はぐれDEATH[84]エネルギー問題のアホな事例オンパレード
── 藤原ヨウコウ ──

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大分前に近代史をアバウトに取り上げたが、今回は近代そのものは扱わない。近代が後世に及ぼした影響の断片を拾い上げていく。例によって例の如く、怪しい記憶だけで書くので(少しはググったら〜)歴史上重要と思われそうな部分も、じゃんじゃん飛ばすことに終始したい。

本題に入ります(今回は早い)。

先日、「今更かいっ!」と突っ込みを入れたくなるようなニュースが、立て続けに飛び込んできて、個人的には情けない気分になっている。まずは海のプラゴミ問題。こんなもん、とっくの昔に分かってたことやろう!





いわゆる、水棲哺乳類の消化器からビニールやペットボトルが発見されたというニュースの、第一報がいつだったか憶えていないが、相当昔ですよ。この段階で、もう大量のプラゴミが海に流されているのは、誰にだって想像できているとボクは思っていた。

「海は広いな大きいな」なのに、ナゼ水棲哺乳類という比較にならない程小さな個体の消化器から、プラゴミが出てくるのか? 答えは明白でしょう。口に入ってくる様々なもの(もちろん食べられる順にもよる)に、除去できないほど大量のプラゴミが含まれているにすぎない。

水棲哺乳類だって、好きで口にしてるわけないやん。世紀の大発見みたいに大騒ぎする方がどうかしてる。まぁ「証明された」という言い方にするんだろうけど、そんなに人はアホなのか?

「アホ」と断じるには、それなりの理由がある。もちろん「大人の事情」が絡んでくるからだ。

「証明された」と言っても、何だかんだ理由をつけて無視するタチの悪い「大人の事情」は、たいてい金絡みなのでよけいに苛立たしい。

で、ナゼかここに「温暖化対策のためのレジ袋無料配付の禁止」という、完全にアホ丸出しな政策と、これに狼狽える企業と国民のアホさ加減で更にがっくりする。

温暖化対策って今更ナニ? そもそも問題山積みとはいえ、「京都議定書」を批准した時のホスト国はこの国ですよ。

当時はフロンをターゲットにしていたみたいだが、そもそも「CO2排出量が不自然に多すぎるから温暖化が進んでいる」という理由で「CO2排出量を自主的に減らそう」というのが、この「京都議定書」の骨子である。

分かりやすかったのは、アメリカが批准しなかった、という点である。ある意味、潔いとも思える政治判断だが、背景にあるのは資本主義経済そのものである。もう金の匂いしかしないやんか……。

ここで当時の日本の原子力発電推進派は、「鬼の首を取ったかのように」あり得ない「原発安全神話」を加速させる。あっさり乗ってしまう政権与党の見識には、当時から納得していなかった。

高速増殖炉「もんじゅ」が、にわかに脚光を浴びたのは恐らくこの時期だったと記憶する。

ちょっと時期が微妙なので、さすがにこれだけは調べた。京都議定書の締結は1997年12月、効力発生が2005年2月16日。対して「もんじゅ」のためだけ(!)に生まれた「核燃料サイクル開発機構」の発足は1998年10月。

まぁ、大体当たってたな。それだけ記憶に残る「事件」だったのだ。

スリーマイル事故(1979年)やチェルノブイリ事故(1986年)は、もう既に起きていたんですよ。特に後者は広大な面積を持つロシア(当時はソ連だったっけ?)での大事故。

大量の放射性物質や汚染されたものは当然土地に蓄積されるのだが、そもそも日本にはそのような物理的な余裕はない。当然、海に流れ出す。この程度の予測を、アホのボクですら出来ていたのは、高度経済成長時代(本当はもっと以前から)の公害問題と海洋汚染を知っていたからだ。

「処理できない余剰物を海に流す」は、近代以降に関していえば正に「公害」以外のなにものでもない。「ただ住んでいた」周辺住民が健康被害を受けるという直接的な惨事は、とっくの昔に事例として日本国内にはたくさんあったのである。

蛇足だとは思うが、「もんじゅ」は度重なる間抜けな事故と、東日本大震災の影響で2016年に廃炉が決定している。そのくせ「核燃料サイクル事業」は、この期に及んでもまだ放棄しないという、恐ろしく馬鹿げたことを日本政府は続けている。

東日本大震災による津波被害で、福島第一原発がものの見事に機能停止、あとのドタバタ劇に続く惨状を「想定外」というのはあまりに無責任である。

ふと思いだしたのだが、三号建屋が爆発した時ネット上を「核爆発や」というフェイクにすらなっていない情報が錯綜したのを見て、「お前らなんも知らんのか?」と呆れていた。

