Otaku ワールドへようこそ![311]復讐とけじめ ― ズレた人、妙な身の上、悩む夏/GrowHair

投稿:  著者:  読了時間:21分(本文:約10,100文字)



烏丸プケ子は頭がおかしい。小柄で、ちょっと可愛くもあり、一見若く見えなくもないが、たぶんすでにいい歳になっているはずだ。社会とあまり接点なく今まで過ごしてきたのだろうか。

知り合ったのは、2017年4月27日(木)のこと。天然知能の研究で名高い猿山登先生の講演を聴講しに行ったら、左隣りの席にいて、声をかけてきた。

不案内な方面でも物怖じせずにチャレンジする、好奇心旺盛で前向きな姿勢を誇りに思っているようだが、困難を乗り越えて何かを手中にしようという本気が感じられず、あれもこれもと、ちょっとずつ味見をしてみればいいようだ。自分をほめる材料作りにすぎないのではなかろうかと疑わしい。

その後、何回か飲みに行ったりしているが、ホームレスを体験したいと言い出したときは、もう、こいつに伝わる言葉があるだろうかと、こっちが発狂しそうになった。

その道の本職に弟子入りを願い入れ、断られても断られても、雲水の庭詰(※)よろしく粘って粘って決意の固さを示そうというのなら、話は分かる。

※庭詰:禅宗の修行僧を雲水といい、雲水が道場を訪ね、入門が許されるまでひたすらに懇願する儀式を庭詰という。玄関の式台の一隅に腰掛け、低頭伏顔し、「たのみましょう」と来意を告げると、しばらく間をおいて「どーれー」と取り次ぎの僧が現れる。雲水は、入門を請うが、断られる。しかし、あきらめることなく、同じ姿勢で懇願を続ける。これが二日間にわたる。

そうではなく、道端に座って過ごすということを体験してみればいいらしい。それも、9時から5時まで。不潔なのは嫌いなので、帰ったら風呂に入り、服を洗濯する。本職のホームレスは恐いので交流せず、ひとりで勝手にやるのだという。

あのさぁ。それで一体、ホームレスの何が分かるわけ? 俺もいちおう、ホームレスと近しくしている人とか、支援に携わる人とか、何なら、本職にも知り合いがいないわけじゃないけど、そんな姿勢では相手に失礼だし、ついでに俺まで怒られそうだから、ぜったいに紹介できない。

そう言ったら、「ケチ!」と返してきた。うんがぁぁぁ!!! ケチだから言ってるんじゃねぇ!





こいつ、後になって、「ワタシ、ホームレスをやってたこともあるの♪」とか何とか、キャリアアップ歴みたいに吹聴するのだろうか。知らん。勝手にやれば? まあ、パトロール中の警察官に職質され、帰るよう説得されるのが関の山だろうけどな。

そう言えば、他人の気持ちが理解できない病気ってあったな。アスペルガー症候群だっけ。

それをチェックするウェブサイトがある。50の質問に対して、自分が該当する答えを選択する方式。やってみてくれた。診断結果は、10/50で、まったく問題ないレベルだった。ちっ、見立ては外れたか。



こんなやつだが、息子さんと娘さんを成人するまで育て上げたのは立派だ。しかし、この親に育てられたら、性格がどうかなっちゃわないだろうか。

聞いてみると、体験ホームレス構想を娘に話したら、私と同じようなことを言われ、猛反対されたという。ああ、よかったぁ。こんな親からでも子は至極まっとうな常識人に育つんだね。

旦那さんとはとうの昔に別れたのだとか。浮気とか、家庭内暴力とか、あったらしい。娘はあんなやつ一刻も早く死んでほしいと願っているが、プケ子はそこまでではないようだ。とは言え、未練を残してもいない。

関係にはきっぱりとけりがついている。あの野郎、と思う気持ちは多少残っているにせよ、恨みつらみを引きずっているわけではない。



プケ子からチャットが来た。8月11日(日)11:12pm のことである。

相談したいことがあるという。何だ? 常微分方程式の解の存在と一意性についてか? んなわきゃないか。

「復讐」と「けじめ」の違いについて意見を聞きたい、と。またまたわけの分からんことを。ぜーったいに問いの立て方を間違えてる。まあ、よい。その問いがいったいどこから湧き出してきたのか、背景をとっくりと聞かせてもらおうじゃないか。飲みながら。

