[4786] 人生エッセイの先生だった◇水性トップコートを比較してみた

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《「映画に人生を重ねる」》

■日々の泡[009]
 人生エッセイの先生だった
 【江分利満氏の優雅な生活/山口瞳】
 十河 進

■グラフィック薄氷大魔王[609]
 水性トップコートを比較してみた
 吉井 宏




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■日々の泡[009]
人生エッセイの先生だった
【江分利満氏の優雅な生活/山口瞳】

十河 進
https://bn.dgcr.com/archives/20190515110200.html

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僕の映画エッセイは「映画に人生を重ねる」と言われることが多いけれど、エッセイあるいはコラムを書くときの文体、それにスタイルや構成は様々な作家の影響を受けている。

東海林さだおさんと椎名誠さんのエッセイは、数え切れないほど読んだ。「さらば国分寺書店のオババ」の頃、椎名誠さんは「昭和軽薄体」を掲げユーモアあふれるエッセイを書いていたが、椎名さんは影響を受けた作家として嵐山光三郎さんを挙げていた。

カメラ雑誌編集部にいて体験取材レポートを書いていた一九八〇年代の頃、僕は意識的に東海林さだおさんと椎名誠さんの文体とスタイルを真似て、オモシロおかしいレポートを書いていた。東海林さだおさんの言いまわしを、そのまま借用したこともある。

体験取材では、様々なところへいった。カメラ量販店の店員を体験したり、レンズ工場でレンズを作ったりしたこともあるが、様々なジャンルの写真家に入門することが多かった。いつも、そのジャンルでは第一人者と言われる人ばかりだった。

水中撮影では中村征夫さん(まだ木村伊兵衛賞をとる前だったけれど)の弟子になり、初めてアクアラングを背負った。ヨット写真の添畑薫さんにはモーター付きゴムボートに乗せてもらって、駿河湾を疾走した。

料理写真の泰斗だった佐伯義勝さんのスタジオでは、光文社の女性誌の料理頁の撮影のときに弟子入りしたし、早世したネイチャーフォトグラファーの木原和人さんとは一緒に沢登りをした。高所恐怖症なので、気球撮影に誘われたときだけは「勘弁してくれー」と、必死に逃げた。

体験取材レポートは加藤孝カメラマンの写真と共に好評で、一回八ページももらえていた。というか、八ページ分の原稿を書くのは、けっこう大変だった。もっとも、僕は原稿を書くのが早かったので、時間はそれほどかからなかったけれど----。

仕事ではない文章では、「敗れざる者たち」で熱い文章を書いていた若き沢木耕太郎さん、関川夏央さんの中期以降のエッセイにも影響を受けている。一時期熱中し、エッセイも小説も読み尽くした向田邦子さんではあったが、文章的な影響ではなくエッセイの構成のようなものを学んだ。

また、村上春樹さんのエッセイはすべて読んでいるし、かなり影響を受けていると思う。村上さんは女性誌に見開き連載したような軽いユーモア・エッセイも書くし、分析的で長文の音楽エッセイや海外の生活記録、あるいは旅行記など幅広く書いているが、そのすべてのものから僕はインスパイアされた。

しかし、僕がエッセイの書き方として最初に影響を受けたのは、山口瞳さんの「江分利満氏の優雅な生活」である。「江分利満氏」シリーズは、人生エッセイのひとつの頂点と言ってもいい。

「江分利満氏の優雅な生活」を読んだすぐ後、僕は江分利満氏と同年齢だった自分の父親をモデルにして、模倣した文章を書いている。もっとも、「江分利満氏の優雅な生活」はエッセイではなく小説であり、一九六三年の直木賞を受賞した。

僕が読んだのは、その五年後の一九六八年、十六歳のときだった。高校一年生の春休みに読んだのだ。薄い新潮文庫で読み、読み終わるとすぐに続編の「江分利満氏の華麗な生活」を買いに走った。

「買いに走る」と言えば、「江分利満氏の優雅な生活」の冒頭は、江分利満氏の小学生の息子である庄助が手に十円玉を握りしめて、貸本屋へ走っていく場面だった。山口瞳さんの実際の息子が正介さん(現在は作家で映画評論家)であることを知るのは、ずっと後のことである。

