エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[37]くじ引き特等 泉のほとり
── 松岡永子 ──

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◎くじ引き特等

今年のゴールデンウィーク、中国・西安に行ってきました。初めての海外旅行です。飛行機は嫌い(だって、鉄の塊が飛ぶなんて!)。だから一生海外旅行なんてしないと思っていました。

ところが、あるところで四川航空の大阪ー西安往復航空券(ペア)が当たりました。西安といえば、いにしえの都、長安。憧れもあったし、何かのおぼしめしかもしれないと思って行くことにしました。

関空から西安まで直行便だと4時間半くらい。飛行機に乗っている時間が長くないことも、西安に行くことにした理由のひとつです。

旅行には超短編ナンバーズのメンバーでもある柴田さんを誘いました。柴田さんの西安旅行記は5月30日に掲載されています。
https://bn.dgcr.com/archives/20190530110100.html






西安観光といえばまず兵馬俑ですが、わたしは兵馬俑には行きたくなかったんです、今回は。

わたしが一番したかったのは、「ああ、ここが遣唐使が苦労の末にたどり着いた長安かあ」と、感慨にふけること。だから、城壁と城内をゆっくり歩きたい。兵馬俑を見に行けば一日かかることは分っているから、今回はパスしたかった。

京都でいえば、今日は御所をじっくり味わいたいから嵐山はパス、といった感じでしょうか。スケールはかなり違いますけど。でも、たいていの人は有名観光地に行きたいだろう……

その点柴田さんは、以前西安に行ったことがあって、兵馬俑も見たそうだし。わがままいってもいいかな、と。それに柴田さんは、「中国語、ちょっとだけできるよ」とおっしゃってましたので、日本語はまったく通じないと聞く西安で頼りになるかな、とも思いました。

実際に行ってみて、西安では日本語は通じない、という話は本当でした。柴田さんの、ちょっとだけ喋れる、という話は嘘でした。

全然「ちょっとだけ」ではありません。完全にコミュニケーションが取れてました。柴田さんが流暢にしゃべるから、隣にいるわたしまで話しかけられて、焦りました。

ネットで取ったホテルは素泊まりだったので、朝食を食べに出て(町にお店はたくさんあって少しも困りませんでした)そのまま観光に行きました。

柴田さんおすすめの興慶宮公園にも行きました。玄宗皇帝と楊貴妃が遊んだ宮廷の跡で、阿倍仲麻呂の碑があるところです。

https://blog.goo.ne.jp/nifatadumi/e/449b10560fed86346d2bdb77b3c9d0b8


季候がよかったこともあってか、公園にはたくさんの人がいてそれぞれに楽しんでいました。ランニングやダンス、バドミントンなど、日本の公園でも見る風景。そのなかに、敷石に水で字を書いている人たちがいました。


◎泉のほとり

水を汲み上げる。きのう雑貨屋で買った安物のポリバケツだけれど、そんなことは関係ないらしい。腕ほどの長さの筆に泉の水を含ませ、敷石に古い詩を書く。向こうでは 錆びたペンキ缶を使っている人がいる。簡素な道具だけれど、筆の入れ方、運び方、止めも払いも端正で、見惚れるほど美しい。

彼が一編の詩を書き終えると、途端に文字は蒸発してしまう。跡形もない。この泉に御座すのは文芸を司る女神だという。嘉せらるればその文辞は即座に召し上げられる。ぼくの足下は水浸しだ。

その昔、人は言葉を永遠に刻むために文字を発明した。今この泉のほとりに集う人々は、文字が刹那に昇華することを願う。


【松岡永子】
mail nifatadumi@gmail.com
blog http://blog.goo.ne.jp/nifatadumi


日本に帰ってから検索したら「地面書道」っていうらしいですね。中国ではわりとポピュラーな風景らしい。きれいな字が書けるって、憧れるなあ。