ユーレカの日々[72]東京はミードの夢をみるか?/まつむらまきお

投稿:  著者:  読了時間:11分(本文:約5,400文字)



「シド・ミード展」が東京で開催されている。いやもう、これは行かねばなるまい。ということで、他のイベントと合わせてひさしぶりに上京した。
会場:東京 秋葉原 アーツ千代田3331
会期:2019年4月27日(土)〜6月2日(日)
https://www.3331.jp/schedule/004722.html

●ビジュアル・フューチャリスト

シド・ミードを知ったのは、大学生の頃だろうか。多分、雑誌『スターログ』の記事だと思う。79年公開のスター・トレックのヴィジャー、82年公開の、ブレードランナーのスピナー、トロンのライトサイクル、85年のエイリアン2など、80年代SFブームの未来デザインを一手に引き受けていた人だ。

小学生の時にサンダーバード、中学時代にヤマト、高校時代にStarWarsとガンダム、大学時代にマクロスという世代なので、実在するメカより架空メカが大好き。これらの中でも、シド・ミードの描くシンプルで美しく、印象的なフォルムは圧倒的な存在感だった。

ミードの過去の展覧会は行ってないので、原画を見たのは数年前のStarWars展が最初だった。画集「star wars visions」に寄稿されたミードの作品は『荒廃したシスの惑星』というタイトルで、宇宙空間に浮かぶ、円筒形の構造物のイラストだ。

荒廃したシスの惑星
https://www.inside-games.jp/article/img/2015/04/30/87274/573218.fullscreen.html





よくよく見ると、円の中心にコンパスの穴が開いているのを発見。家に帰ってから画集で確認すると、やはり、堂々と穴が写っている。さすが大物、コンパスの穴など気にしないのだなぁと、妙に感心した。

さて、今回のミード展。会場は秋葉原のアーツ千代田3331。30分ほど待たされてから入場すると、正面の壁の、大きくプリントされた未来都市が目に入る。もう、この時点で心が震える。

原画もあり、とても精緻な仕事なのだが、ミードのビジョンは、映画で慣れ親しんでいるからだろうか、壁一面に大きくひきのばされたパノラマ風景が、ああ、ミードの世界に来た、と思わせてくれる。

各時代の作品がずらっと並ぶが、入ってすぐに、ミードの最初の画集『SENTINEL』の表紙が目に飛び込んでくる。

洋書の画集『SENTINEL』が出たのは40年前。1979年で、ぼくが高校3年だ。LPジャケットサイズの正方形で、同じシリーズのロジャー・ディーン画集『views』とならんで、あこがれの画集だった。

学生の身には高価であることと、洋書なのでシュリンクされていて、中が見られず、なかなか買うことができなかった。2年くらい迷ったあげく、臨時収入があった時にイエナ書店で買って、下宿でシュリンクを開け、本が壊れないように大切に見た憶えがある。

画集は当時の製版の限界だろうか、けっこうぼやけていたのだが、今回原画をくっきりHD画質で見られて満足。

Steel Couture Futurist Sentinel 1978
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/9063325916/dgcrcom-22/

SENTINEL〈2〉 1987/5
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062023229/dgcrcom-22/

Views 2009/3/1
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0061717096/dgcrcom-22/

●ブレードランナーの絵

そして、やはり『ブレードランナー』のデザイン画コーナー。いろんな雑誌や本に収録されて、何度も見てきた絵だが、これらの絵は、他の作品とは違うオーラを感じる。なんだろうと思い、ふと気がついた。「この絵が描かれた時、この世界にはまだ、ブレードランナーという映画は存在していなかった」のだ。

いや、すごい。この人はブレードランナーという映画を見ずに、これを描いたのか! と、当たり前のことに感動してしまう。

『エイリアン2』、『2010』などのデザイン画もあったが、あとあとの影響力を考えるとやはり、ブレードランナーの画稿は神々しい。

10年ほど前のStarWars展で、ジョー・ジョンストンと、ラルフ・マッカリーの絵を見た時も、これが描かれた時に、まだスターウォーズは無かったのだと気づき、心が震えた。

