羽化の作法[88]現在編 聴こえない音楽
── 武 盾一郎 ──

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「音楽は好きですか?」と問われて、「嫌いです」と答える人ってそんなにいないと思います。誰もがお気に入りのアーティストや、好きなジャンルがありますよね。

今は音楽が溢れている時代です。SNS動画のBGMに使われている音楽、アラーム、入店すると鳴る音楽なども含めると、日常で音楽を聴かない時間はないと思います。

ところで音楽とはなんでしょうか?





パッとすぐに思うのは、音楽とは「曲」ですよね。ウィキペディアで「音楽」を調べると、音楽には3つの要件があると書いてあります。

1.材料に音を用いる
2.音の性質を利用して組み合わせる
3.時間の流れの中で材料(音)を組み合わせる

そして「音楽行為に関しては、現代では一般的に「作曲」「演奏」「鑑賞」が基本として考えられている」と記述してあります。
音楽 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E6%A5%BD


「時間の流れの中で音を組み合わせる」のが音楽。確かにそうですね。ドレミといった音階でメロディーを作らなくても、音を組み合わせれば音楽になります。ノイズやアンビエントなんかはそうですよね。

そして、「作る、奏でる、聴く」が揃って音楽だ、ということも当たり前のように納得します。

「作ると奏でる」がコンピュータによる自動生成・演奏だとしても音楽ですよね。では、人間が作り、奏でて、聴く相手がロボットだったら、音楽でしょうかね? 私は「音楽」だと思います。

自分が作って自分で聴くだけでも音楽ですよね。中学の時に私は、ダブルラジカセとローランドの「SH-2」という、アナログのモノラルシンセサイザーを買ってもらいました。

まずバスドラの音「ボン」を作り、その音を「ボン、ボン、ボン・・・・」と弾いて録音します。そのテープをダビングしながらスネアの音を「パン、パン、パン・・・」と重ねるという「ピンポン録音」というのをやって、自分で曲を作って遊んでました。でき上がっても聴かせる人はいません。自分で一人で聴いてました。それでも本当に楽しかったんです。で、これも「音楽」ですよね。

「音楽」というのは大体こんな感じですよね。ところがこれ以外にも「音楽」はあります。

それは人間には聴こえない「宇宙の音楽」です。

●聴こえない音楽

「あー、それって、ふわっとした喩え話?」と思うかもしれませんが、別に私の個人的な詩的表現ではなく、割と厳然とそう考えられてきた概念なのです。時代はうんと遡ります。古代ギリシアです。まずはウェブサイトのテキストをそのまま引用します。

▽「天球」とは天体がその上を運行すると考えられた地球を中心とする球体のこと。古代ギリシャより、天体の運行が音を発し、宇宙全体が和声を奏でているという発想があり、これが「天球の音楽」と呼ばれた。

その響きはきわめて大きいが、つねに鳴り続けているため人間の耳には気づかれないとされる。こうした発想の根底には宇宙が数の原理に基づき、音楽はこの原理を体現するという西洋の伝統的思想がある。

天球の音楽を着想したのはピタゴラスとされる。プラトン、プトレマイオス、アウグスティヌス、ボエティウスら、多くの思想家がこの発想を受け継いだ。ケプラーも自身の理論を天球の音楽に結びつけた。

彼らは音楽を「ムーシカ・ムーンダーナ(宇宙の音楽:天球が発する音楽)」、「ムーシカ・フマーナ(人間の音楽:人体が発する聞こえない音楽)」、「ムーシカ・インストルメンターリス(器楽の音楽:人間がつくる聞こえる音楽)」に分け、これらは段階をもちながら調和していると考えた。

感情や自己の表現を音楽の本質とする見方が普及した19世紀以降、こうした音楽観は顧みられなくなっていく。

しかし、20世紀にはこの発想にいくつかの新しい光が当てられた。まず、シェーンベルクに始まり、いわゆる前衛音楽家が受け継いだ、数の原理を強調するセリー音楽の系譜によって。また、サウンドスケープ概念の提唱者、R・M・シェーファーもこの概念を天球の音楽と関連づけた。

彼の主著『世界の調律』(1977)のタイトルや表紙は、ケプラーと同時期に天球の音楽に関する理論を展開したR・フラッドの著作から取られている。▽

https://artscape.jp/artword/index.php/%e5%a4%a9%e7%90%83%e3%81%ae%e9%9f%b3%e6%a5%bd


ここでは「音楽には三種類ある」と書いてあります。

1.宇宙の音楽:天球が発する音楽(聴こえない)
2.人間の音楽:人体が発する音楽(聴こえない)
3.楽器の音楽:人間が作る音楽(聴こえる)

古代の人は三種類のうち二種類は聴こえない音楽で、人間が作る音楽はそのうちのひとつとして認識していたんですね。

では順を追って説明します。

1◇宇宙の音楽

引用には「天空の音楽の着想はピタゴラス」だと書いてますが、ピタゴラスについてこんなテキストがありました。

「ギリシャの哲学者ピュタゴラスは和音と数の結びつきを明らかにし、宇宙は数の法則で支配され、音楽で満たされているとした」
『ハーモノグラフ』より
https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=3697


数のハーモニーが宇宙、というイメージでしょうかね。

「宇宙は数の法則で支配され」とありますが、その通り宇宙の謎は科学は始まって以来、数学を使って解いています。

ただ、後半の言葉「宇宙は音楽で満たされている」はどうなったかと言うと、今では「人が作ったもの限定」になってしまっています。

けど、宇宙って音楽で満たされてるような気がしませんか?