14日(水)に会うことにした。プケ子は美味いもんを出す雰囲気のよいお店の知識が豊富なので、場所の選定を任せたら、昭和色満点の路地裏にある、古民家を改装した居酒屋を指定してきた。アジア料理を売りにしている。たいへんよさげだ。



乗り換えて一駅だけ電車に乗るのが面倒だったので、その区間を歩いたら汗だくになった。早めに着いたのに、プケ子はすでに来ていて、水だけ飲んで待っていた。

やっぱいいじゃん。路地もお店も。とりあえず生ビール。空心菜炒めさえあれば、あとは何でもいいよオレは。

雑談などほぼなく、単刀直入に本題。長い話になるらしい。「あのさ、つき合ってた人がいるんだけど」。なになに? 恋愛相談? なんでまたオレに? 頭上にでっかいクエスチョンマーク。

うまいたとえが見つからないけど、強いて言うならば、数学者に恋愛相談を持ちかけるようなものではないか。

ニュートラルな意見が聞きたかったのだとか。何十年も前から自分をよく知っている人だと、知っているがゆえのバイアスがかかった答えが返ってきそうだ。そういうのじゃなくて、男性一般の代表として、どう思うか聞きたかったのだとか。いいけど。ニュートラル以外、ほんっとに何もないぞ。

旦那と別れたからといって、色恋世界に再参入することもなく、母一筋で役割を果たしてきた。だからといって、肝っ玉かあさんみたいに体形がボテンと樽になっているわけでもないし、こめかみに小さな四角い膏薬を貼ってノシノシ歩くような枯れっぷりでもない。

成人した娘から、ママも自分の人生を歩むべきだと言われ、軽くショックを受けた。蔑まれないようにと女を出さないようにしてきたのに。そこをかえって心配されていたとは。

子供二人が家を出ていって、再び一個人として生きられるようになって、娘の言葉が引っかかっていた。そんな折、前々から仕事でつながりのあった虻蜂虎二と、それっぽい感じになってきた。

大してイケメンでもないし、背丈はちんちくりんだし、容姿はどうということもない。それほど気持ちが盛り上がったわけではないのだが、相手がスーパー積極的で、夜討ち朝駆けの猛攻撃に出てきた。一押し二に押し三に押し。何につけ、こっちが迷ってあいまいな返事をしていると、「よーし決まった」と畳みかけてくるような調子。

一緒に暮らすことになった。新たにマンションの一室を借りた。自分のほうは、ちょうど賃貸契約の更新が近づいている時期だったし。

礼金・敷金は負担したし、自分の引っ越し費用だけでなく、虎二の分も払った。払ってあげたわけではなく、お金がないというので、一時的に立て替えたつもりだし、虎二もそのつもりだったはずだ。しかし、その後も生活がカツカツで、一部分でも返す余裕はなかった。

虎二のほうから、結婚しよう、と言ってきた。すでに同居しているのに、書類上のことで何が変わると思うのだろうと疑問に思って聞いてみた。ただつきあっているだけだったら、一方的にいつでも別れられる。しかし、結婚していると、一方的な都合でそう簡単に別れることはできなくなる。足もとを踏み固めたいような感じか。

いちおうOKして、婚約状態になった。虎二はそのことを友人たちに積極的に広めた。そこには本気がうかがえた。



しかし、その後、モメる。言い合いを延々と続けていても埒が明かない。お互いに頭を冷やす期間が必要だろうと、プケ子は思った。

一年を期限に別居しよう、と提案した。一年経って、どうにもなっていなかったらスッパリ別れよう。虎二は提案を受け入れた。

プケ子が新たに住む場所を見つけ、出ていった。これで終わりなら終わりで仕方ないと思った。もともと相手の熱意に押し流されただけだし。

それからわずか二週間で、虎二は二人が暮らしたその部屋に別の女の子を引っ張り込んで、同居している。乗鞍馬子。

なぜ、バレたか。まったくの偶然からだ。趣味の領域で、プケ子は馬子と間接的につながっていたのである。馬子が生活の一光景として何気なくSNSに上げた写真を見てしまった。見覚えのあるテーブルと食器が写っている。

