ショート・ストーリーのKUNI[247]夢枕に立とう
── ヤマシタクニコ ──

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おれは思った。これはいよいよだなと。
そう思ったとたん、おれの体から意識が離れ、気づいたときはおれはおれの体を見下ろしていた。おれの体は静かに眠っているようだ。もう長くはない。

「よし、そういうことならいよいよ実行するか。だいじょうぶだ。前から計画は立てていたんだから」

おれ@意識は深呼吸をして、よし、と気合いを入れた。気合いを入れて何を実行するかといえば、「夢枕に立つ」ことだ。夢枕というといろんなケースがあるかもしれないが、この場合はつまり、要するに、あの世に旅立つにあたってきちんと、かつさりげなくあいさつをしておきたい。そのための夢枕なのだ。

おれは前々から気になっていた。だれだれが死ぬ前に、自分の夢枕に立ったとか立たないとか。私のところには現れなかったのに、なんであの人のところにとか。いろんな人の話を聞いているとどうもみんな気分次第、超テキトー。ろくに準備も人選もせずにいきあたりばったりで夢枕に立ってるとしか思えない。それってどうなんだ。

おれはちゃらんぽらんな性格と思われているが、意外と計画を立てるのが好きだ。ただし、短期的計画に限る。人生いかに生きるかなどというくそめんどくさい計画を立てるのは大嫌いだ。立ててもたぶんだめそうな気がするし、窮屈そうだし。あ、それでちゃらんぽらんと言われてきたのか、おれは。まあ、それはいいとして。

とりあえず、おれ@意識は、おれ@体が横たわる部屋の窓を抜け、ふわふわと夜の街に出て行った。





さて、計画を立てていたのは事実だが、予定していたよりちょっと早かった。あとひと月くらいは持つだろうと言われていたので、とりあえずのリストアップだけはしておいて、細かいことは来週あたりでいいだろうと思っていたのだが、まあ仕方ない。残された時間の中でどれだけできるか、ここが勝負だ。

最初は誰にしよう。おれはリストを広げる。マサヨにするか。駅の構内をのぞくと、大きな時計が10時10分を差しているのが見えた。10時10分、まあまあの時間か。あいつはおれがつきあった女の中でいちばん早寝・早起き、それはそれはきちんとした女だった。もう今頃は明日の用意をすっかり終え、枕元にスマホやメガネをきちんと並べ、きちんと寝ているに違いない。

そうそう。なにしろ夢枕に立つ、ということは、相手が寝ていないとだめなわけなんだよ。改めていうけど。起きてるときに急に出現したらびっくりさせてしまうし、そもそも夢枕じゃない。そうではなくて、寝てる間にすうっと現れ、後になって「そういえばあのとき・・・」と、あるかなしかの記憶がよみがえってきて、はっとする。それが夢枕ってもんだ。粋だねえ。奥ゆかしい。シャイでスタイリッシュで美意識高めのおれにぴったりじゃないか。

とかなんとか言ってるまにマサヨの家に着いてしまった。おお、計画通りよく寝てるぜ。いやー、しばらく会わないうちにマサヨも老けたなあ。無理ないか。おれがもう60。てことはマサヨも50過ぎてるんだもんな。いやいや、まだまだ若いけどな。

おれはしばらくマサヨの寝顔を見ていた。この女とは4年くらいつきあったっけ。何が理由で別れたっけ。思い出せないくらいだから小さなことだったのだろう。

おれはなんといえばいいのかよくわからなくて、結局「マサヨ。じゃあな」とだけ言って次に向かった。

次は、予定では高校の時の担任のミヤケ先生だ。やさしい先生だった。いい先生だった。遅刻・居眠り常習犯のおれをぼろくそに怒鳴りつけ、おれが下級生をいじめてても見て見ぬ振りをして、そのくせ親にはいいつけ・・・なんだ、全然やさしくないし、いい先生じゃないじゃないか! まあいいけど。

うわさでは、もう年寄りなだけに9時頃に寝るが、それから2〜3時間後に目が覚めて、しばらく起きていたかと思うとまた寝て、夜明け頃に起きるという二部制の睡眠になっているらしい。ということは、いまは多分、第一睡眠の途中だから・・・あれ?

