[4828] 自由エネルギー原理 ― 個体が外界を理解しに行く数理モデル[前編]

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《意識の謎に意識を捉えられている身としては》

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 自由エネルギー原理 ― 個体が外界を理解しに行く数理モデル[前編]
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自由エネルギー原理 ― 個体が外界を理解しに行く数理モデル[前編]

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http://bn.dgcr.com/archives/20190712110100.html
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『シンギュラリティサロン @東京 第31回公開講演会』聴講レポート

名称:シンギュラリティサロン @東京 第31回公開講演会
日時:2018年6月8日(土)1:30pm~4:00pm
会場:大手町サンケイプラザ3階
主催:シンギュラリティサロン
共催:株式会社ブロードバンドタワー
講師:吉田正俊(生理学研究所 認知行動発達機構研究部門 助教)
演題:『自由エネルギー原理と視覚的意識』

講演概要:フリストンの自由エネルギー原理では、外界に関する生成モデルと現在の認識から計算される変分自由エネルギーを最小化するために、1)脳状態を変えることによって正しい認識に至る過程(perceptual inference)と 2)行動によって感覚入力を変えることによって曖昧さの低い認識に至る過程(active inference)の二つを組み合わせていると考える。

本講演の前半では自由エネルギー原理について、我々が視線を移動させながら視覚像を構築してゆく過程を例にとって、簡単な説明を試みる。本講演の後半では、このようにして理解した自由エネルギー原理を元にして「自由エネルギー原理と現象学に基づいた意識理論」を提唱する。

この理論において意識とは、自由エネルギー原理における推測と生成モデルとを照合するプロセスそのものであり、イマココでの外界についての推測と非明示的な前提条件の集合である生成モデルとが一体になって意識を作り上げている。この考えはフッサール現象学における意識の構造についての知見と整合的である。

定員:100名
入場料:無料
聴講者:小林秀章(記)
https://peatix.com/event/676133

【タイムテーブル】

13:30~15:00 吉田正俊氏講演:『自由エネルギー原理と視覚的意識』
15:00~15:30 自由討論

【概要】

ヒトや動物などの個体が、外界からの感覚入力や外界への運動出力を通じて、外界のありようを推測する情報処理のメカニズムを説明づけようとする理論の一つとして、カール・フリストン氏が提唱した「自由エネルギー原理」がある。

今回、登壇した吉田正俊氏(生理学研究所)は、自由エネルギー原理の中身の数理にめちゃめちゃ精通している、日本では希少な研究者である。

自由エネルギー原理は、個体と外界とからなるモデルに基づいている。個体と外界との関係性は、外界から個体への感覚入力と、個体から外界への運動出力とがあり、それ以外にない。あと、これらの時間推移。

このモデルを眺めながら、個体内部での確率論的な推論過程を論考している我々自身は、すべてを俯瞰的に眺め渡すことのできる、神様視点に立っている。外界が実際にどうなっているか、個体自身は外界がどうなっていると思っているのか、その思い描いている外界の姿が現実の姿からどの程度乖離しているのか、何もかもすべてお見通しである。

一方、個体自身の視点に立って、主観のありようを内省的に考察する哲学として、例えば、フッサールの「現象学」がある。では、自由エネルギー原理と現象学とは、視点の相違を除去しさえすれば、内容的には整合するのか。

これはなかなか面白い問いで、整合するのであれば、「フッサールよ、お主、なかなかやるな」って話になる。

吉田氏の講演は前半と後半に分かれ、前半は自由エネルギーとは何か、その考え方と中身の数理について、簡単な例に基づいて解説し、後半は視覚的意識体験を自由エネルギー原理のどこに位置づけうるのかを考察していた。

シンギュラリティサロンでは、一人の講演者が大阪と東京で講演するのが通例となっており、吉田氏は、東京の回に2週間先立つ5月25日(土)に大阪で講演している。

吉田氏は何につけ全力でぶつかっていく並外れた力強さを放射しているが、聴講する側も熱気を帯び、活発な議論が繰り広げられた。

大阪では、講演途中でもあちらこちらから質問が上がり、質疑応答の時間にも途切れなく質問が上がり、多くの聴講者が発言した。もともとは講演90分、質疑応答30分、交流30分の配分で、これでもよそでよく開かれる講演会に比べればたっぷり時間が取ってあるほうなのだが、この回は時間が押して、交流タイムが完全につぶれた。吉田氏は「その後の議論も含めてたいへん楽しく有意義な時間だった」とツイートしている。