虎二は、自分のアカウントについては、プケ子からアクセスできないようブロックをかけて、その後の生活ぶりが見えないようにしているのに、馬子については、すべて全世界公開モードにしているのをチェックしていなかった。脇が甘い。

そう言えば、部屋を出ていくときは、追い立てられるような感じだった。体調がかんばしくなく、引っ越しを2週間ほど延ばしたいと言ったのに、聞き入れてもらえなかった。あの時点でもう予定されていたことだったのか。

あのさぁ。そういうことならそういうことで、そう言ってくれりゃいいものを。「ごめん、ほかに好きな人ができた。悪いが別れてくれ」と言ってくれたら、別に後腐れもなく、すっぱり別れていたろうに。

馬子はプケ子を知らない。2週間前までこの部屋に別の女がいたなんて、きっと思ってもいないだろう。

生ビールは2杯飲んだからもういいや。次は赤ワインをグラスで。このトムヤム風味のモツ煮、めっちゃ美味いやんけー。



プケ子は、私の前に、別の友人にも相談していた。横槍伊礼男。伊礼男は激怒した。

伊礼男はプケ子に黙って、虎二の勤め先に電話した。虎二の上司を呼び出し、虎二の私生活の不実ぶりを伝え、即刻クビにするよう提言した。上司によると、会社でも勤務態度がよろしくなく、私生活のことがあってもなくても、次の契約はもともと更新しないつもりだった。

垂れ込みがあったことは虎二に伝わり、虎二はプケ子に連絡してきて文句を言った。われわれの間のプライベートなことを、べらべらべらべら他人にしゃべるなよ。

プケ子は伊礼男に苦情を述べ立てた。虎二には、もういい加減、関わるのも嫌になっているというのに、余計なことをしてくれるから音信が続いちゃって、終われないじゃないか。あんた自身が直接被害に遭ったわけでもないんだから、私に成り代わって復讐とか、考えなくていいからね。これが第一のテーゼ「復讐」だ。

いやいや、これは復讐ではなく、けじめなのだという。私的な加虐的快楽を動機とするものではない。人を踏みつけるようなやり方は間違っていると思い知らせてやらなくてはならない。

放置しておけば、やつはきっと、こんなやり方で人生がうまく渡っていけると味を占め、性懲りもなく同じことを繰り返すに決まっている。これからも、次から次へと被害者が出る。社会から徹底的に葬り去るべきなのだ。これが第二のテーゼ「けじめ」だ。

復讐 vs. けじめ。なるほど、問いは理解した。

ところで、馬子は純な子で、虎二にすっかりだまされているのか。そうでもないとプケ子は言う。馬子は馬子で評判が悪い。自分が社会的ステータスの梯子を登っていくための踏み台に、他人を平気で利用するとささやかれている。おおかた、自分が虎二を操って、無料の住処をせしめたくらいのつもりだろう。

他人を踏み台にするならするで、周囲に察知されずにやるのがしたたかな女ってもんだろうに。ずいぶん小粒なワルだなぁ。



けじめは要らないとプケ子は言う。もともとプライベートな案件なんだから、当事者どうしでどうするか決めて、お互いがそれでいいと言うなら、以上終わりでいいでしょ。

立て替えた引っ越し費用は返してほしいけど、返さないと言うなら、訴訟を起こしてまで取り立てようとも思わない(※)。

※法的には口約束も契約のうちとみなされるので、このケースでは貸借契約が成立しているとみられる。しかし、証拠のあるなしはまた別の問題で、相手が態度を変えて、あれは出してもらったものだと言い張ると、こちらの主張を100%通すのは難しいかもしれない。

そのうちいつかイーロン・マスクみたいな成功者になって浮上してきたら、さすがにムカつく。そのときは100倍ぐらい利子をつけて返してもらう。しかし、まあ、まずないでしょ、その展開。

