS Niteベスト・セッション2017にて「ベスト10セッション」「ベスト・キャラ」を受賞。フォントとデザインをテーマとした「FONTPLUS DAYセミナー」を主宰。

フォントおじさんが誕生するまで
https://html5experts.jp/shumpei-shiraishi/24207/