わが逃走[241]美しい話と美しくない話 の巻
── 齋藤 浩 ──

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やあジョージ。美しい話と美しくない話があるんだ。
どっちから聞きたい?

では、まずは美しい話から。

といっても話自体が美しいわけではなく、美しいものを見て感動した話。





昨日の午後、近所のパン屋まで行こうといいかげんな格好(10年くらい着ている伸びきったTシャツ+便所サンダル)で世田谷区役所の前を歩いていると、向こうからこの世のものとは思えないほど美しい車が、この世のものとは思えないほど美しいエグゾーストノートとともに現れた。

エラン!
エランエランエランエランエランエラン!
真っ赤なロータス・エラン!が
目の前で止まった。

博物館やクラシックスポーツカーのお店ではなく、
公道でエラン!
なんだこれは!
美しすぎる!

ここまでのコンディションのエランは初めて見た。
しかも、普通に走って、止まっているのだ。
ミニバンやタクシーじゃないぞ。
エランが、エランが、エランがー!!!!
エランが普通に走って、止まっているのだ。
この衝撃と感動をどう伝えたらよいものか。

まず印象に残ったのは鮮烈な赤と銀とのコントラストだ。
いうまでもなくボディが赤、バンパーが銀。
銀は銀でも素材の色ではなく、ペイントの銀。
印刷物に例えれば、安っぽい銀箔とはちがう、
ヴァンヌーボに刷られたインク! 刷り銀に近いイメージだ。

そして足元をみると、純黒のタイヤとホイールのいぶし銀、
そしてロータス社刻印入りホイールキャップのきらびやかな銀。
この無彩色のハーモニー!
どんな車だってタイヤは黒でホイールは銀でしょ?
いや違う! 違う! 違うんだって、エランは違うのだ。
その直径と幅の比率だけとっても究極の黄金比なの!
さらに離れて見ても、真っ赤なボディと足廻りとのコントラストが絶妙でしょ?

さらにインテリアは品のあるウッディでフラットなインパネ、
そしてメッキ加工されたスイッチの数々。
ウッドのステアリングホイール、そしてシフトノブ!
これぞ対比の美学である!

美術館で美術品を見るには、まず美術館に行って入場券買って名画まで歩いて行かなくちゃいけないのに、エランは向こうから、向こうからやってきてくれたんだよううううう。

ここまで読めばおわかりいただけたと思いますが、もう、完全に狂気モードに入ってましたね。はたから見たら、私は相当アブナイ人だったと思います。で、改めて思い返すと、

全体のフォルムだけでなく、サイドのエンブレムの書体やワイパーのメッキなど、細かいディテールまでもが驚くほど鮮明に記憶されているのです。

このところ物忘れが激しく、もう若い頃のような記憶力は戻らないと思っていたのですが、なにかに感動すると脳が本気出してくるんですね。

で、なりふりかまわずオーナーさんに、スバラシイです! と話しかけてしまった。感動のあまり顔が狂気に満ちていたはずだ。かなりビビらせてしまったかも。オーナーさんごめんなさい。

某社カタログ入稿前だというのに、記憶にとどめるべく帰宅後早速スケッチした。引きもよけりゃ寄りもイイ。ドアのヒンジ付近のラインもとくに印象的だった。視覚的にきちんと開きそうな安心感。

この剛性を感じさせるクランク状の切り欠きっぷりが、曲線主体の小柄でエレガントなフォルムのアクセントとして絶妙に効いていた。
https://bn.dgcr.com/archives/2019/07/04/images/001

さて、次に美しくない話を書こうかと思っていたのだが、エランに対する冒涜となりうると判断し削除した次第。ではまた次回!


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。