一号建屋も三号建屋も今は「水素爆発」ということになっているらしいが、ボクにいわせれば、あれは紛れもなく水蒸気爆発である。理由ですか? ただの勘とあの規模の爆発が起こる可能性を探ったら、水蒸気爆発が一番確率が高そう、というだけの話。水素爆発ならあの程度じゃ多分済まない。

もちろん、事実はどうか知りません。核爆発に至っては、妄言そのものである。核分裂のメカニズムを知っていれば、あの状況下で起きる可能性は限りなくゼロに等しい。本来、核分裂を起こすシステムを人工的に構築すること自体が、ややこしいのですよ。

そのシステムそのものが崩壊しているのだ。どうやったら核爆発が起きるのか、そっちの方がよほど確率は低い。このへんは、原子爆弾開発の歴史を辿れば一目瞭然なので、頭から排除してもいいぐらいである。

だからといって、核分裂そのものは宇宙レベル(地球でも天然原子炉の存在は確認されている)の自然現象としては特に目新しくもなく、不自然なことでもないらしい。このへんはボクの知識がイマイチなのでパス。

阪神淡路大震災を始めとする大規模地震は、過去のデータとしてきちんとあったし、三陸に関していえば、津波被害の生々しい歴史的記録だってちゃんとある。にもかかわらず……書いててアホらしくなったのでもうやめる。

そもそも「核分裂」エネルギーの危険性は、太平洋戦争末期の段階で実証されているではないか。コントロール? アホぬかせ!!! 「120%確実にコントロールできるエネルギー技術」なんてのは存在しない。

常にリスクがあるのは、ちょっと考えれば(いや、考えなくても勘だけでも)分かるはずである。本来、人工的に火をおこすだけでも人災として、火事のリスクは発生するんですよ。見張らなきゃいけないでしょ? 「火の見張り」は立派なリスク管理であることは明白だと思うが、どうもここでつまずく人が少なくないようなのでガッカリが倍増するのだ。

広域インフラとなれば、当然リスクは更に大きくなる。規模がでかくなるから、見張らなきゃいけない範囲も広くなるし、部署だって増える。単純に物理的な問題である。

少なくとも東京電力には、事故前にそういった誠実な配慮もなければ、事故後の対応を見る限り、きちんと教訓として施策をとっているとは思えない。

これはもう、広域インフラを支えるエネルギーを任せてはいけないということなのだが、大人の事情でうやむやにされているのが現状である。このツケは、シャレにならないぐらいでかくつくぞ。もちろん、関西電力をはじめとする各電力会社も同じである。火力発電だってモロにそうだしね。

産業革命を皮切りに、大規模大量生産システムが必要としたのは、膨大なエネルギー源である。石炭・石油が主力の、火力によるエネルギーは際たるものだろう。これが膨大なCO2を排出した原因となったのは、もうとっくの昔に記録で明らかになっている。産業革命時からの蓄積があるのだ。

1952年に起きた「ロンドンスモッグ」事件はその最たる例で、後の大気汚染公害事件の先鞭とも言える実例を、ものの見事に起こしている。この辺は産業革命を積極的に推進した結果、弊害まで最先端を行ってしまった分かりやすい例だろう。

あわてて「温暖化対策」などしたって、そう簡単にこれまで蓄積されたすべてを解消できないし、発展途上国はグローバル経済なるアホな潮流のおかげで(もちろん各国の経済発展も必要なのだが)それなりに改善された設備で、未だにCO2を排出せざるを得ない。

「京都議定書」はこうした発展途上国まで巻き込もうとしたのだから、シャレにならん。自分たちはもう十分おいしいところだけ持っていき、負の遺産だけを蓄積するだけしておいて、今になって「温暖化対策」を持ち出し、発展途上国にまで押しつけるのはどう考えても虫がよすぎる。

更に日本に限って言えば、そもそも大規模生産システムを維持するだけの天然資源が無いのである。太平洋戦争にまで発展した「南下作戦」は、まさに「石油の確保」が目的ではなかったのか? で、ものの見事に大失敗している。

詳細は省くが、現地に石油の精製設備を作らなかったため、原油を国内に運搬するという脆弱そのもののな施策をとったあげく、海洋ルートをあっさり封じられたのだ。原産地を占領できても、肝心要の燃料にならなければ無意味である。実際、軍艦はおろか飛行機ですら飛ばすのに苦労する羽目になる。

エネルギー政策に関していえば、この時の教訓として「この国には大規模生産システムを運営するための天然資源はない」になる。ここで、原爆の惨事が記憶に新しいにもかかわらず、原子力政策に走り出した時点でおかしい。