東京では、それに加え、聴講者の面々が豪華だった。歴代の登壇者のうち4人が聴講に来ていたのである。金井良太氏(株式会社アラヤ代表取締役)、渡辺正峰氏(東京大学准教授)、三宅陽一郎氏(Square Enix)、中ザワヒデキ氏(美術家)である。

吉田氏は「講演、無事終了。大阪のときより内容も良くなったと思う。議論も白熱して会場借りてる時間を使い切った。いろいろ有益なコメントをもらったが、金井さんからFEPを意識の理論にするには、という観点でコメントしてもらったのと、渡辺正峰さんと思った以上に考えが近いことがわかったのがよかった」と10:16pmにツイートしている。

講演後、場所を下の階のスターバックスに移し、関係者でお茶した。その後、一部の面子がさらに場所を移し、飲みに突入。9:00pm過ぎにお開きになったが、最後までいたのは、吉田氏、渡辺氏、聴講者I氏、私の4人であった。

東京講演で使用したスライド資料と、聴講者が撮影した講演動画を吉田氏ご本人が6月16日(日)にブログへ上げている。スライド資料は、著作権のある画像を差し替えたり、飛ばしたスライドを削ったり、といった編集を加えている。また、講演動画は、質問部分の削除などを行って54分に切り詰めてある。また、そのブログでは、経緯や感想などをレポートしている。
http://pooneil.sakura.ne.jp/archives/permalink/001673.php

ツイートによると、映像の編集作業は、ブログに上げる前日にしていたが、いろいろつらかったようで。「言い直し、繰り返しが多くて、我ながらウザい」。「喋りが噛みまくりで、そういうところを全部削りたいが、やってるとキリがない。つか飽きてきたー」。

いやいや、言い換えや繰り返しは理解の助けになるし、噛んでたかどうかなんて、まったく気づいてませんでしたー。

どうでもいいツッコミをあえて入れるとするならば、蛾として使っている画像はイチモンジセセリという蝶だ。

【ケバヤシが聴講する狙い】

□自由エネルギー原理と意識について

2017年7月9日(日)と 10月21日(土)にそれぞれ大阪と東京で開催されたシンギュラリティサロンにて、金井良太氏(株式会社アラヤ 代表取締役)が『人工意識の実現』というテーマで講演している。
https://peatix.com/event/276334
https://peatix.com/event/309194

その中で、意識に関連の深い情報処理のメカニズムについて、数理モデルを用いて説明づけようとする理論には2つあると述べている。カール・フリストン氏の「自由エネルギー原理(Free Energy Principle; FEP)」とジュリオ・トノーニ氏の「統合情報理論(Integrated Information Theory; IIT)」である。

前者は人工物に意識を宿らせる方法に関係し、後者は人工物に意識が宿ったことを確認する方法に関係するという。どちらも情報理論を下敷きにしている。確率 p に対して - p log p のディメンジョンをもつ量が主役を果たす。情報エントロピー(シャノン情報量)とか、カルバック・ライブラー情報量とか。

金井氏によれば、自由エネルギー原理を理解するためには、まず、「EMアルゴリズム」と「変分ベイズ」を理解する必要があるという。松田卓也氏はそこらへんを猛勉強したようだ。

私も手をこまぬいちゃいられない。意識の謎に意識を捉えられている身としては、意識に関してすでに誰かが提示した仮説についてはちゃんと理解しておきたい。

理論があることだけ知って、その中身を理解しないで放っておいたのでは、いつまで経っても外野から眺めているだけの、素人の域から出られないぞ。今回のは、自由エネルギー原理についてちゃんと理解する、絶好の機会という思いをもって臨む。

統合情報理論について、日本で一番詳しいのは、ほぼ間違いなく、大泉匡史氏(東京大学准教授)であろう。大泉氏は、ウィスコンシン大学で2年間、トノーニ氏と一緒に研究している。帰国してから、理化学研究所に所属しているとき、統合情報理論を情報幾何学の枠組みで再解釈する方法論を発表している。

大泉氏は、2018年9月15日(土)と10月13日(土)にそれぞれ大阪と東京で開催されたシンギュラリティサロンにて、『意識の統合情報理論から意識の理論の創り方を考える』というテーマで講演している。講演当時はアラヤの社員だったが、今年の3月いっぱいで辞め、4月からは東京大学の准教授になっている。
https://ss31.peatix.com/
https://peatix.com/event/434920