これらの小さな絵が、イメージの源泉となり、世界を変えてしまうほどの影響力を持つ作品となる。なのに、芸術作品の作家たちとは違い、一般の人たちは、この絵の作者名など、まったく知らない。

そういえば、シド・ミードもラルフ・マッカリーも、デザイン画だけでなく、マットアート(画面で合成するための、背景画)を直接本人たちが手がけている。ブレードランナーのデッカードのアパートの前の通りのショットや、デッカードがベランダから下を見下ろすショットなどがたしか、ミード自ら描いてたはず。

「こんな絵、スタッフが再現無理って言ってるから、あんた描いてよ」
「えー、しゃーないなぁ」
というような会話があったのか、なかったのか。

●一流は仕事を選ばない

スターログの推しが影響したのか、シド・ミードは日本でたくさん仕事をしている。

今回の展覧会でも印象的だったのは1983年、フジサンケイグループ主催の国際スポーツフェアのポスター。巨大なロボットのドッグレースがおこなわれているスタジアムの様子が描かれている。

なぜスポーツイベントのポスターがシド・ミードのロボットの絵なのか、当時も今も、首を傾げてしまうのだが、この絵は当時、駅貼りポスターになって、都内の各地で目にすることができた。

めちゃくちゃ欲しかったのだが、人の多い都心で剥がして持って帰るわけにもいかず、当時のスターログに折込口絵として収録されたのがうれしかったのを覚えている。

展覧会では触れられていなかったが、80年代にシド・ミードがデザインした魔法瓶があった。

この頃、海外のプロダクトデザイナーに日本のメーカーがデザインを依頼するのが流行っており、イタリアのマリオ・ベリーニはヤマハのカセットデッキと象印の魔法瓶、大阪ガスのファンヒーターなどをデザイン、同じくイタリアのデザイナー、ジウジアーロはカセットテープだとか、エアコンだとか。

それぞれがデザイナーの名前を出して宣伝していた、いわゆる「デザイナー家電」だ。そういった流れで、シド・ミードの魔法瓶が登場したのだ。

タイガー魔法瓶の製品で、オリジナルはもう販売されていないが、調べてみると、今でもマイナーチェンジを重ねているそうだ。見比べてみると、たしかにオリジナルデザインを見事に継承している!

バブル期に有名デザイナーに依頼した、ちゃらいプロダクトかと思っていたが、そうじゃなかったんですね。タイガー魔法瓶、すばらしいです。

オリジナル
[80’s Syd Mead/シド・ミード デザイン「とら~ず」ポット]
BLOG|Graphio/büro-stil グラフィオ/ビューロスタイル
http://www.graphio-buro.com/blog/industrial/syd-mead-for-tiger.html

現行商品
[ステンレスエアーポット〈とら〜ず〉MAA-C | 製品情報 | タイガー魔法瓶]
https://www.tiger.jp/product/jug/MAA-C.html

●私だけが知っているミードの『つかしん』

この時期のミードの仕事で、ほとんど知られていないものがある。『つかしん』という、兵庫県尼崎市に西武(当時)が開発した、大型ショッピングセンター。1985年オープン、西武グループがブイブイ言わせていた時代で、西武の関西進出の足がかりとして計画された。

このショッピングセンターのパース(完成予想図)を、シド・ミードが手がけており、オープン当時、ポスターなどで使われていた。

よくあるマンション売出しポスターと同じような、ショッピングモールとその周辺の鳥瞰図なのだが、パースがきつく、ちょっと変わった雰囲気がある絵で、なんだろうとよくよく見てみると右下にシド・ミードのサインが入っていて、びっくりした。この絵が表紙のパンフレットは今でも大切に保存してあるが、そこにはシド・ミードという名前は一切出てこない。

おそらく、ショッピングモールのデザインには、かかわっていないだろうから(当時めずらしかった斜行エレベーターがちょっと未来っぽいが)、単なるパース描きとして、ミードに依頼したことになる。

