日々の泡[017]銀座を舞台にした作家【銀座二十四帖/井上友一郎】
── 十河 進 ──

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川島雄三監督の「銀座二十四帖」(1955年)が好きで、何度も見ている。ただし、VHSテープでしか持っていないので、四国の実家にいるときには見ることができない。VHSの再生ができないからだ。昔、NHKの衛星放送で放映されたときに録画したものだと思う。

ナレーションおよび主題歌を担当しているのは、まだ若々しい声の森繁久彌である。「おいらは銀座の雀なのさ、夜になったら鳴きながら〜」という森繁節が、冒頭のタイトルバックに流れる。戦後十年経った昭和三十年、「もはや戦後ではない」と言われた頃である。

確かに、街に戦争の痕跡は見当たらない。銀座の街も、登場人物たちが住むアパートメントも清潔で美しい。焼け跡なども出てこない。フランス語を交えてキザなしゃべり方をする売れっ子の画家(安部徹)の乗るオープンカーはアメリカ車である。





しかし、人々の過去には戦争が深く関わっている。物語は「銀座のコニー」と呼ばれる花屋を営む男(三橋達也)を中心に展開する。花屋を手伝う三人の十代半ばの女の子たちは、孤児院から通っている。「コニーのおじちゃんは、夜、学校に通わせてくれる」と、彼を慕っている。彼女らは戦災孤児なのだ。

女の子のひとりを演じるのは、十五歳の浅丘ルリ子である。彼女自身、大陸からの引き揚げ者だった。ある日、花屋でバラの花を買いたいと、和服の上品な女性(月丘夢路)がルリ子に声をかける。

「これ、売り先が決まっているのですけど----」とルリ子がコニーに訊くと、「分けて差し上げなさい」と彼は言う。

月丘夢路は銀座の外れ、おそらく築地あたりだと思うが、義理の母が営む川沿いの料亭で暮らしている。嫁ぎ先に娘を置いたまま家を出て、姿をくらました夫と離婚したがっているらしい。彼女は、父の遺した絵画を銀座の画商に託して処分を依頼する。

その料亭の近くで毎日、絵を描いている男(大坂志郎)がいる。彼は大阪から出てきた月丘夢路の姪(北原三枝)と親しくなるが、正体は警察官で絵を描きながら料亭を見張っているらしい。月丘夢路の夫が現れないかと張り込んでいるのだ。

北原三枝は、松竹から日活に移籍したばかりの頃だ。若く、溌剌として、美しい。当時の女性としては、スタイルも抜群だ。その容姿で「ミス平凡」の大阪代表になり、上京した設定である。その審査会風景も写る。審査員の中に平凡出版(現マガジンハウス)の清水達夫の姿もある。

画廊に並べられた作品の中で、月丘夢路の少女の頃を描いた絵が評判になる。満州にいた頃、内地からやってきた若い学生が描いたものだという。サインはGM。月丘夢路に横恋慕した画家(安部徹)は頭文字が同じなので、「自分の作品だ」と言い出す。

その絵を見たコニーは兄のタッチだと直感し、月岡夢路を問い詰めるが、確証は得られない。コニーの兄は大陸で行方不明になったままなのだが、コニーはどこかで生きているという希望を捨てられない。ここでも、十年前の戦争の影が色濃く漂う。

コニーは弟分(佐野浅夫)がクスリの中毒から抜けられず、銀座にヒロポン(覚醒剤)を卸している黒幕を憎んでいる。コニーは、その黒幕がGMと名乗っていることを知る。また、大坂志郎もクスリの密売ルートを追っているらしい。その黒幕は、月丘夢路の夫なのだろうか?

原作者の井上友一郎は、昭和初期に作品を川端康成に認められて世に出た人で、大学卒業後に新聞記者として中国戦線に従軍した後、作家専業となったが、戦後は風俗小説を多く書いた。「銀座二十四帖」は1955年に新潮社から出た小説で、すぐに映画化された。

僕が井上友一郎の小説を読んだのは、十八の頃だ。高校の現代国語の教科書に載っていた田宮虎彦の「絵本」が気になった僕は、中央公論社が出していた「日本の文学」の「田宮虎彦・井上友一郎・木山捷平集」を図書館から借りて読んだ。その本には、井上友一郎の「菜の花」「ハイネの月」などが収録されていた。

井上友一郎原作の映画化作品は、1954年から1963年の十年間ほどで9作品ある。流行作家だったのだろう。ほとんどはプログラムピクチャーとして消えていったものだが、「銀座二十四帖」のほかにもう一本、映画史に残っている作品がある。

成瀬巳喜男監督の「銀座化粧」(1951年)がそれだ。戦前から高い評価を得ていた成瀬監督は、戦後は不調で「めし」(1951年)で復活したと言われるが、僕は1950年の「怒りの街」「白い野獣」「薔薇合戦」を面白く見たし、1951年の3本「銀座化粧」「舞姫」「めし」も大好きだ。

「怒りの街」は結婚詐欺を働くふたりの大学生(原保美と宇野重吉)の生態が面白かったし、「白い野獣」は売春婦の更生施設を描き梅毒の恐怖を煽る作品だったが、梅毒で狂っていく北林谷栄が印象に残った。「薔薇合戦」は化粧品会社の宣伝合戦が面白く、当時の広告制作状況が興味深かった。

また、「舞姫」は岡田茉莉子のデビュー作品で、原作は川端康成である。「舞姫」とは、プリマドンナのこと。モダン・バレェの世界を扱っている。空襲で崩れたままの昔の屋敷跡にたたずむ山村聡のシーンが、戦後間もない作品だと認識させてくれる。

「銀座化粧」は「めし」より前の作品だが、成瀬作品らしい男女の関係(腐れ縁?)が描かれる。子持ちで銀座のバーのママをやっているヒロイン(田中絹代)は、昔の男が借金にきてもキッパリと断れず、なんとなくずるずると関係が続く。

後に「女が階段を上がる時」(1960年)で、銀座のバーの女たちを詳細に描く成瀬監督だが、その原型が「銀座化粧」である。「女が階段を上がる時」では、高峰秀子、団令子、淡路恵子、北川町子、中北千枝子、柳川慶子、横山道代、塩沢ときなどが女給を演じたが、「銀座化粧」では珍しく香川京子が女給役をやっている。

「銀座化粧」は銀座のバーのママの生態や男関係を描いて、いかにも風俗小説という感じだったが、「銀座二十四帖」は最後にアクションシーンもあり(あまり感心しないのだけれど)、ミステリ的な要素も加わっている。井上友一郎の著書を調べてみると、「清河八郎」「唐人お吉」「近藤勇」といった時代小説もある。器用な作家だったのだろう。

ちなみに「銀座」と付くタイトルは、他に「銀座川」「銀座の空の下」「銀座更紗」「銀座学校」などがある。銀座を舞台にするのが、好きだったのかもしれない。井上友一郎は1909年に生まれ、1997年に米寿で亡くなった。今では作品を見ることもなくなったが、中公版「日本の文学」があれば再読してみたい。

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