放置しておいたって、因果は巡って、本人に返ってくる。あの手の輩は遅かれ早かれ馬脚を露わす。というか、すでに露わしている。だいたいどんなやつか、周囲にバレてんじゃん。

善良な人々からはそっぽを向かれ、同類どうしでつるむしかなくなる。そんな腐臭ただよう狭苦しい世界で、相応の人生を過ごしていくしかなくなる。輝かしい成功なんて、まずやって来ない。

おそらく、飢え死にすることなく生きてはいけるでしょう。今の人間関係の輪の中に居づらくなったら、都落ちして、知り合いのいない小さな町でやりなおすとか。そんなもんでいいでしょ。社会的抹消なんて、わざわざしなくていい。

腹立たしさが残らないわけではないけれど、このまますっぱり切れて、後腐れがないなら、それでよい。短い人生、この先もこいつでごたごたやってるのは無駄。前だけ見て歩く。

虎二は雇用が8月いっぱいで終了。別居の期限まであと2か月。この状況下で、復縁したい、と言ってきた。ぶっ! どのツラ提げて。こ、この話、笑い話だったの?

同性として気持ち分かる? とか聞かないでくれよな。分かるわけなかろうがぁぁぁ!



あ、それで、復讐とけじめについて、オレの意見を聞きたいんだっけ。もう自分で模範解答を言ってんじゃん。それで合ってると思うよ。

世の中、しょーもないやつはいる。人生の途上で理不尽な目に遭うこともある。しかし、恨みつらみをぶすぶすぶすぶすくすぶらせていては、そこに縛りつけられたまま先へ進めなくなる。被害をこじらせ、長引かせるだけだ。

被害者という生き方は、冷徹な言い方になっちゃうかもしれないけど、ある種のラクをしている。自分の人生がうまくいかない責任を全面的に他人におっかぶせることができる。でも、そのラクは、つまらない。

あいつのせいで自分の人生が台無しになったと述べ立てて、それでずーっとどこへも行けない人生をやっていくのか。

許すとか、忘れるとか、そういうのは、簡単にはいかない。せめて、日々、いいことも悪いこともある雑多な出来事の渦の中で、過去の一編のエピソードの重みを相対的に小さくしてしまうことぐらいなら、何とかなりそうではないか。

後ろを振り返るのは、前途に生かす教訓を得るためであって、過去にしがみついていてはしょうがない。前を見て歩く。さすが、分かってんじゃん。

そいつなぁ。横槍伊礼男。ぜーったいけじめなんかじゃないと思う。いじめでしょ、いじめ。そいつの人生がどんだけうまくいってないか知らないけど、まあ、憂さ晴らしとみたね。

穴を掘って、他人が落っこちるのを見物するのはスカッとするけど、後味がよろしくない。迷惑なやつを懲らしめるのだ、という大義名分さえ立てば、良心の呵責なく、残虐な私刑の娯楽に浸ることができる。それだけでしょ。

被害に遭った当事者が、もういいと言っているのにやるもんだから、誰からもありがたがられず、別に伊礼男のおかげで世の中がよくなっていきもしない。でも、この先もずっとやっていくんだろうな。悪人とラベルづけできるターゲットに常に飢えている。

ほんとうは他者攻撃に走るよりも、その攻撃性が自己の内部のどのあたりに由来するのか、内面と向き合ったほうがいいんだけどなぁ。何かに思い当れば、ふっと目が覚めて、みずから価値を創出して周囲に喜ばれるような建設的な方向に切り替えられると思うんだけどなぁ。まあ、見守るという名の放置でいいでしょ。

伊礼男に特有の問題ではなく、この手のやつ、世の中に増えてきていて、社会問題化している気がする。現代の病みを感じる。



しっかしなぁ。いやもう、ぶったまげたなぁ。何がって、プケ子もたまにはまっとうなことを言うんだぁ。

そう言や、たまには言うんだった。

プケ子「自分に自信あるとかないとか、どーでもいいから、とりあえず自己最高レベルのパフォーマンスだけし続けてください。いい仕事するのも幸せになるのも、自分に自信なくてもできるから」。