一方、自由エネルギー原理の中身の数理に関して、日本で一番詳しいのは、吉田氏か金井氏のどちらかであることはほぼ間違いないと思う。

吉田氏は、2019年8月31日(土)、9月1日(日)の2日間にわたって開催される予定の「脳の自由エネルギー原理チュートリアル・ワークショップ」に向けて、自由エネルギー原理の入門資料を作成し、5月3日(金)のブログに上げている。
http://pooneil.sakura.ne.jp/archives/permalink/001663.php

『自由エネルギー原理入門 改め 自由エネルギー原理の基礎徹底解説』と題するPDFファイルは68ページに及ぶ。シンギュラリティサロンの開催前に上がっているので、予習して臨むことができた。

自由エネルギー原理についての、この世でいちばんすばらしい教科書であろうと私は思っている。これを読んでも理解できなかったら、もう自分の頭が悪いせいなので、どうにも手の施しようがないだろうという覚悟で読んだ。

開催までには、あとちょっとで理解できそうな気がするところまでこぎつけていた。

□第-2章、上から眺めおろす視点

PDF資料には、第0章が設けられている。タイトルは「自由エネルギー原理を数式なしで説明する」。数式が出てきたとたん、難解な話になったと拒否反応を起こしてしまう人は一定比率でいるようで、まずは、数式抜きに言葉で概略を説明しておけば、ハードルが下がって入ってきやすいのではないかという、たいへん親切な親心である。

ここでは、もうあと2歩、後ずさりして、第-2章と第-1章に相当することを言っておこうかな、と思う。

我々は通常、自分を中心に据えて、世界を放射状に眺めている。真正面に60cmほど行ったところに、パソコンのディスプレイの中心がある、とか。斜め左下へ45cmほど行ったところに紙コップがあって、冷めたコーヒーが1/3ほど残っている、とか。自分からの「向き」と「距離」とで外界にある物体の所在を捉えている。

「極座標」の視点とでも呼んでおこうか。自己中心的な視点と言ってもよいし、下等動物の視点と言ってもよいし、主観的な視点と言ってもよい。うっかり女の視点とか言っちゃうと、平手打ちが飛んできそうだ。

この視点で夜空を見上げれば、輝く星々は「天球」に貼りついていて、東から上空を経て西へと運行している。天動説の視点とも言える。

まあ、普通の視点とも言える。それ以外の視点なんてあるの? って言う人もきっと多かろう。生まれてから死ぬまで、この視点だけで生き抜くことができる人のほうがマジョリティなんじゃないかとさえ思える。そのほうがかえって情緒豊かに、生を謳歌して世を渡っていけるのかもなぁ。

もうひとつの視点は、箱庭を上から俯瞰的に眺めおろすような視点。京都駅から烏丸通を北上し、四条通との交差点の南西角に今わたしはいます、みたいな。地図を読む視点。

「直交座標」の視点とでも呼んでおこうか。客観的な視点と言ってもよい。死にかかって、魂が身体から抜けて、5mぐらい浮いた上空から自分の抜け殻を見下ろしているような視点。幽体離脱の視点。

夜空の星々が東から西へ運行しているように見えるのは、地球が自転しているからだ、と言うとき、視点は宇宙空間にある。自分が実際にいる地球の表面上の一点とは別の位置から仮想的に眺めている。地動説の視点。

死人の視点とも言えるが、神の視点とも言える。眺めおろされている客体として、死体になり果てた自分がいて、それとは別に、上のほうの別の位置から眺めおろしている主体として、天使に昇格した自分がいる。分裂した視点。

自由エネルギー原理を理解しようとする上で、この客観視点に立つ発想がないことには、まず、スタート地点にすら立てない。

自由エネルギー原理は、そのモデルに「素朴実在論の否定」もしっかりと取り込んでいる。素朴実在論の否定は、客観視点に立って考えれば、ごくごくあたりまえの話で、ちょっと気がつけばいいだけの話なのだが、懇切丁寧に説明してもピンと来る人が異常に少ないのだ。もしかして、このモデルの基本的な設定が理解できることって、特別なことなの? と、たいへん心配になる。それで、第 -2 章。

脳内BGMは、柏原よしえ『第二章・くちづけ』。

まず、すべての事象を眼下に俯瞰的に眺めおろす神の視点に立つ。ここが始まり。ここが大事。

神が眺めおろしている箱庭世界には、個体がいる。個体の例としては、一人のヒトや一匹の動物をイメージすればよいが、それに限らず、一匹の大腸菌であってもよいし、一体のロボットであってもよい。一個の生きた脳単体であってもよいかもしれない。自由エネルギー原理の用語では、この個体を「エージェント(agent)」と呼ぶ。