ミヤケ先生宅に近づいてみると窓は煌々と明るく、そうっと中をのぞくと先生はばっちり起きているではないか。パジャマ姿だが、缶チューハイの缶をそばに置き、テレビのニュースなど見ている。ぶつぶつひとりごとを言ってる。

「ふあああ。ろくなニュースをやってないなあ。しかし、最近ますます睡眠がこま切れになっていかん。最近は7時に寝て9時に目が覚め、12時頃に寝直すが3時頃にまた目が覚め、6時頃まで起きてて、それからまた寝るという三部制だもんなあ」

なんだそれ! こっちの予定が狂うじゃないか、迷惑な先生だな。えーい、仕方ない。じゃあまた12時すぎの第二睡眠をねらって出直すか。いやだな、もー。えー、じゃあほかのだれか・・・といっても誰にしよう。

おれはまたポケットからリストを取り出し、広げてみた。

前の会社の後輩にあたるフジワラは確か寝るのが早いから、もうぐうぐう寝てるはずだな。「ぼく、探偵ナイトスクープまで起きてられなくて」といつも言ってたっけ。フジワラのところに行ってみるか。いやしかし、あいつはお調子もんだから、「この間亡くなった先輩ですけど、実は前の晩にぼくの夢枕に立ったんですよ! 先輩、やっぱりぼくのことを特別に気にかけてくれてたんですね。そうじゃないかと思ってたんですが〜 いやあ、惜しいひとを亡くしたな〜」

などと自慢しかねないな。うわあやめてくれ、そんなつもりはなかったんだ、時間がたまたまあいていて、いわばおまえは「あきうめ」で・・・って言いたくても言えないし。

やめておこう。フジワラはなしだ。じゃあどうするか。親もきょうだいも死んでしまったし・・・いとこや甥っ子、姪っ子はいるが、もはや年賀状だけのつきあいだ。夢枕に立つとかえって重荷に感じるかもしれない。

「おい、叔父さん、つまりぼくの死んだ父の弟が死んだらしいんだけど・・・実はゆうべ、叔父さんが夢枕に立ったんだよ!」「えーっ、何それ。叔父さんっていっても年賀状のやりとりしてるだけでもう10年以上会ってなかったんじゃなかった? あたしなんか顔もほとんど覚えてないよー。はげてたか、毛がなかったかも」「一緒だよ、それ! 毛はあったよ。てか、これはやっぱり・・・香典を多めにくれということかな?!」「でないと呪われるとか!」

呪うか、そんなことで! おれだって甥っ子の嫁の顔なんか覚えてないし!

やっぱり親戚関係はやめておこう。ああ、つきあいは難しいなあ。これなら、いっそのことご近所に「お世話になりました」と一軒一軒あいさつしてまわるほうがましだろうか。その場合、タオルか台所洗剤でも持っていくべきか。伺うのは同じ階のお宅に限定、それとも階段単位?・・・いやいや、それじゃ引っ越しのあいさつだよ!

考え出すときりがなく、おれは途方に暮れてしまうばかりだったが、そうこうしているうちに時間が経って、ふと見ると12時をまわっている。おお、今度こそミヤケ先生が寝る時間だ。よっしゃあ。

おれはふわふわと夜の街を移動して、再びミヤケ先生宅に着いた。先生は第二睡眠の真っ最中・・・ではなく老眼鏡をかけてしっかり読書していた。そばには2本目の缶チューハイ。おいっ!