「江分利満氏の優雅な生活」は小説仕立てにはなっているけれど、ほとんどエッセイである。東西電機の社宅に妻と息子と住む江分利氏は、山口瞳さん本人と完全に重なる。しかし、小説仕立てであることで、感傷的でストレートな叙懐を照れずに書けるのだ。山口さんは事業を失敗した父親のことも、妻の病気のことも赤裸々に書く。

この手法を後に多用したのが、諸井薫さんだった。諸井さんはエッセイ仕立ての短文の登場人物を「彼は」とか「男は」と三人称で書いた。それによって、中年男のストレートな感傷を描き出し、読者であるお父さんたちは感涙にむせぶ夜を過ごした。一時は本屋に山積みだった諸井さんの本も、今は見なくなってしまったなあ。

おもしろいことに、岡本喜八監督によって映画化された「江分利満氏の優雅な生活」(1963年)は、原作では東西電機とされていた勤め先をサントリー宣伝部に変え、江分利満氏(小林桂樹)を山口瞳に似せたメーキャップにした。

おまけに江分利満氏は直木賞候補になり、記者(中丸忠雄?)に取材されるシーンまであったと思う。才人・岡本喜八監督らしくアニメーションも使用するし、ストップモーションなども多用された。その二年前に日本で公開されたルイ・マルの「地下鉄のザジ」(1960年)の影響を受けていたのかもしれない。

山口瞳さんが開高健と共に、サントリー宣伝部にいたことは多くの人が知っている。「洋酒天国」というPR誌を編集し、「トリスを飲んでHawaiiにいこう」というコピーを書いたことは有名だった。それは、直木賞を受賞した頃から知られていたのだろう。だから、映画では江分利の勤務先をサントリーにした。

「江分利満氏の優雅な生活」を読んでから三十年近くの月日が流れ、出版社に就職していた僕は入社二十年経った頃に月刊「コマーシャル・フォト」という広告写真専門誌の編集部に配属になり、あるとき広告制作会社サン・アドを取材することになった。

「サン・アド」はサントリー宣伝部にいた開高健、柳原良平、坂根進、山口瞳らがフリーになって作った広告制作会社だが、出資したのはサントリーである。したがってサントリーの広告を作るのだけれど、他の会社の広告制作も行い、広告業界では主要な制作会社だった。

僕が取材したのは二十数年前だから、アートディレクターの葛西薫さんがいろいろな広告を作っていた。僕が取材した頃より少し後、葛西さんの仕事ではサントリー・ウーロン茶のシリーズが忘れられない。中国ロケで女性ふたりが登場し、中国語の「鉄腕アトム」の歌が流れるCMなど今も映像と音が甦ってくる。

その「サン・アド」を取材したとき、僕は「ここに開高健、山口瞳がいたのか」と、少し感慨にふけった。もちろん、イラストレーターの柳原良平さんもいた。初めて読んだ「江分利満氏の優雅な生活」の表紙カバーは柳原良平さんのイラストだったから、江分利満氏を思い浮かべると、今もアンクル・トリスの顔が重なってしまう。


【そごう・すすむ】
ブログ「映画がなければ----」
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■グラフィック薄氷大魔王[609]
水性トップコートを比較してみた

吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20190515110100.html

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3Dプリンタ利用の立体制作にシンナーなど溶剤を含む材料を使わず、水性のモデリングペーストやリキテックスを使う方法にも慣れてきた。

ただ、ほとんどの作業が筆塗りなのに、表面保護・ツヤ出しのトップコートだけスプレーを使ってる。スプレーは作業を始めるのに大きな思い切りが必要なのが苦手。必要なものを全部用意、屋外に出て吹いて戻ってを何度も繰り返さなきゃいけないから。

スプレーの仕上がりは出たとこ勝負というか、運も関係してくる。大きな飛沫がボタッと飛んだり、ホコリや虫がくっつくこともある。あと、サイズが大きいと背面に飛んだ飛沫でザラザラになり、ひっくり返して背面を吹くと正面がまたザラザラになってキリがないw