個体以外のすべては外界である。自由エネルギー原理の用語では、外界を「環境」と呼ぶ。

自由エネルギー原理は、個体と外界とからなるモデルに基づいている。

個体と外界との関係性は、外界から個体への感覚入力と、個体から外界への運動出力からなり、それ以外にない。感覚入力とは、要は、目、耳、鼻、舌、肌といった感覚器官(センサー)を通じて得られる五感の情報である。

光源から発した光が物体表面に当たり、乱反射し、反射光の一部が目に届く。眼球底部にある網膜に物体の倒立像が映り、それを視神経が捉えて、信号を脳に届ける。これが視覚情報。

音の発生源から空気の振動が伝播して、耳に届く。これが聴覚情報。光と音は、物体から目や耳に届くまでの間に空気が介在している。なので、物体の実在を間接的に捉えていると言える。それに対比して、触覚は、もっと直接的に物体の実在を捉えた情報だと思うかもしれない。

しかし、触覚信号だって、物体の表面を構成する分子と皮膚の表面を構成する分子との間で働く電気的な反発力を計測しているにすぎない。触覚信号が神経を通じて脳に届いたときは、視覚信号や聴覚信号と同様、0か1かのビット列になっている。

そう考えると、個体が外界の実在を捉える手段としては、感覚入力を頼った間接的なものしかなく、外界のありようを直接的に確認しにいく手段がないということに気づくはずである。

もし私が、そこに紙コップが実在しているのを、100%間違いなく、ぜったいに確かなことだ、と思ったとしても、それは、脳内に紙コップのイメージが形成されていることを主張しているにすぎない。外界にある実体としての紙コップと、脳内の紙コップのイメージとは別物である。

紙コップのイメージが実体とどれくらい合致しているのか、それを私の側から直接比較して確かめにいく手段は、ない。これが、すなわち、素朴実在論の否定、ということである。

自由エネルギー原理のモデルにおいて、個体は外界のありようを知ることはできない、という設定になっている。素朴実在論を否定する考え方をちゃんと取り込んでいるのである。

しかし、自由エネルギー原理のモデルを眺める神視点の側に立てば、外界にある紙コップの実体も脳内にある紙コップのイメージも、すべて知ることができるので、比較してみることが可能である。

ほんとうは何も分かっていないのに、分かったと錯覚している個体の知の及ぶ範囲の限界と、すべてを正しく把握している神の全知性との対比が明確なのである。

個体から外界への運動出力は、外界のありようを変化させ、一瞬後の感覚入力を変化させる。

個体が、外界からの感覚入力や外界への運動出力を通じて、外界のありようを確率的に推測する情報処理のメカニズムを説明づけようとする理論のひとつとして、自由エネルギー原理がある。

実は、個体は、外界から入ってくる感覚入力を受動的な姿勢で待っているだけでは、外界について大してよく理解することができない。外界へ送り出した運動出力と、一瞬後に入ってくる感覚入力との関係性を手掛かりにすることで、より正確に、外界のありようを把握することができるようになる。

「見る」という行為ひとつをとってみても、それは、視覚情報が入ってくるのを受動的な姿勢で待っていることではなく、行動とセットになった能動的なことなのだと考えられる。これをactive visionという。

□第-1章、個体に課せられた大目的は生き続けること

では、続いて、第-1章。

個体と外界のモデルにおいて、個体に課せられた大目的は生き続けることである。できる限り長生きすること。1日生き延びたら1点もらえることにして、将来にわたって得られる点数の(減衰等比数列の重みつき) 総和を最大化せよ、というふうに条件設定すれば、とりもなおさず、強化学習の問題になる。

長期にわたる狙いを瞬間瞬間に還元すれば、そのとき、そのとき、精いっぱい生存確率を上げること、となる。

自分の周囲の外界がいまどういう状態になっているのか、よく把握しないまま、やみくもに行動をとったら、あぶなっかしい。崖から落ちるかもしれないし、熊のランチになっちゃうかもしれない。藪に危険はないだろうと思っていたら、熊が飛び出してきたのだとすれば、危険を正しく察知しておくのが重要だったということになる。

なので、生き続けるという大目的をいくつかの小目的に分解するとすれば、そのひとつとして、外界のありようをできる限り正しく理解せよ、というのがあるだろう。小目的はほかにも挙げられるかもしれない。

