日々の泡[016]動物小説の面白さを知った【荒野の呼び声/ジャック・ロンドン】
── 十河 進 ──

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「馬に乗った水夫」(アーヴィング・ストーン著)というジャック・ロンドンの伝記を読んだのは、中学生の時だった。当時、定期購読していた「ミステリマガジン」に短期連載されていたのだ。後に早川書房から単行本にまとまった。

小学生のときには「キューリー夫人」とか「エジソン伝」といった偉人伝のような子供向けの本をいろいろ読んだけれど、特に偉人でもない小説家を取り上げた本格的なバイオグラフィ(伝記)を読んだのは初めてだったし、アメリカでは伝記作家という存在が成立するのだと知った。

しかし、「馬に乗った水夫」がジャック・ロンドンの伝記でなかったら、僕は読まなかったかもしれない。「ミステリマガジン」を定期購読していたのは、ミステリを読みたかったからで、ノンフィクションには馴染みがなかったからである。しかし、当時の「ミステリマガジン」は、ミステリ以外の作品やコラムが充実していた。編集長だった常盤新平さんの方針だったようだ。





僕は小学生で「荒野の呼び声」と「白い牙」を読み、ジャック・ロンドンという名前を記憶していた。後に原題が「The Call of the Wild」と知り、物語の内容からすれば「野生の呼び声」という邦題の方がニュアンスを伝えていると思ったけれど、僕の小学生の頃は「荒野の呼び声」というタイトルが一般的だったと思う。

「荒野の呼び声」は、僕が初めて読んだ動物小説だった。飼い犬だったバックがさらわれてソリを引く重度労働に従事させられたり、様々な人間と出会い苦難に充ちた経験をし、やがて「野生の呼び声」によって荒野へ帰っていく物語だった。荒野で遠吠えをするバックの孤影を、僕は鮮明に浮かび上がらせた。

狼と犬の間にできた「白い牙」と呼ばれる犬の物語の舞台は、ゴールドラッシュに湧くアラスカだった。狼の血を引く「白い牙/ホワイト・ファング」は猜疑心の強い子犬だったが、原住民に拾われ、強いソリ犬のボスに育つ。やがて白人に買われ、闘犬に出されるようになり、無類の強さを誇る。

しかし、闘犬のために育てられたブルドッグと対戦して重傷を負い、瀕死のところを判事の息子に救われる。初めて心優しい人間に出会った白い牙は、判事の家の忠実な番犬になる。これは「荒野の呼び声」とは逆で、猛々しい野生の狼犬から幸せに暮らす飼い犬になる物語だった。

「白い牙」で印象に残ったのは、「片目」と名付けられた父親の狼である。過酷な荒野の生活を送ってきた片目は、右の目がつぶれている。犬のキチーとの間に白い牙を含めて五匹の子を為し、オオヤマネコと戦い死んでいく。

「片目」は、「シートン動物記」の「狼王ロボ」を僕に連想させた。ただし、僕が読んだのは、「シートン動物記」を白戸三平がマンガにしたものである。1961年から1964年にかけて、僕の小学4年生から中学1年生のときに発表されたマンガだった。

その頃、金曜日の夜8時から一時間、日本テレビ系で三菱電機提供による番組枠があった。そこではプロレス中継と「ディズニーアワー」が隔週で交互に放映されていた。小学生たちはもちろんプロレスに熱中したけれど、僕はどちらかと言えば「ディズニーアワー」の方が楽しみだった。

その「ディズニーアワー・冒険の国」の回で、映像化された「白い牙」が放映された。そのときの映像を、僕は今でも憶えている。檻の中に入れられて吠える主人公の狼犬。過酷な労働をさせられ、闘犬シーンでは牙を剥いて戦った。犬の目には、人間たちは己の欲望だけに生きているように見える。

ということで、僕はジャック・ロンドンという作家に強い興味を持っていたのだった。「馬に乗った水夫」を読んだ僕は、ジャック・ロンドンが極貧に生まれ、幼い頃から働き、やがて水夫になり、そんな経験を経て社会主義者となったことを知った。

1876年生まれのジャック・ロンドンは、マルクスとエンゲルスの「共産党宣言」に共感し、1901年にアメリカ社会党に入党する。1903年、27歳のときに「荒野の呼び声」を発表し、流行作家となった。以降50冊以上の著書を残したという。

ちなみに数年前、僕は書店で柴田元幸さんが翻訳したジャック・ロンドン著「火を熾す」を見つけ、久しぶりに彼の短編を読んだ。村上春樹さんもジャック・ロンドンの「To Build a Fire」にインスパイアされた短編を書いている。

さて、ジャック・ロンドンは20世紀初頭のアメリカで社会主義者だったから、ウォーレン・ベイティが監督主演した「レッズ」(1981年)にジャック・ロンドンが出ていたと、ずっと僕は錯覚していた。「レッズ」は、二十世紀初頭のアメリカでコミュニストとして生きた人たちを描いていたからだ。

「レッズ」(赤たち、つまり共産主義者たち)は、ロシアのヴォルシェビキによる十月革命をルポした「世界を震撼させた十日間」を書いたアメリカ人ジャーナリスト、ジョン・リード(ウォーレン・ベイティ)を主人公にした物語だ。映画のラスト・クレジットでは重厚な「インターナショナル」が流れる。

しかし、「レッズ」にはリードの友人である劇作家ユージン・オニール(ジャック・ニコルソン)は登場するが、ジャック・ロンドンとは少し時代がずれている。ジャック・ロンドンは、ロシア革命以前の1916年に死んでいるのだ。モルヒネを飲んでの自殺だという。40年の生涯だった。

ジャック・ロンドンの代表作は、何度も映画化されている。「シーウルフ/海の狼」「野生の呼び声」「白い牙」などである。ケン・アナキン監督でチャールトン・ヘストンが出た「野生の呼び声」(1972年)や若きイーサン・ホークが出ていた「ホワイトファング」(1991年)を僕は憶えている。


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