もうそろそろトップコートも筆塗りに切り替えたい。最近試したものを含め、いくつかの比較。
http://www.yoshii.com/dgcr/topcoat_IMG_1924

◯ターナー色彩 メディウム ミルクペイント トップコートクリア(UVカット)

トールペイント用。塗りやすいし強度がある(量も多い)。残念なことに仕上がりがマットに近い半光沢で、「光沢」バージョンは売ってない。

◯クレオス アクリジョン クリアー

リキテックス表面で縒れる上、乾くとバリバリにクラック(ひび割れ)が発生。強度はラッカー並みなはずなので期待したんだけどなあ。まったくダメ。アクリジョン専用。

◯ファレホ 水性ポリウレタンバーニッシュ

光沢もあるしコンパウンド磨きできるくらい硬いとのことなのだが、どういうわけか爪で引っ掻くとバリバリと薄皮状に剥がれる。リキテックスだけじゃなく、ファレホ上でも剥がれる。

ピンセットを使えば、全部きれいに剥がせてしまう。どういうこと?? 塗り替えの効く一時的保護剤としては、本来のバーニッシュと言えなくもないが。

◯クレオス水性トップコートスプレーを筆塗り

瓶内に吹いて泡が消えるのを待って筆塗り。筆を突っ込むとブワッと発泡。温めたり振ったりして、ガスをしっかり抜く必要。スプレー同様にスベスベの表面になる。筆塗り用を売ってほしいな。水性とはいえ溶剤はアルコールらしい。しつこく筆塗りすると、リキテックスが溶けるかも。

◯リキテックス ハイグロスバーニッシュ

とても光沢がある。上記の水性トップコートのようにスベスベにはならず、弾力のあるねっとりとした表面。爪で押すと跡がつく。とはいえ、リキテックスに筆塗りするんだったら、やはり純正を使うのがベストなのかも。

その他、パジコの「水性アクリルニス厚塗りツヤ出し」など、工作やDIY用の水性ニスまで範囲広げればいろいろありそう。以前、ラッカーに「水性ウレタンニス」を試したら特に強度があるように思えなかったが、リキテックスにはどうなのか? 試してみたい。

●デザインしたマネキンが「マツコの知らない世界」に登場

4月30日の放送は「マネキンの世界」だったんだけど、マネキンの顔の歴史の平成25年代表が僕のキャラだった〜〜! ヤマトマネキンさんと作った5つのうちの一つ。びっくりしたー。
http://www.yoshii.com/dgcr/yamatomanequin_IMG_1909
http://www.yoshii.com/dgcr/yamatomanequin_IMG_1907

提供されたのは日本橋三越本店のショーウインドウの写真らしい。
https://hiroshi.myportfolio.com/yamato-mannequin-mitsukoshi-display-2013


ヤマトマネキンには「色物」的なふざけたマネキンを、ときたま作る伝統があったんだけど、しばらく途絶えてた。それで僕のキャラでその路線を復活してみたそう。平成25年のマネキン界では、それなりにインパクトがあったのかもしれない。
http://www.yoshii.com/dgcr/yamatomanequin_P1040762-2


【吉井 宏/イラストレーター】
http://www.yoshii.com

http://yoshii-blog.blogspot.com/


人のスケッチを見てハッと気がつく。僕の場合、十数年前から3DCGで作る前提でスケッチを描く。長年やってきて、立体というかポリゴンの構造込みで形が頭に浮かぶから、純粋に平面の絵として考えられなくなってる。

つまり、モデリングできなかったり手間がめちゃくちゃかかりそうなものは、アイディアスケッチの段階で頭から除外しちゃってるかもしれない。マズいかも。2Dの平面作品もやってみたくなってきた。

○吉井宏デザインのスワロフスキー、新製品がいくつか出ました。

・見ざる聞かざる言わざるの「三猿」
https://bit.ly/2UF4LzF


・フクロウHOOT、踊りたい気分! 「HOOT LET’S DANCE」
https://bit.ly/2Dc6p4Z



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編集後記(05/15)