自由エネルギー原理においては、これを主たる目的として掲げる。吉田氏は「学者の欲望に忠実な世界観だな」と述べている。たしかになぁ。学者じゃなければ、世界の理解なんてほどほどにしておいて、楽しいほうや気持ちいいほうへ行っちゃうよなぁ。

この目的を達成する手段としては3つある。
(1)知覚。感覚入力に基づいて、今現在の外界の状態について最良な推測をする
(2)行動。外界を理解するために、より価値の高い情報が得られるよう、外界に対して行動出力する
(3)学習。びっくりしたとき、同じことでまたびっくりしないよう、個体内部の生成モデルを更新する

いずれの手段をとるにせよ、それらに通底する原理があると、自由エネルギー原理は主張している。それは「変分自由エネルギー」を下げることであるという。つまり、生きようとする志向は、変分自由エネルギーを下げようとする志向に還元されるってことか。

フリストンは、次のように言っている。「いかなる自己組織化されたシステムでも、環境内で平衡状態でありつづけるためには、そのシステムの(情報的)自由エネルギーを最小化しなくてはならない」。次のようにも言っている。「適応的なシステムが無秩序へ向かう自然な傾向に抗して持続的に存在しつづけるために必要な条件」。

□つまずきの石 ― 直接的に厳密解を算出しちゃだめなの?

自由エネルギー原理を初めて学ぼうとするとき、非常につまずきやすい石がある。たいていの人は、これで一度は転ぶ。暴露しちゃうのもアレだけど、松田先生も転んだ。

それは、簡単に解ける問題を、なぜわざわざ難しくして、回り道して解く必要があるのか、という疑問である。回り道して得られる解は、元の近道で得られる解と寸分たがわないにもかかわらず。

あまつさえ、厳密解が数式で表現できているにもかかわらず、なぜわざわざ近似解を求めようとする必要があるのか。

この疑問を定式化した形で言い換えると、次のようになる。

外界の状態を x とする。個体にとって、外界の状態 x を直接的に知ることができないのは、素朴実在論の否定の原理に由来する。

感覚入力を s とする。解きたい問題は、感覚入力 s に基づいて、外界の状態 x を推測することである。

と言っても、x がズバリひとつだけ選択できるというものではなく、いろいろでありうる x それぞれについて、それが起きる確率 p を求めるのがせいぜいである。

つまり、求めたい答えは、感覚入力 s が得られているという条件の下で、それが、外界の状態 x が原因であったために起きたという条件つき確率p(x|s) である。

さて、もし、何の手掛かりもなければ、答えの求めようがない。いま、この個体は、あれやこれやの経験を経てきて、十分に育ち上がっているものとする。外界の状態 x と感覚入力 s との関係性を表す辞書のようなものをすでに獲得しているものとする。その辞書は、x と s との同時確率分布 p(x,s) の形ですでに内部に保持されているものとする。

この設定の下で、問題を記述しなおせば、同時確率分布 p(x,s) が与えられているとき、条件つき確率 p(x|s) を求めよ、ということになる。これは、めちゃめちゃ簡単な問題である。

同時確率分布が分かっているということは、だいたいすべて分かっているというに等しく、これに付随して分かりたいことは、何でもかんでも簡単に導出できるのである。

例えば、外界の状態 x がどんな感覚入力 s を引き起こすかに関心を向けず、ただ x が起きる確率 p(x) を知りたければ、s について総和をとればよい。これを周辺化という。p(s) についても同様。

  p(x) = Σ_s p(x, s)

  p(s) = Σ_x p(x, s)

物理的な現象が起きる因果関係としては、外界の状態 x が原因で感覚入力 s が結果である。x が起きたという条件の下で s が起きる条件つき確率をp(s|x) と表記する。

一方、個体にとっては、感覚入力 s が来たとき、その原因 x が何であったのか、遡って推測したい。つまり、求めたいのは因果関係をひっくり返した p(x|s) である。条件つき確率については、次が成り立つ。

  p(x, s) = p(s) p(x|s)

  p(x, s) = p(x) p(s|x)

この式をみれば、条件つき確率以外のところは、すでに求まっているものばかりである。よって、求めたい p(x|s) は

  p(x|s) = p(x, s) / p(s)

である。以上、終わり。自由エネルギーなんて、どこにも出てきませんね。

自由エネルギー原理では、次のように考える。求めたい p(x|s) が分からないので、これを q(x) とおく。q(x) の推測値を求めることを目的とする。

q(x) を用いて、変分自由エネルギー F という量を定義する。F を最小化するような q(x) を求めようとする。この問題は、先ほどのものよりも、いっそう難しくなっている。

これをがんばって解くと、先ほど得られていた解と、寸分たがわないものへたどり着く。じゃあ、この回り道は何のためだったの?