満天の星空を見上げて、「なんか星空って音楽だよね?」って言われたらあなたは、「それはない。絶対ない。真空だから音、響かないし。現に今、空から音なんてきこえて来てないし」と答えますか?

もし超弦理論が正しければ、私たち生物も含めたすべての物質は「ひもの振動」でできてることになります。それって紛れもなく「聴こえない音楽」ですし、宇宙全体が音楽ってことですし、ピタゴラスは正しかったことになりますよね。最新の科学が2500年前に言ってたことを立証するのかも知れません。

2◇人間の音楽

では、人体が発する聞こえない音楽(ムーシカ・フマーナ)とはなんなのでしょうか?

「ボエティウス」について、ウィキペディアにはこう書かれています。

「彼は『音楽綱要』(De institutione musica、『音楽教程』)全5巻を著し、プトレマイオスの音階論を踏襲しながら、古代ギリシアの音楽論を伝承した。彼はこの本の中で、音楽を「世界の調和としての音楽(ムジカ・ムンダーナ)」「人間の調和としての音楽(ムジカ・フマーナ)」「楽器や声を通して実際に鳴り響く音楽(ムジカ・インストゥルメンターリス)」に分類している。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%A8%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A6%E3%82%B9


「人間の調和としての音楽」ってことなんですね。ではこの「人間の調和としての音楽」ってなんなんでしょう? 検索してみるとありました。「人間の心身をつかさどる。この調律が狂うと病気になり、性格がゆがむ」ら
しい。『ムジカ・ムンダーナ(宇宙の音楽)』より
http://www.uruyusu.net/x-con/?p=1951


どうやら「人間の音楽」とは、「健康」に関することらしいですね。

現代の医学で「人間には聴こえない音楽があって調律が狂うと病気になる」という解釈はまったくなさそうですが、喩え話として「調律が狂うと病気になる」は分かるような気がします。でも、ひょっとしたら本当にそうかもしれないですけど。

3◇楽器の音楽:人間が作る音楽(聴こえる)

これがいわゆる、今の私たちの音楽ですね。てことは、現代人は音楽の意味がものすごく狭められてしまっていることになります。

理由は引用にあるように、「感情や自己の表現を音楽の本質とする見方が普及した19世紀以降、こうした音楽観は顧みられなくなっていく」とのことです。ロマン派の仕業か(笑)

ロマン派音楽
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%B3%E6%B4%BE%E9%9F%B3%E6%A5%BD


また、天動説が地動説になり、科学的なものの見方が主流になったのも関係してますよね。「天球」は天動説から生じてるので、「聴こえない天球の音楽」をそのままモチーフとして扱っても、懐古趣味かオカルトになってしまいそうです。(それでも充分魅力的ではありますが)

でも、天動説は100%間違いってワケではないんですよ。

〈私〉という主観からすると、本当に星も太陽も月も大空を巡っているのですから。私一人だけにそう見えるのではなく、誰の主観からでも星は空を回っているでしょう? そういった意味では天動説は正しいのです。

天動説を外側から見たものとして表現しようとすると、誤りが生じてしまうのです。天動説はあくまでも〈私〉という内側から、宇宙を見た描像なのです。

外側から見た場合の解説が科学です。基本、科学的であった方が良いと思います。しかしです。「内側から見る世界」を切り捨ててはいけないのです。

科学という客観的視点が確立すると、芸術(や哲学)はより主観的になります。かつては主観と客観が一緒になっていたのが分離して、各々が純化して行くのです。

エッセンスを追求し純粋・抽象化、または細分化してゆく。「近代」とは恐らくそういう時代だったのです。

ところが21世紀の今、科学も哲学も先鋭化した挙句に、再び統合される方向に来てると感じます。

例えば、文系と理系がだんだん意味を持たなくなってきてますよね。また、ジョブズが禅宗だったり、グーグルが瞑想を取り入れたりと、東洋と西洋の思想が融合してきたり。それから、意識という主観を科学するようになったり、と。

ですので、現在では音楽としてまったく考慮されなくなっている「1.宇宙の音楽」「2.人間の音楽」のような「聴こえない音楽」は、今後復活するような気もしてます。

ひとつ、「聴こえない音楽を聴くこと」として、「CDではなく生演奏を聴く」というのがあると思います。

「それ、聴こえる音楽じゃないか!」と思うかもしれませんが、CDでは可聴範囲の音しか再現されません。しかし、実際の演奏では聴こえない周波数の音も出ています。

生演奏がCDと違った印象を受けるのは、もちろん生身の演奏者の存在があり、ステージ演出があったりするからなのですが、聴こえない音があるからだとも言われています。

そして、この聴こえない音が人間には重要だと、最近よく言われるようになってきています。

例えば、森林浴をすると癒されますよね。森には虫や鳥たちの聴こえない声(超音波)がいっぱいあって、それが癒しの効果を上げているらしいのです。そして、それら聴こえない音は、身体で聴いているようなのです。ハイパーソニックっていうんですね。

ハイパーソニック・エフェクト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88


ハイパーソニックについての記述は、環境省のウェブサイトにもありました。
https://www.env.go.jp/nature/nats/sound/index.html


pdfファイル
https://www.env.go.jp/nature/nats/sound/pdf/panel_hypersonicsound.pdf


ここらあたりの「聴こえない音楽」が発展していって、かつての音楽観「聴こえない宇宙の音楽」と「聴こえない人間の音楽」が音楽として復活すると面白いなあと思うのです。

最後にこの曲を贈ります。
有頂天『大失敗’85』


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