装飾山イバラ道[246]作品を仕上げるということ
── 武田瑛夢 ──

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絵やデザインを作成する時に、描きたいことへ向かうスピードは様々だと思う。自分の絵画作品なら、私は描きたいところをまず先に描くことが多い。しかし、デザイン案となると少し違う。

あらゆる可能性や、既存のものとかぶらないかのチェック、アタリマエからいかに離すかなどの、アイデアの回り道の時間がとても大切なのだ。

複数人の会議でのブレインストーミングをする場合は、次々にアイデアを出してはぶつけて、安易な案を捻り潰していくようなこともある。

自分が一人で絵に向かう時も、この時の経験のせいか、心の声があーでもないこーでもないと騒がしいことがある。もちろん描きたい気持ちが勝れば、何でも描いてみればいい。心の真ん中にすわる自分の意思が強ければ、雑音はいつかおさまる。

デザイン作業だと必要なあらゆる可能性の幅は、絵画作業だとなんだか邪魔に感じることもあるのだ。





●主観と客観のバランス

物事に取り組む時に必要とされるのは、結局は集中力だ。一つの作業を黙々と延々と、やり続けられることで完成スピードが上がり、手数が蓄積されていく。

しかし集中のあまり、周りが見えなくなり、全体観を失ってやりすぎてしまうこともある。時には離れて作品を見ることも大切だ。

ここでも何度も書いたと思うけれど、寝て起きて初めて作品を見る時の数十秒は、価値ある時間。自分が自分の描いているものを客観視できる、数少ないタイミングでもある。

良い感じに来ているのか、思ったほどでもないのかは見てすぐにわかり、チェックポイントをノートに書き留める。した方がいいこと、可能性を試したいことなどだ。

これはどんな仕事でも同じようなことがあると思う。人に意見を聞くのも大切だけれど、自分の中の他人を呼び起こして助けてもらえると便利だ。

では、どうやったら「自分の中の他人=客観的視点」を、いつでも簡単に呼び出せるのだろうか。

時には、遊んでいる最中に取り組んでいる題材の良いヒントを思いつくことがある。違うことをしている最中だからこそ、別の脳が働いていて、その脳の部分で作品や題材を見るような感じだ。

旅行から帰ってきた後で見るとか、別の仕事で頭をパンパンにした後で見るとか、脳の状態が違う時を利用するのもいい。

お酒を飲んだ時も違う視点で見えるけれど、ポジティブに見えるかネガティブに見えるかどちらに転ぶか分からないので、あまりお勧めできない。ネガティブに見えすぎるのは辛いからだ。

●一度別のものに置き換える

主観的な見方で、現状に執着している状態を切り離して考えるためには、一度「現状を明らか」にしておくのが大切だ。

作品を写真に撮ってプリントするとか、別の紙に再度スケッチしてみるとか。カラー作品なら、モノクロでプリントしてみるなどもいい。文章で表現してみるのも、おすすめだ。

色がきついとか、コントラストがないとか、パッと見て気がついたところをメモに書き出す。「全然ダメ」などのといった抽象的な評価の言葉は避けて、具体的な発見だけをどんどん書く。

「すごく鮮やか」など、ポジティブな発見は書いていいと思う。良くない個所ほど、具体的に「線が太すぎる」などと書くのだ。

この発見メモも、時間をおいて読むとまた違って感じられる。煮詰まってしまった頭には、他人の言葉よりもよく効くのは、自分の過去の言葉だったりする。

過去の発見メモの一言を読んで、なんだ最初からこれで良かったのかと、自分に助けてもらう。

WEBサイトに貼る小さい画像の「サムネイル」。これを作っている時に、「小さくすると○○に見えるんだな」と気がつくことがある。思いっきり小さくしたり、部分を拡大するのも、客観的に作品を見るチェックにとても良いと思う。

そして、これも何度か記事にしている、手鏡で作品を反転させてみる方法。私はデジタルアートなんだから、データでいくらでも鏡像反転できるのに、手鏡でのチェックを今でもしている。鏡の世界は独特で好きなのだ。

鏡の世界で見ると、パソコン画面の状態を丸ごとで反転しているので面白い。ふと、机の上がゴチャゴチャなのに気づいたりもする。

常に視界の中にあり続けることで消えてしまう「気にしなくて良いもの」を明らかにできるのが、鏡なのかもしれない。

会社員時代、トイレで手洗いをしていたら、鏡に映った同僚に声をかけられてビックリしたことがあった。一瞬「誰?」と思ってしまったのだ。鏡の中の見知らぬ人は、ついさっきまで話していた人と同じという不思議。経験ありませんか?

家でも洗面台で鏡越しに夫を見て、あれこんな顔だっけ? とプチ驚きが起こることも。夫のことは年中見ているのに、鏡に映るだけで特徴が露わになって驚いたのだ。

●吟味にかける時間

プリント、メモ、鏡、何度でも別の角度から見直すことで、ここをもっと素敵にできるという作品の声が聞こえてくる。

次はここで、そう来れば次はここ。テニスの選手のように作品作りにもゾーンに入るということはあると思う。短い時間の中で、画面の全てが見渡せていて、迷いなく手が進むような時。

これはいつでもそうなら苦労しない最高な感覚だ。しかし、いつもそうではないので、今回の記事があるのだ。

まったく違う遊びや文化から絵の世界に戻ってくること、そして結局は絵の中で解決すること。作品に戻って来さえすれば、遊びや気分転換で得たひらめきを無駄にすることはない。

●時間の限度

私は平和で幸せな時間が好きだ。しかし、花が枯れたり、物の色が褪せたり、壊れたりする現実を見ることで、時間の厳しさを知ることができる。

この世のどんなものもずっと同じに存在することはなく、変わりゆくものだ。心だって、生きつづければ、知らないことを知り、知っていたことを忘れる。

今の時間の中で変わりゆく自分が、変わりゆく途中の人々と交流しているのだ。自分を、どう楽しませて、どう人の役に立てるのか。活かせる素材はないのか、考える。

作品を作り終える時は、その一枚でやりたかったことが見えた時だ。見せたいと思う人がいる世界で、見せられる状態にすることが当たり前だけれど大切。時間は誰にでも価値があり、限度があるのだ。

この自分が今交流できる方々に何をしていけるのか、残り半分の2019年にしておきたいことを書き留めることにしよう。


【武田瑛夢/たけだえいむ】
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
http://www.eimu.com/


東京2020の観戦チケット申し込み、終えたけれどなんだか難しかった。あとは天に任せよう。何かしら当たりますように。