さらに、すでに厳密解が求まっているにも関わらず、反復計算によって近似解を求めようとする。いったい何のために?

これに対する答えは、次のようなものである。あの総和をとるところの計算がたいへんで、現実的でないのだ、と。外界の状態 x は、起こりうる、ありとあらゆる森羅万象である。どんだけの回数、足し算しなきゃならんのだ、ってわけである。

つまり、自由エネルギー原理を導入することにより、問題を解く過程は長く複雑になるけれども、中の数値計算は軽くなるのだ、と。ありがたみはそこにあるのだ、ってわけである。

なるほど! 私はいちおう納得した。でも、完全に納得できているわけではなく、疑念が残っている。それについては、また書く。

□手抜きをしない生き方が驚異的

吉田氏は、何をするにしても、いちばん苦労しそうな茨の道をわざわざ選んで進む。超人的なバイタリティを感じさせてくれる、おそるべき生き方だ。

2019年8月31日(土)、9月1日(日)の2日間にわたって、愛知県岡崎市にある「生理学研究所」にて、「脳の自由エネルギー原理チュートリアル・ワークショップ」というセミナーが開催される予定になっている。定員は24名。
http://www.nips.ac.jp/~myoshi/nins_tutorial2019/

5月17日(金)に参加申し込みを開始し、6月30日(日)が締め切りだった。5日目の5月21日(火)の時点ですでに24人に達したことを吉田氏がツイートしている。「正直、予想外。FEPに興味持ってる人がそんな多かったとは…」。

大阪でシンギュラリティサロンが開催された5月25日(土)の時点で、すでに定員の2倍以上の申し込みが来ているのだとか。

申し込み多数の場合、絞り込む手段としてよく採用されるのは、先着順か抽選だ。ところが、吉田氏は書類選考にするという。いやはや、セミナーを聴講するのに、大学入試みたいなのを突破しなくてはならない、と? しかも、聴講希望者の中には大学教授もいるという。無理ゲー?

いやいや、学力を問うのではなく、(1)自由エネルギー原理を活用してくれそうな人(2)広い分野からの参加者
という観点で選考するという。

申し込みフォームで4つの質問に答えるようになっている。
(a)FEP を活用したいと考えている分野やテーマ
(b)FEP について現状でどのくらいのことをご存知でしょうか
(c)プログラミング経験
(d)期待すること

聴講すべき人に聴講してもらおうと意欲満々で、すばらしい選抜方法とは思うけど、50通以上の回答にすべて目を通さなくてはならないではないか。そりゃ面倒だ、って思わないところが超人。まあ、おかげで、大阪の翌日にあわてて申し込んだ私にもまだチャンスがあるのだが。

7月11日(木)0:15pm、メールが届いた。合格! わぁーい!

8月31日(土)は京都で松田卓也氏の連続講座『迫り来るシンギュラリティと人類社会の未来』があるのだが。そっちは裏切って、欠席します。
http://www.jein.jp/jifs/workshop/science-salon-2019/details/1672-matsuda-salon.html

また、ポスドク研究者を1名募集するという。自分が選考する側なのだから、応募者を面接に呼んで好きに質問すればいいように思うが、募集をかける側になるのは初めてだからと、面接のしかたなどをネットで調べ、読み回っている。しかも、その結果得られた情報をまとめ、ブログで公開している。
http://pooneil.sakura.ne.jp/archives/permalink/001672.php

自分が先陣を切ってたいへんな思いをしたら、後に続く人は少しでもラクができるようにと、情報を整理して共有する。その心がけが立派すぎてまぶしい。

でも、そんな調子で生きていたら、やりたいことが多すぎて消化しきれず、結局、いろいろなことを来世送りにしている。「... 来世で読む」というツイートが多い。

シンギュラリティサロンの準備においても、すごい手のかけようである。ツイートによると、大阪の前日、夕食後に仮眠してからスライド資料を仕上げようと思っていたら寝すぎて、目覚めたら10:00pmだったとか。あと3時間でなんとかしなくては、とあせっている。

予定していた作業が完了したとツイートしたのが当日の2:15am。いちおうこの資料で講演できるところまではこぎつけたけど、さらに、当日午前中の3時間、作業する気でいる。