オレ「どうした? 変なキノコかなんか食わなかった?」。

プケ子「キノコは食べた。ブナピーいっぱい」。

プケ子「『好き』をケチったら、その隙間に涼しい顔して『意地悪』が入ってこようとする。だから『好き』には太っ腹でいたほうが絶対いいの」。すばらしいなぁ。

プケ子「子育ては神様からの預かりものを慈しむ過程で自分が成長する機会以外の何ものでもないと学んだことは、私の財産」。



例のアスペルガーのチェック、オレもやってみた。診断結果は、36/50。「専門医にアスペルガー症候群と診断される症状の強さです。出来る限り早く精神科、心療内科で相談してみることをお勧めします」。

ややっ! 頭がおかしいのはオレのほうだったか。

※この物語はフィクションであり、実在する人物・団体等とは一切関係ありません。


【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
http://www.growhair-jk.com/


《 ニュースのコメンテーターをまた務めてきた 》

8月18日(日)0:00pm~2:00pmに生放送された AbemaTV の番組『Abema 的ニュースショー』に出演した。

MC :千原ジュニア
進行:三谷 紬(テレビ朝日アナウンサー)
舛添 要一(前東京都知事)
鈴木 拓(ドランクドラゴン)
堀 潤(元NHKアナウンサー)
金子 恵美(元衆議院議員)
鈴木 涼美(作家・元セクシー女優)
古谷 経衡(文筆家)
小林 秀章(セーラー服おじさん)

いつも通り、六本木にあるテレビ朝日「けやき坂スタジオ」から発信。テレビ朝日では、夏の催しをやっていて、すごくにぎわっていた。子供連れの人が多かった。

お盆休み最後の日曜日の昼間に2時間にわたってネットで放送されるニュース番組を、視聴している人がどれだけいるか定かではないが、リアルでは大勢の人がガラスごしに見ていてくれて、たいへん気分がよかった。

緊張でガチガチになるということは特にないのだが、生放送ということで、終始、気は張っている。2時間はけっこうきつい。

インテリの誉れ高き面々とともに、セーラー服おじさんがニュースにコメントする役を務めるって、なんか違うような気がしなくもないけど。

番組のコンセプトからして、「世間をざわつかせているニュースをあえて「的外れ」な目線でお伝えする」とのことなので、いいのか。

「鋭いツッコミに定評のある千原ジュニアが、一癖も二癖もあるゲストらと斬り込みます」。一癖も二癖も。

この番組に呼ばれるのは初めてではないので、務まってるとみてもらえているのか。ズレてる要員として。

いつものパターンだと、コメンテータは6人。今回は7人。私に出演依頼が来たのは放送3日前の8月15日(木)。

その前日、ディレクタからメールで質問が来ていた。「伊豆の『まぼろし博覧会』を取材する可能性があるのですが、館長のセーラちゃんとはお知り合いでしたっけ?」と。

よく知ってますと回答したら、翌日に出演依頼が来たので、おそらくこの件についてコメントする要員として浮上したのであろう。

ところが、やっちまった。前半で、快調にしゃべくりまくったせいで、後半に時間が足りなくなって、この映像が流れたあと、コメントする時間がとれず、すぐに次の話題へ進んでしまった。オレ、なんのためにここにいる?

でも、まあ、それ以外のところでいろいろコメントしたので、いちおう仕事はしましたよ、ということで。

おそらくこれでクビってことはなく、またそのうち呼んでいただけるのではないかと。

いつまで視聴できる設定になっているのか不明だが、今のところは見られるようです。
https://abema.tv/video/episode/89-76_s10_p39

鈴木涼美さんからご著書『女がそんなことで喜ぶと思うなよ 愚男愚女愛憎世間今昔絵巻』をご恵贈たまわった。私のあまり得意でない領域で勉強になりそうな本だ。
https://www.amazon.co.jp/dp/4087880117

《 聴講レポートをめぐって 》

2018年6月8日(土)に大手町で開催された、シンギュラリティサロンでの吉田正俊先生(生理学研究所)による「自由エネルギー原理」についての講演の聴講レポートを3回にわたって書いた。

『自由エネルギー原理 ― 個体が外界を理解しに行く数理モデル [前編]』
http://bn.dgcr.com/archives/20190712110100.html