「ああ、今日はどういうわけか目が冴えるなあ。ひさしぶりに徹夜もいいかもしれん」

よくないよ、先生! おれはミヤケ先生をあきらめた。縁がなかったのだ。やさしい先生でもいい先生でもなかったから、別にいいや。そういえばえこひいきもきつかった。ろくな先生じゃなかったな。いまなら絶対SNSでつるし上げられてるぞ。先生、長生きしてください。

おれはまたリストを広げた。

ヤヨイ:2時頃。
ミドリ:2時半頃。
モトミ:3時〜4時。「朝刊が配られるまでには寝ることにしてる」というが、時々朝刊に負ける。

うーん。なぜだかおれのつきあった女達は、夜ふかしタイプが多い。マサヨは超例外だ。

おれは駅前のベンチに座っている人間のスマホを上からのぞき見したり、そこからふわふわと移動して、まだ営業している居酒屋の客の会話を盗み聞きしたりしながら時間をつぶした。

いろいろ考えると、そんなにたくさんの人間の夢枕に立つ必要もなさそうな気がしてきた。それどころか、いきあたりばったりでもよさそうな気もしてきたり。ショッピングモール最上階の時計が「2時」を差しているのを確かめ、おれはヤヨイの家に向かった。

ヤヨイは目を半分開けて寝ていた。慣れているとはいえやや不気味だ。もう堂々たるおばはんだが、おれにはなつかしい、かわいい女だ。しばらく見つめていた後、「じゃあな、ヤヨイ」 そっと頭をなでて、ヤヨイの家を後にした。

ミドリは相変わらずひどい寝相で寝ていた。おれはふとんをかけなおしてやったが、あっという間にはねのけてしまった。パジャマのすきまからへそがまるみえだ。やれやれ。おれは村上春樹みたいにつぶやいてみた。

「じゃあ行くよ、ミドリ」
ぐわーっとものすごいいびきが返ってきた。やれやれ。

最終地、モトミのアパートはそこからだいぶ離れたところにあった。おれはひなびた駅から続くひなびた商店街の上をふわふわと移動し、住宅街のはずれにあるひときわひなびたアパートに向かった。モトミの部屋の窓からすうっと中に入り、おれはびっくりした。

そこは無人だった。家具も何もない。ええっ?! いつの間に。転居届なんかもらわなかったぞ。ひどい。いくらおれがいい加減な男で迷惑かけたからといって・・・同居してたときもほとんど金は入れてなかったし、それどころか別の女に手を出したりしたし、せっかく紹介してくれた会社はすぐに辞めてしまったし、それから・・・他にもいろいろあったけど、でも、ひとことも断りなしに引っ越すなんて! いや、当然か。普通そうだわな。

おれは傷心の体でふわふわと自分の家に戻ってきた。そしてさっきよりさらに衰えがくっきりとわかるおれの体を眺め、そのそばでぼんやりしていた。

すると、暗い部屋の中で何かが動く気配がした。

「何やってんのよ、そんなとこで」

はっとして声のほうを見ると、おれのふとんの隣にもうひとり、ふとんを並べて寝てるやつがいるじゃないか。・・・それはモトミだった!

「せっかく寝たのに目がさめちゃったじゃない。まさかそれ、夢枕に立ってる
つもり? まだ幽霊じゃないよね?」
「おまえ、なんでここに?」
「いやだわ。忘れちゃったの? ぼけちゃった? あんたが病気で、それもかなりやばいと聞いて、看病するためにひと月前に越してきたじゃない」
「そ、そうだっけ?」

そう言われればそんな気もした。

「そうよ。さあこっちに戻って」

モトミにそう言われるとおれはすんなり従う気になった。おれ@意識はごく自然におれ@体の中に戻った。

「そう。それでいいわ」

モトミはおれの手を両の手で包み込んだ。おれの中にあたたかみと同時に、途方もない安堵感が広がった。

「お疲れさま」

モトミの声が、とても遠くに聞こえた。


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御堂筋にはロダンからブールデル、佐藤忠良に舟越保武等々、巨匠の彫刻作品が屋外展示されている。その数29点。設置されたのはだいぶ前で、今ごろいうのもどうかという話なんですが、これまであまりぴんと来てませんでした。

ちょっと前に、淀屋橋からポケgoをしながら南へぶらぶらと歩いていたら、その彫刻作品の多くがポケストップになってることに気づいたので、関心を持ったのです(おい)。いや、どうせなら「おお」と思わせるギフトを取りたいですしね。

ポケgoをはさておくとしても、初夏の御堂筋はイチョウの新緑がビル街に映えてとてもすてきです。ぜひ、みなさまも彫刻作品を鑑賞しながらお散歩を!