さすがバブル期、ブイブイいわせていた西武の絶頂期である。この仕事はネットで検索しても出てこないので、気がついた人も少ないのだろう。Twitterに写真あげておくので、興味のある人は見てみてください。


●手で描くためのデザイン…なのか

展覧会では、最後に日本のアニメ『ヤマト2520』(ビデオシリーズ)(1995)と『∀ガンダム』(1999)のデザインワークが紹介されている。

ハリウッドのSFヒット作で活躍するミードのデザイン。この二本は、まだCG作画ではなかった時代で、ミードの複雑なデザインを手描きでアニメにするのは、さぞかし大変だったろうなぁと思う。

今回、展示はなかったが、『トロン』のライトサイクルや戦車、空中戦艦のデザインは、ごくシンプル。これは当時のコンピューターの性能上の制限からだと思う。

とすれば、手描きアニメ用にもっとシンプルなデザインをオーダーできたはず。なんだかこのふたつのデザインが、アンモナイトの異常巻のように、極端に進化した絶滅動物のように見えてしまったのは僕だけだろうか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%8B%E3%83%86%E3%82%B9

●あと半年でブレードランナーに追いつく

展覧会を見た後、神田に呑みに行ったのだが、神田祭の神輿をかつぐ人々も、JRの高架も、なにもかもがシド・ミードに見えてしまう。ああ、そういえば、あと半年で2019年11月がやってくる。そう、ブレードランナーの舞台となった時が近づいているのだ。巨大なビルの間を複雑に走る高架はミードの絵のようだけど、そこにはスピナーは飛んでいない。

大学時代からミードの絵はずっと追いかけてきたが、自分自身では、ミードのように描きたい、デザインができれば、と思ったことは、不思議と一度もない。

まぁ、最初から無理と思わせるほどの技量なのは言うまでもないが、それ以上に、ミードの描く世界はあまりにも美しく、希望に満ちていて、毒がない。

どのメカも、絶対に故障なんかせず、人間はみな聡明で、完璧に機械をコントロールできる世界。それを描くことは、ぼくには無理だ。機械は常に不調で、部品はツギハギ、街には壊れたメカが打ち捨てられている。そういう世界しか想像できない。

ああ、そうか。2019年になった今、世界がまだ、ミードの描いた未来にはなっていないのは、科学技術の問題ではない。人間の問題なのだ。

ガンダムのイラストで、戦闘シーンを描いたものがあるが、これらの絵は驚くほど、魅力に欠けている。

ブレードランナーやエイリアン2などの絵は、デザインは一緒だけども、映画で描かれたような、生活感や生死をかけた戦いの場面ではなく、美しく理想的な場面ばかり。

スピナーの絵でも、パイロットは地上を見下ろして笑みを浮かべているのだが、映画では強力わかもとの芸者以外、だれもそんな幸せそうな笑顔を見せない。そう、ミードの絵には、毒がないのだ。

うらみ、ねたみ、ひがみ、つらみ。人間がそういった業から逃れられない限り、ミードの描く世界はやってこない。そして、そういった業から人間が逃れられる時は来ないだろう。

でも、それこそが人間の面白さだとも思う。ミードの描く世界はとても魅力的だが、そこにぼくの居場所はなさそうだ。大丈夫、ぼくはミードの描く美しい世界も大好きだが、薄汚れたこの世界が、もっと好きなのだ。


【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学教授】
twitter: https://twitter.com/makio_matsumura
http://www.makion.net/
mailto:makio@makion.net

世間の改元フィーバー(死語)にうんざり。平成史を振り返るって、みんなそんなに元号で認識してた? この前まで80年代、90年代って、西暦で言ってたじゃん!

ポスターなどで日時をわざわざ元号で書いているのを見て、ほんとうんざり。こうなったら自分では元号……じゃなかったJIS歴を一切使わないぞ、と決心する(前からできる限り使わなかったが)。

書類に元号があらかじめ書いてあっても、抹消して西暦…じゃなかったISO歴で表記してくれるわ! と決心したのだが、そう意識すると、OCRの選択肢でJIS以外選べない書類のなんと多いことか。うんざりだ!