地震大国であることは明白なのだ。地震被害を前提に物事を考えるべきなのに(特に公的で大規模なものに関しては)ものの見事にスルーしたあげく、現在に至ってもまだやめようとしない。改善すらまともに見られない。

以前にちょっと触れたが、都市部の電力消費量は正直いって無駄に大きすぎる。さすがに東日本大震災直後は自粛していたようだが、今はもう完全に元通りの明るさに戻っている。とは言えボクは普段、京都の隅っこにしがみついているので東京が実際どうなのかは知らない。

それはともかく、田舎と比較するのはもう本当にアホらしいのだが、ボクに言わせれば、東日本大震災直後ですら東京の夜は十分過ぎるぐらい明るかった。

「暗くて困る」という意見を目や耳にする度に「それは技術に頼りすぎて、本来の能力が劣化してるだけや!」と思っていたことも、素直に白状しておく。薄暗くなったはずの地下鉄通路ですら、ボクの目には十分過ぎるぐらい明るかったしね。上賀茂の自宅付近はもっと暗い。

慣れろや! まぁ暗い場所が犯罪の温床となることは明白だが、数少ない経験上、シカゴと比べても東京の明るさは異常である。

話を戻す。近代とは重工業に重きが置かれ、大規模なエネルギー消費が伴う時代に突入したことも意味する。更に言えば、「近代化=大規模エネルギー消費」は不離不分で、最先端の技術の恩恵に預かろうとすれば、当然代償が必要となる。その代表が温暖化であり、海洋プラゴミだと思えば大間違いではない。つまり、現在も継続中ということだ。

更に日本に限って言えば、上記したようにそもそも既存のエネルギーとなる天然資源(特に石油)は、需要を満たすほどないのだ。日本の近代化は国内だけで完結できなかったし、今もそうである。

一時期話題になったメタンだって、結局メタン・ハイドレートそのものが深海にあるので、コストに見合わないという理由で、なんとなくニュースから消えていった。ちなみに、メタンはメタンで可燃性が高いので(だからエネルギーとして優良なんだけど)取り扱いは石油以上にデリケートなるだろう。

さらに、現在メタン・ハイドレートで安定している深海の環境だって、じゃんじゃかメタンを抜かれたら、どうなるか分かったもんじゃない。それこそ深海発の、ものすごい自然災害が発生してもおかしくない。

深海でのメタンガスは、発生する周囲の水温を上げる効果がある。これに依存している種は確実にいるし、潮流そのものにだってどれほどの影響を与えているかとなると、地球規模で何が起きても不思議じゃない。

自然災害に関して言えば、何度もしつこく言及するが、日本が地震大国であるという事実から目を逸らせてはならない。決して安定した地盤の上にあるわけではないどころか、4つの大陸プレートがぶつかる場所にあるのだ。

こんな所、「世界中見渡しても日本列島だけ」というところに注意していただきたい。地震大国は他にも多数存在するが、4つの大陸プレートがぶつかって、隆起した所となると日本列島しかないのだ。

大陸プレートはともかく、地震に関しては古人の方が遙かに柔軟に対応していたのではないか? 技術的なことももちろんあるが、建築物に関しては倒れることを前提にしているとしか思えない例は腐るほどある。そもそも建材は木だ。

堅牢さを求めるならとうぜん石になるだろうし、石に関して言えば日本は豊富にある。古墳だって石造りなら、石垣なんてのはそれこそ高度な石組みの技術が生んだ高度な構造物といってもいい。

それでも木を採用したのは、利便性もさることながら、倒壊した時の被害を最小にしようという、無意識の判断があったように妄想してしまう。

木造建造物倒壊における、大規模被害の多くは瓦にある。建造物の一番高いところに、わざわざ重いものをのせているのだ。建物全体が軽ければ話は別だが、エネルギー保存の法則を持ち出すまでもなく、高いところにある重いものは、それだけで十二分に危険なエネルギーを内包している。もっとも庶民には縁遠いものだったようだが。

「茅葺き」をもって「日本すごい」を連呼するのは、アホの極みである。必要に迫られた、というのが実情であろう。結果、技術が洗練されたり、思いもよらなかった恩恵があったに過ぎない。

必要にかられて自然に発生した、技術以外の何ものでもないことを念頭に置いて欲しい。この手の自然発生的な技術は、別に日本固有のものでもなんでもない。むしろ世界中で見られる現象であり、日本が特殊なのはあくまでも自然環境が少し特殊なだけで、それ以上でもそれ以下でもない。

庶民レベルで瓦が本格的に普及したのは、江戸時代の江戸だろう。これだって飛び火対策の必要にかられたからだ。屋根が可燃物だと、飛んできた火の粉で延焼を起こし、火事の被害は拡大する。当たり前だ。火除け地の整備や、道路幅を広げて飛び火被害の一時的な対処もしていれば、それに伴う避難路の確保ももちろんしている。

