海浜通信[003]高野山から紀美野町の滝へ
── 池田芳弘 ──

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海が好き、ただそれだけの理由で、大阪市内から和歌山の漁港に移住した。

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半年に一度、線香を買いに高野山へ行く。

かるかや堂の前に香りで満たされた店、高野山大師堂はそこにある。

もちろん通販でも買えるのだが、海ばかりしか眼中にない私にとって、山へ向かうのは新鮮な気持ちになるし、海浜部より遥かに涼しい。

紀美野町まで戻ると、いつも気になる吊橋を渡ってみることにした。和歌山の山間部に無数に存在する吊橋は、この地特有の、自己責任を絵に描いたような存在に思えて恐ろしい。この橋はまだ部材が新しいが、はるかに心もとない状態の橋が、紀伊半島には数多く存在する。





0.5トン以下が通行可能とあるが、最終的には自分の判断だろう。実際、バイクを乗り入れると、床面の鉄板が盛大に鳴った。

眼下を流れる水の量は少ないながらも、美しい様相を見せている。橋を渡って左を見ると奥へと続く道がある、その先にはどんな光景があるのだろう。

近辺には滝や奇岩が多く点在し、紀美野町は三日かかっても探索し尽くせないだろう。

不思議なのは、かなり山奥であるにもかかわらず、道沿いにはカフェや個性的な店が点在し、家々には色とりどりの風ぐるまが回っていたり、ペンキで塗られた手作りの表札が掲げてあったりと、幸せな空気が満ちている。いったいどういう暮らしぶりなのだろうか。

私のかつての職場は梅田にあり、このあたり旧美里町から通っている女性がおられた。さすがにそれは少数派としても、和歌山市内への通勤さえ結構な距離があるにもかかわらず、ここまでの幸福感を醸しだすのは、地域内で完結できる職業が多いのだろうか。

さて、今日は涼むために不動の滝へ向かおう。国道から十キロほど入った道の奥、小さな集落に着いた。

農家の庭先にバイクを停め、細い道を歩いて行くと、畑仕事をしているおばさんが遠くに見えた。その周囲は絵に描いたような里山で、まだ蒼い栗のイガが転がり、何かの果樹であろう枝の曲がりくねった低木が生えている。

空腹でもあり何より暑かったので、食料以外は何も持たずに歩いていたが、まさに童話の世界にいるように思える。私は幸福だった。

滝壷の水が少ないので泳げないことを埋め合わせるため、私は本当に間近の岩に腰を下ろした。飛沫が霧になって涼しい。しばらく濡れた岩肌を眺めていると、何か得体のしれない人型に見えてきた。昔の人々は不動明王に例えたが、現在でも英雄的な迫力を感じる。

昼食を摂っていると、いつの間にか、近くに色の白い青年が立っていた。

どちらからともなく会釈を交わしたところ、彼の祖父が近くにおられ、今日は終業後に訪れたと言う。素朴ながら品のある佇まいと話ぶりからして、学校の先生だろうか。

六十年ほど前までは行者の小屋が滝の横にあり、修行の場だった事。滝の上に渡されたしめ縄は、彼の祖父が張ったことなど。

何の気なしに見上げると、岩肌の右側には滝への倒木を防ぐためか、格子状に組まれた丸太で、谷筋がせき止められている。また、こちらに降りてきた道を振り返ると、電柱くらいの長さの丸太がベンチのように、滝を望む地点に組まれていた。

行政に頼むまでもなく、古来より里の人々によって景観が維持されているのだろう。これほど美しく愛にあふれた故郷を持つあなたがうらやましい、私はそう伝えた。


【Ikeda Yoshihiro】
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