『自由エネルギー原理 ― 個体が外界を理解しに行く数理モデル [後編]』
http://bn.dgcr.com/archives/20190726110100.html

『自由エネルギー原理 ― 個体が外界を理解しに行く数理モデル [番外編]』
http://bn.dgcr.com/archives/20190801110100.html

つなげて一本にまとめたものが、シンギュラリティサロンの公式ウェブサイトに掲載された。
http://singularity.jp/20190608-yoshida/

シンギュラリティサロンを主催する松田卓也先生(神戸大学名誉教授)と秘密勉強会の面々が吟味してくださったという。なんでも、平日に京都でそういう会を開催しているとのことで。私にもお誘いが来ているのだが、平日には仕事というものがあって、無理だ。スーパー頭脳集団で、名誉教授が3人もいるという。読んでいただけただけでもたいへん光栄なことだ。

しかし、検討の結果、カール・フリルトンの自由エネルギー原理は、潰れていないという。詳細は長くなるので、京都へ聞きに来てください、とのことで、まだ教えてもらえていない。

その頭脳集団には畏敬の念を抱きつつ、はあ、左様でしたかと引き下がるわけにはいかないとも思う。そうだ、他の偉い先生方にも読んでいただこう。調子に乗る私。メールを送ってみる。

甘利俊一先生(理化学研究所栄誉研究員、東京大学名誉教授)から返事を頂戴した。「楽しんで読ませてもらいました。小林さんの論考は、いろいろと示唆に富んでいて素晴らしい。どうもありがとう」。

お読みいただき、返信がいただけたことからして畏れ多いことだが、お褒めいただき、身に余る光栄。これ、オレが生きた記念碑になるぞ。

フリストンの「自由エネルギー原理」については、はっきり否定しているわけではないけれども、原理と呼べるほどのもんかいな、とやんわりと疑問を呈しているように私は解釈した。原理から演繹して脳の機能が説明づけられるのではなく、脳の機能を観察して帰納的に原理っぽいものが出てきたのだろう、と。

意識については、いつもながら、「意識の問題になるとこれはさっぱりわからない」と不可知の姿勢。問いの難しさがよくみえていらっしゃるのだろうと拝察する。

一杉裕志先生(産業技術総合研究所)からも返信していただけた。

一杉先生は、私のような素人からの質問にも、ちゃんと答えてくれるという点ではたいへん優しいけれども、科学に向き合う態度については、非常に厳格だ。

---(ここから引用)-------

自由エネルギー原理は何を言いたいのか最初から最後までわからないことだらけですし、別に他の理論と比べて説得力のある神経科学的証拠があるわけでも、将来有望な何かがあるわけでもなさそうなので、当面は理解しようと努力することは時間の無駄だろうと思っています。

自由エネルギー原理と既存の理論との関係は下記の論文にまとまってますので、既存の理論の方を勉強した方がはるかに脳の理解は深まると思います!
「[1901.07945] What does the free energy principle tell us about the brain?」
https://arxiv.org/abs/1901.07945

---(ここまで引用)-------

私の書いた聴講レポートは、自由エネルギー原理を理解しようとすればするほど、疑問ばかりが噴出してくる苦悩をつづった長ったらしい随筆のようなものになっていたが、スパッと一刀両断に(私を、ではなく、あっちを)斬ってくれて、すっきりした。

やっぱりこの煩悶は私自身の頭の悪いせいに由来するものではなく、湧き起るべくして自然に湧き起る疑問であって、正当なものだったと保証していただけたように思えた。

紹介してくれた論文も、もやもやを実によく晴らしてくれた。やっぱ、そこ、疑問に思うべな、ってところにしっかりと言及してくれていて、まさにかゆいところを掻いてもらった感じ。フリストンの主張と既存の理論との関係性を実に明快に記述してくれている。

私としては、自由エネルギー原理を理解するための足掛かりになると言われている既存の理論や手法、たとえば「EMアルゴリズム」や「変分ベイズ」をもう少し勉強したら、このテーマはいったん置いて、別のことに目を向けようと思っている。

意識関連で、他にも勉強すべきテーマが山とあるのだ。ひ~。