大阪で講演した日の夕方6:14pmには、反省点を盛り込んで、東京用のスライドをどう作り込むか思案するツイートをしている。もちろん、主催側からなんら要望が出たわけではなく、大阪のと同一内容でよいのだが。自主的にやっているのである。

東京講演の前日、京都大学で島崎秀昭氏の講演を聴講することになっていて、そこで聞いてきたことを東京講演に反映する算段にしていると、京都の前日の7:03pmにツイートしている。

それとは別に、大阪ではスイッチと照明の例で解説していたのを、東京では蝶と蛾の例に差し替えようとしていて、あと3時間ぐらいで目処をつけたいとツイートしている。

さらに当日、「今朝になって前半の説明の改良案を思いついたので、MATLABでの図から作りなおした。なんとか間に合って、東京駅に到着した」とツイートしている。

聴講する側としても、気合いを入れなおして、全力で聴かなくてはバチが当たるというものだ。

【内容】

後編に送ります。

目次だけ。

[前半部]
1. アクティブビジョン
2. 自由エネルギー原理(FEP)とはなにか
3. FEPについて数式を使わないで説明
4. 変分自由エネルギーについて説明
5. 変分原理としてのFEP

[後半部]
1. フッサール現象学での視覚論
2. FEPから見た視覚
3. FEP的な視覚的意識の理論
4. 他の理論との比較
5. Active Inference説の今後の課題

先ほど述べたとおり、吉田氏のブログで、スライド資料と講演動画を見ることができます。
http://pooneil.sakura.ne.jp/archives/permalink/001673.php

また、68ページにわたる入門者向けの教科書は下記のところで拾えます。
http://pooneil.sakura.ne.jp/archives/permalink/001663.php

【所感】

後編に送ります。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
http://www.growhair-jk.com/

《新語辞書 NEologd に載ってるよ》

「形態素解析」とは、自然言語のテキストデータを入力とし、形態素(意味をもつ最小単位。単語よりもさらに細かい)に分解して、品詞等を判別する情報処理。

日本語の形態素解析エンジンで、フリーで入手可能なものには、MeCab、
ChaSen、JUMAN、Janome、Yahoo! のAPIなどがある。私はMeCabがお気に入り。

入力:
橋本環奈は千年に一度の美少女と言われている。

出力:
橋本環奈:名詞,固有名詞,人名,一般,*,*,橋本環奈,ハシモトカンナ,ハシモトカンナ
は:助詞,係助詞,*,*,*,*,は,ハ,ワ
千:名詞,数,*,*,*,*,千,セン,セン
年:名詞,接尾,助数詞,*,*,*,年,ネン,ネン
に:助詞,格助詞,一般,*,*,*,に,ニ,ニ
一:名詞,数,*,*,*,*,一,イチ,イチ
度:名詞,接尾,助数詞,*,*,*,度,ド,ド
の:助詞,連体化,*,*,*,*,の,ノ,ノ
美少女:名詞,一般,*,*,*,*,美少女,ビショウジョ,ビショージョ
と:助詞,格助詞,引用,*,*,*,と,ト,ト
言わ:動詞,自立,*,*,五段・ワ行促音便,未然形,言う,イワ,イワ
れ:動詞,接尾,*,*,一段,連用形,れる,レ,レ
て:助詞,接続助詞,*,*,*,*,て,テ,テ
いる:動詞,非自立,*,*,一段,基本形,いる,イル,イル
。記号,句点,*,*,*,*,。,。,。

形態素解析エンジンは、裏で辞書を参照している。辞書と言っても、意味の説明はなく、品詞、品詞の細目、原形、活用の種類、読みなどが記述されている。

MeCabをインストールすると、デフォルトの辞書が入っているが、それ以外の辞書を拾ってきて、併せて参照するようにも設定できる。

フリーで拾って来られる新語辞書にNEologdというのがある。週に2回、更新される。約300万語が収録されていて、670MBもある。辞書というと、重量があるというイメージがあるが、USBメモリに入れて持ち歩くだけで重いような感じがする。