●偏屈BOOK案内:精日 加速度的に日本化する中国の群像

「精日=精神的日本人」と呼ばれる新しい中国人が、日中両国で注目されている。筆者の取材で得た感触では、「もともと日本人ではないが、日本人や日本社会の生活様式、文化、価値観を高く評価し、自らの生活にも取り入れることで、できるだけ(彼らの考える)日本人に近づこうとする外国人(実際には中国人)」のことだという。聞き慣れない言葉だが、どこの誰が言い出したんだ。

筆者が初めて「精日」という言葉を聞いたのは、2018の全人代における王毅外相の発言だった。「精日をどう思うか」という記者の質問に「中国人的敗類」と吐き捨てた。敗類とは、集団の中の裏切り者、堕落した者、人間のクズという意味で「中国人のクズ」、昔の日本の言葉で「非国民」のような表現である。

日本メディアは「精日=日本の軍服を着た親日派の若者」という、中国当局やメディアのレッテル貼りをあっさり鵜呑みにしているが、この本を読めば、それがまったくのウソであることがわかる。「精日」とは中国共産党の愛国ナショナリズムというプロパガンダに対し「NO!」を表明する人たちであり、中国政府との距離感の変化を見せる、新しい中国人のことを指すのだという。

この本では「精日」という言葉を手がかりに、昨今の中国の対日意識の変化を捉え、併せて日本人が今後どう中国と向かい合うべきかを考える。筆者は共同通信で2001年に中国語ニュースサイト「共同網」を立ちあげた人で、「作られた反日」が転換期を迎えている昨今、「精日」の正当な評価を望んでいる。

中国の反日デモは2012年9月以来、全く起きていない。しかし政府やメディアは、未だに過去の「日本=侵略者」という見方を国民に押しつけている。観光等で来日し、現実の日本を知った人は日本に好感度が高い。「精日」とは、温和、礼節、清潔、秩序、勤勉、協調、謙虚といった、日本人の優れた特性やライフスタイルを尊重し、学び、自分の生活に取り入れようとする中国人をいう。

大手検索サイト「百度」の「精日」解説では「極端に日本軍国主義を崇拝し、自らの民族を恨み、精神的に軍国主義の日本人と自らを同一視する非日本国籍の人々を指す。(略)このような人々は中国や韓国などに分布し、知識レベルの低い若者たちが主体であり、『日雑(日本雑種)』とも呼ばれる。精日は日本軍国主義に熱狂するという明かな特徴があり、他国への興味を自分の国家や民族に対する侮辱や冒涜の上に築いている」と、政権側の定義を用いている。

共産党政権が「精日」を忌み嫌うのは、日本的価値観への支持が、自らの愛国イデオロギー(抗日、反日)や統治を正当化する歴史観への否定に繋がるからだ。しかし「精日」は、日本からいいものを謙虚に学ぼう、いいものはいいと言ってなぜ悪いのか、と考えているだけなのだ。一党独裁のもとの中国人はまるで機械のような均一な思想を持っている、というわけではないことが分かる。

現地取材における相手の個人情報は危険だから出さない。表紙には4人の精日の若者が顔出ししているが、たぶん日本に住んでいる人なのだろう。今の日本には「精中」や「精韓」の日本人もいるが、自らを誇らしくそう名乗ることはせず、ただただ母国を貶める言動に勤しんでいるのだから情けない。(柴田)

「精日 加速度的に日本化する中国の群像」古畑康雄 2019 講談社α新書
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4065128269/dgcrcom-22/



●ドラマ「きのう何食べた?」の続き。このドラマは、弁護士である主人公が、とっても主婦である。食材を安く買うことに努め、スーバーをハシゴする。バランスの良い料理を食卓に並べる。

パートナーが高いアイスクリームをコンビニで買ってきたら責める。わかる、わかるよ、同じものがすぐそばのスーパーなら何割引になることか。

主人公は現実的。ゲイには頼れる子供はいないわけで、老後のことを考えて贅沢をしたくない。家計を担っている以上、無駄なお金は使えない。仕事に忙殺されるよりは、生活を大事にしたいとも言う。続く。(hammer.mule)