しかし、可燃性の屋根の家が、火除け地・道路の周りに密集していては意味がない。火に囲まれて蒸し焼き、あるいは身動きが取れない状態で焼死である。これまた江戸時代に(しかもある程度整備したにもかかわらず)悲惨な例が沢山あるし、露骨に出たのは東京大空襲であろう。

ここでもう一つの注目すべき点が明白になる。人口の密集である。都市化と言ってもいいのだろう。

人口が密集していなければ、直接的な被害のみで留まるケースも、密集しているが故に多重災害を引き起こすケースを、我々は目の当たりにしたはずである。東京大空襲はその一例に過ぎない。地震絡みで参考例を探すなら、関東大震災以前からこっち、それこそじゃんじゃん出てくる。

天災とはまるで明後日の方向の話になって申し訳ないが、先般行われた大阪でのG20サミットで大規模な交通規制がしかれ、「あの」大阪環状線から自動車の姿が消えたのには、正直ぶったまげた。

実際、サミット前から流通への影響は避けられないとして、色々なお知らせがボクの所ですら届いているが、あそこまで大々的で暴力的な規制が、一時的とは言え経済に影響を与えないはずがない。

そう思ってニュースに注視していたのだが、なぜかこうしたマイナス要素に関する記事はほとんど見られなかった。せいぜい「環状線から自動車がなくなった」程度である。

関西(特に大阪)に住んでいる人なら想像できるだろうが、大阪環状線は普段の日中は、ほぼ渋滞しっぱなしなのだ。ここに神戸線だの池田線だのが絡んでくると、もうとんでもないことになる。

東京でいうなら、首都高を全部シャットダウンしたようなもんか? 東名から首都高への合流も含めれば、かなり広域に渡って影響は出るはずである。マスコミ各社だって、この程度の想像力は持っているだろう(と思いたい)。ところが、ものの見事に報道はなし。ある意味、この状態の方が怖い。

再びエネルギー源に話を戻す。水力発電だって、環境破壊に関していえば相当である。分かりやすいのが、ナイル川上流に作られた、アスワン・ダム、アスワン・ハイ・ダムであろう。このダム建設により本来、肥沃だったはずのナイル・デルタは、壊滅的な被害に遭っている。

ナイル川は暴れ川としても有名だが、上流から運ばれてくる様々な有機物質が氾濫の度に平野に広く堆積し、これが肥沃な平野にしていたことは、今となってはもはや常識になっているはずなのだが、この教訓すらイマイチ生かされていない。日本国内で比較的マシな例は、黒部峡谷のダム群だろうと思うが、それ以外となるとやはりエジプト同様の結果になっている。

ちなみにメコン川上流で、中国がダムをじゃんじゃん作っているが、下流域の各国が懸念を示しているのは不思議でもなんでもない。というか、皆さんご存じでした? いや、さすがにここまで読み進むことができた皆様なら、知っていると思いたい。

「エネルギー源の確保」と「治水」をごっちゃにするから、こういうことになるのだが、なぜか「合理的」なことになって、今でも国内で当事者による訴訟はなくならない。これまた、不思議なぐらい報道されない。

ここに近年、短期集中豪雨が加わっているので、更にシャレにならない事態を招いているのは、ボクがわざわざ口に出すまでもないだろう。と思いたいのだが、なぜかこれまた馬鹿みたいに大騒ぎになっている。

この大雨にもう一発、トドメの日本の地盤そのもの(もうモロに4つのプレートだ)が加わると、もう大惨事にしかならない。熊本地震はその典型的な例である。

「治水すらロクに出来ない連中に核を扱わせてはいけない」という、ボクの独断はここにもある。

再三書いているように、日本は国土そのものが怪しいのである。怪しい基盤の上に、怪しい施設を作ることが既に終わっているのだが、なぜかこの単純な事実から目を背ける。

ここまで書いて、本当に疲れたのでもうやめる。アホな事例のオンパレードやんか。

ちなみに、ここで挙げたのは氷山の一角と思っていただきたい。疲れたのでもうやめるが、ボクが知っていることですら、ここに書ききっていない。無知で非常識なボクですら、この程度は知っている。世の中にはもっと広範で総合的で良心的な識者が多数いる。アホもその分いるけど。

とにかく、知ることを惜しんではならない。ここを放置した結果が、アホのオンパレードになったのだから。この事実こそが「日本の近代」と言っても言い過ぎではない、とボクは思っている。暴言だと言われてもビックリしないけど、ボクに言わせればこうしかならないのだ。


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
http://yowkow-yoshimi.tumblr.com