300万語もの中には、どんな単語が含まれているのか。

セーラー服を脱がさないで:名詞,固有名詞,一般,*,*,*,セーラー服を脱がさないで,セーラーフクヲヌガサナイデ,セーラーフクオヌガサナイデ

おニャン子クラブ:名詞,固有名詞,人名,一般,*,*,おニャン子クラブ,オニャンコクラブ,オニャンコクラブ

セーラー服おじさん:名詞,固有名詞,一般,*,*,*,セーラー服おじさん,セーラーフクオジサン,セーラーフクオジサン

GrowHair:名詞,固有名詞,一般,*,*,*,GrowHair,グロウヘアー,グロウヘアー

小林秀章:名詞,固有名詞,人名,一般,*,*,小林秀章,コバヤシヒデアキ,コバヤシヒデアキ

武盾一郎:名詞,固有名詞,一般,*,*,*,武盾一郎,タケジュンイチロウ,タケジュンイチロー

ヤマシタクニコ:名詞,固有名詞,人名,一般,*,*,ヤマシタクニコ,ヤマシタクニコ,ヤマシタクニコ

十河進:名詞,固有名詞,人名,一般,*,*,十河進,ソゴウススム,ソゴーススム

柴田さんや濱村さんのフルネームはなぜか含まれていない。


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編集後記(07/12)

●偏屈読書案内:黄文雄「なぜ韓国は未来永劫幸せになれないのか」3

韓国の教科書にも載っている『日帝七奪』という言葉がある。韓国人は日韓併合時代に日本が朝鮮半島から「国王」「主権」「生命」「土地」「資源」「国語」「名前」の七つを奪ったと主張しているが、結論からいうと、実際は『七奪』どころか『七与』『七恩』であった。まず、日韓合邦により王族が保護されたのが史実である。万国公法で主権はずっと中国王朝の「千年属国」だが。

姓名を奪われたというのも逆説だ。自ら姓名を変えるのは、朝鮮人の事大主義からの好みである。生命や食料を奪ったというのも逆で、米穀生産も人口も倍増した。地下資源は既に売り尽くされており、日帝時代は補助金に頼っていた。地上資源は産業化されたことで、1940年代には産業社会に入ることができた。

日本語の普及率はわずか20%、日韓双語を活用可能にしたことが半島のエリート養成に大きく貢献した。土地を奪ったとは真っ赤なウソ、土地調査により土地の権利関係が確定し、産業投資が可能となり、土地の交換価値と利用価値を飛躍的に高めた。日本が半島に及ぼした、有史以来の歴史的貢献は以下の通り。「日韓併合」時代を総括的にまとめた、筆者の史観と史説を説くものである。

1)朝鮮を中華の千年属国から解放した
2)植物依存文明から産業社会化による朝鮮半島の国土改造と生態学的更正を達成した
3)優生学的医療・衛生・環境改善および教育の普及によって、国民の民力向上と近代民族の育成に貢献した
4)日本とともに世界へ雄飛させ、民族生活空間を地球規模へ発展させた
5)伝統的階級制度を廃止し、奴隷を解放した
6)朝鮮伝統文化を保護し、保存と再生を行った
7)朝鮮半島の民力を超えた近代化社会を、日本政府や起業による投資によって建設した

日韓併合、あるいは「日帝三十六年」や統監府もいれた「日帝四十年」はいったいどういう時代かというと、「はじめて中華帝国歴代王朝との『千年属国』の関係を断ち、近代社会に入り、半島史上もっとも安定した時代だった。列強からの圧力で、日本は当時の国家予算の15〜20%の出費で朝鮮半島の衆生の生存を守り続けた」。ということを、いまの韓国では教育していないだろうな。

「半島をどう見る、どう知る、そして現在と未来までどうすればいいかについては、私は『どうつきあうか』などの卓説高見をすてて、そもそもつきあうかどうかから再考すべきだと思う」。いま、そんなタイミングかな?(柴田)

黄文雄「なぜ韓国は未来永劫幸せになれないのか」2019 ビジネス社
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4828420835/dgcrcom-22/


●裏方ですし。

/iPhoneを路上で拾った、の続き。先日のは、2017年の「中国でiPhone盗難が減らない理由」という記事から引用。興味深かった。

Siriをロック中でも使えるようにしていると、「盗んだiPhoneのホームボタンを長押しし、Siriを起動する。『私は誰?』と声をかけると、電話番号やメールアドレス、SNSのアカウントなどを表示してくれる」。

なので、SNSのアカウントとパスワードがApple IDと同じであれば、SNS側のハッキングによって割り出される可能性があるらしい。続く。(hammer.mule)

中国でiPhone盗難が減らない理由
https://the01.jp/p0005289/

盗まれたiPhone、こうやって売り飛ばされる…その巧妙な手口の一部が公開
https://www.gizmodo.jp/2017/11/iphone-stole-hack.html